種が危ない(種の未来は、世界の社会情勢次第:「野口のタネ」代表:野口勲氏)
- 2014年 6月 13日
- 評論・紹介・意見
- 田中一郎
以下は今月号の『都市問題』(2014年6月号)に掲載されました「野口のタネ」社代表の野口勲氏へのインタビュー記事です。非常に興味深いので、下記に簡単にご紹介いたします。
同社は昔からある家業としてのタネ屋さんで、いわゆる在来種の自家取り種子(今は「固定種」という)をベースに交配を繰り返して品種改良した優秀な種を生産者・農家に供給してきた会社です。昨今は、家庭菜園が普及する中で注目度と支持層が拡大し、年々売上を伸ばしています。代表の野口氏は、2011年9月に下記の「タネが危ない」という著書を出しましたが、この著書もかなり注目されているようです(私はまだ読んでおりません)。今回のインタビュー記事もそうですが、同氏により、現在の日本の「タネ」をめぐる情勢が鋭く分析され、私達門外漢には知ることのできない貴重な情報や知識も散りばめられているようです。
タネを制する者は世界を制す。ここ20年くらいの間に、世界の種子産業は寡占化が進み、米モンサント社を代表格とする多国籍化学企業やバイオ・アグリビジネスが、世界の種子企業を買収して種子産業を独占するとともに、遺伝子組換え作物を中心に、いわゆる「F1種子」の大市場を築きあげました。雑種第一世代を意味するこの「F1種子」は、その種子自体は優性の性質が表に出て、多収穫や環境変化に強いなどの「市場農産物としての利点」を兼ね備えていますが、それを交配した雑種第二世代は、メンデルの法則により、劣性の性質をもったタネも多く産生するため、いわゆるタネの自家取りができない農作物種子です(種子企業と生産者・農家の間の契約上も、種子の自家取りや品種改良その他の研究目的使用などが禁止されています)。
古くから生産者・農家は、タネを自家取りしつつ営々と農の営みを続けていましたが、次第にこの「F1種子」に押されて「タネは金で買うもの」に変わっていき、今ではほとんどの農作物が「F1種子」となってしまいました。「F1種子」の最大の問題は、(1)画一的で大量生産され一斉に普及しているので生物多様性に欠けていること(特定の病気や天候不順などに対して一気に壊滅する可能性が高まる=不安定)、(2)タネが一握りの種子産業・企業に支配され、農業の行方が決められてしまう、(3)タネ取りや品種改良のスキルや知恵、創意工夫が生産者・農家から消える、(4)市場取引での流通業者ニーズに合致させてあるものが多く、概して「まずい」「美味しくない」(見栄えは良い、傷つきにくい、色や形が均一)、(5)今日では、日本の種子の大半は輸入ものであり、種子自給率は恐ろしいほどに低い、(6)危険な(あるいは安全とはいえない)遺伝子組換え作物が拡大している、などです。
今現在、安倍晋三・自民党政権は、こうした「タネの歪み」「農業の歪み」をよそに、市場原理主義にイカれた頭で、日本農業の破壊工作を強引に推し進めています。彼ら市場原理主義者達が考えている理想の農業は、モノカルチャー・農薬肥料の大量使用・石油がぶ飲み農業機械・低賃金劣悪農業労働・大規模大量生産型=地域資源略奪型の、いわゆる資本主義的農場制農業で、そのモデルは新大陸や途上国の農場です。こうした農業の唯一の取り柄は「価格が安い」ということだけで、品質も安全性も「???」のまま、価格競争力を背景に、国内市場を無視して大量に海外へと出荷されていく、そんな農業です。価格が安いのは当たり前で、限りなく飼料に近いからです。
しかし、こうした農場制の農業が、実際どのようなものなのかは、たとえばアメリカの遺伝子組換え作物農場や食肉産業、たとえば東南アジアやアフリカなどのプランテーション、あるいは南米各国の自然破壊型農場などを実際に見てみればよくわかります。そこで働く農業作業者(この人々はもはや農民ではなく農業賃労働者です)が、いかに牛馬のごとく働かされているか、いかに健康を害するような環境にあるか、いかに農場内外の自然環境がめちゃくちゃであるか、いかに地域社会がぼろぼろにされているか、などをつぶさにリアルに見てみればいいのです。そんな農業と農村社会にせんがため、愚かな市場原理主義に踊らされた人たちが、それとは気がつかないまま、あるいは気が付いていてそしらぬふりをしつつ、日本農業にとどめを刺そうと躍起になっています、TPPと規制改革(会議)、この安倍晋三政権の2大農業破壊行為は、このまま看過していると、日本をとり返しのつかない社会へと転落させてしまうことでしょう。
日本人は食べものと農業を粗末にし続けてきましたが、今やそれを反省するどころか、かろうじて日本農業を支える高齢化した生産者・農家に向かって、国際競争力を持て、農産物価格ももっと安くしろ、と鞭打つのです。市場原理主義に頭のイカれた連中の扇動にあおられて、多くの消費者・国民が、追い詰められ崩壊寸前にある日本農業に向かって、怠慢だ、競争しろ、価格が高い、生産性を上げろ、既得権益にしがみつくな、と怒鳴りつけています。まさに罰あたりの親不孝者です。既得権益にしがみついているのは、いったいどっちでしょうか? (市場原理主義を振り回すドアホの大学教授達を、彼らが言うように、日雇派遣・残業費不払い・首切り自由の労働契約にしてやればいいのではないか) 佐賀県の農民作家・山下惣一氏は言います「日本から農業がなくなって困るのはいったい誰なのか、そうなったとき、拝み倒されたってお前達には食いものは売ってやらねえ」、この言葉は物事の核心を貫いています。日本の消費者・国民は、もういい加減、そのボケた頭を覚まさなければいけません。
日本の農作物のタネは、こうした理不尽と言ってもいい農業衰退の下で、その本来の在り方を歪めてきました。しかし、今回、野口氏のインタビュー記事を読んでみて、まだ日本には、本当の農業や農作物のことを知っている人がいて、細々とだけれども、元気に躍動的に、農業や農作業やタネ産業が営まれていることを垣間見て、ほっとした思いがしています。そして、タネのことについて、もっと知りたいという気持ちが強くなっています。
みなさま、このインタビュー記事や下記の著書を含め、「野口のタネ」と野口氏にご注目を。
● 『タネが危ない』(野口勲 日本経済新聞出版社 2011.9
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032639372&Action_id=121&Sza_id=B0
(以下。野口氏へのインタビュー記事から一部抜粋します)
感想:どうりで、今のホウレンソウのおひたしは、一昔前のホウレンソウとは少し味が違って、まずくなったと思っていたが、やはりそうだったのか。
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(EUの品種登録制度)
「そうすると、スペインでできたキュウリを、ドイツでも同じ値段でドイツ人が買う。そういう社会にするためには、同じ形にできる種でないと、価格がばらばらになってしまいます。そこで、種屋が国に申請料を払って申請し、国がその種は均一に揃ってできる野菜であるかを審査して、種屋から認可料を取る。そして、認可された種しか売ってはいけなという社会になったのです」
「EUは、いまでもそうなっているのですか」
野口「2013年までは、そうでした。認可した種しか流通してはいけないとなったから、イギリスの種苗会社は、l品種につき数十万円という金額を国に納めて、認可を得ています。販売認可を得るのに高額なお金が必要であるということは、市場で販売される種は、種苗会社が独占権を持つ登録品種に偏るということになります。だから販売されている種は、農民が種採りしてはいけない、採種の権利はその種苗会社にしかない、ということになりました」
「しかしEUでも、例えばフランスは農業国家ですから、先祖がやってきたように、親父がやってきたように、つい種を採って、友だちに分けたり交換したりするわけです。すると、育成者権侵害で逮捕、投獄されるという状況が、2013年までありました。何年間も、何十人も、逮捕投獄されていました。その結果どういうことが起きたかというと、認可された今の野菜より昔の野菜の方がうまかった。あまりにも均一な野菜にしてしまったために、遺伝子の幅が狭くなって生物多様性が失われた。もし何かの病気が発生したときにはEU全体でその野菜が全滅してじまう恐れがある、などの批判が高まったのです。これではまずいということになって、2013年の暮れから品種登録制度がちょっと緩和されたようです」
(種子ビジネスの寡占化)
「一一日本にはサカタやタキイなどの大手の種屋さんがありますが、海外に種採りを頼むことになっているのですか」
野口「いまは、サカ夕、タキイなど、大きい会社の種ほどいいのだ、新品種ほどいいのだと、農家は刷り込まれています。そうすると、決め手は宣伝力であって、農家は小さな会社の種など相手にしません。これは家庭菜園をやっている人たちも含めての話です。すべからくブランド志向になってしまっています。しかし、大手の商品といっても、ものによっては1社だけの販売量では余ってしまうとなれば、何社かで共同で何トンという規模で輸入して、同じ種をそれぞれの会社が別の名前をつけて売っているということも珍しくありません。」
「遺伝子は同じF1なのに、売っているパッケージや商品名が違うとか、そんなF1がいっぱいあります。それを、買う方は「俺はサカタの種以外は駄目だ」「俺はタキイ専門だ」と」
「ということは、種の世界のビジネスは寡占化が終了してしまったのですか」
野口「まだ終了はしていません。まだ完全には終了していないですけれど、寡占化が8割方進行しています。小さいところは、どんどんやめています」
(ホウレンソウの種)
「そうすると、野口さんの店はそういう種の世界とかけ離れたことをやっているのですね」
野口「一言でいえば、完全に時代遅れの種屋ですね。昔のホウレンソウは、さわると痛いような三角でトゲトゲの種だったのです。ときどき、紙袋
を破ってトゲが突き出ているのに気がつかないで、つかんで、指から血が出るような凶悪な種だったのです。これでは機械にかからないので、わざ
わざトゲを取る機械があって、その機械にかけてガリガリ削るとトゲが削れる。そういう時代もあったのです。」
「しかしいまは、西洋種の丸い種に変わったので、その必要はなくなりました。種を削る機械も見なくなりました。昔の日本のホウレンソウは根が赤く、非常に甘くておいしかったけれど、トゲだらけだから誰もつくる人がいなくなってしまい、西洋ホウレンソウとのかけ合わせばかりになりました。」
(世界文化遺産の日本食とF1)
「日本食が世界遺産に認められました。しかし、種自体がF1で席巻されている現状と、日本食が誉めそやされていることに、どうも違和感があるのですが」
野口「もちろん、その通りです。この間、テレビを見ていて唖然としました。ほんとうの和食を世界に伝えなくてはということで、農水省の主催で、世界中のシェフ、コックさん、料理人10人を招いて日本食のコンクールをやっていました。そうしたらシンガポールからきたコックさんが、ブリ大根が得意だというので、日本の大根畑へ案内してもらって見事なF1の青首大根を引っこ抜いて、ガブッとやって「みずみずしくておいしい」と。それまでシンガポールは、中国から輸入した大根を使っていたけれど、煮えるのに50分からl時間かかる。しかし、本場の日本の大根は30分ぐらいで煮えてしまう。「これが本物なんだとかやっているのです」
「何をやっているんだろうって思いました。話は逆なのです。F1の大根は成長が早いから、細胞の密度が粗くてすぐに煮えますが、すぐ煮崩れしてしまうのです。それに対して固定種の大根は、細胞密度が綴密だから煮るのに時間がかかるけれど、翌日煮返しでも決して煮崩れしないで、味がしみ込んでより美味しくなるのです。シンガポールでコックさんが使っていた中国から輸入した大根こそが本物の大根で「本場日本」の大根畑のみずみずしい青首大根は、F1の、水っぽくて大味な大根モドキなのです。何をかいわんやですね」
(固定種の行方は社会情勢次第)
「いま現在はEUでも、品種登録されていない、誰も権利を持っていない在来種なら、先祖から受継いだり、自分が既に持っている種を自家採種し、自分や家族が食べる野菜をつくる権利が認められています。つくった野菜を小さなグループで食べたり、地方広場のマルシェで売るということも認められているようです。しかし、それがいつまで続くかは誰にもわかりません。すべて今後の社会情勢次第なのです」
「他方で、世界中で、売っている種が、いまもどんどん遺伝子組み換えになっています。遺伝子組み換えの野菜が、それと表示されず、大量生産による安い価格で、大量販売の店に並ぶ日もそんなに遠からず来ることでしょう。自分の子孫がどんな食べ物を食べて生きることになるのか、まだ誰にもわかりません。社会情勢次第なのです。」
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(まだまだ原本には多くの興味深いお話が続きます。是非、ご覧ください)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion4887:140613〕
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