青山森人の東チモールだより 第283号(2014年11月15日)
- 2014年 11月 16日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
仁義なき司法への干渉
揺れる三権分立
検察庁が描いていたとおりことが進むならば、汚職・不正に関与する複数の大臣・政府高官らは近く裁判にかけられるはずです(『東チモールだより 第273号』参照)。7月に起訴されたエミリア=ピレス財務大臣の初公判がこの11月、デリ(ディリ、Dili)地方裁判所で開かれるはずです。10月に起訴されたビセンテ=グテレス国会議長は裁判にかけられるために必要な免責特権解除の手続きに進むはずです。そして本来ならば、バリ島に家を建てた汚職大臣あるいは政府高官は首を洗って戦々恐々と起訴を待っているはず。
ところが、シャナナ連立政権によって多数派を占められている国会は、あからさまな司法妨害にうってでて、以上述べた状況は一変してしまったのです。
まず10月22日、シャナナ首相は起訴された閣僚にたいし免責特権を解除しないように要請する手紙を国会議員に出しました。2日後の24日、国会は8名の外国人職員を24時間以内に停職処分にするという決議を採択したのです。8名の内訳は、5名の裁判官(ポルトガル人)、2名の検察官(ポルトガル人とカボベルデ人、それぞれ1名ずつ)、1名の反汚職委員会の顧問(ポルトガル人)、です。
控訴裁判所のギリェルミノ=ダ=シルバ所長はこの決議は憲法違反(*)にあたるとして、10月28日、各地方裁判所にこの決議に従わないように通達しました。シャナナ首相は=ダ=シルバ所長にたいしテレビ討論をもちかけましたが、所長はこれに応ぜず、行政と司法の対立は激化しました。
(*)東チモール憲法第128条に、判事上級審議会が裁判官の採用・異動・罷免をおこなう資格のある機関であると定めている。日本では裁判官の採用や罷免は内閣・国会の統制をうけるが、裁判所が違憲立法審査権をもったり行政事件の裁判をおこなったりすることができ、立法と行政の統制をしている。三権(立法・行政・司法)相互の干渉規定は各国の憲法によって異なる。また東チモール憲法第119条で、法廷は独立し、憲法と法律のみに従う、と裁判の独立性を定めている。
そして11月3日、閣議は先述の外国人にたいし48時間以内の国外退去を命じる決議を採択したのです。
東チモール政府で働くポルトガル人が国外退去を命じられたことから、ポルトガルのパソス=コエリョ首相は「友情は友情、商売は別だ」という文句を引用し遺憾の意を表明しました。また、追放になったのは外国人とはCPLP(ポルトガル語諸国共同体)加盟国の人であることから、CPLP議長国としての振る舞いとして問題視する声が東チモール国内からあがっています。そして、さらになんといってもCPLPの議長国となったことをASEAN(東南アジア諸国連合)加盟への弾みとしたかった東チモールは、憲法軽視の強引な政治手法をとったことで国際社会にたいし相当に悪い印象を与えてしまったことでしょう。
タウル=マタン=ルアク大統領は、4日、野党フレテリンのルオロ党首とマリ=アルカテリ書記長、そしてジョゼ=ラモス=オルタ前大統領と会合をもつなど、要人との会合を重ねました。マリ=アルカテリ前首相は『テンポセマナル』のインタビューのなかで、個人的見解と断ったうえで、国会はこのような決議をするのは憲法違反であり、憲法違反をする国家として外国から信用されなくなってしまうと語っています。
11月7日、タウル大統領は声明をだしました。大統領は、ポルトガルとカボベルデそしてCPLPなど国際社会と協調性をとり、法のもとで民主主義の確立と強化に努力するよう、間接的ながら政府に司法の独立性を尊重することを求めたのです。
非公開の国会で予定になかった決議が採択
では、10月24日の国会で何が起こったのでしょうか。この日の国会はなぜか扉が閉ざされ非公開の国会となったのです。野党フレテリンのデビッド=シメネス議員は『テンポセマナル』のインタビューに応えて、閉ざされた国会のなかの様子を語っています。それをまとめると以下のようになります。
この日の国会は一つの決議を採るだけのはずだった。それはチモール海の領海についてオーストラリアと交渉する政府側の態勢づくりにかんする決議である(*)。フレテリンはこれに賛成した。ところが首相との会合だといわれ議員が集合したら、司法への監査態勢をつくるという内容が盛り込まれた決議を採決するといわれた。フレテリンは党としての統一見解を出すまもなく、賛成・反対・棄権を含め、個々の考えに従う自主投票をすることにした。ある議員が、予定になかった決議を急いで採択しようとするシャナナ首相に、あなたはわれわれを羊の頭数として扱ってはならないと発言すると、シャナナ首相は怒って叫びその場から退席した。しかし首相はすぐに戻り謝罪した。結局、予定になかったその決議が採択されてしまった。
(*)東チモールが2006年にオーストラリアと結んだ条約にかんして、オーストラリアによるスパイ行為が2004年にあったとして条約を見直すために国際司法裁判所の調停裁判に訴えた。現在、両国は半年間の休廷に同意して話し合いの下準備を水面下で進めているところである。
デビッド=シメネス議員は、そもそも非公開でおこなわれた国会に応じるべきでなかったと悔みます。そして、オーストラリアとの領海交渉に臨む態勢を整えることに関する決議はよいとして、予定になかった決議案を突然もちだした国会は本会議ではなくたんなる会合だ、決議は無効だ、と主張しています。そしてデビッド=シメネス議員はこの決議は三権分立を保証する東チモール憲法に違反していると断言し、「われわれはルールを侵した、国会は自分自身のルールを侵害した、野党は何かすべきだったが、何もせずただ従ってしまった、わたしもその一人だ……」と嘆きます。
シャナナ首相の言い分
シャナナ首相は、外国人である裁判官と検察官そして反汚職委員会の顧問を追放した理由として、かれらの能力・資質をあげています。
東チモール政府は、チモール海の共同開発区域で天然資源の開発をする諸企業にたいし適切に税金を支払っていないとして、差額を支払うように裁判で訴えています(『東チモールだより第221号』参照)。シャナナ首相がポルトガルの通信社に語ったところによれば、一連のこの裁判は51件あり、税金差額は合計3億7800万ドルの金額にのぼり、16件の裁判がすでにおこなわれ、東チモールはすべて負け、3500万ドルを失ったことになるのだといいます。これは承諾できない失敗であり、外国人法律家たちの資質に問題があるとして、10月24日の決議は国益のためにとった処置だという言い分です。
ところが石油会社にかんする裁判について追放されたポルトガル人の検察官は、カボベルデ人の検察官が一件の裁判にかかわっただけで他の者はかかわっていないとポルトガル通信社に語っています。この検察官は、外国人の追放にかんして、閣僚と政府高官の裁判のほうをみるべきであるといい、エミリア=ピレス財務大臣の免責特権解除の手続きは無期延期状態になってしまったと語っています。また、先述のデビッド=シメネス議員は、石油会社を相手にした裁判で負けたといっても敗訴が確定したわけではない、控訴すればよいと、石油会社を相手にした裁判を憲法違反の決議の理由づけにする政府の主張を非難しています。
シャナナ首相はかねてから、ルシア=ロバト前法務大臣が汚職の罪で5年の刑を喰らったあたりからですが、裁判の質に疑問を呈していました。エミリア=ピレス財務大臣が汚職の疑惑の渦中に巻き込まれると、ジャーナリストや検察そして反汚職委員会の能力・資質にも疑問を呈するようになってきました。
シャナナ首相は、司法はまだ脆弱だとよく語ります(例えば、『チモールポスト』2014年8月25日)。裁判官・検察官という要職をポルトガル人などの外国人にまだ頼らざるをえないのが東チモールの実情です。たぶん、シャナナ首相は外国人の判断で閣僚や政府高官が起訴されるのは主権が侵害されるに似た感情を ―――他の国では検察庁は政治的背景や社会状況をみながらうまく事件を扱うのに、外国人である検察官や裁判官は自分の国でないからうまく扱えないというような感情――― 抱いているのではないでしょうか。そして次々と閣僚が汚職で起訴される現実の先に自分も起訴されるという可能性を感じているかもしれません。現に、追放されたポルトガル人は、ポルトガルの新聞『エスプレソ』に、「シャナナは複数の汚職に関与している。証拠がある」と語っています。
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シャナナ首相は裁判に不信を抱いている理由のひとつに、外国人裁判官の作成したポルトガル語の書類を、ポルトガル語をよく理解できない東チモール人がただ追従しているだけ、署名だけを理解している、という言語の問題を指摘している。
『チモールポスト』(2014年8月25日)より。
シャナナ首相は専制政治を望むのか
政府が、チモール海の石油会社を相手取った裁判をもちだして国益のために外国人裁判官・検察官・反汚職委員会の顧問を追放したのだ、国益のためだ、と主張したところで、これに耳を貸す者は、汚職で起訴されこれから起訴されるであろう大臣や政府高官そして与党以外に、はたしているでしょうか。
10月24日に立法府がしたことは、通常の司法業務の妨害としかみえませんし、政府の保身のための行政・立法による司法へのあからさまな干渉とうけとられても仕方ありません。さらに閣僚を有罪にし、報道/言論の自由を規制する悪法「メディア法」にたいし憲法違反と判断した控訴裁判所への報復のようにもみえます。
一年前、2014年のうちに辞任すると発表したり(今年はもう11月だ、もう年内の辞任はないだろう)、8月の党大会で決まった内閣改造をまだしなかったりと、シャナナ首相の政治気質が気になります。また、デビッド=シメネス議員が『テンポセマナル』に語ったとおり、怒って叫び退席するという言動が本当だとすると、シャナナ首相の内面も気になってしまいます。
11月12日、「サンタクスルの虐殺」の追悼記念式典で、若者たちは「汚職打倒、共謀打倒、縁故主義打倒」などと書かれた横断幕を広げたことにシャナナ首相が怒ったという記事(『ディアリオ』2014年11月13日、インターネット版)を読むと、この式典に政治色を持ち込む行為について善し悪しはあるかもしれませんが、若者たちの健全さに安心するとともに、世代交代に期待を寄せたくなります。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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