元アメリカ大使が語ったユーゴに対する干渉工作
- 2010年 12月 5日
- 時代をみる
- アメリカユーゴスラヴィア内政干渉岩田昌征
超大国の大使とは気分の良いものだ。本人にそこそこの器量があれば、小国や小民族の進む方向を、つまり政体や国体を決定できる。少なくとも、決定に影響できる。以下に述べる事は、知る人ぞ知るの既知の事実であり、ちきゅう座で書きもしたが、今回は、当事者のアメリカ大使が最近の著書で明記しているので、William Montgomery 著『民主的移行との格闘──歓呼が静まってから』(2010年、ベオグラード)の関連個所を訳出ないし要約し、紹介する。セルビア語訳は、ベオグラードのDon Graf 社から出版されているが、英語の原本は出版社が不明であり、未出版なのかもしれない。
ウィリアム・モンゴメリーは、駐ブルガリア(1993-1996)、駐クロアチア(1997-2000)のアメリカ大使、そして2004年に新ユーゴスラヴィア大使を最後に外交官生活から引退した。本書は、ミロシェヴィチ時代の新ユーゴスラヴィア(1992年4月にセルビアとモンテ・ネグロから成る連邦国家として成立)を1999年3月にNATOが空爆して、新ユーゴとアメリカの外交関係が断絶していた時代状況から始まる。従って、アメリカは、対新ユーゴ工作の拠点を隣国ハンガリーの首都ブダペストに置く。「……」内は、モンゴメリーの文章の訳、──以下は、その要約である。
「2000年8月15日、国務省は『ウィリアム・モンゴメリーは、在ブダペストのユーゴスラヴィア問題事務所を指導すべし』なるタイトルの極く短い訓令を発した。……。事務所の任務は、セルビアにおける諸民主勢力に支援を提供することである」(p. 31)。
「ユーゴスラヴィア外務省は、事務所を『力の、圧力の、そして一主権国家の内政問題への野蛮な干渉の公然たる誇示である』と呼んで、国連安保理で鋭く抗議した」(p. 31)。
「ヴォイスラフ・コシトゥニツァは、声明を出して、事務所を『セルビア民主制の心臓に突き付けられた短剣である』とヴィヴィドに表現した」(p. 31)。
2000年9月24日に新ユーゴスラヴィア大統領が直接選挙で選ばれることになった。これは、ミロシェヴィチのイニシヤティヴで間接から直接へ選挙制度が変えられたのである。それに関するモンゴメリー米大使の個人的任務は、pp. 27-28 の8項目に整理されている。
a──常時分裂している反対派を一人の候補者の下で団結するように努力する。
b──モンテ・ネグロ大統領ミロ・ジュカノヴィチをセルビアの反対派に積極的に協力するように説得する。
c──政治的反対派に支援と援助を与える。
d──ミロシェヴィチに対抗する諸NGO、例えば人権の闘士、選挙監視組織、OTPOR(セルビア語で「抵抗」の意味。1998年にベオグラード大学の学生達が組織した反体制運動:岩田)等の共同体を立ち上げ、訓練し、支援する。
e──「セルビアを囲むサークル」の建設を継続する。その目的は、B-92(1989年以来の独立ラジオ放送局。2000年9月にテレビ放送をも開始:岩田)のような反対派の独立ラジオ局が国外から発信することを可能にすることである。例えば、ハンガリーやボスニアにおいて。
f──全欧州安保協力機構が選挙で行動的・積極的役割を演じられるように、当時の議長国オーストリーと協力する。
g──政府のコントロール下にある諸メディアに対する対抗力として、B-92、様々の地方テレビ局、地方ラジオ局のような独立メディアを支援する。
h──ハンガリー人と駐ハンガリー・アメリカ大使館に情報を提供する。
モンゴメリー大使は、すべてが自分の力で行われた、と自慢している訳ではない。彼の着任以前から「反対派の諸都市の市長達は、2年以上にわたって外国から相当な援助を受け取っていた。広範囲にわたるセルビアの諸NGO、諸独立メディア、諸野党は、政治的かつ金銭的支援、そして助言も訓練も受けていた」(p. 37)。
岩田の感慨は、以下の如し。民主的グローバライゼーションとは、超大国が中小諸国の内政問題、例えば国政のトップを決める選挙において候補者の選定から始まってあらゆるプロセスに関与できるが、唯一つ個々の投票者の意思決定だけには関与できないシステムの普及を言うのかもしれない。しかも、国内の知識人の多くがかかる関与・干渉に異議をとなえるどころか、歓迎するような世界的状況である。米国大使が日本の民主党における小沢的役割を演じる。すなわち、誰を立て、誰を引っ込ませ、マスコミ対策をつくり、選挙資金まで面倒をみる。こんな事が出来たのは、北朝鮮のような完全独裁国ではなく、その国にかなりのレベルの民主制があったからであろう。とすると、一身独立しても、一国独立が出来ない、そんな新しい世界史的状況が出現しつつある。福澤諭吉では済まないのである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1114:101205〕
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