WLの重要性―IAEA天野事務局長のケース
- 2010年 12月 5日
- 時代をみる
- IAEAウィキリークス坂井定雄
民間の内部告発サイト、ウィキリークス(WL)が欧州のメディアを通じて、米国政府と全世界に展開している大使館がやり取りした内部(秘密)文書などを、次々と暴露している。高度の機密指定をされた文書ではないが、米大使館の相手国首脳への露骨な評価、国連機関へのスパイや工作など、米国外交の実像が透けて見える。米国政府も各国政府も大慌てだが、今回WLが公表しつつある内部文書は約25万件。うち日本関係だけでも5,700件あるという。今年10月、WLは主としてアフガニスタン、イラクでの米軍の実情、実態を明らかにした約40万件の内部文書を公開している。これから何がでてくるか、大いに注目したい。
「外交の機密」か「国民の知る権利」かという議論をここではしないが、欧州のメディアも米ニューヨーク・タイムズも「国民の知る権利」の方を優先し、それぞれの編集権と責任の下に、自社で選び報道している。勝負あった! 70年代初めの「ベトナム戦争秘密報告」の報道を思い出した。
日本では、前原外相などがWLを声高に非難しているが、これまで政府・外務省からの発表も情報提供もなく、秘密にされてきた、そして今回初めてWLが暴露した重要な事実が、国際原子力機関(IAEA)天野事務局長のケースだ。
今回のWL文書を最も積極的に報道している、英ガーディアン紙によると、米国の駐ウイーン国際機関代表部は昨年10月、本国に送った公電で、同年12月からの新IAEA事務局長就任が決まった天野之弥氏について、「幹部の人事案件からイランの核兵器開発疑惑への対応まで、すべての重要な戦略的決定で、アメリカ側に立つ」と繰り返し示唆した、と報告した。
日本政府とくに外務省の対米従属姿勢が、また、国際社会にまざまざと示されてしまった。恥ずかしい。
昨年行われた12年ぶりのIAEA事務局長選挙は、最終的に日本の天野氏と南アフリカのミンティIAEA担当大使の一騎打ちとなった。天野氏はIAEA担当大使としての経験と人柄で事務局の評判がよく、前任者のエルバラダイ事務局長もアフリカのエジプト出身ということもあって、天野氏が有力視されていた。しかし、3月、二日間にわたる特別理事会で投票を繰り返したが、どちらも当選に必要な3分の2に達せず、7月に仕切り直しの選挙をやって、やっと当選した。日本が米国べったりで、中立であるべき事務局長としては好ましくない、という反感がアフリカはじめ開発途上諸国に強かったという。日本が国連安保理常任理事国になることに、いくら工作しても、加盟国多数の支持が得られないのと同じ理由だ。
イランの核開発疑惑でも、エルバラダイ前事務局長はイランが受け入れる限りの査察を行い、なお疑問が残るとしながらも、イラン核兵器開発の疑惑を強めるような報告はしなかった。イランに疑惑を解くよう働きかけ、低濃縮ウランをロシアで核燃料に加工する案を強く支持するなど、危機が深化するのを防ぐ努力を粘り強くしてきた。
しかし、新任の天野事務局長は、わずか就任2カ月後の今年2月、イランに核兵器開発の可能性があると指摘した報告書を発表。米国主導のイラン制裁強化の流れが一段と強まった。これに対してイラン原子力庁長官は、「天野事務局長は独立性を保ってほしい」、(事務局長選がもつれたのは)「途上国が『天野は西側の方に立っている』と考えているからだ」と批判した。
IAEA事務局長は、核兵器の拡散防止、核兵器に関わる戦争の防止に、極めて重要な役割を担っている要職だ。そのために中立が国際社会から求められている。前任者のエルバラダイ氏は、2002から3年にかけて、イラクが核兵器を開発していると執拗に主張する、ブッシュ米政権の猛烈な圧力に抵抗し、最後まで、核兵器開発を事実だと認めるようなIAEAの公式報告書を、国連安保理に提出しなかった。
このため米国は、さまざまな偽情報を織り交ぜて、当時のパウエル国務長官が国連で演説したが、小泉政権下の日本政府などごく少数の国の支持しか得られず、国連安保理はいかなる形でも、イラクへの武力行使を承認する決議を採択しなかった。それでも米国は、国連安保理の支持も承認もまったくないまま、イラクへの戦争を開始。完全に国際法に違反したイラク侵略戦争となった。結局、イラクは核兵器開発も、核兵器の貯蔵もまったくないことが判明した。エルバラダイ事務局長の判断、それを支持したアナン国連事務総長の決断が正しかったことが証明された。エルバラダイ氏は、05年、ノーベル平和賞を受賞した。
WLの暴露で、天野事務局長に対する、米国以外の加盟国からの批判が厳しくなるだろう。天野氏は、IAEA事務局長の中立性、独立性をどう証明していくのか。イラン攻撃の口実をイスラエルと米国に与えないように、IAEAがイランに積極的に働きかけるためにも、それが絶対に必要だ。
このケースのように、WLの暴露は、各国政府と国民に、重要な課題を突き付けていくことだろう。(12月3日記)
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