11月6日に京都で何が起きたのか──朝日が伝えなかったこと
- 2010年 11月 11日
- 時代をみる
- APEC財務相会合ジャーナリズムドルばら撒き脇野町善造
のっけからまたWall Street Journal(WSJ)の記事を引くことになる。次のものは、11月8日の同紙の記事である。
京都市で5、6の両日開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)財務相会合で、ガイトナー米財務長官は米国の金融緩和策について各国から批判を浴びた。経常収支不均衡是正に向けての数値目標導入の提案に関しても強い反発を受けた。
このアジア太平洋経済協力会議(APEC)財務相会合のことを11月7日の朝日新聞は実に淡々と伝えた。ガイトナー長官が批判を浴びことなどは一言も触れられていない。おまけに「共同声明の骨子」は次のようになっている。
・過度の不均衡をなくし、経常収支を持続可能な水準に維持する政策を追求
・経済の基礎的条件を反映し、より市場で決まる為替レートシステムに移行し、通貨の競争的切り下げを回避
・成長に配慮した財政再建計画の策定は、成長戦略の不可欠な要素
これは慶州G20の共同声明(・各国は経済の実力を反映し、より市場で決まる為替レートへ移行する/・各国は過度な経常収支などの不均衡を減らし、持続可能な水準で維持する政策を追求する)を踏襲したものと言って過言ではない。この「骨子」だけ読んで、そしてガイトナー批判があったことを知らなければ、普通の読者はAPEC財務相会合では慶州と同じような形で、つまりアメリカの思惑通りに進んだと思ってしまう。そして、WSJの論調とは全く違った印象を持つであろう。
実は朝日新聞も本文中には、「声明に『一部の地域で資本流入の変動や資産価格の上昇リスクが高まっている』との表現を盛り込んで市場を牽制した」とあるが、このことは「骨子」から外されている。7日の毎日新聞を見て見ると、次のような記事にぶつかる。
声明は先進国に為替の過度の変動や無秩序な動きを監視するよう求め、「こうした行動は一部新興国が直面する資本移動の過度なリスクを軽減させる」と指摘した。
この部分こそガイトナー批判につながるものである。朝日はそれを「骨子」からはずした。牽制されたのは、本当は「市場」ではなく、アメリカだったのだ。まるで朝日はアメリカ批判につながるような論議があったことを無視しようとしているかのようだ。アメリカの新聞であるWSJがアメリカの経済政策に対する批判をキチンと紹介しているのに、一体どうしてこういうことになるのか。
11月5日のブルームバークは、デンマークの外国為替アナリストが11月第1週を「地獄の一週間」(Hell Week)と呼んでいることを紹介している。各国の中央銀行がまるでバラバラの金融政策を発表し、ある意味では敵対的な政策を講じることになりかねなくなったことが「地獄の一週間」とする理由であろう。この数年間の各国の経済状況の差異が、金融政策の分裂を招いたといえる。2008年のリーマンショックの直後には主要中央銀行の多くが危機回避のために協調行動を取ったことを考えれば、それから2年たった現在のほうが、ある意味で危機はより深刻化しているともいえる。
そうしたなかでガイトナー長官は、10月の慶州では、アメリカ批判を巧妙に回避することに一時的に成功した。しかし、11月の京都ではすっかりほころびが出た。そのことに朝日は気づいていないのか、あるいは知っていて無視したのか。どちらにしてもこれはジャーナリズムの衰退として済ませられることではない。
朝日がアメリカのドルばら撒き政策を支持しているのなら、それはそれでかまわない。だとしたら、それをハッキリさせるべきだ。実際、Economist(10/30号)は、次のように主張している。
FRB(アメリカ中央銀行…引用者)のバランスシートの規模が飛躍的に拡大すれば、量的緩和がインフレを加速させ、ともすれば制御困難な物価高を招きかねないという懸念も高まるかもしれない。/ こうしたリスクにもかかわらず、QE2(第二段階の量的緩和政策…引用者)は正しい行動だ。現時点ではデフレの方がインフレよりも大きな問題だ。デフレになれば、米国民が債務を返済するのが非常に難しくなる。そして米国におけるデフレと景気停滞の併発は、世界にとって大惨事となる。潜在的なインフレ率がゼロに向かって落ち込む恐れがある以上、FRBが先手を打つことは正しい判断だ。
朝日もそう考えるならば、その理由を含めて堂々と主張すればいい。しかし、たとえそうであったとしても、11月の京都でガイトナー長官が批判にさらされたことを隠蔽すべきではない。どういうわけか、このことを正確に伝えた全国紙は11月7日の産経だけだった。産経は日経に次ぐ長い紙面を京都でのAPEC財務相会合に割き、アメリカの金融政策とガイトナー長官に対する批判を紹介している。
非難の声は世界中で噴出している。ブラジルのマンテガ財務相は「ヘリコプターで金をばらまいても、何もいいことはない」と、辛辣(しんらつ)だ。欧州でも、ショイブレ独財務相が「世界に余計な問題を課すだろう」と語った。/…… ガイトナー米財務長官が、いくら「強いドル」を強調しても、誰も信用していない。6日の会合では「多くの新興国から『資産価格の上昇をどう抑制するのか』とのコメントが繰り返し出された」(財務省幹部)といい、針のむしろに座らされた。
そして産経は共同声明の骨子を次のようにまとめている。
・通貨の競争的な切り下げを回避
・為替レートの過度の変動や無秩序な動きを監視
・市場で決定される為替レートシステムに移行
・過度の不均衡を是正し経常収支を持続可能な水準で維持する政策を追求
・新興国が直面する資本移動の過度な変動リスクを軽減
・経常収支赤字国は貯蓄拡大のための措置が必要。黒字国は内需主導型の成長を促進する構造改革が必要
・より強固で持続可能な均衡ある成長のため政策手段を講じることが重要
朝日が「骨子」から落としたものも、産経は丁寧に拾い上げている。産経が「反米」的になったからではなく、そうしない限り、11月6日に京都で何が起きたのかを正確に伝えることはできないと判断したからであろう。少なくともこの事件に関する限りは、朝日よりも産経が、事実を伝えるというジャーナリズムの基本に忠実だったということになる。
もっとも、産経は事実を正確に伝えてはいるが(朝日はそれすらやっていない)、それを踏み越えた「解釈」まではいっていない。先に紹介したEconomist(10/30号)の記事がその「解釈」の一例であろうが、11月2日のHandelsblatt(ドイツ)はこれとは全く反対の「解釈」を示している。同紙は、バーナンキFRB議長のドルばら撒き政策を「火遊び」(Ein Spiel mit Feuer)だとし、「アメリカの実体経済の根本的な問題を解決するものではない」と批判している。アメリカの借金に頼った消費経済の破綻を考えれば、Handelsblatt の主張はもっともである。ただそのことは、Economistが指摘する「世界経済にとってのアメリカのデフレの危険性」を無視してもいいということにはならない。
このことを巡っては深刻な論議が必要になるが、こうした論議を引き起こすことはジャーナリズムに課せられた課題の一つでもあろう。しかしそれはあくまでも事実を正確に伝えることが前提になる。はたしてそれがどの程度できているのであろうか。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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