12月8日開戦の日に思う-多極化世界で大国の座狙う安倍路線
- 2013年 12月 9日
- 時代をみる
- 多極化する世界安倍路線鈴木顕介
今日は12月8日。72年前の昭和16年(1941)日本がアメリカに挑む戦争を始めた日である。あの朝の東京の空は北風が強く、青く澄みわたり寒かった。「帝国陸海軍は今八日未明 西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」ラジオから開戦を告げる大本営発表が流れた。ぞくっとする電流にも似た痛みが背筋を流れた記憶が今も鮮明によみがえる。当時国民学校(小学校がこう呼ばれた)5年生、10歳。その朝の寒さのためではない、戦りつにも似た感触。それから4年もたたずに本物の戦争にさらされた東京大空襲の予感だったのかもしれない。
2日前の6日、弟が生まれた。産院には母を見舞うと、産後に悪いと開戦を知らせなかったのだが、真珠湾攻撃成功、緒戦の大勝利に沸く町の興奮はすでに伝わっていた。
通学路でもあった産院への大通りを真黒な泥人形と化した死者の群れが埋め尽くすなどその朝は想像もできなかった。
被災体験談に命救われる
もし昭和20年(1945)3月10日の未明、3歳になったばかりの弟と、生後7か月のその下の弟を連れた母が一緒だったら、一家全滅は不可避であったろう。横殴りの火の粉の烈風に逆らって大通りを横断できたのが生死の境い目だった。13歳の私でさえ40歳を過ぎたばかりの父の手に引かれてようやく突っ切れたのだから。
火災保険会社の社員だった父は政府が空襲対策として進めていた、戦時火災保険の業務に奮闘していた。若い社員が戦場に行き、手なれない女子社員を督励しての「職域奉公」。疎開は絶対に許さなかった。サイパン陥落で本土空襲は必至、田舎につてがあったり、カネにゆとりのある家庭では、何とかして家族を疎開させようと必死だった。
自分の職務の遂行に母の内助が絶対必要、疎開されれば不便になる、が疎開不可の父の言い分だった。
当時、家長である父の権威は絶対だった。その父に生まれて初めて直言して疎開を認めさせたのは、私の級友の証言だった。マリアナ基地への新型長距離爆撃機B29の大量配備を終えたアメリカ空軍は、昭和19年(1944)11月から東京への爆撃を始めていた。初期の小手調べの小規模焼夷弾攻撃で、級友は自宅を焼かれた。その体験談をクラスの授業で話してくれた。
日本の防火体制は火たたき(棒の先に着けた布を水に浸して火を消す)鳶口、町内に備えた土管改造の貯水槽からのバケツリレー。消火活動は隣組組織を基盤としていた。街に残る男性は、召集で軍務、徴用で工場に送れない高齢者(当時の)ばかり。隣組の中心は女性だった。
級友の話は衝撃的だった。油脂焼夷弾は着弾して爆発、発火して飛び散ったゼリー状の弾片は、付着したら火たたきなどで到底消せない。隣組消火体制が全く無力であることを聞かされた。アメリカはこの型の焼夷弾を、ほとんどが木造家屋の日本の都市攻撃用に開発した。後にこれがベトナム戦争で多用されたナパーム弾に進化する。
空襲なんぞ恐るべき
つけよ持場にその部署に
われに輝く 歴史あり
爆撃猛火に狂ふとも
戦ひ勝たん この試練
来たらば来たれ 敵機いざ
当時歌われた防空用の国民歌である。この精神主義以外政府は大規模焼夷弾攻撃を防ぐ策は持たなかった。結果は3月10日の東京大空襲だけで10万人の命が奪われた。否、いまだに正確な犠牲者数すら確定できていないし、公的機関が調べようともしない。その一人にならずに今日があるのは、ひとえに級友がもたらしてくれた焼夷弾攻撃の生の「情報」であった。
多極化の中の米中両大国
21世紀の世界を切るキーワードは「多極化」と「エネルギー」である。20世紀はイギリスから一極支配を受け継いだアメリカの世紀だった。アメリカの力による世界の秩序、平和という一極支配の時代は、リーマンショックを機に終わった。
21世紀の世界にアメリカに替る一極は存在しない。中国が多極化の中で抜きんでた大国への路を歩んでいることは自他ともに認める通りであろう。中国は自らの台頭を「中華民族の偉大なる復興」と位置付けている。近代になって欧米と日本の侵略によって領土を奪われ、辱められてきた。GDPでアメリカを抜く経済力を持ち、軍事的にも一流の力を備えた大国となることで、領土の回復と国家の威信を取り返すのを「復興」の目標とする。
その路線の中にアメリカに替って、自ら世界を仕切る意図は見えてこない。アメリカがもくろんだ、20世紀に作り上げたIMF(国際通貨基金)、WTO(世界貿易機関)のような国際公共財に組み込まれる策は断固はねのけるが、利用はするという立場を取っている。
もう一つ多極化で見落とせない要素は、アメリカがある国にバトンタッチをして引退したのではないことだ。それどころか、多極化の中で21世紀の発展の推進力となるアジア・太平洋地域を拠りどころに・中国と並ぶ大極として21世紀を生き続ける路線を明確にしている。
アメリカの新たな強みは、大国の要件として不可欠のエネルギー自給が、シェールガス革命によって可能になったことである。対シリア軍事攻撃の突然の中止、アメリカ、イラン両大統領の直接対話などアメリカの対中東政策転換の兆しはこのエネルギー自給と無縁ではない。アメリカのアジア太平洋回帰路線の推進は、エネルギー自給を背景に、中東への過剰な国力の注入から逃れることでより強められる。TPP交渉の年内妥結を急ぐのも、回帰戦略の具現化の重要目標である。
これに対して中国はさらなる発展に不可欠の原油、天然ガス供給の将来見通しに大きな不安を抱えている。原油の輸入依存率は2012年には58.7%に達した。国内産原油の純度の悪さも大きな問題だ。天然ガスの輸入依存は2012年で29%だったが、今後急速に比率が高まる見通し。海底に石油資源の可能性を持つ東シナ海の大陸棚はエネルギー需要地の沿海部の目と鼻の先だけに絶対に確保したい領域だ。
米中両国の21世紀戦略を見比べると、対中輸入、対米輸出がともに第1位の数字が示すように経済的な相互補完関係は強い。今後中国が国内地域格差の解消に経済政策を内需重視に転換すれば、アメリカの21世紀にとって重要な市場となる。
中国が大国の要件として国内の格差是正より高い優先順位で進めているのが軍事力の増強だ。ここから見えてくる目標は、原油輸入で依存度の高い中東、アフリカと結ぶシーレインの確保のための遠洋海軍力の整備。日本の南西諸島、いわゆる第1列島線西側の東シナ海の完全支配。これには海底資源確保が表裏となる。第1列島線から小笠原諸島からマリアナに至る第2列島線に至る日本の南方水域の日米による自由支配の打破。これには中国の安全保障上不可欠な米空母機動部隊のこの水域からの排除がある。これに必要な海上戦力、空軍力、ミサイル攻撃能力という軍事力増強が伴う。尖閣諸島問題は中国が「中華民族の偉大なる復興」を掲げる限り、中国指導部にとって妥協のできない問題となっている。
このように見てくると、尖閣諸島問題は経済協調、軍事対立という米中関係を象徴する問題であることが浮かび上がってくる。アメリカにとっては軍事力の誇示はするが、偶発的にせよ、実際の軍事衝突は絶対に避けたい。これは中国も同じである。
米中双方にとって、尖閣問題は存在せずという日本の存在は軍事的けん制にとって好都合の存在となる。
エネルギー政策に秘めた大国化
第2次安倍政権を祖父の岸政権が目指した対米自立路線と比べると大きな違いが見えてくる。最も大きな違いは1960年と2013年の国際環境である。岸政権は日本防衛義務をめぐる日米安保条約の双務化には成功した。だが、憲法改正、国防軍創設で真の対米自立を図る目標は達成できなかった。岸は安保改定反対闘争の結果退陣に追い込まれた。アメリカにとっても米ソ冷戦構造の世界で、そこまで日本の自立を許すのは、好ましくなかった。
安倍首相は2月の初訪米でオバマ大統領からあれほどあからさまな冷遇を受けてもめげなかった。政権発足直後の「慰安婦強制連行の見直し」、村山談話の否定、侵略の事実否定と受け取れる国会発言に対する警告の意味が背景にあったのは明らかだ。これにもめげず、多くの知日派を前にCSIS(戦略国際問題研究所)の講演でこう言い放った。
わたくしはひとつの誓いを立てようと思います。強い日本を、取り戻します。世界に、より一層の善をなすため、十分に強い日本を取り戻そうとしているのです。
日本は戻ってきました。わたしの国を、頼りにし続けてほしいと願うものです。
この強気の発言には今のグローバルな状況下ではアメリカが日本を捨てることは出来ないという読みがあったのは想像に難くない。この発言から見えて来るのは、多極化の世界で、一つの極を目指す大国化路線である。政権発足1年の12カ月間に訪問した国は、G8、G20 国連など、多国間会議を除いて22か国に上る(ポーランドで開いたハンガリー、スロバキア、チェコとの会合を含めれば25か国)。この中にはASEAN9か国(来日し-たブルネイを入れると全10か国)、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートの産油国、トルコ、バーレン、カタールという重要な中東諸国、対中バランスと原油、天然ガスを含む資源国としてのロシア、モンゴル、首相が来日した南アジアの重鎮インド、G8に先立ち来日のフランス大統領が加わる。アフリカ諸国とは5月末から6月初め横浜で開いた第5回アフリカ開発会議で出席36か国首脳と会談した。
領土問題で対立する中国、韓国の欠落が安倍外交最大の問題だが、対立する国との対話を探るよりも、まず大国としての地歩を固めて対抗しようとする姿勢が明らかだ。
安倍政権のエネルギー確保戦略にも大国志向路線が色濃く出ている。原油、天然ガスでは、中国と競合する中東産油国を歴訪し、オスマントルコ以来中東地域への影響力が大きい親日国トルコ重視が目立つ。それと同時に、シェールガス革命のあおりで、天然ガス輸出先のヨーロッパ市場の先行きが不透明となったロシアへの接近が際立つ。プーチン大統領との会合を重ねている。
対するロシアも人口希薄なシベリアへの中国人と資本進出という問題を抱える。国境線は確定したとはいえ、「中華民族の復興」で回復を目指す地域には清国の版図であったロシアの極東アジアも含まれる。ロシアにとって潜在的脅威だ。この地政学的問題と同時に、エネルギー資源市場としての中国、日本がある。両国とのバランスの中で主導権を握るのがプーチン大統領の対日接近の狙いだ。
安倍政権が進める既存原発の再稼働推進も重要な大国化路線である。今、原発0路線を鮮明にすれば、大国に不可欠のエネルギー確保が不確実と読み取られる。これを避けるためには原発は捨て難い。
さらに見通しがつかないままの核燃料サイクルに固執するのも、大国に不可欠の軍事力としての核武装化がある。現実の核武装化が難しいとしても、潜在力があるとみられる抑止力は捨てがたい。そう胸中に秘めている、とみるのはうがち過ぎであろうか。現在原発運転で出た核のゴミの再処理の結果、日本が持つプルトニュウムは海外分35トンを含め45トン(2009年)に上る。現在衛星打ち上げに運用しているロケット技術と組み合わせれば、軍事転用可能な核物質と運搬手段技術を持つ潜在的核保有国と日本はすでに見られている。
大国の条件には自国の意志を他国に強要できる軍事力が含まれる。日本国憲法上、専守防衛の原則で保有している軍事力、陸海空3自衛隊はその目的を持たないし、能力も備えていない。だが、一方で例外の例示によってなし崩し的に集団的自衛権の実質的行使を認める動きも着々と進んでいる。武器輸出3原則の空洞化も同根である。開戦記念日の直前の強行採決で成立した特定秘密保護法も普通の国化を象徴する立法である。第3者機関の設置で恣意的な秘密指定を避けるという運用の適正化も、菅官房長官の言質だけで何らの保証もない。組織の構成員が大臣や官僚であり、内閣の組織内に置かれるのであれば、「一つ穴のムジナ」の例えになり、実効は望めない。
権力者が握る情報特権
情報がどれほどの価値を持つかは、すでに太平洋戦争での日本の敗因が、国力の差に止まらず、情報収集戦にあったことが明らかにされている。戦局の転換点となったミッドウェー海戦の一方的敗北は、アメリカ側の日本の暗号解読にあったことは周知の事実である。
8日夜のNHK特番はイギリスの諜報機関が、日本軍の南部仏印(現ベトナム)進駐方針決定を僅か2日後につかんだと報じた。当時対ドイツ戦で苦境にあったイギリスのチャーチル首相は、日本の東南アジア植民地(マレーシア、シンガポール)への進出を抑えるため、アメリカによる石油禁輸をはじめとする強硬な経済制裁を働きかけ、成功した。日本は想定していなかった石油禁輸で備蓄が0になる前にと、勝算のない対米英開戦に追い込まれていった。この放映は70年後に解禁された資料が基になっていた。
いまだに真偽が論議を呼んでいるルーズベルト大統領は日本の真珠湾攻撃を事前に知りながら許したという情報謀略説がある。ヨーロッパで進む第2次世界大戦への参戦なしを公約に3選を果たしたルーズベルトにとって、いかにしてアメリカ人を戦う気にさせるかが最大の政治的課題であった。開戦通告の遅れという日本側の落ち度も手伝って、奇襲攻撃─だまし討ちというアメリカ人の正義感をゆする神話が生まれた。remember pearl harborを合言葉に国民は熱狂して戦争に突入していった。
アメリカ、イギリスという民主主義の本家と見られている国においても、情報は機密性が高まるほど、権力者の占有物と化していく。ウィキリークスの情報暴露は「民主主義社会では、国民は全ての公的事柄に関して知る権利がある」という民主主義の原則がいかに日常的に政治制度を問わず、権力を持つ者と持たない支配される側の対立を生んでいるかをさらけ出した。秘密保護法の成立は日本も遅ればせながら、大国の標準制度を持つ国となったことを意味するのだろうか。
日本人にとって、尖閣、竹島問題は、本来自由な往来で互いをよりよく知り、自らの判断で付き合いを深めて行く間柄の国々との問題である。権力の側の情報操作で、真の情報を知らされないまま、政府にとって望ましい世論が形成されていく。尖閣問題が浮上した後の日中合同世論調査の中国側調査からそれが読み取れる。
言論NPOの世論調査は2005年以来中国日報社と共同で日中両国で同時に実施されてきた。今年の調査は9回目。6月~7月に行われた。日本側回答数は1000人、中国側は北京、上海、成都、潘陽、西安の5都市で1540人。
日中関係の現状
悪い、どちらかといえば悪いの合計
日本 79.7% 中国 90.3%
昨年の日本53.7%、中国41.0%に比べると中国での対日世論の急速な悪化が目立つ。
日中関係の将来
悪い、どちらかといえば悪いの合計
日本 28.3% 中国 45.3%
昨年の日本23.6% 中国18.8%と比べ、中国側の悪化の進行が早い
日中双方とも領土問題を最大の懸念材料として挙げた。日本72.1%、中国77.5%
日中平和友好条約の存在を知っていた人は。日本6割以上、中国4割
第1条の紛争の平和的解決と武力行使、威嚇に訴えないを重視。 日本68.4% 中国52.5%
第2条の覇権を求めないを重視。 日本39.0% 中国 68.5%
両国国民の相互交流は─相手国を訪問した 日本14.7% 中国 2.7%
─親しいか知人がいる 日本20.3% 中国 3.3%
相手国を知る情報源─テレビなどニュースメディア 日本95.0% 中国 89.1%
─テレビドラマ、情報番組、映画 日本 25.2% 中国 65.3%
─教科書を含む自国の書籍 日本 13.9% 中国 36.3%
これらの結果を見ると、習近平政権発足後の「中華民族の偉大な復興」路線の中で進んだ尖閣問題を日清戦争以降の対日屈辱史からの領土回復と位置付けた指導部のキャンペーン。それに歩調を合わせ、さらに拡大するメディア。その声高の中で国交回復後35年の積み上げを知らず、人的交流を欠いたまま、メディア、ドラマ、書籍などの間接情報によって対日世論が形成されていく危うさが浮き彫りにされている。
2013年12月9日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2477:131209〕
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