暴力と戦争への疾走は始まった!
- 2015年 3月 2日
- 時代をみる
- 加藤哲郎原発政治歴史
◆2015.3.1 2月の後半は他の月より短いとはいえ、それだけではないようです。もうすぐ4年目の3・11が巡ってくると言うのに、福島原発の方は、また高濃度汚染水の海への垂れ流しで、時間が止まったまま。それに対して、東京の永田町・霞ヶ関界隈では、異様なスピードで時間が進みます。安倍内閣の改憲・軍事化への疾走テンポです。米軍と警察の暴力が、沖縄では辺野古の反対運動リーダーを治外法権の刑事特別法違反で逮捕、経産省前の脱原発テント村にはテント撤去の地裁判決で仮処分執行の危機、こどもたちの世界では「イスラム国」のテロル映像を真似たような、おぞましい事件も。安倍内閣は、早速自衛隊の海外派兵事由を「邦人救出」へとエスカレート、特措法を恒久法に変えていつでも世界中に出て行く構え、世界的に暴力が横行するもとで、日本の参戦への道が次々としかれていきます。自衛隊における文民統制も改憲への具体的行程も迫ってきました。さすがに自民党の中からも、河野洋平元衆院議長の「今は保守政治というより右翼政治」発言をはじめ、野中広務、山崎拓、古賀誠、福田康夫らの長老も、苦言を呈しています。ちなみに河野「右翼」発言を報じたニューヨーク・タイムズの英語は「ultra right(極右)」、前回紹介した右の風刺画の延長上で、「『right』だけでは弱すぎ、ニュアンスが伝わらないと考えた」とのことです。納得できます。
◆国会では、閣僚の政治資金の問題で野党攻勢のようにも見えますが、日本の将来に関わる基本路線についての討論は、まだ聞こえてきません。「戦後70年談話」についての有識者会議・北岡伸一座長代理が、与党自民党の「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」講演で、「歴史問題を口実に安全保障政策で横車をおしてくる国が2つ、3つある」「日本はとても信頼されている国だ。しかし、海外の日本研究者は多くが、朝日新聞や岩波書店などが『日本の良識』だと勘違いしている。政府を批判するだけで責任ある言論だといえるのだろうか」と述べたそうです。河野洋平と、北岡伸一と、どちらが「日本の良識」でしょうか。北岡氏は同業者ながら、迷惑です。「謝罪という言葉が談話の主になるのは変だ。もっと謝罪しろとあまりに行きすぎると日本国内の反韓、反中意識を高め、かえって和解を難しくする」と奇妙な論理を使っていますが、「70年談話」の中身がそうなるということでしょう。恐ろしいことです。
◆ 歴史認識は、戦後70年における私の研究テーマの一つです。「情報収集センター(歴史探偵)」「2015年の尋ね人」で皆様にお願いした「占領期右派雑誌『政界ジープ』と731部隊「二木秀雄」について情報をお寄せください! 」は、金沢の丸山さんからご教示いただいた敗戦直後金沢の地方雑誌『輿論』(『政界ジープ』の前身)と、731事件研究の方からの1945年8−9月金沢「仮本部」設置の話を重ね合わせて、その両方に関わる二木秀雄・石川太刀雄を軸に戦後の軌跡を辿り、私たちの歴史認識の、大きな欠落部分が見えてきました。医師・医学者たちの戦争協力と、その「反省」のあり方の問題です。詳しくは、3月28日(土)午後早稲田大学3号館での20世紀メディア研究所公開研究会で報告する予定ですが、戦後も早い時期から、石井四郎以下731部隊関係者は秘かに連絡網を作り、国際法違反の細菌戦・人体実験の形跡を隠し、やがて米軍G2ウィロビー将軍・亀井貫一郎らを通して「純科学的実験だった」と弁明しながらGHQの調査に協力し、ついには人体実験データを戦犯免責と取引し、東京裁判中にはほぼ「免責」を米国側と合意(鎌倉会議)していたことがわかりました。昭和天皇の免責、原爆製造の理研・仁科芳雄らの免責と、パラレルです。二木秀雄は、731部隊結核班長であるばかりでなく、関東軍と協力して軍事戦略・戦術を立案する企画課長を兼ねた石井四郎の側近でした。実際に人体実験をした証言・記録もみつかりました。おぞましいことに、結核の生体実験ばかりでなく、梅毒・性病の専門家でその生体実験もしていました。これが戦後1949年の厚生省・文部省・労働省後援「性生活展」主催、『政界ジープ』の「受胎調節」特集に連なります。二木秀雄は、731部隊と従軍慰安婦問題を結ぶキーパースンでした。1945−46年金沢の『輿論』誌は、天皇制の世論調査についても、731部隊石川太刀雄の原爆についての本格的論考についてもきわめて注目すべき、貴重で先駆的な雑誌でした。それが二木秀雄の上京でジープ社創設、1946年8月『政界ジープ』誌発刊につながるのですが、それは左派のライバル誌1946年3月『真相』誌と共に、「カストリ雑誌」とは規定しがたい重要な戦後政治資料、時局雑誌でした。初期は尾崎行雄・長谷川如是閑・鈴木安蔵・高倉テルらが民主化の論調を作っていました。…この辺を28日報告の予告編として、次回は「免責から復権へ」つまり、二木秀雄のジープ社による厚生省医務局編『とびら』『医学のとびら』刊行、内藤良一との日本ブラッドバンク創設、そして朝鮮戦争期の細菌戦復活までの概略を紹介しましょう。乞う、ご期待!
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2916:150302〕
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