フランス風刺週刊誌襲撃:ドイツでの哀悼と抵抗の光景
- 2015年 1月 9日
- 評論・紹介・意見
- 梶村太一郎
昨日1月7日、白昼のパリで起こったフランスの風刺週刊誌『シャルリーエブド』の編集部へのテロ襲撃は、世界中に衝撃を与えていますが、ここドイツのベルリンでも大きなショックを与えています。
これを書いている8日の段階では、まだ犯人の実態も完全には判明しておらず、背景の解明も闇の中です。ただ、この事件が民主主義社会では絶対に許されない表現と報道の自由に敵対する最大で最悪の暴力行為であることだけは確かです。
本日の『南ドイツ新聞』は論説の「フランスの不吉な前兆」との見出しで、「それでなくても分裂しているフランス社会に大きな困難をもたらすであろう。・・・それは長い歴史ののなかでドレフーズ事件以来のようなものであるかもしれない」と大きな懸念を表明しています。この事件がフランス革命以来の最大の社会思想の危機をもたらし、それに匹敵する深い原因が歴史的にも、この残忍な殺人行為には推定できるからです。
ドイツでもフランスほどではないにしても、深い反イスラム感情が社会に潜伏しており、昨年末からそれが、ドレスデンを中心とする草の根の極右ポピュリズムの動きとして顕在化していることもあり、わたしもこれについて報告しようとしていた矢先に起こった事件ですので、ここでも決して他山の石ではないのです。
隣国のドイツの最初の1日の情景を以下簡単に写真で報告しておきましょう。
これは本日8日のベルリンの日刊紙です。申し合わせたように一面に『シャルリーエブド』誌の様々な風刺画を掲載して、犠牲者たちを追悼しています。同誌の風刺画はイスラム教だけでなく、キリスト教やユダヤ教も辛辣に風刺してきたことが、一目瞭然でわかります。
これは8日午後のフランス大使館の入り口です。次々と政治家や外交官が弔問に来ています。昨晩は夜遅くまで多くの市民が集まって静かに犠牲者を追悼しています。
ここではフランス国旗だけが半旗にされています。欧州旗はそうされていません。
入り口には市民がひっきりなしに花とロウソクをもって追悼に訪れています。
フランス大使館はブランデンブルク門(背後)に面したパリ広場にあります。
一夜にして世界中に広がった「わたしはシャルリーだ」との連帯のスローガンが多く見られます。
「風刺には全てが許される! だだ死ぬことは許されない」。みごとな表現です。おそらく作家のグループが置いたものでしょう。
犠牲となった風刺画家たちへの追悼の色鉛筆の束がこぬか雨に濡れています。
暗くなり小雨も次第に降り出し、ロウソクの点火も難しくなってきました。
そろそろ帰宅しようと思い、ふとパリ広場に面した大使館の隣りのビルを見上げると、窓際に人々が立っています。ここには『シュピーゲル』誌のベルリン支局が入っています。
同誌の記者たちがそろって「わたしたちもシャルリーだ」と意思表示をしているのです。
おそらく編集会議を終えてから、一斉に職場で連帯の意思表示をしたのでしょう。
彼らの健筆は銃弾より強くなければならないのです。大いに期待したいものです。
ウンターデンリンデの地下鉄入り口前の欧州議会の事務所の欧州旗が半旗で雨に濡れながらはためいていました。
本日、デメジエール内務大臣による全ての官庁の旗を半旗にする通達によるものです。
欧州旗までが、半旗にされる光景はわたしの記憶にはないことです。パリのテロ行為が、欧州への挑戦であると受けとめられていることがここにも示されています。
2015年は、ヨーロッパでも大きな政治的難局が待ち受けているようです。
初出:梶村太一郎さんの「明日うらしま」2015.01.09より許可を得て転載
http://tkajimura.blogspot.jp/2015/01/blog-post_9.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5110:150109〕
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