日中と北朝鮮-東アジアの緊張は激化の一途 -2014年の国際情勢をどう読むか-
- 2014年 1月 4日
- 時代をみる
- 2014伊藤力司東アジア
甲午2014年が明けた。本来なら伝統の新年を寿ぐ特別の時期である。ところが安倍晋三首相が昨年末靖国神社を参拝したことで、2012年9月から表面化した尖閣諸島の領有権をめぐる日中関係の緊張がいっそう深まった。このまま推移すれば日中双方でナショナリズムが燃え盛り、敵対感情がさらに募る「剣呑な」年になるだろう。(ついでに言えば日清戦争から120年、2順目の甲午の年である。)
また昨年2月に就任した韓国のパク・クネ大統領は、20世紀の日韓関係をめぐる安倍首相の歴史認識に不信を抱き、これまで頑として日韓首脳会談に応じなかった。韓国の言論界にパク大統領の“頑固さ”への批判が出始めた矢先だったのに、安倍首相の靖国参拝は日韓関係正常化への動きを封印してしまった。
他方北朝鮮では昨年末、金正恩政権のナンバー2と目されていた張成沢・国防委員会副委員長が「ク-デター」を企てた容疑で死刑判決を受け、即刻処刑されるという危機が表面化した。張氏は金正恩朝鮮労働党第1書記の亡父金正日総書記の実妹金慶喜女史の夫であり、2011年12月に死亡した正日総書記が生前、金正恩第1書記の「摂政」役に任命していたという人物である。張氏はまた、北朝鮮に死活的な利害関係を持つ中国と北朝鮮のパイプ役を果たしていただけに、張氏粛清は今後の中朝関係に重大なインパクトを残した。
昨年11月22日、中国はいきなり東シナ海に防空識別圏(ADIZ)を設定した。この圏内に尖閣諸島上空が含まれていることが、日本にとっては重大な問題と認識された。ADIZとは、高速ジェット機時代に敵戦闘機が自国の領空に接近するのをレーダーで察知して警告を与えるためのゾーンのことだ。日本のADIZは1945年に日本を占領した米軍が日本全国にADIZのレーダーサイトを設置、1969年に米軍から航空自衛隊に移管された。
以来空自は、国籍不明機や旧ソ連空軍機などが日本の識別圏に接近するのをレーダーで察知すると、迎撃用ジェット戦闘機によるスクランブル(緊急発進)を掛け、当該機に識別圏の存在を知らせて退去を促してきた。レーダーの到達範囲は200~300キロとされる。この範囲は日本の領空はもとより排他的経済水域(FEZ)をもはるかに超える範囲である。ともあれ空自による識別圏監視のおかげで、1969年から現在まで日本の領空が敵性機に侵犯されることはなかった。
中国が新たに設定した識別圏は、尖閣諸島上空で日本の識別圏とダブっている。日本は尖閣諸島が歴史的にも法的にも日本固有の領土と主張し続けているが、中国も尖閣(中国は釣魚島と呼称)は自国の領土と主張している。特に日本政府が尖閣諸島を「国有化」した2012年9月以来、中国の監視船が連日のように尖閣周辺を航行、日本の海上保安部の巡視船とにらみ合いながら、時として日本の領海を侵犯して航行するデモンストレーションを続けている。
巡視船による海上でのにらみ合いに加えて、上空でも日中の識別圏で双方のジェット戦闘機が警戒・監視活動を行うとなると、偶発的な衝突が起こる危険性が一挙に高まる。米ソが睨み合った冷戦時代と比肩するような緊張が、東シナ海で恒常化しているのだ。
何とも恐ろしい時代に入った訳だが、この防空識別圏を設定することを規定する国際法も国際ルールも何もない。各国が潜在敵国の航空機の接近を警戒して、勝手に識別圏を設定しているのである。つまり中国が防空識別圏を設定したからといって、国際法上は何の問題もない。しかし日本政府は、中国の防空識別圏設定を日本に対する敵対行動として中国を非難し、識別圏を撤回するよう要求している。
昨年12月7日衆議院と参議院は全会一致で中国に識別圏設定に抗議し、撤回を求める決議を採択した。全会一致というのは、中国共産党と一定の友好関係にある日本共産党も賛成したということだ。このことは安倍政権が、ことさらに打ち出している反中ナショナリズムに日本全国が呼応していると、海外からは見なされても致し方ない。
12月初旬来日したバイデン米副大統領は安倍首相との会談で、米国は中国の防空識別圏について「一方的な現状変更を黙認しない」と述べたが、その直後訪中した時点で中国側に識別圏の撤回を求めなかった。その後米政府は、米国の民間航空各社が中国当局に飛行計画を申告するのを容認していることを明らかにした。これに比べ日本政府は、日本の民間航空会社に中国の識別圏を通る飛行計画を中国当局に申告しないように指示している。昨年11月22日以来今日まで、日本の航空機関連で中国の識別圏をめぐるトラブルは1件も起きていないが、今後が心配だ。
中国は1840年のアヘン戦争で英国に敗れて以来、170年余にわたって屈辱の歴史をなめてきた。明帝国(1362~1650)と清帝国(1651~1911)は当時ずっと世界一の超大国だった。一方西欧では14世紀にイタリアで始まったルネッサンス(文芸復興)で、古代ギリシャ・ローマの学問・文化を学び、折からの宗教改革の大波を受けたカトリック対プロテスタントの殺し合い克服して、合理主義の近代に到達した。
近代の西欧は18世紀の英国人ジェームズ・ワットの蒸気機関発明以来、産業革命・技術革命を発展させ、世界最高レベルの銃砲器を持つに至った。アヘン戦争では兵員数で清軍にはるかに劣る英軍が勝利したのは、まさにこの近代兵器の賜物だった。これを見た高杉晋作、桂小五郎ら時代の変化に目覚めた日本幕末の志士たちは、王政復古の号令の下260年余り続いた徳川幕藩体制を倒し、天皇親政の日本近代国家を造り上げた。明治維新である。
明治政府は欧米列強の真似をして日本を近代国家に造り変えたが、同時に帝国主義・植民地主義も真似して朝鮮、中国への侵略を始めた。日本人は江戸時代まで、基本的に漢学を学ぶことで教養を高めてきた。その先輩筋の朝鮮や本家筋の中国が近代化に後れを取っているのに付け込んで、日本が乱暴狼藉を働いた形である。だから朝鮮、中国は靖国参拝を強行した安倍首相の歴史認識にとりわけ強い怒りを燃やすのだ。
毛沢東の中国共産党は「抗日戦争に勝利した」ことをもって1949年以来、中国を独裁支配してきた。毛沢東自身が発動した文革による混乱を収めた鄧小平が、1979年末に打ち出した「改革開放」をスローガンに「市場原理」経済を導入したことにより、その後30年余り中国経済は高度成長を遂げ、2010年にはついに日本を抜いて世界第2の経済大国になった。中国は一挙に自信を強めて、軍事大国化も果たしつつある。2012年発足の習近平政権は「中華民族の復興」のスローガンを掲げ、中華ナショナリズムを煽って対日攻勢を強めている。
しかし急速に経済大国化した中国には新しい矛盾も発生している。第一に、末端からトップまではびこる中国共産党幹部の構造汚職である。重慶市のトップとして君臨した薄煕来政治局員が失脚した事件の裁判で、高級幹部の汚職の一部始終が暴露された。また高度成長に伴って貧富の格差が拡大し、都市と農村の格差も深刻化している。
中国にも急速に普及したネット環境は、当局の厳しい統制をかいくぐってこうした矛盾を告発し、市民の共感を得ている。こうした内部矛盾を収めるための国内治安対策費は、喧伝される大幅増額の中国の国防予算を上回るというのだから、中国の国内治安問題がいかに深刻か察せられるというものだ。さらにチベット、ウイグル、モンゴルなど漢民族支配に同調できない少数民族を抱えている。こうした難しい問題を抱えた習近平政権が、国内矛盾を隠すために対日ナショナリズムに訴えることは容易に想像がつく。
今を去る40年余の1972年、田中角栄首相と大平正芳外相のコンビが「ニクソン・キッシンジャー外交」の対中宥和路線に乗じる形で日中国交回復を実現した。毛沢東・周恩来コンビは「日中両国人民は、日本軍国主義者に苦しめられた共通の犠牲者」という理屈で、中国民衆の対日不満の声を抑え込んで日本との国交回復を果たした。
毛・周コンビはこの頃中ソ関係が険悪化していたこともあって、日中復交に積極的だった。この時中国側が日本に戦時賠償を要求しなかったことを受けて、田中角栄政権以来の歴代日本政府は発展途上国向けのODA(政府開発援助)を中国向けに最大限に振り向けた。中国は現在世界一の製鉄産業を担っているが、その先駆けとなった上海の宝山製鉄所は日本のODAと技術支援によって完成したのである。
右翼民族主義者として知られる中曽根康弘元首相も、5年間の政権担当中に1回しか靖国参拝をしなかったのは、時の中国トップ指導者の胡耀邦総書記と「肝胆相照らす仲」となって、中国の靖国神社に対する認識について理解したからだという。
1972年の田中角栄・周恩来会談で「棚上げ」された尖閣問題が2012年9月、野田佳彦内閣による「尖閣国有化」で「棚上げ」が解除されたと中国が認識、「釣魚島(尖閣諸島)」の領有権を強く主張し始め、日中間の厳しい紛争になっていることは日本中が憂慮しているところである。
ご承知のように、東アジアの危機は日中関係だけではない。安倍晋三政権の発足以来、日本と韓国および北朝鮮との関係も危機的である。2013年2月に発足した韓国のパク・クネ政権は、明治以来の日本が東アジアで展開した「帝国主義」の足跡を反省しない安倍晋三氏の歴史認識に激しい反発を示してきた。
このことは中国の習近平氏の歴史観とも一致する。習近平・パク・クネ両首脳が、安倍首相の歴史認識〈靖国史観〉に強く反発していることは、中韓の接近を促している。中韓の経済交流も活発化している。これまで日韓交流で成果を上げてきた韓国ビジネスマンが、これからは「韓中交流の時代」と告白するようになっている。
さて北朝鮮の金正恩政権は昨年12月13日、政権ナンバー2と目されていた張成沢氏が国家反逆罪のかどで処刑されたことを発表した。張成沢氏と言えば、金正恩・北朝鮮労働党第1書記の父、故金正日総書記の実妹である金慶喜女史の夫である。金正日総書記は2011年末に死去する以前、歳若い金正恩氏に後事を托すに当たって義理の叔父張成沢氏を「摂政」役に任命したと言われている。
その張成沢氏を処刑した金正恩第1書記の北朝鮮が、今後の東アジア情勢にどういう影響を及ぼすか。張成沢氏が中国とのパイプ役を務めていたことを考えると、習近平氏の中国が金正恩氏の北朝鮮に冷たく当たることは眼に見えている。北朝鮮は、中国から特別低価格で輸入している石油と食糧に頼っている。つまり、中国は飢饉にあえぐ北朝鮮国民の命綱である。そのような中朝関係を知っているはずの金正恩氏が敢えて張成沢氏を葬ったことは、中朝関係の深刻な危機を予測させる。
中朝関係の危機の下で、金正恩第1書記の北朝鮮がどのような生き残り策を見せるか。第一に、亡父金正日総書記が遺した核兵器保有国としての存在感を示し続けることであろう。とすれば、朝鮮半島非核地帯を目標と掲げる6カ国協議はナンセンスとなる。中国が薦める「改革・開放」つまり市場経済の導入を拒否して、初代金日成氏が唱えたチュチェ(主体)思想を金科玉条に“社会主義”路線を貫く構えの金正恩政権の前途は危ない。場合によっては、金正恩暗殺といった事態すら起こりかねないだろう。
東アジア情勢に詳しい観測筋は、米国が今後10年間ほどの間に在韓米軍の撤退さえ約束すれば、中国は韓国による北朝鮮併合を認めるのではないかとの見通しを明らかにしている。もし「金王朝」が破局すれば、韓国、中国、日本には無数の北朝鮮難民が流入するという事態が憂慮されてきた。しかし韓国が平和的に北朝鮮を併合し人民に生活を保障すれば、朝鮮半島の大破局は避けられるだろう。それにしても2014年の東アジア情勢は危険に満ちている。
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