壊滅に追いつめる1年にできるか -「イスラム国」との戦いは国連中心で⑪
- 2015年 1月 31日
- 評論・紹介・意見
- イスラム国坂井定雄
「イスラム国」の人質にされた後藤健二さんへの交換期限が過ぎている。
今回の事件は、あらためて「イスラム国」の残酷な本質を示した。「イスラム国」は敵意も敵対行動も全くない非戦闘員の日本人湯川さん、後藤さんを人質にして、日本政府に2億円の身代金を要求、満たされないとまず湯川さんを残虐に処刑。後藤さんについてはヨルダン政府に拘束されている女性死刑囚の釈放との人質交換を期限付きで要求した。
「イスラム国」は昨年来、シリアで欧米人のジャーナリストや国際援助要員を次々と人質にして巨額の身代金を要求、満たされないと、斬首処刑した。シリアでもイラクでも、異教徒やイスラム教シーア派の一般市民と兵士たちを多数殺し、残酷な遺体をネットで世界に見せびらかした。
指導者のバグダディは昨年6月、「カリフ国」の設立と自らをカリフ(政教一体の最高指導者)と宣言したが、その主張するイスラム法は極端に偏狭、不寛容で、彼らが現代世界とは全く相容れない過激な犯罪集団に過ぎないことを、この残酷さで何より実証した。
国際テロ組織アルカイダをはじめ、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」、北アフリカ諸国にまたがる「マグレブのアルカイダ」、ナイジェリアの「ボコハラム」など中東、アフリカ、南西・中央アジアに、イスラム国と同様のイスラム過激派(ジハーディスト=聖戦主義者とも広く呼ばれる)が活動しており、それとつながる犯人がパリの連続襲撃事件を起こした。それらのなかで「イスラム国」は、イラク、シリアの3分の1以上、英国本土や中東のヨルダンと同じほどの面積の地域を支配し、中東と欧米などから集まった2万人に及ぶ若者たちを含む3万人以上の兵力と豊富な資金と武器を持ち、ネット・メディアを駆使して、影響力が最も大きい、イスラム過激派の中心的な存在になっている。
だから、国際社会はまず、「イスラム国」を壊滅しなければならない。この戦いは、すでに始まっている。しかし米国を先頭にした有志国連合の軍事行動だけでは勝てない。イラク戦争の中で「イスラム国」の前身のイスラム過激派「イラク・イスラム国(ISI)」が成長した。多数の一般市民が米軍の攻撃の犠牲になり、イラクはじめイスラム諸国がイラク戦争でいだいた米国への深い疑念や反感が残っている。「イスラム国」との戦いでカギとなるのは、国連が全面的に関わり、イスラム諸国と非イスラム諸国の連帯の下に、イラクやシリアの人々を支援していくことだ。
シリアでは、2011年の「アラブの春」の民主化決起に対する、アサド政権の暴虐な弾圧で内戦が始まった。イラクから介入したISIは、シリア北部で支配地域を拡げ、13年6月には人口20万人余のラッカ市を占領して本拠地にした。ISIは他のイスラム過激派と異なり、インターネットを最大限に利用した宣伝活動を世界的に広げ、アラブ諸国、西欧諸国をはじめ各国から若者たちを戦士として集め始めた。そして14年1月にイラクに逆侵攻。シーア派のマリキ首相の政権に強い不満を抱くスンニ派住民の協力を得て、都市や村落に入り込んだ。同年6月にはイラク第2の都市モスル(人口約170万人)を地元スンニ派部族勢力の協力で無血占領し、「イスラム国」の設立を宣言、さらに”破竹の勢い“で支配地域を拡げていった。
しかし、8月に米国やEUの強い圧力でマリキ首相が辞任、議会がほぼ一致してアバデ首相を選出。10月には難航していた内相にシーア派、国防相にスンニ派の有力者が就任して、イスラム国と戦う挙国政権が成立した。新国防相は就任演説で「モスルを解放する」と宣言。これまで「イスラム国」への抵抗の最前線を担っていたクルド人武装勢力ペシュメルガ、シーア派民兵勢力と共に戦う政府軍の戦闘力が明らかに強化され始めた。
一方、8月6日から、「イスラム国」の車両部隊や拠点に対する米軍の爆撃が始まり、英仏両国やアラブ諸国など有志国も爆撃に加わった。この結果、「イスラム国」の支配地域拡大が難しくなり、政府軍は首都防衛上の最重要地域であるアンバル州、ディヤラ州で「イスラム国」勢力との戦いを強化。一部で駆逐し始めた。
「イスラム国」との戦いの変化を象徴するのが、4か月にわたって「イスラム国」とクルド人勢力が攻防戦を続けてきたトルコ国境のシリアの町コバネで1月下旬、米軍の空爆の支援の下でクルド人勢力が遂に「イスラム国」勢力を駆逐したことだった。
米国はじめ有志国のイラク、シリアでの爆撃は1月下旬までに約2,000回(1回は1機の行動)に達した。それでもイラクでは、やっと「イスラム国」を押し返し始めたという段階。地上で支配された町や村を奪回するには地上軍による作戦しかない。市民の犠牲が増えるので、都市や村落を大規模に爆撃することはできないからだ。しかし、外国軍の地上部隊を導入することは、イラク政府が明確に反対しているし、米オバマ政権も否定している。地上作戦は、イラク人自身が戦い、「イスラム国」を駆逐しなければならない。重要なことはスンニ派住民の協力、参加をえることだ。そのためにもアラブ・スンニ派諸国や欧州諸国の暖かい支援が、大きく役立つに違いない。
ケリー米国務長官は1月に開かれたイラク支援有志国の会議で、イラクでの「イスラム国」との戦いが進んでいるが、その駆逐には少なくとも1年以上かかると慎重だった。
いずれ「イスラム国」はイラクから追放されるとしても、いまや「イスラム国」の首都になりつつあるモスルの170万市民の生命は、どうすれば守れるのだろうか。
一方、シリアでは、アサド政権と「イスラム国」そして他の反政府勢力の支配地域が3分裂、4分裂して過酷な内戦が解決する見通しがない。国連特使は昨年、アサド政権と反政府勢力のシリア国民連合に対し、一時停戦して、「イスラム国」との戦いを優先することを提案し、双方が原則同意したが、現実には進んでいない。イラクから一掃されても、「イスラム国」はシリアに撤退して生き残る。「イスラム国」の壊滅には、国連安保理が一致して行動することが、どうしても必要なのだが。
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