あんまりじゃありませんか
- 2015年 2月 16日
- 評論・紹介・意見
- イスラム国安倍阿部治平
――八ヶ岳山麓から(136)――
2月5日衆議院は本会議で、イスラム過激派組織「イスラム国」による日本人殺害事件について、「非道、卑劣極まりないテロ行為を強く非難する」などとした決議を全会一致で採択した。
決議は、「非道、卑劣極まりないテロ行為を行ったことを強く非難する。このようなテロ行為はいかなる理由や目的でも正当化されず、テロリズムを断固として非難するとともに、決してテロを許さない姿勢を今後も堅持することを表明する」としている。
また決議は、政府に対して中東・アフリカ諸国への人道支援を拡充して、テロの脅威に直面する国際社会との連携を強めるとともに、海外に滞在する日本人の安全確保に万全の対策を講じるよう求めている。
このテロ非難決議採決のとき、「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎共同代表が退席した。たちまち山本氏に対する批判が産経などメディアの一部から起きた。
山本氏は、非難決議に3つの修正を提案したが、反映されなかったことが退席理由だったと説明し、政府対応について「人質の存在を知りながら総選挙まで行った」と批判した。また安倍晋三首相の中東訪問を「人質の生命が危険な状態に置かれる事を鑑みることなく行われた」と断定し、検証が必要とした(毎日2015・2・6)。
山本氏が記者団に語ったことばを産経ネットでみると、山本氏は決議文の「イスラム国」批難部分は支持するが、不足部分があると主張した。ひとつは、この事件の検証およびイラク戦争に対する総括である。さらに決議文の英訳。
「もう一つは特定の国名(ヨルダン)を記すことによって、有志連合というところと距離がとれなくなるんじゃないかと。すでに事実上、有志連合に入っているという状況にされているが。ホンマに国内でテロを起こさないという強い思いがあるならば、距離をとる必要はあるのではないかという考えだ」
すべては9・11に対するブッシュ米大統領のアフガンへの侵攻、その後のイラク侵略から始まった。「イスラム国」は米軍によって追放されたイラク軍・官僚群が主体になっている。これだけ見ても、山本氏のいう通りイラク戦争以来の中東情勢、とりわけイラク戦争がなにをもたらしたか検討されなければならないし、それが何らかの形で国会決議の中に盛り込まれるのは当然である。
さらに、決議の中に特定の国名(ヨルダン)をあげることによって日本国民を危険にさらすことになるという山本氏の指摘は正しい。
だが、拙稿「八ヶ岳山麓から(135)」でも主張したとおり、去年から安倍内閣は国民的議論もなしに中東外交を転換させている。安倍首相の中東訪問は、日本が「有志連合」の有力な国家になったことを世界に明らかにしたものである。これが軽率とか勘ちがいでなければ、安倍首相に確信を持たせ、その国家主義的路線にふさわしく中東外交を転換させたものがいるのである。
安倍首相は2月4日の衆議院予算委員会で、「残念ながら、われわれは(1月)20日以前の段階では『イスラム国』という特定もできなかった」と述べ、中東演説時に「イスラム国」が後藤健二さんたちを拘束していたことを知らなかったと明言し、これにつづいて安倍首相は「全ての責任は私にある」と発言した。
後藤健二氏夫人はすでに昨年11月に「イスラム国」から脅迫を受けており、外務省と連絡しながらテロ集団に対応していた。2ヵ月も「イスラム国」と特定できないまま、日本の情報機関は何をしていたのだろうか。
日本共産党の小池晃議員は3日の参院予算委員会で、「政府は、2人の日本人拘束を昨年の時点で把握しながら、1月の動画公開までは現地対策本部の人的体制の強化を図ってこなかった」と批判した。
岸田外相の答弁は、2人の殺害を警告する「イスラム国」の動画を確認した1月20日以降に対策本部を「最大三十数名体制」まで強化したとして、それ以前については「本省や在外公館からの応援はなかった」と、小池氏の批判を肯定するものであった。
つまり人質拘束の事実を知りながら「イスラム国」による人質映像の公開まではほとんど何もしなかったということではないか。あなた方はそれほど無能か。
小池氏はこれについてさらに、中東訪問中の1月17日に安倍晋三首相が2億ドルの支援を表明したカイロでの演説で、「非軍事の人道支援」であることにふれていなかったことを指摘し、「こういう演説をやれば2人に危険が及ぶという認識はなかったのか」とただした。
安倍首相は質問に直接答えず、「しっかりと中東でメッセージを出すことこそ日本の責任だ。テロリストに過度な気配りをする必要は全くない」と発言した。これによって安倍首相はカイロ発言当時、2人の生命の危機を認識していなかったか、認識しつつも無視したことを明らかにしたことになる。
実際には安倍首相のカイロ発言の3日後の20日、「イスラム国」が「日本政府はイスラム国に対するたたかいに2億ドルを支払うという愚かな選択をした」として、2人の身代金2億ドルを要求する映像を公開した。
そこで同日、首相はあわててイスラエルでの記者会見で、「非軍事的な分野でできる限りの貢献を行う」とし、「2億ドルの支援は地域で家を無くしたり、避難民となっている人たちを救うため、食料や医療サービスを提供するための人道支援」だと弁解したのである。
だがアラブの敵イスラエルの国旗の前では、何をいってもイスラム急進派はもちろんのこと、ムスリム民衆に対する弁解にはならない。カイロ発言は一国の首相の発言である。万事承知でやったのであろう。
安倍晋三首相は2月1日、「イスラム国」による後藤健二氏殺害に対する声明で、「テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせる」と表明した。ニューヨーク・タイムズ紙は2日「安倍首相は日本の平和主義から逸脱し、復讐を誓う」「首相の復讐の誓いは、軍関係者も驚いた」と書いた。
安倍首相は海外メディアの反響に驚いたのか、「『罪を償わせる』ということは、彼らがおこなった残虐非道な行為に対して、法によって裁かれるべきと考える」と弁解、発言を修正した。だが、その真意は「復讐」であること明確である。
もちろんイスラムでもテロ(理由なき殺人)は許されない。だがムスリムがアメリカなど非ムスリムから攻撃され、無辜の市民が爆撃などで死んでゆくとき、ムスリム共同体のために相応の反撃をすることは許される。それはジハードである。ジハードによって死ぬのは殉教である。
2月10日、政府はODA大綱を見直し、非軍事的目的に限るとはいいながら、他国軍支援を容認する閣議決定を行なった。これによって日本はアメリカその他の軍を支援する方針を世界に明らかにした。敵対する相手を前にして、実際の場面では人道支援と軍事支援の境界も、非軍事目的と軍事目的の違いもない。
これで日本人へのテロ行為をおこなう口実は十分になった。
「イスラム国」と限らずムスリム極端主義者は集団であれ個人であれ、アメリカなど「有志連合」を支援する日本を敵視し、かならず日本人にも報復する。中東・北アフリカには多数の日本人が駐在する。ヨーロッパにはムスリム極端主義者はごろごろしている。
国会決議は海外の日本人の安全を守るというが、安全を守るのに最善の方法は、山本太郎氏のいうように「有志連合」に加わらないことだが、もう間に合わない。我々は引返せない危険水域に深くはまり込んだ。
今回の事件の政府の対応を見ると、後藤氏らを救うことは二の次で、対「イスラム国」交渉の経緯を秘密にし、これを利用して国民感情を安倍路線に導いたとしか思えない。安倍首相はこのチャンス到来に歓喜して「絶対に許さない」と叫んだのである。それは「日本も戦争するぞ」の宣言に等しい。我々は彼の底意が今や底意ではなく、むきだしになった現実を直視しなければならない。
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〔opinion5186 :150216〕
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