(メール転送です) 原子力安全:179] 伊方原発運転差止請求事件意見書(甲108号証)地震時の制御棒挿入性などについて
- 2014年 3月 3日
- 評論・紹介・意見
- 伊方原発運転差止請求田中一郎藤原節男
from 藤原節男(原子力公益通報者、原子力ドンキホーテ)
件名:伊方原発運転差止請求事件意見書(甲108号証)地震時の制御棒挿入性などについて
頭書の件、本メール添付の意見書は、伊方原発運転差止請求事件[平成23年(ワ)第1291号、平成24年(ワ)第441号]の甲108号証として、松山地方裁判所に、2014年2月24日に提出済みであり、福島原発事故から丸3年となる3月11日の口頭弁論で使用されます。意見書の内容は以下に示す【意見書(甲108号証)の内容】のとおりです。意見書では、PWR原子力発電所のみならずBWR原子力発電所にも共通した問題点を指摘しています。なお、この意見書には添付資料1があり、四国電力が、大地震でも設置許可申請書記載の制御棒挿入時間(2.2秒)内に制御棒は遅延なく挿入できると主張する「制御棒挿入性評価における応答倍率法の適用」の根本的な問題点について指摘、解説しています。また、炉安審「制御棒挿入に係る安全余裕検討部会」審査委員はつぎのとおりであり、いずれも原子力推進組織(原子力ムラ)の職員であって、利益相反関係にあることから、その審査の信用性についての問題があることを説明しています。
岩村公道 日本原子力研究開発機構
岡本孝司 東京大学大学院
可児吉男 日本原子力研究開発機構
木口高志 原子力安全基盤機構
竹田敏一 大阪大学大学院
更田豊志 日本原子力研究開発機構
【意見書(甲108号証)の内容】
第1 意見書作成の経緯
原告弁護団より、下記事項について意見書の作成を求められた。
記
伊方原子力発電所の北5㎞~8㎞ にある中央構造線の地震により、同発電所において、少なくとも1000ガル、2000ガル以上もあり得る加速度、ならびに少なくとも6強、あるいは7の震度の地震動が起き、また、6m~10mの高さの津波が発生した時、同発電所においてどのような事故が起きる危険があるか。
第2 結論
① 原子力発電所は、1000万点あまりの部品によって構成されている極めて複雑な構造物なので、上記地震動により、配管等が損傷され、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
② 四国電力の「制御棒挿入性評価における応答倍率法の適用」には根本的な問題があり、上記地震動によって制御棒挿入不能、または制御棒挿入時間制限(2.2秒)の超過となる危険がある。
③ 毎秒約7㎞のP波で地震を検知し、制御棒の挿入が始まっても、毎秒約3㎞のS波が到達するまでに1秒程度の時間しかないので、S波が到達した時、制御棒の挿入は完了していない。耐震設計上、原子炉建屋はSクラスだが、タービン建屋は通常の建築物と同じCクラスなので、原子炉建屋が倒壊等を免れたとしても、タービン建屋は倒壊等を免れないし、少なくとも、両建屋をつなぐ2次系冷却水配管等の損傷は免れることができない。その結果、原子炉の2次系冷却ができなくなってしまう。利用できる緊急炉心冷却装置(ECCS)は、制御棒挿入が完了した出力停止後の原子炉崩壊熱を冷却する能力しかない。制御棒挿入が完了しない出力中原子炉の冷却には能力不足である。したがって、メルトダウン、メルトスルーに
至る危険がある。
④ 海水ポンプの海面からの高さは1、2号炉がT.P +5.0m、3号炉がT.P +4.5mなので、6~10mの津波によって海水ポンプが冠水して海水ポンプの機能が喪失し、原子炉の冷却、非常用ディーゼル発電機等の冷却ができなくなり、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
⑤ 3号炉では、津波の最高水位をT.P +3.5mと想定した上で、津波の影響を考慮した最低水位をT.P -3.02mと想定し、海水取水可能水位T.P -3.39mとの間に0.37mの余裕があるとしているが、6~10mの津波だと、海水取水可能水位を超える水位低下となり、海水ポンプが機能を喪失して、上記④同様のメルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
第3 上記意見の理由
① 上記①の理由
原子力発電所は、1000万点あまりの部品によって構成されている極めて複雑な構造物(注)なので、品質マネジメントシステムを、部品及びそれを総合した機器、設備のすみずみまでに浸透させることができない。不適合(故障)再発防止対策等の処置が全てに行き渡っているとは限らない。したがって、設計地震加速度以下の地震でも、機器設備が健全とは限らない。不適合品の配管等が損傷され、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。まして、上記地震動のように設計地震加速度以上の地震に遭遇した場合には、適合品質の配管等ですら損傷され、原子炉システムの機能不全により、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
(注)
出典1:業界紙Rimse (Research Institute for Mathematics and Science Education) 2012年9月創刊号「(財)理数教育研究所設立記念講演 in 東京」の14ページ目 http://www.rimse.or.jp/report/pdf/Rimse01.pdf
出典2:原子力委員会定例会議[平成18年6月27日(火)]における講演資料[日本原子力研究開発機構システム計算科学センター中島憲宏「原子力機構におけるシミュレーション研究」]の2ページ目
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2006/siryo25/siryo22.pdf
② 上記②の理由
「制御棒挿入性評価における応答倍率法の適用」の根本的な問題点について、添付資料1にて説明する。制御棒が原子炉設置変更許可申請書添付十安全解析での前提となる制御棒挿入時間(2.2秒)以内に挿入できないと、原子炉出力状態にある原子炉を冷却することになり、設備能力が足りなくなる。これをATWS(Anticipated Transient Without Scram:スクラム失敗を伴う予期された過渡事象)という。制御棒挿入遅延が長引くと、炉心溶融(メルトダウン、メルトスルー)になる可能性がある。
添付資料1記載の問題六点とその結論を、以下に摘記する。
【制御棒挿入性評価における応答倍率法の適用の根本的な問題点】
◎ 応答倍率法の適用では、鉛直動(縦振動)を考慮していない問題点
制御棒と燃料集合体に鉛直動(縦振動)地震が加震されると、制御棒は自由落下状態で上下振動し、燃料集合体は原子炉容器に固定された状態で上下振動することになる。このため、制御棒と燃料集合体の相互間に振動位相のずれが生じ、燃料集合体の構成要素である制御棒ガイドシンブル(制御棒案内管)内の冷却材が増える状態、つまり、制御棒が一時的に引き抜かれる現象が生じる。制御棒が引き抜かれ、制御棒挿入時間が伸びる現象は、全体の制御棒挿入時間に加算しなければならない。多度津工学試験所での加振試験では、実際の地震が3次元加震されることによる制御棒挿入時間増加が考慮されていない。このため、設置許可変更申請書安全評価上の制御棒挿入時間制限(2.2秒)の超過となる危険性がある。
◎ 制御棒挿入試験(加振台) で使う地震入力波、解析で使う地震入力波が、特定の代表地震波(時刻歴震動が同じ)である問題点
実際の地震波は、鉛直動(縦振動)を伴う速度波形のいびつな複合地震波(三次元)であり、時刻歴震動は多種多様である。また、制御棒挿入関連機器(ドライブライン)構成要素は、制御棒、制御棒駆動機構、上部炉心支持構造物、燃料集合体(制御棒ガイドシンブル…制御棒案内管)、下部炉心支持構造物である。それぞれの機器に重力加速度、地震加速度(三次元)が加わった時、それぞれの機器が持っている固有振動数モードが異なるため、各種地震波での共振領域はそれぞれ異なる。したがって、特定の代表地震波(水平二次元)実験のみで、伊方3号の制御棒挿入性が適切に模擬されるとは、到底考えられない。
◎ 今回の伊方原子力発電所基準地震動Ssでの制御棒挿入時間は、直線外挿の評価であり、直線内挿の評価ではない問題点
四国電力は「遅れ時間が直線的に増加する範囲」と主張するが、実験科学的に証明されているとは言えない。つまり、線型推定する場合に、直線内挿の評価では実験科学的に証明された推定範囲に属するが、直線外挿の評価の場合には単なる予想、推測範囲でしかない。特に、比例幅が大きくなると予想の確実性も低くなる。1000ガル、2000ガル以上もあり得る加速度の場合には、「遅れ時間が直線的に増加する範囲」とは、とても言えない。そのうえ「ドライブライン」製作公差(挿入遅れ方向)も、燃料集合体内での燃料棒滑り現象も考慮が必要である。製作公差、非線形の振動および滑り現象を考慮すると、その予想がさらに不確かなものとなる。
◎ 挿入性評価基準値(2.2秒)を超過している問題点
「伊方発電所3号機制御棒挿入性の評価における応答倍率法の適用性」の5ページ目に記載の基準地震動Ss時の評価基準値は2.50秒、通常運転時の挿入時間は1.87秒である。
原子炉設置許可申請書添付十での安全解析前提条件となる制御棒挿入時間2.2秒との整合性がない。安全解析での制御棒挿入時間が2.2秒なら、基準地震動Ss時の評価基準値も2.2秒でなければならない。2.2秒を守れるか否かは、実規模加震時制御棒挿入試験で安全確認する以外はない。低加速度での試験からの外挿計算(推測)、鉛直動(縦振動)を含まない多度津試験からのコンピュータ外挿では、安全確認は不可能である。基準地震動Ssの評価基準値2.50秒を見直ししないならば、新基準地震動時の評価基準挿入時間(2.50秒)と各種事故とを重ね合わせた安全解析が必要である。つまり、安全解析の前提条件(評価基準値2.2秒)を変更し、評価基準値2.50秒にして、改めて安全解析が必要となる。
◎ 応答倍率法の問題点
地震における応答倍率法とは、時刻歴震動において鉛直動(縦震動)と横震動(X-Y水平震動)の最大値が別々の時刻に現れた場合に、代表震動最大値を決定する方法である。この場合、縦震動と横震動の最大値の単純和を分母として自乗和平方根を分子して代表震動最大値を決定する。「伊方発電所3号機制御棒挿入性の評価における応答倍率法の適用性」の5ページ目ではこの手法を制御棒挿入性の評価に適用している。最初に述べたように、鉛直 (縦)
震動による制御棒挿入時間の遅れのメカニズム(制御棒浮き上がり)は、横震動による制御棒挿入時間の遅れのメカニズム(摩擦抗力)とは、全く違っている。独立して発生する制御棒遅れ時間である。これは、上述の地震における応答倍率法を借用するのではなく、独立して加算すべき遅れ時間となる。
◎ 炉安審「制御棒挿入に係る安全余裕検討部会」審査委員の問題点
審査委員はいずれも原子力推進組織(原子力ムラ)の職員であって、利益相反関係にあることから、その審査の信用性についての問題がある。
③ 上記③の理由
毎秒約7㎞のP波で地震を検知し、制御棒の挿入が始まっても、毎秒約3㎞のS波が到達するまでに1秒程度の時間しかない。高知大学岡村教授の意見書によると、P波の秒速が約7㎞、S波の秒速が約3㎞とのことなので、5㎞の距離だとすると、P波の到達時間は0.71秒、S波の到達時間は1.67秒となり、P波到達後S波が到達するまでの時間は0.96秒となる。8㎞の距離だとすると、P波の到達時間は1.14秒、S波の到達時間は2.67秒、P波到達後S波が到達するまでの時間は1.53秒となる。S波が到達した時、制御棒の挿入(「スクラム信号により制御棒を支持しているラッチが開くまでの時間0.3秒」+「設計挿入時間2.2秒」=2.5秒)は完了していない。
耐震設計上、原子炉建屋はSクラスだが、タービン建屋は一般建築物と同じCクラスなので、設計地震動の加速度では、原子炉建屋が倒壊等を免れたとしても、タービン建屋は倒壊等を免れないし、少なくとも、両建屋をつなぐ2次系冷却水配管等の損傷は免れることができない。その結果、主給水ポンプから蒸気発生器への給水、および蒸気を蒸気発生器からタービン建屋にある復水器まで送ることが不可能となり、原子炉の2次系冷却ができなくなってしまう。利用できる緊急炉心冷却装置(ECCS)は、給水源である燃料取替用水タンク容量、安全系ポンプでの給水流量とも、制御棒挿入が完了した出力停止後の原子炉崩壊熱を冷却する能力しかない。制御棒挿入が完了しない出力中原子炉の冷却には能力不足である。冷却能力不足の場合には、原子炉が過熱状態となり、加圧器安全弁が作動して、原子炉冷却系の冷却材が次第に喪失する。そのうち、原子炉容器から冷却材がなくなり、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
④ 上記④の理由
海水ポンプの海面からの高さは1、2号炉がT.P +5.0m、3号炉がT.P +4.5mなので、6~10mの津波によって海水ポンプが冠水して海水ポンプの機能が喪失し、原子炉の冷却、非常用ディーゼル発電機等の冷却ができなくなる。被告準備書面(3)において、四国電力は、敷地高さであるT.P +10mを超えない限り、防潮堤などにより、海水ポンプを設置しているピットへは下部から海水が浸入することはない構造となっていると主張しているが、3.11の際、女川原発で海水を取り入れる地下のトンネルやケーブルなどを通す建屋の貫通部を通じて海水が入り込み、原子炉建屋の地下が浸水し、海水ポンプや非常用ディーゼル発電機も停止したことが、国際原子力事象評価尺度 (INES)
レベル2の事故として、2013年7月10日、原子力規制委員会によって最終評価されている(注)。伊方原子力発電所においても、海水を取り入れる地下のトンネルやケーブルなどを通す原子炉建屋貫通部を通じて海水が入り込み、原子炉建屋が浸水して、海水ポンプや非常用ディーゼル発電機も停止する可能性は否定できない。したがって、メルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
(注) 国際原子力事象評価尺度 (INES) レベル2の出典:
「原子力施設等の事故・トラブルに係るINES(国際原子力・放射線事象評価尺度)評価について」 平成25年7月10日原子力規制庁
http://www.nsr.go.jp/committee/kisei/data/0014_04.pdf
の3ページ目。
⑤ 上記⑤の理由
3号炉では、津波の最高水位をT.P+3.5mと想定した上で、津波の影響を考慮した最低水位をT.P-3.02mと想定し、海水取水可能水位T.P-3.39mとの間に0.37mの余裕があるとしているが、6~10mの津波だと、海水取水可能水位を超える水位低下となる。被告準備書面(3)において、四国電力は、水位の低下により一時的に取水が不可能となる事態が生じたとしても、水位が回復すれば、取水は再開されると主張しているが、海水ポンプは、一度吸水口から空気が混入すると、ポンプインペラ(回転翼)が空回り状態となり、長時間故障して空気を抜く操作をしないかぎり取水再開ができなくなると推測できる。したがって、海水ポンプが機能を喪失して、上記④同様のメルトダウン、メルトスルーに至る危険がある。
なお、四国電力は、追加安全対策として、電源車、消防自動車、可搬型消防ポンプ、水中ポンプ、ホイールローダ等を設置することとしている。だが、これらは自動機器ではなく、人間が介在してはじめて駆動する機器であるため地震、津波等の事故状態では通路など接近性の問題、ヒューマンエラーが介在する問題がある。また、台風、大雪等気象条件の組み合わせを考えると、とても事故を防げる装置とは言えない。
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藤原節男(原子力公益通報者、原子力ドンキホーテ): http://goo.gl/jt0amd
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◎ 原子力公益通報「原子力ドンキホーテ(ぜんにち出版)藤原節男著」の「はじめに」の記載内容は、次のとおり。
原子力プラントメーカである三菱重工業にて、30年余り原子力エンジニアとして働いてきた私は、原子力規制組織である独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)の検査員に転じた。検査員となってからも、技術者の使命として、原子力発電所の安全性を高めることを第一に考えてきた。
しかし、盲目的に原子力を推進しようとする原子力村(原子力帝国)の組織にとって「原子力安全」という技術者としての当然の正義を貫く私は「不都合な存在」でしかなかった 。上司から検査記録の改ざんを命じられ、それを拒否した結果、私は組織からパージ(追放)された。
2009年3月4日、私は原子力安全基盤機構の検査員として、新設された北海道電力(株)泊原発3号機の使用前検査に臨んだ。原子炉安全性を確認するためのこの検査で、安全性を損なう「不合格」の検査結果が出た。これを放置すれば、チェルノブイリ級重大事故の発生につながるという検査結果である。
翌日、私は「検査要領書」に示されたとおりに、新たな条件を設定し、再検査を行った。その結果、検査は「条件付き合格」となった。
ところが、後日、検査報告書を見た上司から、とんでもない指示を受けた。3月4日の「不合格」の記録を削除しろという。つまりは「記録改ざん」「事実隠ぺい」という不正行為を強要されたのである。 原子力安全を守るために存在する検査員が、原子力安全を損なう不正に手を染める。そんなことがあっていいはずがない。もちろん、私は上司の指示を拒んだ。
そのことがきっかけとなり、私は検査業務から外され、閑職に追いやられたばかりか、翌年の定年退職後の再雇用を拒否された。 自ら退職を望む者を除いて、再雇用を拒否された前例はない。記録改ざんという不正を強要する上司、それを支持する組織に逆らったことに対する、あからさまな報復措置だった。
退職後の2010年8月、私は再雇用拒否の処分取り消しを求めて原子力安全基盤機構を提訴した。これと前後し、原子力安全委員会と原子力安全・保安院に「公益通報」を行なった。泊3号機使用前検査での記録改ざん命令のことだけではなく、私がこれまで経験した原子力村のずさんな実態をマスコミや政治家にも訴えた。
しかし、私の公益通報が日の目を見ることはなかった。誰もが真摯に話を聞く素振りこそするものの、結局はあやふやな対応に終始し、私の訴えを黙殺した。 2011年3月8日、私は経産省記者クラブの記者たちに一通の警告メールを送った。
「このまま原子力安全が脅かされている状態が続けば、明日にでもチェルノブイリ級の大事故が生じる」
東日本大震災、そして福島原発事故が発生したのは、その3日後のことだった。
原子力村の腐敗を追及する、私の公益通報を最初に報道したのは「週刊現代」で、福島原発事故の3ヵ月後の2011年6月18日号(6月6日発売)に「スクープ! 原発検査員が実名で告発『私が命じられた北海道泊原発の検査記録改ざん』」と題する記事が掲載された。 「現状の原子力村を解体しない限り、原子力安全は守れない!」という私の叫びは、皮肉なことに、福島原発事故という重大事故が起きたことで、ようやく人びとの耳に届くこととなった。 その後、米国では「ウォール・ストリート・ジャーナル」、日本では「東京新聞」「週刊SPA!」、北海道のローカル誌「北方ジャーナル」と記事掲載が相次ぎ、毎日新聞では私の公益通報を情報源としたニュースが、第一面トップ記事として報道された。
こうして、私の取り組みは、ようやく日の目を見ることとなった。しかし、私はまだまだこの状況に満足しているわけではない。福島原発事故から1年が経ち、この重大事故を引き起こした原子力村の腐敗を、これからもっと多くの人達に知ってもらいたい。 このまま年月が過ぎ、批判の声が鎮静化してしまうようなことがあれば、原子力村の住人たちは、何の反省もないまま、これまでと変わらないやり方で、原発の再稼働を図ろうとする。それでは「第二の福島原発事故」を防ぐことはできない。
原子力村の悪人たちの目論見を阻止するためには、現状の原子力規制体制への批判を一過性のものに終わらせずに、継続して批判し続ける世論を形成しなければならない。そのためには、原子力村の実態を暴く「公益通報」が、もっと盛んに行われる状況を形づくる必要がある。
組織の人間が、組織内部の不正や違法行為を監督機関やマスコミに通報することを、かつては「内部告発」と呼んでいた。しかし、2006年に公益通報者保護法が施行され「公益通報」という新たな呼び名が誕生した。文字どおり、公益のための通報という、その活動の目的をより鮮明にした新たな概念となる。 現在、私が手掛けている活動は、原子力安全という公益を目的に、公益通報で原子力村という巨悪を打ち倒すための闘いである。
普通に考えれば、一人の個人が立ち向かっていくには、大きすぎる相手だ。しかし、闘う前に諦めることは、私の信念が許さない。原子力安全を守り抜くことが、原子力技術者である私に課せられた使命と考えている。
***
原子力村の組織犯罪は、次のとおり、組織の犯罪であると同時に、組織構成員の犯罪である。
(1) 驚くべきことに、原子力村では、戦前日本軍の「上官の命令は天皇陛下の命令」という上意下達の組織論理がいまだに生きている。戦場で突撃命令に従わなければ、戦場離脱となり、銃殺刑が待っている。日本の官僚組織は、それとまったく変わりのない上意下達組織。まちがった上司命令でも、部下は従わなければならない。 このような古い組織体質が原因となり、原子力安全対策が遅れ、ひいては福島原発事故が起こった。
史実をたどれば、第二次世界大戦においてはポーランドのアウシュビッツ強制収容所等でユダヤ人の大虐殺が行われた。その中心人物の一人であるアドルフ・アイヒマンは自らの残虐行為について「私は命令に従っただけ」という言葉を残した。 この例をみるように、組織犯罪が明るみに出た時、当事者は「全責任は上司にある。私は命令に従っただけ」と言うのが常。しかしその言い分どおりに受け止めてしまえば、結局は「会議で決議したことだ。だれかが決めたことだ」という論理がまかり通り、当事者個々人には罪がない、ということになってしまう。 哲学者ギュンター・アンダース(Günther Anders)は「アイヒマン問題は過去の問題ではない。我々は誰でも等しくアイヒマンの息子である。我々は機構の中で無抵抗かつ無責任に歯車のように機能してしまい、道徳的な力がその機構に対抗できず、誰もがアイヒマンになりえる可能性があるのだ」という言葉を残している。 私も同じ思いを抱いている。原子力村の組織犯罪は、組織の犯罪であると同時に、組織構成員の犯罪である。
(2) 品質保証、品質マネジメントシステムの世界では「不適合事象の関係者の名前は公表しない」という原則がある。 名前を公表すると「自分から名乗り出て、不適合管理、不適合是正処置、事故再発防止のために必要な真実を述べる」ことをしなくなるとの理由から、この原則ができた。つまりは関係者に不利益が及ぶことを恐れて、当事者が事実を隠ぺいしてしまうことを考慮し、この原則ができた。 しかし、この「関係者の名前は公表しない」という原則を組織犯罪に適用してはならない。こうした原則を適用し「全責任は上司にある。私は命令に従っただけ」という言い分がまかり通るから、組織犯罪が無くならない。
(3) 人間社会の組織は、人体の組織に似ている。
人体の神経は、機能的に、自律神経と体性神経とに分類される。自律神経とは、各内臓器を制御する神経。体性神経とは、感覚神経(五感の刺激を大脳皮質へ届け、感覚を生じさせる神経)と運動神経(意思により、筋肉を収縮させる神経)。 また、人体組織には、免疫機能が備わっている。ガン細胞に対抗する機能、ケガをした時の自然治癒機能が備わっている。 人間社会組織の上意下達機能が、人体の運動神経機能。公益通報が、感覚神経機能。事故再発防止対策、犯罪防止対策が免疫機能。市民の倫理観、知識見識胆識が、ガン細胞に対抗する機能、ケガをした時の自然治癒機能。
[参考]
◎「手を打てば、魚集まる、鳥逃げる、娘、茶を持つ、猿沢の池」という道歌(仏教、仏道の教え、悟り、修行の要点をわかりやすく詠み込んだ和歌)が、お坊さんの講話に出てくる。奈良興福寺の五重の塔を水面に写す猿沢の池のほとりで、パンパンと手を打つと、池の鯉は、餌を貰えると集まってくる。ハトやカラスは、驚いて逃げ去る。茶店の娘は、お客が来たと思い「いらっしゃい」と渋茶を持ってやってくるという情景を歌っている。その真意は「お釈迦様が説法しても、受け止め方は聞き手の知識や経験によって三者三様。どのように受け止めるか、言葉の理解度は聞き手により、違ってくる。お釈迦様の説法を正しく聞くには、無心(偏りのない心)になる修行が必要」ということ。
◎公益通報者保護法について
公益通報者保護法とは、内部告発を行った労働者を保護するための法律である。一定の要件を満たした内部告発を「公益通報」と定義し「公益通報を行った人物に対する解雇や減給、その他不利益な取り扱いを無効にする」としている。 この法律の背景には、欧米各国で内部告発者を守る法律が、相次いで成立した経緯がある。アメリカでは1989年に内部告発者保護法 (Whistleblower Protection Act)、イギリスでは1998年に公益開示法 (Public Interest Disclosure Act) が制定された。こうした国際世論の流れを受けて、日本でも同様の法律が作られたのである。
内部告発を行う者と告発される組織とは、当然、敵対関係となる。私が、JNESから再雇用を拒否されたように、内部告発者は、解雇されて仕事を失ったり、減給や左遷など組織内で不利益な扱いを受けたりすることになる。 組織の不正や違法行為を追及する正義の存在でありながら、内部告発者は「密告者」というレッテルが貼られ、結果的に不幸な境遇に追い込まれてしまうケースがほとんど。
公益通報者保護法は、そうした不利益な扱いから内部告発者を守るために作られた法律。この法律によって「公益通報」という新たな概念ができ、内部告発=密告という後ろ暗いイメージを払拭した。しかし、正直なところ、私は、この法律は悪法であると考えている。実際に公益通報者が、この法律によって立場を守られるとは、とても思えない。現に、法律施行から5年も経過しているのに、保護された公益通報者は、ひとりもいないという。
私は、法律の専門家でも、企業コンプライアンスの専門家でもない。したがって、ここで多くを論じることは控えるが、この法律には、次のような欠陥がある。
・ 通報対象が、413の特定法律で、刑罰の対象となる犯罪行為に限られていること
・ 罰則規定がないこと
・ 組織内部への通報、行政機関への通報、マスコミなど外部への通報の順に、通報保護の条件が段階的に厳しくなっていること
これらを考えると、公益通報者保護法は、公益通報を促進するどころか、公益通報を抑制するための立法である。そもそも、公益通報する時点において、刑罰対象となる犯罪行為であることが明確になっている事件など、あるわけがない。犯罪行為が明確になるのは、刑事裁判での判決後である。強盗とか、殺人のように、通報する時 に、犯罪行為であることが、だれの目にも明確になっている事件は、警察に通報すればいいのであって、公益通報の対象にはならない。
私が原子力安全基盤機構(JNES)内で公益通報した「業務改善目安箱」は、公益通報者保護法の施行を機に作られた制度であるが、結局のところ、公益通報者を摘発するための制度でしかなかった。同じように、公益通報者保護法は、実質的な「公益通報者摘発法」である。 私の公益通報を「原子力安全に関係しない」と受け流した原子力安全委員会や、保安院の原子力施設安全情報申告調査委員会のふるまいも同様である。公益通報を受けた側が「通報内容について調べてみたところ、これは刑罰にあたるとは思われない。刑罰と思うのであれば証明してみせろ」と、うやむやな処理をする。そうすれば、 通報者を保護するどころか、結局は、通報者の摘発(あぶり出し)にしかならない。
せっかくの公益通報も、受け入れられなければ、公益追求にはつながらず、通報を行ったという事実だけが残る。結局、公益通報者は立場を失い、不利益を被るという構図は、公益通報者保護法施行以前とまったく変わらない。http://goo.gl/b3Lq02
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藤原 節男(Fujiwara Setsuo、原子力公益通報者、原子力ドンキホーテ)
単行本「原子力ドンキホーテ(藤原節男著、ぜんにち出版)」絶賛発売中
元原子力安全基盤機構検査員
元三菱重工業(株)原発設計技術者
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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