イギリスでは地下鉄スト、ドイツでは反原発10万人デモ、そして、日本のKAN首相は、Who?
- 2010年 9月 24日
- 時代をみる
- 加藤哲郎
2010.9.23 世界全体の生態系も崩れてきていますが、今夏の日本の異常気象は、度を超えています。それを東京のヒートアイランド現象が、加速しています。それらを避けて、8月はアメリカで半分を過ごし、9月はイギリスとドイツに滞在していました。ロンドンもベルリンももう初冬の気配、冬物コートや皮ジャンバーが当たり前の中で、一着だけ持っていった秋物ブレザーと長袖が欠かせませんでした。でも猛暑よりは快適。おかげで調査やインタビュー、資料収集は順調に進みました。帰国した途端に、また夏に逆戻り、そして今日はヨーロッパなみの冷雨。時差ボケの体調にこたえます。
今年の国連総会は、21世紀の疾病、飢餓、貧困撲滅をめざす「ミレニアム開発目標」首脳会合から始まりました。一般に南北問題とよばれ、先進国はGNPの0.7%を途上国へのODAに拠出することが約されました。日本はかつて「ODA大国」といわれたこともありましたが、今や先進国平均0.31%にも届かぬ0.18%の最低率国の一つ。菅首相は、ニューヨークで5年間85億ドル拠出の「菅コミットメント」を約しましたが、昨年の鳩山首相のCO2排出25%削減ほどのインパクトはありません。おまけに演説順がオバマ米国大統領の直後で、各国代表は次々に退出、日本語の「最少不幸社会」は、翻訳不可能だったようです。もっとも貧困撲滅は、いまや途上国だけの問題ではありません。アメリカでもヨーロッパでも、失業、格差拡大、貧困層増大は深刻です。今夏ヨーロッパのTV、新聞で目立ったのは、フランス国会のブルカ禁止法採択、スウェーデン総選挙での移民排斥を唱える右翼政党(なんと「民主党」という名前です)の20議席獲得、大都市ではホームレスをよく見かけました。日本のニュースはインターネット頼りで、出国時に大々的に報じられていた民主党代表選は、欧米メディアはほとんど無視、わずかに最終日の菅首相続投決定をCNNは「消費税引き上げをとなえる現職KANが『闇将軍』OZAWAを退けた」とトップで報じましたが、それも円高への政府介入があるかどうかの経済ネタの一部で、普天間基地問題も雇用問題も素通りです。なにしろ毎年首相が変わってますから、せっかく欧米にもわかりやすい<KAN>という名前もほとんど覚えられず「Who is KAN?」、その後は日中「領土問題」での対立が外信の片隅でみられる程度でした。要するに、存在感の喪失です。インターネットで見る限り、菅首相続投へのマスコミの露骨な誘導が目立ちました。つい最近の大阪地検特捜部のFDデータ書き換え事件、本当に民主党代表戦の後に情報入手した朝日新聞のスクープなんでしょうか?
日中間の対立といっても、焦点は中国に当てられています。日本での報道では、中国人観光客キャンセルによる観光産業への打撃が大きく報じられていますが、いまや世界のどこでも中国人観光客は重要な顧客です。ニューヨークでもロンドンでもベルリンでも、大きな買い物袋をかかえた団体客が目立ちます。日本にとっての最大の顧客は、日本にだけ目を向けているわけではないのです。ただ、かつての「満州事変」記念日近くで中国漁船が尖閣諸島沖で衝突・拿捕されたため、中国国内の反日感情も高まり、政府間交渉がストップし、レアアース輸出禁止にまで至っている深刻な事態です。菅内閣の対応は、外交的には無策です。というより、「小沢降ろし」に成功した後の内閣改造によっても、菅首相及び民主党政権の方向性が見えません。名護市議選で普天間基地移転に反対する市長支持派が多数を占め、11月沖縄知事選では現職仲井真知事まで「県外移転」を公約しようというのに、菅内閣は鳩山前首相退陣のもととなった「日米合意」にすがりついたままです。財政再建も雇用促進も、具体策は出ていません。円高への介入も、欧米からは協力を得られず、効果はすぐ消えていきます。各種世論調査での内閣支持率回復も、「政治とカネ」を抱えた小沢前幹事長への忌諱と自民党の凋落に助けられた消極的なものです。いわば情報戦でのマスコミ頼りと、国内での反対勢力の声が弱いので、辛うじて政権を保持している様相です。
その点、同じ経済金融危機、高失業・貧困問題を抱えていても、ヨーロッパでは目に見える政府への批判があります。すでに5月総選挙で長期の労働党政権を下野させ、保守党と第3党自由民主党の連立内閣となったイギリスでは、ちょうど私の滞在した9月上旬にロンドン地下鉄のストライキが続き、旅程は大きな変更を余儀なくされました。しかし一般市民もマスコミも慣れたもので、代替交通手段を使って、日常生活を続けています。9月18日のベルリンでは、メルケル政権の脱原発政策見直しに抗議する10万人集会・デモと遭遇し、ドイツ社会運動の伝統の底力を見せつけられました。日本では久しく見ることのない光景です。かつての「68年世代」が、日本ではようやく政権に到達して、対米従属・新自由主義に親和的な政策を惰性的に採っている時、ヨーロッパでは「68年世代」が持続的に追究してきた福祉や環境政策の延長上で、世代と党派を超えた社会運動が継承されていました。「68年世代」の一人として、彼我の違いがうまれた根拠を、深刻に反省しなければなりません。そういえば、脱原発延期への抗議だけではなく、ベルリン郊外には大きな風力発電地帯が出現し、タクシーにも「天然ガス車」と大書きしたエコ政策の進展も目立ちました。夏の研究成果との関連で言えば、日本の戦争体験、戦後体験の国民的継承の仕方、アメリカ的「近代化論」に代わる冷戦期の歴史像の提示と「近代の超克」の探求のあり方に、大きな問題があったと考えざるを得ません。政局は遠くで眺めながら、改めてこの国の世界史的近代のあり方を問い直す旅でした。
「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
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