黒い箱がつながって
- 2010年 12月 2日
- 評論・紹介・意見
- パソコン高橋 成
インターネットが使えなくなった、という相談の時、無線LANを利用しているとちょっとやっかいだ。
なぜなら、無線LANのトラブルというのは見えにくいのだ。
何年か前、日によって通信速度が極端に違う、という相談があった。
何台かのパソコンでインターネットを使っていて、デスクトップのパソコンでは、この問題は起きていないという。問題は、無線LANで使っているノートパソコンだというのだ。そうなると、トラブルの起きているのは、無線LANの通信だ。
無線でインターネットを使う場合、ケーブルを伝ってきたインターネットの信号を無線に変換する装置が介在することになる。これは家庭内の無線LANでもオフィスの無線LANでも公衆無線LANでも共通だ。無線に変換するには、一般に無線LANルータとか、無線アクセスポイントとか呼ばれる装置を利用する。
無線に変換する、というのはあまり精確でない。無線の電波にインターネットの信号を乗せる、というイメージの方が近い。だから、パソコンが無線に接続しているけれども、インターネットにはつながっていない、ということが頻繁に起こる。無線LANのトラブルのわかりにくさの一つがここだ。
相談者はそのあたりはよく把握していた。
通信機器の不安定を疑い、無線LANルータを最新のものに買い換えてみたというのだ。型番を聞いたら、確かに最近発売されたもので、無線でもかなりの通信速度の出るタイプだった。ふと思いついて、無線LANを使っている状態で、どこのプロバイダを利用しているかを確認してみた。それは確認くん(http://www.ugtop.com/spill.shtml)というサイトを開くとすぐに分かる。そうしたら、相談者の全く契約していないプロバイダだったのだ。
どういうことだか、後日確認したところ、どうやら隣の家で利用している無線LANの電波が入ってきているらしい、という事だった。相談者は光回線を利用しているが、お隣さんはADSL回線を使っているとのことだったので、それだけでも通信速度に違いがある。電波の入ってくる日と入ってこない日とがあるのは、相談者とお隣さんの生活パターンの違いなのだろう。
入ってきてしまう無線LANの電波をシャットアウトするには、どうしたらいいか?と尋ねられた。これには困ってしまった。そういえば、そんな方法聞いたことがない。取りあえず言えるのは、そのお隣さんのインターネット利用が、とても危なっかしい、ということだ。相談者が隣家のインターネットセキュリティを心配する立場ではないだろうが、機会を作って、隣の人に無線LANの使い方について、お話ししてみてもらうのが一番いいかなと思った。
これは極端な話かと思われるかもしれないが、隣の家の無線の電波でインターネットが使えてしまった、という話は実はよく耳にする。最近の家庭用無線LANルータは、実に性能がいい。例えばfonというサービスは、日本ではあまり流行っていないが、高性能の家庭内無線インターネットを公開して、公衆無線LANとして活用しようというサービスだ。
無線LANのセキュリティを、軽くみないでほしい。
利用するのであれば、無断傍受されないように丁寧に設定してほしい。最近は無線LANルータのメーカもセキュリティソフトのメーカもそれぞれ、使いやすいセキュリティソフトを作っている。流石にパソコン本体にケーブルをつなげるような簡単さではないが、そこは便益を享受する責任だ。頑張ろう。
意図せず無線LANが第三者に使われてしまうというのは、重大なセキュリティ上のリスクだ。冒頭の例は善意の第三者だったが、こんな状況が悪意でもって利用されてしまう可能性は、十分にあり得る。
セキュリティのリスクと言えば、自分の通信の内容を盗聴されて個人情報が漏洩してしまう、のが真っ先に思い浮かぶ。これは怖い。自分の個人情報なんて、どうという価値など無いと思うかもしれないが、価値を決めるのは悪意の第三者だ。インターネットを利用したシンプルな脅迫や詐欺が、意外と犯罪被害を増やしている。
例えば、何かの拍子に料金の支払いを要求するページを開いてしまったとする。そういう時、無線LANを利用していてもセキュリティ対策を十分に施していれば、漏洩元の可能性を一つ減らすことができる。
それから更に怖いのは、悪用されてしまう危険性だ。
例えば、海上保安官が国家機密をどこからYouTubeにアップロードしたか分からないようにしたい、と思ったとする。彼がたまたま訪れた友人宅で、ご近所さんの無線LANの電波が受信されていたとしよう。もちろん、友人は無線LANを使っていない。その無線LANを利用して、国家機密をYouTubeにアップロードするなど、ごくたやすいことだ。6本程度の動画のアップロードなら、さほど時間はかからない。その友人すら気づかないまま、ノートパソコンをちょっと作業しているようにしか見えないうちに、アップロードは完了してしまうだろう。
動画の投稿先のYouTubeではもちろん、アップロード元のIPアドレスでほぼ、どこの誰がアップロードしたかは分かる。しかし使われたIPアドレスは友人とも全く無関係の、ご近所さんのものだ。誰が無線LANの電波を拾って利用したかは、この状況だと殆ど分からない。
これが機密情報の漏洩でなくとも、迷惑メールをばらまくのもできるし、もう少し知識があれば詐欺サイトの開設ですら可能だ。
こういったリスクが多くて、わたしの中では無線LANは、消極的な評価だった。
リスクばかりではない。実際の利用には通信速度は確実に遅くなる。
勉強がてら、うちの息子のパソコンには無線LANでつなげてみた。息子はネットゲームをやるので通信速度を遅くしてやれ、快適すぎる通信環境にしてやることもないだろうとも思ったのだ。
わたしの自宅では光回線を利用している。ベストエフォートで100Mbpsの回線だ。
ベストエフォート best effort とは最善の努力、つまり実際にはこんな速度は出ませんと言っている。うちではLANケーブルをつないだWindowsXPのパソコンから、速度測定サイトで計測すると下りが50Mbps程度出ている。因みに、下りとは受信の速度のことで、上りという言い方をすると送信の速度を指す。
ここですこし通信速度の話をしよう。
どんなに高速回線でも、データの処理能力が低ければ、結果として通信速度は遅くなる。
いくら高速道路でも1車線しか無ければ、沢山の車が流入すれば渋滞するのと同じだ。また、3車線ある高速道路でも、最高30km/hしか出せない車で走っていれば目的地にはなかなか着かない。これが通信速度のイメージだ。
この通信速度には、リンクアップとスループットというそれぞれの値が大きく影響する。
リンクアップとは、ケーブルで直接接続された装置の間の速度のことだ。
スループットとは、時間内に処理できる命令の数のことだ。
高速道路のたとえで言うならば、料金所に窓口が一つしかないと支払いのやりとりに時間がかかり、料金所渋滞が発生する。また料金所の区間はなるべく長い方が、気兼ねなくスピードが出せる。料金所と料金所の間で出す速度がリンクアップ、というイメージだ。
スループットは、車のエンジンの性能そのものだ。実際には、パソコンやルータなどの通信装置の処理能力、データの転送量だと思っていい。
インターネット上の速度測定サイトで表示される通信速度とは、回線の速度だけの結果ではない。インターネットを利用する全ての環境の結果が、速度測定サイトには通信速度として現れる。
ここで言う環境とは、インターネットを利用するパソコン、ケーブル、ルータそれぞれの性能、利用するインターネット回線、回線を共用する人数、回線の局舎の状況、プロバイダの機能、インターネット内の混雑状況など、細分化していけばきりがない。
実際にパソコンを触っている人が「体感的に」ネットの速度を早くしたいと考えた時、何を改善すればいいかの見極めが非常に重要になる。通信速度だからプロバイダが何かできるかと言えば、殆どそういうことはない。自分でできるところで飛躍的に改善する場合も沢山ある。
ただ、パソコンのCPUの遅さがボトルネックとは限らない。ネットワークアダプタと呼ばれる、通信をコントロールする部品であるとか、パソコン本体ではなくルータやハブであるとか、場合によっては、ディスプレイに表示する速度がボトルネックになっていたりすることもある。
無線LANは、パソコンとインターネットとの間に、接続する通信機器を一つ増やすわけだから、それだけで通信速度が遅くなる要素が増えることになる。それから一番重要なのは、無線LANは規格によって伝送速度が決まっている。これもベストエフォートみたいなものだ。理論値ではその速度が出ることになっているが、いろいろな条件によってその速度まで出ることは難しい。
わたしは安いパソコンに少しずつ手を入れて使っているので、処理速度は決して速くない。そんなところに無線LANなど使って、わざわざボトルネックのタネを作る気になれなかったのだ。
そういった無線LANへの苦手意識を払拭する端末が現れた。
iPadだ。
流行り物にやられてしまった自分が、ちょっと悔しい。けれどもiPadを初めて見た時、家事の中でインターネットが使われている光景が、ありありと頭の中に浮かんだのだ。
わたしは、料理をしている時、iPadを使いたいなあ、と思った。
ウェブには料理のレシピが無数にアップされている。特にわたしの大好きなのは、クックパッド(http://cookpad.com/)というサイトだ。ここは検索欄に食材の名前、例えばほうれん草、と入力して検索すると、ほうれん草を使った料理の一覧が表示される。わたしは料理があまり得意でないから、料理している最中に頻繁にレシピを確認したくなる。でも、インターネット上で見られる情報をいちいち紙に印刷するのはかなり嫌だ。紙がもったいない。
今はどうしているかというと、パソコンはキッチンとかなり離れた別室に置いてあるので、料理の手順が分からなくなると、いちいちパソコン部屋に確認しに行っている。面倒だ。まあ長い目で見れば、だからこそ料理を覚えよう、という方向に向かうのかもしれないが、新しいレシピを試している時など、何度もキッチンとパソコン部屋とを往復することになる。
そこでiPadがいいなあ、と思ったのだ。料理のレシピを表示して、キッチンのカウンターに置く。そういう使い方をするのなら、インターネット端末は絶対に無線LANでなければならない。なぜなら、細かく動き回るキッチンに、LANケーブルを這わせることは危険だ。足に引っかけてつまずいて、大事故につながる恐れがある。また、レシピの確認をするのだから、端末は見やすいところに置きたい。そうなると食材や調理器具で散らかっているところに置くだろう。これにLANケーブルが繋がっていてはいけない。邪魔だ。LANケーブルに熱湯をかけてはいけないなどと、気が散って重大なミスに繋がる。
要するに、ちょっとした使い勝手なのだ。
新しい道具を使うのに、日常の動作を妨げないこと。そのように作られれば、家事に浸透する。家事に活用されるようになれば、インターネットの普及は不可遡なものとなる。家事とは人が生活していくに当たって、等しく発生するものだからだ。発生した家事は家庭の中で主たる担当者、例えば主婦が中心になって処理されていくが、処理すべき家事とは日々発生していく。だから処理に用いる道具は直感的かつ簡単でなければならない。また、普段の家事の処理の流れを妨げるものであってはならない。iPadはその条件を満たしている。タッチパネルだから、新しいのではないのだ。
iPadはキーボードやマウスを始めとした入力デバイスを取り外してしまった点も、家事への浸透を促すのにはとても重要だと思う。もちろん、取り付けることもできるわけだがiPadと言ったら、あのスクリーンだけの端末だ。ずいぶん思い切ったものだ。邪魔な時にはさっと片付けることができるではないか。パソコンは家庭の中で、意外と置き場に困る。iPadのみならず、一般的にノートパソコンに根強い人気があるのは、そのせいだろう。小さくたたんで、片付けやすい。
iPadはノートパソコンより一歩進んで、LANケーブルからもキーボードからも自由になり書斎から離れて、家の中で自由になじむようになったのだ。インターネットをやるには机にがっぷり四つに構えることなく、リビングのソファでカウチポテトなどしながらiPadで楽しむ、というスタイルの変化だ。
ケーブルの話に戻そう。
要するに家庭の中で、配線の電子機器のケーブルは、嫌われる。
インターネット利用のトラブル相談に乗っていて、実感したことだ。
一つの機器についていていいケーブルは、電源のケーブル1本が限界のようだ。ケーブルが2本以上ついている機器は、それだけで「難しい」と敬遠される。できれば電源のケーブルさえない方がいいようだ。ノートパソコンや、携帯電話がそれに当たるだろう。
インターネットが使えない、という問い合わせで真っ先にわたしが確認するのはどんな機器を使っているかということと、間違いなくケーブルが繋がっているかということだ。装置の確認をした後、その機械につながっているケーブルを見てもらう。
そのケーブルを手繰っていって、次につながっている機械はパソコンですか、と尋ねる。ここで軽くパニックを起こして、ケーブルがごちゃごちゃしていて、よく分からないんです、と言われることのなんと多いことか。けれどもわたしは譲らない。
トラブルシューティングにおいて、ケーブルの確認は重要なのだ。いったん落ち着いてもらって、ここは時間をとってでも確認してもらう。トラブルの原因は何らかのケーブルが外れているだけ、下手すると電源コンセントが外れていた、ということも多い。
要するに、ごちゃごちゃしたケーブルというのは、よく分からない機械そのものなのだろう。
機械が苦手、という人にとって、機械に繋がるケーブルが1本でもなくなるというのは、インターネットを使うハードルが少し低くなるということなのかもしれない。つまりインターネットが家事の中に組み込まれていくには、無線LANが前提になるのかもしれない。
とはいえ、わたしはiPadを購入していない。
一日に何度も再起動しないといけないコンピュータなんて、そもそもおかしいよね、とか、世の中の流行に簡単に乗りたくないとか、斜に構えて色々言い訳している。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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