政府とメディアの不誠実
- 2014年 6月 2日
- 時代をみる
- 藤田博司
商品の欠陥を隠しいいことばかりを強調して売り込む商人は、不誠実の批判を免れない。政治家はおよそ誠実さとはもっとも縁遠い職業と相場が決まっているが、あまりに見え透いた不誠実を見せられると、やはりうんざりする。
4月下旬、米国のオバマ大統領が日本を公式訪問、安倍晋三首相と首脳会談をした。大統領は会談後の共同記者会見で、尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲であることを明言、同じことは共同声明にも盛り込まれた。しかし、当初、首脳会談で「大筋合意」に達するとされていた環太平洋経済連携協定(TPP)については合意ができず、共同声明の発表も大統領出国直前までもつれる羽目になった。
しかし安倍首相は共同声明を「画期的」と自画自賛、日米同盟は「盤石になった」と胸を張った。外務省幹部は(安全保障の分野では)「満額回答」を米国から勝ち取ったと有頂天の様子だった。
メディアも成果を評価
首脳会談をめぐるメディアの報道も、会談前から相当の盛り上がりようだった。読売新聞は4月23日朝刊の一面トップで、「米大統領『尖閣に安保適用』」との特報を大々的に伝えた。これは同紙が提出した質問状に大統領が書面で回答した「書面インタビュー」の形をとったものだが、訪日前にこの回答を引き出したことは、大きな特ダネには違いなかった。翌日の朝日新聞は同じ趣旨のことが会談後の共同声明に盛り込まれることになったと報じた。
日本の施政下にある尖閣諸島が安保条約の適用範囲に入ることは当然のことであり、なんら新しいことではない。しかし安倍政権にとっては、中国を牽制するうえで米国大統領の口からこれを確認してもらうことは願ってもないことだった。本来なら首脳会談で安倍首相が引き出したい言葉であったろうが、新聞に出し抜かれた格好になった。
オバマ大統領はこの立場を会談後の記者会見でも再び明言し、安倍首相を喜ばせた。大統領はさらに、安倍首相が進めようとしている集団的自衛権の行使容認の取り組みにも、米国として歓迎、支持する意向を表明した。政権内部に「満額回答」といった高揚した気分が漂ったのも無理のないことだった。
米国の大統領が尖閣諸島の防衛義務につながる安保条約適用を初めて自らの口から語ったことを高く評価したのは、メディアも同じだった。24日の首脳会談の翌日、会談と記者会見の模様を伝えた新聞各紙はいずれもこの点をニュースの柱に据えて伝えた。TPPをめぐる交渉が首脳会談でも決着しなかったことは指摘しながらも、日米同盟が深まり、強まることに期待する気分が紙面にあふれていた。
25日付の主要紙の社説は、米大統領が尖閣に言及したことを「日本外交の大きな成果」(読売)、などと歓迎し、産経はこれを踏まえて「同盟深化で抑止力を強めよ」と書いた。ふだんは安倍政権に批判的な毎日も「日米同盟の抑止力が強化されることを評価し歓迎したい」と述べていた。
米大統領の「尖閣言及」を歓迎する見方が多数を占めるなかで、一線を画していたのが朝日と東京だった。朝日は同日付の社説で、この問題をめぐる日本側と米国側それぞれの思惑に「ずれ」あることを指摘し、安倍首相に今後「近隣諸国との関係改善への一歩」を踏み出すよう促していた。東京も「対中関係は信頼醸成にこそ、力点を置くべきだ」と同趣旨の立場を打ち出していた。
視野から抜けた「警告」
米側の「尖閣言及」を首脳会談の「大きな成果」と見なす政府や新聞多数派の側と、近隣諸国との関係改善を重視する新聞少数派の違いは、今回の訪日でオバマ大統領が日本に伝えようとしたメッセージをどう受け止めたかの違いに根差している。「大きな成果」と考える側は、米大統領による初めての「尖閣言及」が中国の軍事的脅威に対する抑止力となって牽制効果を持つことに意義を見出している。「同盟深化で抑止力を」といった期待がそこから生まれてくる。
一方、これと一線を画した側は、オバマ大統領が「尖閣言及」と同時に共同記者会見の場でも繰り返した「対中関係改善の努力」への呼びかけを重視していることだ。大統領は記者会見での質問に答え「(首脳会談で)わたしは安倍首相に対し、この問題(尖閣をめぐる中国との対立)を平和的に解決することの重要性を強調した。事態の悪化を避け、刺激的な言辞を弄することなく、挑発的な行動をせず、日本と中国が協力して解決することだ」と述べた。これは尖閣問題で強硬な姿勢をとり続ける安倍首相への「警告」とも考えられる指摘である。
さらにそれに続けて大統領は、中国を重視する米国の姿勢をあらためて強調した。記者会見での大統領の発言を見る限り、オバマ大統領自身は「尖閣言及」に劣らず、近隣諸国との関係改善を安倍政権に迫ることに、首脳会談での大きな比重を置いていたように思われる。
しかし「大きな成果」に満足している当局者の発言や新聞の論調の視野からは、オバマ大統領が安倍首相に伝えたに違いないメッセージのこの部分がすっぽり抜け落ちている。政府が耳の痛い「警告」から国民の目をそらすことは、不誠実であるだけでなく、国の外交を危うくする恐れさえある。だが、大型連休入りとともに欧州諸国歴訪に旅立った安倍首相には、米国のこの「警告」を真摯に受け止めている気配はない。
また、オバマ大統領の「尖閣言及」はあくまで尖閣諸島が安保条約の適用範囲にあるとの米国の認識を確認しただけで、中国からの攻撃に対して米軍が防衛出動することを約束したわけではないことも押さえておく必要がある。日本側がそれ以上のことを米側に期待しているとすれば、双方の間に誤解が生じている可能性もある。
報道が分れた「大筋合意」
「大筋合意」に至らなかったTPP交渉をめぐっては、共同声明では「前進する道筋を特定した」とし、会談を交渉の「重要な一里塚」と位置付けた。共同声明が発表された25日付各紙夕刊はTPP交渉について「合意先送り」(朝日、日経)「合意至らず」(毎日)などと伝えたが、読売は「協議全体で実質的に基本合意した」と伝えた。読売はさらに5月2日の検証記事で「TPP5項目、前夜決着、声明は表現だけ保留」と報じ、TBSニュースも牛肉と豚肉の関税引き下げ幅で基本合意に達したと放送した。
政府は2日、交渉当局者が記者会見し、交渉に「進展はあったが、合意に至っていない」と説明、読売などの報道を否定した。しかし読売は3日、あらためて「交渉をめぐる実質合意の全容が分かった」とし、豚肉の関税を大幅に引き下げることなど、具体的な数字を含めて伝え、「農産品5項目すべてと自動車の主要な論点について、日米が合意していたことが裏付けられた」と自社の報道が正しかったことを再確認した。
日本が「尖閣言及」で米側から「満額回答」を引き出したとされたとき、それと引き換えにTPPでは大幅譲歩を米側に約束したのではないかとの疑いを指摘する声もある。もし読売の報道通りひそかに合意ができていたとすれば、日本政府は表向きTPP交渉の合意先送りを装いながら、実は大幅譲歩の事実を国民の目から隠していることになる。
TPPをめぐる交渉の結果を政府が国内の関係先への政治的配慮から秘密にすることは、国民を欺く不誠実な振る舞いと言わねばならない。自社の独自報道に自信を持つ読売は当然、政府のこの不誠実を批判すべきだろう。
第2次安倍政権は世論の高い支持を背景に、自信過剰とも思える政治運営を続けている。その動きを監視し、問題があれば批判を加えるのがメディアの役割だが、首脳会談報道でもまた、その役割が十分に機能しているようには見受けられない。
(「メディア談話室」2014年6月号 許可を得て掲載)
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