錦織圭、世界ランキング4位の意味
- 2015年 3月 8日
- カルチャー
- スポーツ盛田常夫錦織圭
3月2日発表の世界ランキングで、錦織圭選手が4位にランクインした。世界ランキングは月曜日ごとに更新され、過去52週間に獲得したポイントで決められる。ポイント持ち点が群を抜いているジョコヴィッチとフェデラーを除けば、トップテン選手の持ち点は非常に接近している。だから、3位ナダルから9位のベルディッヒの順位は週ごとに変動する可能性があり、錦織選手の現在のランクも一時的なものにすぎない。
とくに3月は男子テニス(ATP)ツアーの最上位大会(優勝者に1000ポイントが与えられるATP1000)が二つ組み込まれているので、この大会のポイント獲得数で、ランキングは大きく変動する。4月にはATP1000のモンテカルロオープンと錦織が昨年制覇したバルセロナオープン(ATP500)、5月にはマドリードオープン(2014年錦織準優勝)とイタリアオープンのATP1000大会に続き、全仏のグランドスラム大会(優勝者は2000ポイント獲得)がある。上位ランキング選手はポイント防衛のために、毎週厳しい戦いを強いられる。
6月から芝コートの試合が行われ、その仕上げが6月末のウィンブルドン大会となる。1年の中で芝コートの試合は、この1ヶ月だけだ。6月末から始まるウィンブルドンが終われば、7月中は一息つけるが、8月には全米オープンの前哨戦(ATP1000)が2戦続き、その後に全米オープンを迎える。錦織は昨年の全米オープンの準優勝で1200ポイントを稼いだが、早い段階で敗退すると、1000ポイントが一挙に失われ、ランキングは急落する。
ランキング上位の錦織にとっては、一つ一つの大会はもうたんにポイントを稼ぐ大会ではなく、ポイントを失わないための戦いになる。グランドスラム大会の一つで優勝でもしない限り、現在のランキングを安定的に維持するのは非常に厳しい。テニスのトッププロは、このプレッシャーを受けながら、世界各地の大会を回っている。
テニス世界の世代交代
現在のテニス界はここ10年間、フェデラーの一強時代からジョコヴィッチ、ナダル、マレーを含めた四強時代に移行してきた。彼らが他の選手より群を抜いているのは、グランドスラム大会での戦績である。彼らがグランドスラム大会で常に優勝争いを繰り広げてきた結果、上位4選手とそれ以外の選手とのポイント数が大きく乖離することになり、「四強時代」を形成してきた。ところが、ここ1年、ナダルとマレーが故障でポイントを失った結果、錦織が四強の一角を崩すことになった。
フェデラーは依然としてランク2位に君臨しているが、すでに33歳。ジョコヴィッチとマリーが27歳、ナダル28歳である。この四強に代わって次のテニス界を担う選手は誰なのか。最有力だった錦織世代のデル・ポトゥロ(26歳)は度重なる手首の故障で、ここ1年間試合ができず、ランキングは600番代まで下がっている。25歳の錦織と並んで次の世代を担うと目されているのが、ラオニッチ(24歳)とディミトロフ(23歳)である。
ラオニッチは剛球サーヴで知られ、ファーストサーブは平均で220km/h、セカンドサーヴの平均速度すら200km/hを超える。昨年の楽天オープン決勝では、230km/hのサーヴィスを連発していた。錦織の最速サーヴィスが200km/h前後で、平均では190km/hに達しない。また、先週のドゥバイオープンで生涯9000エースを記録したフェデラーですら、ファーストサーヴィスの平均速度は200km/h以下だから、ラオニッチのサーヴィス速度がいかに飛び抜けているかが分かる。野球の投手でいえば、常に165km/hの速球を投げているようなものだ。とにかく信じられない速度である。
ラオニッチは身長196cm、体重98kgの巨漢であるのにたいして、錦織は178cm、74kg。ランキング上位100名を見渡しても、錦織より小柄な選手は見当たらない(フェッラーは身長でわずかに低いが、体躯はがっちりしている)。ラオニッチと錦織の対戦は常に接戦になり、現在のところ錦織が4勝2敗の対戦成績で優位に立っている。この二人の対戦はボールゲームとしては面白くないが、勝負の綾を見せてくれる最良の試合になる。まさに両者の間では、力と技の勝負が展開される。弁慶と牛若丸の闘いのようである。錦織の勝負強さが実感できる対戦になる。テニスの華麗さではなく、テニスの勝負を堪能できる。ほとんどのセットの行方は数球の勝負球で決まる。その数球に勝負を楽しむ醍醐味がある。
ラオニッチは類い希な打球速度が売り物だとすれば、錦織はレシーブ力をベースにした勝負勘と勝負強さが売り物である。それぞれ天性の才能だが、テニス選手としてはラオニッチより錦織に華がある。一球のサーヴィスで決まるテニスは見ていて面白くない。
この二人にたいして、ディミトロフは強さ(華麗さ)と脆さが表裏一体になっているので、戦績が一定しない。フェデラー二世とも呼ばれるように、プレースタイルはフェデラーを真似ている。初めてこの選手のプレーをテレビで見たときに、一瞬、フェデラーと勘違いした。それほどプレースタイルは似ている。まだ若いので伸び代はあるが、今のところ、錦織とラオニッチの後塵を拝している。
トッププレーヤーの条件
トッププレーヤーには、それぞれ極めたスタイルがある。フェデラーは片手のバックハンドに弱点をもつが、その分、多彩な球種を操ることができる。ネットプレーがうまく、サーヴィスも良いから、オールラウンドプレーヤーと呼ばれる。プロテニスの長い歴史の中で、これだけ「華」のある選手は他にいない。
これにたいして、ジョコヴィッチはこれといって人を驚かせる技があるわけではないが、ネットプレー以外のすべてのストロークで非常に安定した闘いができる。その意味で、サンプラスに似ている(サンプラスはネットプレーもうまかったが)。ストローク戦で自分から簡単にミスすることがない。マレーもジョコヴィッチタイプの選手で、ストローク合戦を繰り広げても、粘り強く戦えることが、ランキングを維持する力になっている。
ナダルは独特のスタイルで、ナダル時代を作ってきた。フォアもバックも、強いスピン(順回転)を効かせた重いボールを左右のライン際に打ち続ける。サーヴィスもネットプレーも並みだが、重いスピン打球と疲れを知らないコートカヴァリングで、独自の時代を築いてきた。
フェデラーはある時期からナダルに勝てなくなり、対戦成績はナダルに圧倒されている。とくに土のコートでは、弱点のバックに、高くバウンドするスピン打球を集められる。そうすると、バックの攻撃力が格段にそがれてしまう。球速が速い室内コートではまだフェデラーはナダルを圧倒できるが、得意の芝のコートですら、ナダルに勝てなくなっている。もっとも、それには理由があって、ナダルも芝がまだすり切れずボールが滑る緒戦の試合で剛球サーヴァーに当たると、簡単に負けることがある。しかし、そこを何とかしのぎ、芝が禿げてしまうトーナメントの終盤になると、コートが堅い土に変わるので、跳ね上がるスピン球が効いてくる。こうなると、芝のコートから土のコートに変わってしまうので、ウィンブルドンでもフェデラーの分が悪くなる。
他方、フェデラーの対ジョコヴィッチの戦績はフェデラーが勝ち数で上回っている。また、ジョコヴィッチの対ナダルの戦績は、ナダルが若干上回っている。ナダルはフェデラーとジョコヴィッチの両者の対戦成績で優位にたっているにもかかわらず、ランキングが落ちているのは、定期的に生じる故障のためである。全力のコートカヴァリングは膝にかかる負担が大きいし、スピン一本槍の打法は手首や肘への負担が大きい。土のコートだけならそれほどでもないが、ハードコートが主流の時代のナダルのテニスには、膝と手首に大きな負担がかかる。
フェデラーとジョコヴィッチが上位ランクを維持できるのは、故障の少なさである。それはテニスのスタイルによるところが大きい。両者とも、ナダルと比べて、打法がオーソドックスなので、膝や手首に余分な負担がかからない。また、フェデラーが息長くテニスを続けられるのは、勝っても負けても、試合時間が短く、体力を温存できるからである。それを可能にするのは、打球の多彩さと、スピードこそないが、コーナーを突く回転の良いサーヴィスである。
錦織の課題
昔と違い、今のテニス界には巨漢のプレーヤーが数多くいる。クロアチアの選手は皆体が大きいが、とくにカルロヴィッチは211cm-104kgである。まさに、テニス界のジャイアント馬場というところだ。全米オープンで錦織と決勝を戦ったチリッチは198cm-82kg、メンフィスの全米室内決勝で錦織が下したアンダーソンは203cm-89kg、世界ランク9位のベルディッヒが196cm-91kg、イスナーは208cm-108kg、錦織が少し苦手にしているクェリーは198cm-91kgである。試合前や試合後にこれらの選手と並ぶ錦織選手をみると、まるで大人と子供ほど体格に違いがある。
これらの大型選手のサーヴィススピードと打球圧力は、想像を絶するものがある。今の男子テニス界は相手の調子が良ければ、どんな番狂わせでも起きる。100位代の選手がトップテンの選手を破ることはそれほど珍しいことでも、不思議なことでもない。皆、紙一重の力で争っているから、調子が上がらなければ、トッププロでも足許をすくわれる。
錦織がデビューした2008年、全米オープンのベスト16でデル・ポトゥロと対戦したが、パワーで圧倒された。これを見て、錦織の小さな体でランキング20位以内に入るのは難しいと思った。事実、その後、度重なる故障で、やはり今のテニス界でトッププロになるのは、体力的に無理だと思った。ところが、チャンがコーチに就任してから体力がつき、強い打球に押されなくなった。それどころか、パワープレーヤーと同等以上に打ち合い、ストロークを支配できるようになった。ただ、やはり心配は故障である。
今でも小さな故障はあるが、上位の選手も軒並み故障に苦しんでいる。これだけ強い打球の圧力が手首や肘にかかれば、故障しない方が不思議である。チリッチなどは、燃え尽き症候群のように、全米制覇の後、試合から遠ざかっている。そのなかで、小柄な錦織がランキングを上げているのは驚異としか言いようがない。マッケンローも、「あの小さな体で良く大型選手と闘っている」と絶賛している。
今後、錦織がトップテンを維持し、グランドスラム大会を制覇出来るか否かは、一にも二にも、故障せずに、ゲームを支配できる体力を維持できるか否かにかかっている。以前より良くなったとはいえ、サーヴィスの改善は今でも最大の課題である。男子テニスの場合、サーヴィスで主導権を取れないと、ゲームを支配し、短時間で試合を終わらせることができない。錦織は調子が悪い時には、ファーストサーヴィスの確率が40%以下に落ちる。こうなると、ゲームメイクに苦しみ、試合時間が長くなる。グランドスラム大会は決勝にたどり着くまで、10日間に6試合をこなさなければならない。昨年の全米オープンのように、4~6回戦まで3試合続けて4時間マッチをやると、決勝を戦える体力が失われてしまう。事実、誰もが錦織有利とみた決勝戦の錦織には、それ以前の3試合の激闘を制した気力と体力が残っていなかった。
一つだけ注文すれば、老婆心ながら、英語表現をもう少し勉強してもらいたい。テニス大会では選手の記者会見や勝者のインタビューがあり、通訳なしで受け答えすることが要求される。13歳でアメリカに渡った錦織選手にとって、英語のやりとりは難しいことではないが、ウイットの効いた受け答えという点ではまだ改善の余地がある。ふつうの学校に通っていれば、ネイティヴに近い英語が話すことが出来るはずだが、錦織選手の場合はそういう環境にはなかった。だからこそ、意識的に英語表現を勉強する必要がある。会場の観客だけでなく、テレビ中継を通して、何百万人あるいは何千万人の人々が錦織選手のインタビューに注目している。ランキングが上がるにしたがって、選手の受け答えのセンスもまた、人気を左右する大きな要因になる。英語表現を磨いてくれるアドヴァイザーがいても良いはずである。野球やサッカーの選手と違って、個人競技の選手にはそういう能力が要求される。
類い希なる勝負師の天性をもった錦織選手の今後の活躍に期待したい。
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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