青山森人の東チモールだより 第273号(2014年7月6日)
- 2014年 7月 7日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
シャナナ首相とタウル大統領、対照的な嘆き
バリ島に家を建てる政府高官の疑惑
今年2014年2月、東チモールとインドネシアは、東チモール政府高官や職員がインドネシアに持っている家や乗用車などの資産にかんする情報をインドネシア側が東チモール検察に提供するという内容を含む「覚え書」に調印しました。
6月9日、反汚職にかんするセミナーでジョゼ=シメネス検事総長は、ある政府関係者は(不正をはたらき)バリ島に家を建て自動車BMWを所有していることをわれわれはつかんでいる、汚職・不正の12件に関与する大臣・政府高官らは近く裁判にかけられることになる、これらの者たちは裁判の準備をしておくがいい、検察側は態勢を整えつつある、などと発言しました。汚職にたいして断固闘う姿勢を表明したのです。ジョゼ=シメネス氏は、2013年4月、タウル=マタン=ルアク大統領によって任命された検事総長です。
6月10日、この発言に呼応するかのようにタウル大統領はジョゼ=シメネス検事総長と会談し、大統領は汚職そして性暴力をはたらいた者に免責は与えたくないと発言しました。
一方、同じ10日、ビセンテ=グテレス国会議長は、検事総長は裁判にかんする事柄を公に口に出すべきでない、だまって自分の仕事をすべきだなどと発言をし、ジョゼ=シメネス検事総長を牽制しました。ここまでは検事総長の発言を巡る、まあまあ常識的な応酬といえます。
ジョゼ=シメネス検事総長の発言を報道する『インデペンデンテ』紙(2014年6月10日)の見出し。「検事総長が警告、ある大臣と長官は裁判に備えよ」。
汚職追及を嘆く首相
ところがシャナナ=グズマン首相は検事総長にたいしてちょっと常軌を逸した行動に出ました。6月18日、シャナナ首相は「国家開発局」のサムエル=マルサル局長を伴って検事総長の事務所に乗り込んだのです。これは首相の日程表にない行動であり、首相の突然の訪問に検事総長も驚いたと『ディアリオ』(Diário)紙は報じています。1時間ほどの会合のあと、首相は無言のまま立ち去り、検事総長もノーコメントだったと同紙は書いています(インターネット版)。ちなみに『ディアリオ』のこの記事の見出しが「シャナナ首相、検事総長へ驚きの訪問」と描写的なのにたいし、『テンポ セマナル』は「首相、サムエルを同伴、シャナナは汚職者の守護者」と首相との対決姿勢を鮮明にしています。
シャナナ首相のこの行動は、誰がどう見ても検事総長に抗議した、あるいは圧力をかけたのではないかと疑念を抱かせるに十分です。なにせ同伴したサムエル=マルサル国家開発局長は、ポルトガル語でいうTermo de Identidade e Residência (TIR)を裁判所から発行をうけた人物、つまりこれから裁判をうけるにあたり常に連絡がとれる状態にあらねばならなく、したがって国外へ出ることのできないという間接的な監視状態になっている人物なのです。「国家開発局」の仕事ぶりは事業を台無しにするとしょっちゅう叩かれています。タウル=マタン=ルアク大統領は去年10月、「犯罪」という言葉を使って激しく「国家開発局」を批判しました。
6月18日、シャナナ首相は大統領府で記者たちの質問に応じ、検事総長への訪問は検事総長のシンガポール出張について話をしにいったのだと説明し、検察への干渉は否定しました。しかし記者たちに向かって検察・裁判そして反汚職委員会を強く批判したのでした。その批判の仕方たるや、例えば、「わたしは裁判所や反汚職委員会に不満だ。かれられにはふかぶかと頭をたれて敬意を表するが、かれらは仕事をするにあたって方法論を持っていない」「わたしは反汚職委員会に警告をしておいたが、かれらは英雄になりたのだ」、あるいは、「国家開発局は1億4000万ドルを節約したのに国家から金を盗んだとしてサムエル局長に(裁判所は)TIRを与えた」と裁判所に異をとなえ、首都のコモロ地区から中心地をつなぐコモロⅡ橋の建設事業や、イリオマールにおける灌漑事業にかんして「反汚職委員会」から調査されたことについて鬱積した不満を表明するのです。「反汚職委員会」の調査にかんしては守秘義務があるはずなのに首相はおかまいなしです。『テンポ セマナル』は、このとき首相は悲しい顔をして目に涙を浮かべていたと描写しています。
政府高官や大臣が汚職を追及されるとき、シャナナ首相は調査や裁判の行方を静かに見守る態度をとりません。汚職を追及される側を「むきになって」といえるくらいに擁護し、追及する側を攻撃するのです。エミリア=ピレス財務大臣の汚職疑惑が『テンポ セマナル』に報じられ、反汚職委員会の取り調べをうけたとき(「東チモールだより 第232号」参照)、去年の3月、シャナナ首相は報道や反汚職委員会を批判し、ピレス財務大臣の汚職の疑惑を払拭しようとしたばかりでなく、すでに汚職の刑に服しているルシア=ロバト元法務大臣には憐憫の情をたっぷりと示したのは記憶に新しいことです。
国家開発局長を連れて検事総長へ“アポなし”訪問をしたことや18日の記者への発言について、さすがに国会議員も問題視したようです。『ディアリオ』(6月24日、インターネット版)は、「国会は、サムエル=マルサル国家開発局長の件にかんする首相の干渉を非常に問題視している」と報じ、「首相には裁判に干渉すべきでないといいたい」というフレテリン議員の意見を紹介しています。6月23日、シャナナ首相は外務省で記者たちに応え、「わたしはジャーナリストに事実に基づけといっておいた。わたしが裁判に干渉したと批判する事実を国会はもっていないのだ」と反論しています。わたしのテトゥン語の未熟さからくる感覚かもしれませんが、シャナナ首相のこの発言は妙です。事実とは誰それがもっているものではなく、存在するものであり、国会がその事実をもっている/もっていないというのはおかしな話です。シャナナ首相の「事実」とは「物証」のことなのでしょうか?「わたしは裁判に決して干渉していない」と強調すればそれで十分なはずです。そして「事実に基づけ」と記者たちに注文をつけていますが、こいつらに報道規制をする「メディア法」がやはり必要だなと思ったのかもしれません……? しかし首相が6月18日に記者たちに向かって上記の発言をした事実において、「首相は裁判に干渉した」と批判されるのは常識的に避けられないことです。
政府を嘆く大統領
一方、『テンポ セマナル』(7月2日のインターネット版)によれば、タウル=マタン=ルアク大統領はマナトゥト地方を訪れたとき(6月下旬か?)、地元の学校関係者を相手に、「悪くなった米を子どもたちに食べさせないように、そんな米は豚に与えるべきだ」と学校給食を満足に提供できない現状を嘆き、「われわれの財務大臣がいい仕事をするようになったら学校に不足がなくなる」と現在の財務大臣を批判し、政府を嘆く演説をしました。さらにタウル大統領は、エミリア=ピレス財務大臣は市民に敬意を示す素因を持ち合わせていないと名指しで非難したのです。
そしてタウル大統領は国軍の司令官だったときの話をします。「(東チモ-ル)危機が生じた2005~2006年、わたしの兵士の給料支払いが遅れることはなかった」「わたしは首相や防衛治安大臣に、何が遅れてもかまわないが、兵士の給料だけは遅れないようにと頼んだ」と給料支払いに遅延がなかったことを想起し、いま問題になっている政府職員たちにたいする給与支払いの遅延を嘆きます。
ところでこうした問題は資金不足に由来しているのではありません。国家予算は石油基金を使えるようになった2007年ごろから基本的には右肩上がりの傾向にあります。学校給食制度は何故かお金だけが浪費され、肝心の子どもたちの口に食べ物が届かない状態が続いているのです。当然ながら、公立学校の給食がちゃんと支給されるときは生徒たちの通学率が上昇し、そうでないときは通学率が低下する傾向にあります。そしてまた、職員の給料支払いが滞っているのも同様、行政を運営する者たちの能力不足のためであり予算不足のためではありません。大統領は「2005~2006年、わたしの兵士の給料支払いが遅れることはなかった」と話すことにより、2007年に発足し石油基金で大型事業を推進し現在に至っているシャナナ連立政権の行政の怠慢を批判しているのです。
政府職員の給与支払いが滞っている問題は今年に入ってよく新聞で報じられるようになり、エミリア=ピレス財務大臣にこの件にかんする責任者として批判が集中しています。それなのに本人の大臣はいというと、「G7+」や国連の「ミレニアム開発目標」の関係でほとんど国外にいて国会にさえも姿を現さない有様です。「G7+」大臣になったらどうかと野党フレテリンから皮肉られています。今年3月、ピレス財務大臣が来日して都内の大学で講演したときも「ミレリアム開発目標」の話が主だったとわたしは知り合いから聞きました。
『テンポ セマナル』はマナトゥトでのタウル大統領を、普段はおだやかでやさしい語り口調の大統領だが、このときは「しかめ面をして唇を震わせていた」と描写しています。わたし自身個人的に、タウル大統領のそのような顔を見たことがないし想像できません。事態はよほど切迫しいているとみえます。
7月1日、国会はエミリア=ピレス財務大臣に辞職勧告を出すために(ようやく!)聴聞会を開きましたが、(またしても!)大臣は出席しませんでした。この7月にまた聴聞会を開き、首相の出席のもとでこの問題の解決を図りたいとビセンテ=グテレス国会議長は語っています(『ディアリオ』7月2日、インターネット版)。
さて、シャナナ首相はそれでもエミリア=ピレス財務大臣をかばおうとするでしょうか。
完成が遅れている東チモール初の高層ビル、財務省。このビルの主(あるじ)になる資格がエミリア=ピレス財務大臣にあるだろうか。2014年5月27日。ⒸAoyama Morito
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4902:140707〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。