やはり「こけおどし」だった北朝鮮の戦争宣伝 - 当面は中国に重い責任-究極には全世界の核廃絶を -
- 2013年 5月 7日
- 時代をみる
- 伊藤力司北朝鮮
この3月から4月にかけて北朝鮮の好戦的プロパガンダ(政治宣伝)は凄まじかった。「われわれは精密な核攻撃でソウルのみならずワシントンまで火の海にする」(4月6日朝鮮労働党機関紙「労働新聞」)、「朝鮮戦争休戦協定の白紙化宣言」(3月5日、朝鮮人民軍最高司令部)、6カ国協議の合意で停止中だった「寧辺の原子炉(黒鉛減速炉)の再稼働宣言」(4月1日)等々。それにも増して、グアムまで届くという中距離弾道弾ミサイル「ムスダン」を日本海側に配備、発射即応の姿勢を誇示したことがセンセーションを巻き起こした。
しかし「北」が意識したという、毎年恒例の米韓合同軍事演習「フォールーグル」は今年も3月1日から2カ月にわたって「北」の面前で繰り広げられたが、4月30日に予定通り終了した。この演習に、米軍が核爆弾搭載可能のB52やステルス(レーダーに映らない)戦略爆撃機B2を参加させたことが「北」のテンションを普通以上に高めたといわれる。この演習に対抗して「ムスダン」を発射するのではないかとの憶測がしきりだったが、5月6日現在発射はない。
筆者は、本ブログ4月9日のエントリーに「北朝鮮のこけおどしに慌てるな」との一文を寄せた。2カ月にわたって世界を心配させた北朝鮮の「軍事冒険」がなかったということは、今回の騒動が結局は北朝鮮の「こけおどし」だったということを意味する。しかし一方で、核弾頭を持ち、弾道弾ミサイルを整備しつつある北朝鮮を、米国も無視することができないことがはっきりした。
北朝鮮が最大限意識しているのはオバマの米国である。ブッシュ前大統領の米国は、人権無視・非民主の北朝鮮を「悪の枢軸国家」だから、いずれ消滅させるべき体制と考えていた。しかしイラク侵略戦争の失敗やアフガン戦争の泥沼化で国際的信用を失ったブッシュは、北朝鮮の「テロ支援国家」というレッテルを外してやって、北朝鮮の非核化を実現しようと外交努力を重ねたが失敗に終わった。ブッシュの失敗を引き継いだオバマのアメリカは、北朝鮮問題を中国に「丸投げ」していると言っても過言でない。
米中日露韓北の6カ国代表が北京に集まって、朝鮮半島の非核化を取りきめるための6カ国協議は、中国が議長国になって2003年8月に始まり、2005年9月には北朝鮮が核兵器計画を放棄することを明記した共同声明が採択された。しかし北朝鮮はその見返りとなる軽水炉提供や米朝関係正常化が進まないことを不満として、2006年10月に第1回の地下核実験を行った。その後も続けられた6カ国協議は2007年10月、北朝鮮が寧辺の原子炉と核燃料加工施設を無力化すること、同年末までに「すべての核計画の完全で正確な申告を行う」との合意文書を採択した。
しかし「無力化」をめぐる米朝間の解釈の食い違いが生じ、2007年から2008年にかけて米朝間での折衝が続けられた。その結果、マカオの銀行で凍結されていた北朝鮮口座の資金が返還され、2008年10月には米国が北朝鮮をテロ支援国家とする指定を20年ぶりに解除した。しかし北朝鮮の「核計画の申告を検証する方法」について米朝間の合意が得られないまま、ブッシュ政権による北朝鮮との折衝は時間切れとなった。
いわば北朝鮮に「食い逃げ」された形である。2008年2月には平壌(ピョンヤン)で、米国一流の交響楽団ニューヨーク・フィルの演奏会が開かれるという「おまけ」まで付いたが北朝鮮側の譲歩はなく、6カ国協議は、2008年12月に儀礼的な首席代表会合が開かれたのを最後に事実上の打ち切りとなった。以来4年余り6カ国協議は一度も開かれず、北朝鮮は今年1月(つまり2月に行われた3回目の核実験を前に)2005年の6カ国共同声明は「死滅した」とまで宣言した。
大まかに言えば6カ国協議とは、北朝鮮に大きな影響力を持っている中国を軸に「北」に核兵器開発を断念させ、その見返りに米国が「北」と和平協定を結び「金王朝」の存続を認める―という取引をまとめる場であった。しかし北朝鮮が昨年12月、人工衛星「光明星2号」の打ち上げと称する、事実上の大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)テポドン2の打ち上げに成功し、今年2月に3回目の核実験を実施するに及んで6カ国協議は失敗したと断ぜざるを得ない。6カ国協議の議長国である中国は、北朝鮮に6カ国共同声明が「死滅した」とまで言われているのに、北朝鮮をコントロールすることができていない。
オバマ政権の米国はこの4年余り、ニューヨークで北朝鮮との接触を保ちながらも北朝鮮との直接交渉を断って、事実上は北朝鮮対策を中国に任せてきた。その中国は、北朝鮮が行った昨年12月の長距離ミサイル実験と今年2月の核実験に対する、国連安保理の北朝鮮制裁決議に初めて賛成した。これまでいろいろな場で北朝鮮をかばってきた中国が態度をはっきり変えたのである。これは「王朝」2代目の金正日時代になかったことだ。
金正日時代を通じて中国は北朝鮮の死活に関わる3品目、つまり石油、食糧、肥料を格安価格で輸出してきた。1990年代半ばに大飢饉を体験した北朝鮮が、多数の餓死者を出しながらも危機を何とか乗り切ったのは、こうした中国の支援があってのことだった。しかし3代目の金正恩は「大恩ある」中国の意向に逆らって、ミサイル打ち上げと核実験を強行した。これに怒った中国は北朝鮮への石油輸出をストップした。中国の公式貿易統計2013年2月の数字を見ると、中国から北朝鮮への石油輸出は「ゼロ」と記載されている。
北朝鮮も中国の意向に反して核実験などを実行した以上、中国から「お仕置き」(石油禁輸)を予期して石油備蓄を用意していただろう。備蓄が3カ月分あるか、6カ月あるいは1年分あるか…。ところで5月といえば、北朝鮮も田植えの季節を迎える。慢性的食糧危機にあえぐ北朝鮮にとって、田植えは人民軍を動員してコメの増産を図る全国的イベントである。人民軍を田植えに動員する一方で、朝鮮中央放送(テレビ)は、金正恩夫妻が4月30日サッカーの試合を観戦している映像を流した。北朝鮮は開戦するつもりはないし、米中が何を言おうと、金正恩体制は揺らいでないと国民に伝えようとしているのだろう。
さて問題は、このような北朝鮮にどう対処するかである。ケリー米国務長官は4月12日に韓国、13日に中国、14-15日に日本を訪問して、韓中日の3国外相と北朝鮮問題を協議した。一方で6カ国協議の議長である中国の武大偉元外務次官は訪米して4月22日、国務省のデービース北朝鮮担当特別代表と会談した。韓国の林聖男(イム・ソンナム)朝鮮半島平和交渉本部長は訪中して、5月2日に武大偉氏と会談した。
こうした一連の会談を通じて、米中日韓は北朝鮮に核兵器を放棄させる交渉を立ち上げる方策を検討しているであろう。6カ国協議を再開するか、米朝交渉あるいは南北交渉を行うとか。ケリー国務長官は「北朝鮮が国際的な義務と規範を順守する用意を見せ、対話の一環として非核化へ向けた動きを取ることを明確にすれば、対話は始まる」と言明した。これに対し北朝鮮の国防委員会は対話開始の条件として①国連安保理の北朝鮮制裁決議を撤回②米韓合同軍事演習の中止-を要求した。米韓合同軍事演習は終わったから、安保理決議だけが対話の障害となるが、北朝鮮が非核化を打ち出さない限り安保理が制裁決議を撤回することはあり得ない。
過去10年以上にわたり全世界からの非難を浴びながら、また朝鮮半島の非核化を目指す6カ国協議に参加しながらミサイル実験と核実験を繰り返してきた北朝鮮。今や「核保有国」になったと豪語する北朝鮮が、米国の要求する「非核化への動きを取る」ことは当面見込めない。北朝鮮を交渉に同意させるカギはやはり中国が握っていると考える以外にない。中国が北朝鮮に対して石油、食糧、肥料の基幹物資の禁輸を本格的に実施すれば、北朝鮮が譲歩を迫られることは間違いない。
これまで中国が北朝鮮に対する本格的制裁を避けてきたのは、北朝鮮の崩壊を恐れているからだと言われてきた。「金王朝」が崩壊すれば大量の難民が中国になだれ込み、朝鮮民族系中国国民が多数住んでいる中朝国境地帯は大混乱に陥り、この地方は不安定化する。また中国政府としては、北朝鮮をアメリカとの「緩衝地帯」として維持しておきたい思惑もあるだろう。近年多くの中国企業が北朝鮮の工場を下請け化して、中国製品の低価格化と北朝鮮の外貨稼ぎの「一挙両得」も進んでいると言われる。
3月の中国・全国人民代表大会で発足した習近平・李克強政権は、世界環視の中で「核保有国」を自称する金正恩政権とどう向き合うのか。制裁を長期化・本格化して北朝鮮に非核化の約束実現を迫るのか、それとも「金王朝」のわがままをある程度まで許容するのか。世界第2の経済大国となったが、60余年の共産党独裁がもたらす汚職や人権無視を5億人を数えるという中国人民が、中国式ツイッター「微博(ウェイボ)」を通じて習近平政権を事実上監視している時代になっている。習近平が金正恩にどう対処するかを、中国人民も含めて世界中が注視しているのだ。
「核兵器の拡散を防止しなければならない」という世界的コンセンサスにそって、1970年に成立した核拡散防止条約(NPT)だが、同条約には欠陥がある。それは第2次世界大戦に勝利した連合国のうち、国連の常任安保理事国となった米ロ英仏中の5カ国だけに核兵器保有を合法化していることだ。この不平等性に抗議してインドが核実験を行うと、カシミールの領有権を巡ってインドを不倶戴天の敵とするパキスタンも核実験を行った。さらに敵性アラブ国家に囲まれているイスラエルも秘密裏に核兵器を保有するに至った。今や北朝鮮も核保有国に数えざるを得ない。
NPTは不平等条約であり、5大国だけが特権的地位を得ていることは、すべての国家の平等を保証すべき国際法の原理に違反している。オバマ大統領は第1期就任直後の2009年3月プラハで「世界中の核兵器をなくすべきである」と訴えて、同年のノーベル平和賞を受賞した。それから4年核兵器廃絶の動きは進んでいない。6カ国協議が仮に再開しても、究極的には5大国が本格的核廃絶を進めない限り、北朝鮮も非核化に応じないだろう。
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