道徳的指導国家の没落 拷問の返り血浴びる米国 2.
- 2015年 2月 4日
- 評論・紹介・意見
- アメリカ中田 協
恐るべき状況の連続性 挫折した世界制覇の野望
昨年末、米上院委員会の拷問報告書が勇気ある女性議員の決断で公表されて以来、米国はあの同時多発テロ(2001年9月11日)以後、維持してきた「道徳的指導国家」としての地位を失った。テロ容疑者に対する米国の扱いを仮借なく明らかにした報告書の内容は、監獄の闇の中で行われた眼を覆うばかりの残虐を余すところなく白日の下に曝している。
▼「テロ容疑者に死を」の巨大システム
ジョージ・ブッシュ米元大統領が極秘の「拷問プログラム(拷問の“仕様書”)を承認して以来、10年余りがたった。その内容はおおよそのところは巷間伝えられてはいたが、おぞましい尋問の方法がこれほど膨大な量で、かつ正確に、世論の前に表われたのは初めてだった。挿入された生々しい写真の数々は衝撃的だ。ドイツの週刊誌、シュピーゲルは2014年12月15日号で、『アメリカの奈落』(Amerikas Abgrund)の表題で数ページぶち抜きで取り上げた。アフガニスタンの秘密捕虜収容所の航空写真に、オバマ大統領の沈鬱な顔写真を配し、誌面効果を上げた。5年にわたり委員会は、拷問に悲鳴を上げるテロ容疑者の口から拷問係官が如何にして情報を搾り取ったかを克明に調べ上げ、文書化した。6700ページの文書のうち墨で塗りつぶされた不完全なものを除くと、拷問犠牲者、政治家、CIAの元職員の証言で補完して500ページの要約が残された。
▼ ”国家安全保障”の名による犯罪
この『拷問報告』は一見して、2001年9月11日以降のアメリカの政治的、道徳的堕落を遺憾なく示している。一国の安保のため「法治国家」と「権力」の配分のバランスがキレイになおざりにされ、国家の機能が麻痺した。野党共和党の重鎮、ジョン・マケイン上院議員は先週、「世界の善に奉仕するアメリカの名声は地に落ちた」と嘆いた。マケイン氏は自身が、ベトナム戦争の最中、撃墜された米機のパイロットとして北ベトナムの捕虜収容所所で拷問を受けた人物である。今度、発覚した拷問事件はある意味、60年代の南べトナムのミライ村で起きた住民虐殺の続編であり、その現代版だった。
▼上院調査委の歴史的挙
ダイアナ・フェインステイン女史(米上院議員)の勇断で、アメリカ社会の暗部が世界中に知れ渡ったことで、米合衆国の道徳的基礎がボロボロに崩れた。同時に西側指導国家としての権威も台無しになった。おまけに『拷問報告』は、よりにもよって、米国の「いちばん弱い内部」が不穏になったタイミングで公表された。ニューヨーク州ファーガソンはじめ全国で、警察権力が非武装の黒人デモ隊に襲いかかった。警察の武力は、過去10年のテロ対策で著しく増強されていた。フェイン・ステイン女史の決断は劇的だったのだ。
▼四分五裂の米国世論
ブッシュ政権の副大統領、ディック・チェイニー氏が1月初め、CIAのやり方を正当化したばかりか、『拷問報告』なんてくそ食らえ!」(シュピーゲル誌)と激発したことが世情を賑わせた。ブッシュの片腕だった右翼のチェイニー氏がいらだつ条件は十分あった。『拷問報告』の影響は「過去」ばかりか、米国の「将来」にも及んでいたからである。米国世論の分裂は、煎じ詰めれば一国の民主主義が「敵」と妥協することなく、如何にして生き延びるかの問題に帰着した。保守の少数派は、ブッシュ時代の犯罪をなお擁護した。チェイニー氏や、フォックス・ニューズのような右寄りメディアは「いわゆる“尋問の先鋭化”(拷問の強化)は情報確保の上で極めて有効だった」と繰り返した。米国内でアメリカの価値をめぐる戦争が火を噴いた。一方が「拷問は断固続けるべし」と決議すれば、他方は拷問の悪を徹底的に糾明すべし」と論じた。しかし、政府は世論の動きなど意に介せず、拷問OKの規定路線を進めた。
▼ 拉致、拷問、殺人、もみ消し、ウソを政府が特認
人の生存の基本権にかかわる拷問の是非についてアメリカ政府の見解は揺れに揺れ、ジグザグ・コースをたどった。シュピーゲル誌によると、2001年9月17日、同時多発テロの6日後にブッシュ大統領は、長期にわたり米国人の生命、利益に重大な危険を招く恐れのる者や、あるいはテロを計画する人間を殺すことを容認した。拷問、拉致、殺人などを赦す特認令だった。CIA67年の歴史でこれほど踏み込んで暴力を認めた例は無かった。これより先、ジェラルド・フォード大統領は1976年、拷問に制約をかけた。さらに、大統領職務命令により、外国の国家元首、政府首脳の殺害を禁じた。
▼返り血の意味するもの
2001年の同時多発テロ直後の数週間、CIAの職員は毎日午後5時にラングレイの本部に集まり、約35人が当時のジョージ・テネットCIA長官に秩序整然と報告した。2002年3月28日には彼らは、最初の「成功」を長官に報告することが出来た。パキスタンでの銃撃戦の末、アルカイダの作戦指揮官のアブ・ツバイダーという実力者を逮捕した。さまざまに揺れた対テロ作戦の、これは最初の成果だった。ブッシュの“反転攻勢”の端緒となったが、イラク戦争の勇み足、アフガニスタン関与の泥沼化で、オバマに引き継がれたアメリカは“世界制覇の野望”からの足抜きに追われる日々を迎えた。同盟国首相の電話盗聴、テロ容疑者に対する凄惨な拷問は米国のあがきだった。
▼人種主義の黒い影
パキスタンなど各地に分散設置されているテロ容疑者収容所の拷問室でCIAが浴びた返り血は今のアメリカの状況を象徴している。いやアメリカは、先進諸国の“右代表“にすぎないのかもしれない。同時多発テロ発生のとき、事件の本質をアポカリプス(黙示録的大災害)と呼び、背後に人種間の対立、怨念があることを嗅ぎ取った哲学者がいたのを思い出す。中村哲氏だった。 米上院の拷問報告書の内容に関する南ドイツ新聞の社説『Der dunkle Fleck(黒いしみ)』は拷問による尋問の実態が明るみに出るにつれて、諜報機関は誤った情報によって世論を騙すために意図的にウソをついていた、と報告書の趣旨を要約した。かつてブッシュが許容したのも、このウソだったし、そう言えば、メルケル独首相の電話を盗聴したNSA(米国家安全保障局)の暴挙も、情報支配(ウソ情報の日常化)のための措置だったと説明がつく。
頭から黒いフードを全身にかぶせられ、両手を釘づけされてぶら下がっているテロ容疑者の写真は、このウソを真っ向から否定している。南ドイツ新聞の社説はまた、これまでに浮上したことの全てはアメリカの価値と歴史の上に汚点を刻した」とのフェインステイン女史の怒りのコメントを紹介した。まさに21世紀の黙示録。考えられないことが起きたのだ。
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