《教育委員会制度》解体は何をめざすか (上) ― 徹底批判、安倍「教育再生」と「中教審答申」―
- 2014年 4月 9日
- 時代をみる
- 「教育委員会制度解体」の真の狙いは何か青木茂雄
1.《教育委員会制度》解体をめざす安倍「教育再生」
2013年12月6日に、盛り上がる反対の声をよそに、強行採決により「特定秘密保護法案」を「成立」させた右翼安倍政権は、「宿願」の「靖国参拝」を果たしたのちの、通常国会前半の「課題」としているのが“教育”である。「道徳」の教科化と「教科書検定基準」の改悪は、法改定を待たずしてすでに実施へむけて動き出した。
2014年2月4日には、自民・公明の与党プロジェクトチームを発足させ、本格的な制度改定のための具体的な法案の検討に乗り出した。首長の権限の強化をめざす「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下「地教行法」と略)、大学の教授会の諮問機関化と学長権限の強化を内容とする「学校教育法」、教科書採択を巡って竹富町教委の抵抗排除のための「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」、この三法の改定がまず最初の突破口と目されている。その中でも地教行法の改定は、戦後教育行政組織の中軸を担ってきた《教育委員会制度》の解体をめざすものであり、最も根底的な改変(=改悪)である。すでに中央教育審議会での答申もなされ、自民党だけでなく、文科省としての方向性も示された。この間の動きと《教育委員会制度》解体の持つ意味について考えてみたい。
「戦後レジーム」の清算をかかげる安倍自民党のめざす戦後教育制度の根底的改変は、2006年の教育基本法改悪に次いで新たな段階を迎えた。2012年の衆議院選挙前の11月21日付の「自民党教育再生実行本部中間取りまとめ」の中の6つの分科会報告で示された内容が、政権成立後、この内容がそのまま「教育再生実行会議」(以下「実行会議」と略)を通じて実行に移されている(注1)。
2013年4月15日「教育再生実行会議」が『教育委員会制度等の在り方について(第二次提言)』を提出した。自民党の「中間取りまとめ」にほぼ沿った内容のものである。「提言」は「現行の教育委員会制度には、合議制の執行機関である教育委員会、その代表者である委員長、事務の統括者である教育長の間での責任の所在の不明確さ、教育委員会の審議等の形骸化、危機管理能力の不足といった課題が依然としてあります。これは、根本的な問題として、非常勤の合議体である教育委員会では、日々変化する教育問題に迅速に対処し、責任を果たしていくにはおのずと限界があるからです」と述べ、「地方教育行政の権限と責任を明確にするため、地域の民意を代表する首長が、教育行政に連帯して果たせるような体制にする必要があります」と結論づけている。
同時に、「国、都道府県、市町村の役割を明確にするとともに、相互の権限や関係を見直す必要がある」として「最終的には、国が、是正・改善の指示等を行えるようにする」ことを求めている。
「実行会議」は、教育行政における、教育長を通じた首長権限の強化と国の関与権の強化を求めているのである。これは戦後の《教育委員会制度》そのものの根本的改編を目指すものにほかならない。なぜなら、行政権力の関与を極力限定的なものに抑えることが、そもそも《教育委員会制度》の根本趣旨であるからである(注2)。
(注1)「実行会議」については、本誌2013年6月号所収の拙稿「安倍『教育再生』の危険な狙い」を参照されたい。
(注2)「文部科学省設置法」によれば、4条に文科省の所掌事務として「3 地方教育行政に関する制度の企画及び立案並びに地方教育行政の組織及び運営に関する指導、助言及び勧告に関すること。」とある。国の権限は制度上は、あくまで「指導、助言、勧告」に限られているのが現行法の規定である。また、地教行法24条によれば、首長の権限は「教育財産の取得、処分」「教育委員会の所掌に属する予算の執行」に限られている。
2.安倍「教育再生」の中の「教育委員会制度改革」
教育委員会制度の改廃については、2000年頃から「行政改革」の流れの中で経済界などから言及されることもあったが散発的なものにとどまった。教育委員会制度を改廃を含めて具体的な教育改革の俎上に最初に乗せたのは民主党政権である。
民主党の凋落とともにその議論はいつしか立ち消えとなり、代わって大阪の橋下府政の中でこれが問題となった。橋下知事率いる大阪維新の会が2011年に作成した「教育基本条例案」の中では、教育委員会制度の実質的な解体が企てられていた。即ち、①教育委員の任免権を首長である府知事が掌握することによって、②教育内容の決定権(具体的にはまず学校の教育目標の決定権)を首長が握り、次いで③「免職」を背景にして教職員を厳しい管理統制のもとにおき、教育内容そのものを首長が掌握する、こういう筋立てであったが、府の教育委員その他内外の抵抗に遇い、曲折を経ることになった(注3)。しかし、条例の形は変わったが所期の目的は達成されていると言ってよい。橋下が市長に転身して以来、大阪市の教育委員会は意思決定が不能となり、教育委員会制度は実質的に解体してしまった。大阪府教委も大同小異の状況である。
自民党の安倍・下村・義家等は大阪の動きに大きな刺激を受けたことは間違いない。
前述した自民党の「教育再生実行本部・中間取りまとめ」の中でも、「教育委員会制度改革」は大きな位置を占めていた。大津市の「いじめ問題」を口実に“教育委員会の機能不全”の世論をつくりあげ、一気に教育委員会制度の実質解体に乗り出したのである。そのポイントは①教育行政の責任者を首長の任命する「教育長」に一元化し、②教育委員会を独立委員会から教育長の諮問機関とし、③地方教育行政に対する国の介入の余地を拡大すること、の3点である。③を除けば、すべて大阪において先行実施されていることの追認である。
冒頭にあげた2013年4月の「実行会議」の「第2次報告」は自民党の「実行本部」の結論の線に沿って展開されたものである。加えて、教育行政の統括者とされる教育長に対する「研修」について言及するなど、明らかに中央からの管理統制を視野に入れたものとなっている。これらもあらかじめ用意されてあった「結論」をあてはめていっただけであり、3回の審議で全体でわずか3時間の審議時間しかあてられていない。「実行」とは議論を素通りすること以外の何物でもないのである。「実行会議」という名称そのものに中央教育行政の形骸化という狙いが透けて見えるではないか(注4)。
(注3)本誌2012年7月号所収拙稿「大阪府の三条例の危険な内容」を参照のされたい。
(注4)2014年1月10日付の朝日新聞によると、自民党の教育再生実行本部は「教育再生推進法案(仮称)」を作成中であるという。2014年の通常国会に法案を議員立法で提出する方針だという。「改正教育基本法の理念を具現化」させ、「教育再生」の「実行」を推進するために、従来の中教審→文科省の迂遠なルートを飛び越えて「政治主導」で「教育再生」を実行しようというのである。ちなみに、「政治主導」という言葉を流布させたのは民主党政権である。
3.中教審のスピード審議と2つの報告
「実行会議」はあくまでも内閣総理大臣直属の私的諮問機関であり、臨時的であるのに対して、中央教育審議会(以下「中教審」と略)は法令に基づくものである(注5)。過去には自民党文教族の目論みがここで阻まれたこともあり、首相の諮問機関とは言え、それなりの議論が行われても来た。しかし、教育基本法改定や第一次安倍政権のころから、審議が目立って形骸化し、政権党の思惑をそのまま通過させるための場と化しつつある。
安倍はまず、中教審の審議委員に自分の息のかかった右派的人脈を送り込んだ。2013年2月に14人の審議委員が新たに選任され、40人で第7期中教審が発足したが、新たに送り込まれた人物の中にはタカ派女性論客の筆頭桜井よし子も含まれている。教育委員会制度について審議する「教育制度分科会委員」には桜井のほか、臨時委員として横浜市で育鵬社のつくる会歴史・公民教科書採択を強力に推進した今田忠彦横浜市教育委員会委員長、自衛隊隊内体験まで実現させたポスト石原の「教育改革」の推進者にして東京都教育長の比留間英人(彼は1998年以来の東京の教育行政の反動化を進めた中心メンバーの一人である)も含まれている。今田・比留間は地方教育行政で振るった“辣腕”を中央教育行政に反映させることを乞われて委員になっているのである。これらのメンバーを見ただけでも、どのような結論が出るかはおよそ検討がつくであろう。
2013年4月25日の諮問を受けて中教審教育制度分科会は、6カ月の間に12回の審議を行い10月15日の中教審総会で『審議経過報告』を公表し、翌16日から3週間という短い時間のうちにアリバイ的に「パブリックコメント」を行っただけで、12月10日の第17回の審理で、答申案をまとめ、12月13日の総会で決定し、文科大臣に提出した。実質審議にかけた期間はわずか6カ月で教育委員会制度の根幹を変える答申がなされたのである。政治日程を何よりも優先させたのである。
10月15日の『審議経過報告』(以下『報告』と略)と12月13日の『答申案』(以下『答申』と略)が文科省のホームページで公開されている。「報告」は通常なら「中間報告」とされ、「最終答申案」の原型となるものであるが、ここでは「経過報告」とされている通り、単なる通過点を示しているのみであって、『答申』とは少なからず違いがある。「審議」を素通りして、あらかじめ用意された結論を最後に付け加えたものを『答申』としているとさえ言える。
新聞報道されている通り、『報告』 には教育委員会制度についてA案とB案が併記されている。
A案は教育長を首長の補助機関とし教育委員会を首長の付属機関とするものであり、教育委員会制度の解体案である。教育委員会は首長または教育長からの諮問を受けて答申を行うこと及び建議・勧告を行うことに限定され、現行の意思決定執行機関としての役割は消滅する。答申・建議には地方自治法の規定から言って拘束力はない。名称は残るとしても教育委員会制度は解体・消滅する。
B案は現行の制度(教育委員会は意思決定執行機関であり、教育長は教育委員会から委任を受けて事務執行の代行を行う)をもとにした「改革案」である。教育長を教育委員会の補助機関とし、教育委員会を「性格を改めた執行機関」とするものである。「性格を改めた」とは、現在地教行法23条に記載されている教育委員会の職務権限を大幅に縮小することであり、「教育内容、教科書の採択、教育委員会規則の制定・改廃、教育長の事務の点検・評価など」に限るとしている。教職員の人事や校舎などの施設管理も除外される。これも教育委員会制度の縮小・解体という方向性においてはA案と変わりがない。
『報告』は他にも①首長と教育長との関係、②首長と行政当局との事務分担の在り方、③教育長の資質能力の向上のための研修制度、④国の最終的な責任の果たし方、等々についても述べている。それぞれに重要な論点であるが、特に③の「教育長研修」はこれを国の地方教育行政の把握のための足掛かりとして、教育長をそのための橋頭堡としようとしていることは明白である。
『報告』についてのパブリックコメントは673件が寄せられた。短期間で、しかもほとんど注目されない中での意見提出である。
東大の村上祐介准教授の調査によれば、全国の首長の58%(教育長の85%)が「現行の教育委員会制度の廃止に反対し、「現行制度を変更する必要はない」という首長も34%(教育長は47%)に上っている。この調査結果は8月22日の中教審教育制度分科会に報告されている。
(注5)中教審は文科省令の「中央教育審議会令」(2000年制定)で規定されている文科大臣の付属機関であり、文科大臣の諮問に対して答申をする。2000年以前は文部省設置法の中に明記されていた。中教審の前身は戦後の教育改革の推進役を果たした「教育刷新委員会」である。
4.首長権限を強する『中教審答申』の問題点
11月27日から3回の分科会審議において答申案が審議され、12月13日に総会で決定し文科大臣に答申したことは前述した通りである。
『答申』の内容は、『報告』のA案に沿ったものとなっただけでなく、首長の権限についてもいっそう踏み込んだものとなっている。教育長は首長の補助機関どころか従属機関
である。新聞報道では「権限を教育長に一元化」とされているが、むしろ「権限を首長に一元化」と言った方が適切である。教育委員会という後ろ盾を失った教育長は行政機構の一部署に過ぎなくなる。教育委員会制度の解体に止まらず、教育行政の解体とすら言えるであろう。
『答申』に示された「新制度」のアウトラインは次のようなものである。
● 首長が議会の同意を得て教育長を任命する。首長は教育長が一定の要件を満たした場合、罷免することができる(注6)。
● 地方公共団体に、公立学校の管理等の教育に関する事務執行の責任者として、教育長を置く。教育長は、首長が定める大綱的な方針に基づいて、その権限に属する事務を執行する。首長が大綱的な方針を定める際には、その附属機関として設置する教育委員会の議を経るものとする。
● 教育長の権限に属する事務の執行について、首長の関与は、原則として、大綱的方針を示すことにとどめ、日常的に指示は行わないものとする。
● 教育委員会は、地域の教育の在るべき姿や基本方針について審議するとともに教育長による事務執行を住民目線による第三者的立場からチェックすることを目的とする。
● 国、都道府県、大学等が主体となって現職の教育長の研修を実施する。
● 国が公教育の最終責任を果たせるように、その権限を明確にする。
「新制度」の特徴点と問題点をまとめると以下のようになる。
① 首長は議会の同意を得て教育長の任免権を持つ。一定の「資格要件」を満たすことが任命の条件であり、それを満たさなくなれば罷免されることもある。研修の受講が要件となればその結果次第ではいつでも罷免されうる。
② 事務執行の責任者としての教育長は、首長の補助機関となる。現行制度のもとにおいては、制度上は、意思決定執行機関としての教育委員会の事務の代行機関であるから、これは大きな変更である。首長と教育長との間に上命下服の関係が生じるかどうかは明言されてはいないが、「日常的な指示は行わない」とあるから制度上は想定していないと思われる。しかし、これも力関係である。一般的に言えば、常勤の公務員であれば上司の職務上の命令には従う義務があるとされる。しかも、罷免要件が働けば力関係は決定的である。
③ 一方、首長の権限は大きなものとなる。「大綱的な方針」の決定権限を得るからである。その内容は教育委員会の議論を踏まえる(「議を経る」)が、決定権限は首長にある。「大綱的な方針」とは「教育振興基本計画」に記載される方針のことである(注7)。
④ 合議体の教育委員会は名称としては存続するが、首長と教育長の「附属機関」であり、現行の意思決定執行機関としての性格は完全に失われる。『報告』のA案では「諮問に対する答申」「建議」「勧告」のみに限定されていたが、『答申』ではある程度の拘束力のある「議」をすることも可能となっている。しかし、その拘束力は限定的である。
⑤ 現行では「学習指導要領」による教育内容の拘束を除いては、中央教育行政は地方教育行政に対しては法的には「指導・助言」の域内にあるが、「新制度」ではそれを越えた「権限」を国に付与する。表現上はまだ「児童、生徒の生命・身体や教育を受ける権利を守るため」と一見穏やかで限定的ではあるが、どのような内容でも盛り込むことができるものである。
このように、「新制度」は教育委員会を首長の完全なコントロール下に置こうとするものであり、国の関与の度合いも極めて大きくなる。これは形は残ったとしても制度としての《教育委員会》の解体であり、同時に独自の領域としての教育行政の解体でもある。
(立正大学非常勤講師・あおきしげお)
(注6)現行では、教育委員会が教育長を任命するとしている。また、教育長は法令上は首長との間は任免関係にはなく、教育長は権限の上でも首長から独立している。このことが、教育行政の一般行政からの相対的独立の根拠でもある。
(注7)改定教育基本法17条2項には地方公共団体が、国の計画を「斟酌」して「教育振興基本計画」を定める、とある。作成主体を明記してはいないが、首長が教育内容に政治的に介入する余地を残している。大阪府や大阪市では首長が大きく内容に関与し、決定権を握っている。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2591:140409〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。