原爆投下への抗議に関する一考察 ―「戦後レジーム」を忘れないために―
- 2013年 8月 6日
- 評論・紹介・意見
- 半澤健市原爆
《原爆投下に対する「帝国政府」の対米抗議》
1945年8月6日の広島、同8月9日の長崎への原爆投下に対して、日本政府(「帝国政府」)は、8月10日に中立国スイス経由で米国政府へ抗議した。抗議の要旨は、「原子爆弾が国際法違反の兵器であり直ちに使用を中止せよ」というものである。抗議の根拠は、日本も批准した1899年(1907年改定)のハーグ陸戦条約である。同条約第22条の「害敵手段の選択につき無制限の権利はないこと」、第23条第6項の「不必要な苦痛を与える兵器の禁止」に違反するというものである。
更に8月14日に発した「詔書」(「終戦の詔勅」)でも、昭和天皇は原爆を非人道兵器と認識している。「詔勅」に次の表現がある。「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラスニ至ル」。残虐な兵器で罪のない人々殺戮しているというのである。ポツダム宣言受諾の瞬間まで、「大日本帝国」は、原爆の使用は国際法違反と認識していたのである。しかし敗戦後、日本政府が原爆投下への対米抗議をしたことはない。それは政府答弁書で確認されている。
《訪米した昭和天皇は帰国後の会見で》
1975年秋、昭和天皇夫妻は訪米した。注目すべきは、10月2日のフォード大統領の晩餐会と帰国後の10月31日記者会見での天皇の発言である。昭和天皇はフォードにこう言った。この訪問で「次のことをぜひ貴国民にお伝えしたいと思っておりました。と申しますのは、私が深く悲しみとする、あの不幸な戦争の直後、貴国が、わが国の再建のために、温かい好意と援助の手をさしのべられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました」。「私が深く悲しみとする」は、I deeply deploreと訳され、米国内で「ヒロヒトの謝罪」か否かという議論が起こった。
帰国後、皇居で日本人記者約50名による会見が行われた。多くの質問のなかで、The Times紙(「ロンドン・タイムズ」)の中村浩二記者が「天皇の戦争責任」について尋ねた。「中国放送」(広島)の秋信利彦記者は「原爆投下への評価」を聞いた。この二つが核心を突いた質問であった。昭和天皇の答えを『朝日新聞』(1975年11月1日)の「両陛下公式会見の内容」記録から書き写しておく。
《そういう言葉のアヤ 気の毒であるが》
中村記者(ロンドン・タイムズ) 天皇陛下はホワイトハウスで「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」というご発言がありましたが、このことは戦争に対して責任を感じておられるとという意味と解してよろしゅうございますか。また、陛下はいわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますかおうかがいいたします。
昭和天皇 そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます。
秋信記者(中国放送・広島) 陛下は昭和二十二年十二月七日、原爆で焼け野原になった広島市に行幸され、広島市の受けた災禍に対して同情にたえない。われわれはこの犠牲をムダにすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならないと述べられ、以後、昭和二十六年、四十六年と都合三度広島にお越しになり、広島市民に親しくお見舞いの言葉をかけておられましたが、原子爆弾投下の事実をどうお受け止めになりましたのでしょうか。おうかがいしたいと思います。
昭和天皇 この原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています。
《原水協と共産党の素早い反応》
11月1日の『朝日新聞』を見る限り、この発言に直ちに反応したのは「日本原水協」と「共産党」である。「日本原水協」の草野信男理事長は要旨次のような談話を発表した。「広島、長崎への原爆投下は、当時の国際法規に明らかに違反している。今年の夏の、いくつかのマスコミの世論調査によっても、被爆者をはじめ圧倒的多数の日本国民が、原爆投下をいまなお許しがたいものとして糺弾している。最近では、アメリカでも知識人をはじめ国民の中にも反省の声が出ている。天皇は被爆の実相や、最近の核兵器をめぐる重大な情勢を知っているのであろうか」。
「共産党」の立木統一戦線部長代理は要旨次の談話を発表した。
「天皇は、戦争責任については言葉のあやの問題だと片づけ、戦争責任を感じていないことを態度で示した。アメリカの原爆投下は、第二次世界大戦の終結のため、などの理由をもってしても正当化できないことは明白だ。戦争のためやむを得ないとする論理は、核戦争の危険が存在する今日、核使用の肯定につながるものだ。戦争の最高責任者である天皇がこれを肯定したことは、事実上アメリカの立場を代弁するもので、被爆者、遺族をはじめ平和愛好の日本国民に重大な衝撃を与えるものだ」。
《「戦後レジームを脱却」したい人々へ》
2007年6月、久間章生初代防衛大臣が、講演で原爆投下を「しょうがないなと思っている」と言って辞任したとき、75年の昭和天皇のことは殆ど誰も言わなかった。天皇と大臣とは「ダブル・スタンダード」で評価するらしい。私はそのときそう思った。
以上は私がメディア記事から抽出した報道である。
「戦後レジームからの脱却」を是とする人々は、このテーマにどう答えてくれるのか。
「帝国政府」のしたように国際法違反の抗議を是とするのか。そして70年遅れて今から米国政府に抗議するのか。それとも「残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害」という言葉を捨てて「広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないこと」と言った昭和天皇を是とするのか。
「戦後レジームからの脱却」とは具体的にどういうことなのか。それを支える転向の論理はどういうものなのか。安倍総理・麻生副総理は、歴史認識を欠いた発言を連発している。自分の頭で考えることが今ほど大事な時はない。
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