日米TPP協議決裂を歴史の転回点に
- 2014年 4月 29日
- 評論・紹介・意見
- TPP田畑光永
(暴論珍説メモ 131)
4月23日~25日のオバマ米大統領来日の「成果」とするべく、日米の担当閣僚が協議を重ねてきたTPPをめぐる関税その他の交渉は、同大統領の離日直前に至っても妥結に至らず、結局、持越しとなってしまった。これはほとんど前例のない事態ではないか。驚くべきことである。
日本にとって杖とも柱とも恃む同盟相手の大統領を迎えての首脳会談となれば、とにかく恰好のいいお土産を持ちかえってもらうというのは、日本外交、いや日本政治にとっての「鉄則」ともいうべきものである。勿論、こちらから出かけるときにもそれ相応のお土産をねだるのが「鉄則」だが。
それが今回できなかった。「尖閣に日米安保適用」という安倍首相がのどから手が出るほどに欲しかった大統領の一言を気前よく口にしてくれたお返しに、安倍首相もどれほど「サンキュー・シンゾー」と言ってもらえるものを持たせたかったことか想像に余りある。しかし、その言葉は23日、来日当夜のスシ・ディナーの時だけで終わってしまった。
詳しい内容は不明だが、焦点は豚肉に対する関税を日本がどこまで引き下げるかと、日本の安全基準を満たさない米国車に輸入枠を認めるか、ということだったそうである。だとすれば、これまた驚きである。
これまで鉄鋼、繊維、自動車、コメなど、日米間でどれほど大きな経済摩擦があったことか。それらも首脳会談を開くとなれば、なんとかかんとか解決の形がついたものであった。それらにくらべて今回の「焦点」は簡単とまで言えるかどうかは分からないが、少なくともはるかに難しいということはないだろうからである。
それなのになぜ話がつかなかったのか。それはTPPに代表される自由貿易体制のより一層の深化がはらむ危険性がはしなくもあからさまになったからではないか。言い方を変えれば、この程度のことが双方にとって「譲るに譲れない」ものになってきたからではないのか。
ヒト、モノ、カネの動きを自由にすればするほど、資源の配分は適正化され、生産は効率化され、それだけ人々の生活は豊かになる、という自由貿易が掲げる定理は、前世紀の後半何十年かは有効であったかもしれないが、今では「強いものが得をする」という理屈を正当化するための空理にすぎなくなったことは、多くの目に明らかである。
自由貿易というのは囲碁や将棋の団体戦に似ている。各チームとも強い選手だけを試合に出して戦わせ、弱い選手は試合に出さずにおけば、チームの勝率は上がる。しかし、選手が少なければたくさんの選手を抱えるチームには相手をしてもらえない。一方、選手の方は勝てば賞金がもらえるが、負ければ罰金を取られるとする。強い選手は試合が多いほど都合がいい。だから弱い選手でも試合に出して試合数を多くしたほうがチームの収入は増えると主張する。
そこで何が起きるか。強い選手は、弱い選手も試合に出せと監督に働きかける。弱い選手は、罰金をはらったら生活が出来なくなるから試合には出ないと頑張る。強い選手は弱い選手を、試合をしなければ強くならないのだと責める。監督は両者の間でおろおろする。
こういう状態が続くうちに、強い選手はますます強くなって、もっと試合がしたい、どこのチームもこれからは全員を試合に出せと言いだした。それがTPPだ。
日本もアメリカも強いチームだ。だが強い選手の発言権がますます強くなり、監督の立場が弱くなった。大統領も総理大臣もチームをまとめるのが難しくなった。オバマ大統領が寿司屋で安倍首相に「あなたの支持率は60%もあるが、私は40%だ。強いあなたが譲ってほしい」と言ったというのは、政権というもの自体が弱くなったことを象徴する出来事だ。
日米間の協議がまとまらないことにはTPPは進まないと言われる。この後、どう協議が継続されるのかはっきりしないが、大統領の滞在中に、という時間を切った緊張の中でさえまとまらなかったものが、果たしてこの先まとまるものなのか。とくにアメリカは11月に中間選挙を控えているからますます譲りにくくなるだろう。安倍首相はさてどうするか。
個人的には私は今回の経過はTPPにブレーキをかける、あるいはうまくいけばご破算への道を開いた喜ぶべき事態だと考える。自由貿易体制はすでに歴史的役割を十分すぎるほどに果たした。人間は物をたくさん作るのがいいことだという産業革命以来の迷信から卒業すべき時に来たことは明らかなのだから、今回の日米首脳会談が歴史の転回点になるようにひそかに祈っている。
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