戦後レジーム脱却の安倍路線に高まる懸念 ─尖閣は多極化めぐる米中の主導権争い─
- 2013年 7月 20日
- 時代をみる
- アメリカ安倍政権選挙鈴木顕介
参議院選挙の投票日を目前に、安倍自民党圧勝の観測が強まっている。国民の関心がデフレ不況から脱却する経済政策に集まっているから当然の帰結ともいえる。一方、外交・安全保障は新聞各紙の世論調査でも下位にとどまっている。
経済のグローバル化は言うまでもないが、日中、米中貿易額を見ても日米中3国相互間の経済的依存度は高い。政治は政治、経済は経済という見方もあろうが、外国訪問を含めた安倍首相の派手な首脳外交とは裏腹に、肝心の日中関係は政治的には断交一歩手前とも言える状態は極めて異常である。
それに加えて、戦後日本の歴代政権が外交政策の基幹と位置付けてきた日米関係が安倍政権の下で明らかに揺らいでいる。起因は第二次安倍政権になってからすでに2回、歴史認識をめぐる発言と取消しを繰り返している安倍首相に対する不信感にある。
確固とした日米同盟がある限り、「領土問題は存在せず」と中国を突き放し、尖閣問題で根競べを仕掛けている安倍対中戦略の根底を揺るがす事態である。当面アメリカ政府は参議院選挙結果と、それを受けた安倍首相の「戦後レジームからの脱却」への動きを見守る姿勢を取るとみられる。参院選後3年間は国政選挙がない。激動する世界で、最も近く、関係の深い北東アジア諸国との関係改善で手をこまねいている時間はない。
オバマ、安倍路線へ警告
アメリカは安倍政権のナショナリスト的路線に対する警告の場として、2月の日米首脳会談を選んだ。安倍首相が期待していたオバマ大統領からの尖閣問題についての直接の言及、北朝鮮からの弾道ミサイル迎撃で集団的自衛権の行使に踏み込む用意を安倍首相が語るアジェンダも用意されなかった。会談内容だけではない、会談の際のそっけない応対、会談後に通常行われる共同記者会見のカット。緊密な日米関係を誇示する場はジャパン・ハンドラ-(日本の操り手)を中心に集まった戦略国際問題研究所(CSIS)講演会だけだった。いわばよく知った身内の場での話で、アメリカ国内世論に広く訴えられる場ではない。
日本国内では、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加をめぐる共同声明に焦点を当てた訪米成功をうたい、オバマの警告はかすんでしまった。
安倍首相はその後、4月下旬から5月初めにロシア訪問とサウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコ歴訪、5月下旬ミヤンマ訪問、ともに大型財界代表団を同行。シン・インド首相、オランド仏大統領、リー・シンガポール首相、インラック・タイ首相の来日をこなし、5月下旬から6月初めのアフリカ開発会議では来日したアフリカ36か国の首脳と会談した。この会議に習近平・中国国家主席が就任早々訪問、参加したBRICS・アフリカ首脳会議の主催国、南アフリカの姿はなかった。続いて6月17~18日のG8ロック・アーン・サミット出席とその直前のポーランド訪問とハンガリー、スロバキア、チェコ首脳会談とタイトな日程をこなした。
こう並べると精力的な首脳外交と見えるが、肝心の北東アジアでは、3月末のモンゴル訪問だけである。プーチン・ロシア大統領との会談でも、会談後の記者会見で同大統領が強調したのは日ロ経済関係の推進で、北東アジア秩序の形成に欠かせない、いわゆる北方領土問題への言及はなかった。空回りの首脳外交の感はぬぐえない。
この動きからは安倍首相がオバマ大統領の警告を正面から受け止めた様子は全く見られない。それどころか、参議院選公示直前の7月3日日本記者クラブが主催した各党党首討論では、記者側からの質問に答える中で、朝鮮半島の植民地支配、中国への侵略について、従来から言い続けてきた「政治は定義をする立場にない。歴史家に任せるべきだ」との立場を再び繰り返した。直接の言及こそなかったものの、植民地支配と侵略に謝罪した「村山談話」の否定である。
安倍首相はこの村山談話と、従軍慰安婦の強制連行を認め謝罪した「河野官房長官談話」否定が信条である。安倍政権は発足直後の2012年12月27日に従軍慰安婦強制連行見直しを発議。2013年4月22,23日侵略の定義定まらずと国会発言。いずれも国内あるいは国際問題化すると、一見撤回とも受け取れる言い逃れでその場を繕ってきた。これは第1次政権でも同様であった。安倍個人のホームページではこれらの問題についての記載は続いている。
失われゆく国際的信認
一番の問題は、その場限りの言いつくろいを重ねることで、安倍首相本人に対する国際的な信認が失われていくことだ。
ちょうど時間的に党首討論会でのこの発言を受ける形となった、現地時間7月3日のブルームバーグ・ニュース主催のパネルディスカッションで、カート・キャンベル前国務次官補が、直接的な表現で安倍首相を批判した。第一期オバマ政権で実質的に政権のアジア政策を主導し、第2期政権で退任した高官の発言としては極めて異例である。東洋経済ONLINEで同誌のピーター・エニス特約記者は、『安倍首相は「歴史に関する独自の見解」を持っており、これが「無用の緊張」を招き、「必要もないのにこの地域を不安定化させている」』と、その発言のポイントを伝えた。
キャンベル前国務次官補は7月10日日本記者クラブでの講演では、憲法特に9条問題、歴史認識をめぐる質問に答えて「日本は成熟した民主義国家であり、最も近しい同盟国である。微妙な問題への助言は注意深くせねばならない。日本の民主主義プロセスを信頼し、尊重する」と公開の場での直接的な安倍批判を避けた。参議院選挙後の安倍政権の出方を見守る方針と受け止められる。その一方で日米関係での日本へのサポートに疑問符がついているのでは、との懸念に対して「日本はアメリカを信頼してほしい。アメリカが過去70年間日本を支えてきた実績を見てほしい。これを打ち切る予定はない」と強調した。
安倍首相の4月の侵略の定義発言には、ニーヨークタイムズ、ワシントンポストの米有力紙、英フィナンシャルタイムズ紙が一斉に反応、批判記事を載せた。英エコノミスト誌(3月2日号)は日米首脳会談を受けて、会談の議題を経済問題にとどめた安倍首相の実利主義は「皮一重の薄さであるのが問題だ」と指摘、「安倍氏は敗戦までの帝国時代に日本がほんの少ししか悪をしていない。さらに不思議なことには、それ以降、戦後日本が善をしたのもほんの少しである、と思っているようだ。彼は日本を戦後史の呪縛から解き放つと書いている」とご都合主義でその場限りの対応を重ねる安倍首相の本心を痛烈に暴いた。
これは単にマスコミ報道にとどまらない。CIA(米中央情報局)は復数のシンクタンクを動員して安倍路線が生み出した北東アジアの政治的危機対策の研究を始めたと前掲のエニス記者は報じている。
キャノングローバル戦略研究所の瀬口清之研究主幹は訪米調査報告で「総理の発言は学術的に正しいか否かでなく、外交政策上適当か否かという観点から評価される」との外交専門家の話を紹介、これが米中、日米関係専門家、有識者にほぼ共通の認識であったと書いている。
これらの動きは安倍首相が、オバマ警告を受け流すにとどまらず、戦後レジームの脱却を目指す言動から一歩進めて、予測不能な独自の動きに踏み出したのではというアメリカ中枢の危機感を表している。アメリカを不安にさせた安倍外交の好例に飯島内閣参与の北朝鮮訪問(5月14~17日)がある。この訪問は関係国米、韓に一切の予告もせず、成果についての見通しが全くないまま、外務省も知らされないうちに安倍主導で短時間で準備され送り出された。
韓国の朴槿恵大統領はアメリカに次ぐ訪問国として中国を選んだ。慣例の日本でなかったのは竹島、従軍慰安婦問題もあるが、実利的にみて対中貿易が輸出入とも中国が第1位(輸出24.2%輸入16.5%2011年)となっている韓国経済が背景にある。安全保障上の最大の懸念である核武装化する北朝鮮への影響力は中国がカギを握っている。訪米で心情的な対韓感情の高まりをつかんだ上で、東アジアでの米中の勢力バランスをにらんだ巧みな外交路線である。
一方にキャンベル氏が日本記者クラブでの発言で垣間見せた、安倍政権が日米同盟の枠から外れて独自路線を歩みだすのではという憂慮がある。米・日・韓連携というアメリカの北東アジア戦略の基盤の崩壊にもつながりかねない事態である。自衛隊はアメリカの軍事戦略の中に創設以来組み込まれ育ってきた。例え安倍自民党が目指す、憲法改正、国防軍の創設となっても、その本質は変わりようがない.独自路線の中で最も警戒するのは、日本の核武装である。北東アジアのみならず、世界情勢全般に取り返しのつかないインパクトを与え、東アジア情勢が制御不能になるからだ。
尖閣は中国海洋進出の防壁
世界は、20世紀までの一つの超大国によって世界の秩序が保たれる一極支配から、複数の核を持つ21世紀の多極化の時代への転換期にある。多極化の世界を経済的に見ると、政治的安定を不可欠の背景とするグローバル化の世界である。米中両国貿易関係は、アメリカにとって中国は輸入が4256万㌦(全輸入の18.7%)で第l位、輸出が1106万㌦(全輸入の7.1%)で第3位(2012年米統計局)。中国側から見ても、輸出相手国でアメリカが第1位、輸入で第4位(2010年米中ビジネス協会)と相互依存関係が浮き彫りとなる。米中双方にとって協調路線以外の選択肢はない。
アメリカは今後内需型に向かう巨大経済体、中国市場を抑え、同時に自らが築いた世界運営のシステムへ中国を取り込み、世界覇権への影響力の維持を狙っている。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を成立させ、アジア・太平洋の成長地域を自己の経済圏に取り込むのは、アメリカ経済の再活性化に不可欠である。
中国にとっても、多極化の世界で超大国としてその一角を占めるには、政治的安定と、経済発展が不可欠である。これには共産党一党支配の政治体制の堅持と、国家資本主義体制を崩さずに顕在化する格差社会の是正が喫緊の課題となる。習近平国家主席は3月の全国人民代表大会での就任演説で「中国の夢」を掲げた。これを実現する「発展戦略の中心は経済建設」にある。
米中関係は、協調が大前提との認識では一致しているが、覇権の交替ではない、分割という多極化ならでは対立が起きる。今、東アジア・太平洋をめぐる米中関係は、キャンベル氏が「微妙な境界線を歩いている」と表現する状態にある。アメリカは多極化の世界での覇権の延命を、21世紀世界の繁栄の要となる東アジア・太平洋に影響力を残すことに賭けている。一方の中国は同じ地域に影響力を拡大、多極化世界の超大国の地位固めを狙っている。この地域の覇権をめぐり両国は、軍事力の展開を伴う激しい勢力圏争いを繰り広げている。
アメリカが2020年までに海軍力の60%を太平洋に展開する(6月パネッタ国防長官)のも、海軍力の増強が著しい中国へのメッセージである。第1列島線と呼ばれる東シナ海の東側、沖縄を中心に伸びる南西諸島から台湾に連なる弧。伊豆諸島-小笠原諸島-硫黄島-サイパン-グアムの島弧がつくる第2列島線。この西太平洋の水域が今、米中の海洋覇権の舞台となっている。二つの島弧で囲まれた水域は第2次大戦後、アメリカが長く支配し、軍事的対中抑止力を展開してきた。必要なら第1列島線を越えて東シナ海に侵入する米空母艦隊の打撃力は中国にとって脅威となってきた。
中国の軍事力の充実で、10年後にはこの水域はアメリカの水上艦艇にとって聖域ではなくなる(香田洋二元海上自衛隊自衛艦隊司令官)。これは空母艦隊の支援艦隊として運用されてきた海上自衛隊にとっても同様である。
尖閣問題は単なる日中間の抗争とみては本質を見誤る。根底にあるのは、多極化の世界の舞台に躍り出た中国と、東アジアに影響力を残したいアメリカの間の東アジアと太平洋の新しい秩序をめぐる主導権の争いである。
協調が大前提であるから、対峙から武力衝突に発展することは、双方とも絶対に避けたい選択肢である。武力の行使はしないが、示威によって譲歩を勝ち取りたいという危険なゲームが進行している。当面の対峙は日本の領海であるから日本の公船、海上保安庁巡視船と、中国側公船、海洋監視船の中国領海を主張する水域での警備行動の間で、領海侵犯と排除のシーソーゲームが繰り返されている。
武力衝突に発展する危険から中国海軍艦艇による侵犯と、海上自衛隊の出動の事態は起きていないし、付近水域への派遣も避けている。その一方で米空母2隻のこの水域への展開、ステルス戦闘機F22の沖縄駐留。中国艦艇の演習名目の東シナ海集結、艦隊の第一列島線突破がしばしば起きている。全て軍事力の誇示である。
しかし、一方では尖閣諸島で焦点となっている魚釣島、北小島、南小島の3島から北に離れた、久場島への領海侵入は注意深く避けている。ここは中国漁船の海上保安庁巡視船への体当たり事件の現場でもある。久場島は使われてはいないが、米軍の射爆場として提供され、米軍の管理下にある。中国側の久場島に対する抑制的姿勢は、ここへの侵入がアメリカへの直接的挑発になると見たからだろう
アメリカにとって安倍首相がCSISでの講演で胸を張った「強い日本の復活」は望ましい。
アメリカが協調と対峙という対中二重基準をこなすためには、尖閣をめぐって日中が武力衝突にならない範囲で対立を続けていることが望ましい。逆説的に言えば、中国の太平洋進出の阻止につながる。だが、それはあくまでも強固な日米同盟があってこそだ。
アメリカにとって大きな不安定要因となった安倍政権の選挙結果と、その後の政策展開を米中は注視している。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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