なんとか食べる―はみ出し駐在記(3)
- 2015年 3月 11日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
月曜の朝、先輩と一緒にモーテルのダイナーでアメリカでの初朝食。チョイスはあるようでも限られている。卵にハムかベーコンかソーセージ、パンとジュースがセットになったメニューが一般的な朝定食。何を頼んでも食べられないものが出てくる可能性もなし、これでいいかと思っているうちにウェイトレスが来て、Coffee?Yes.でコーヒー。学校で習ったa cup of coffeeなどという気取った英語はどこにもない。
メニューの写真を指さしたまではいいのだが、何か聞かれている。何を聞かれているかの想像がつくまでにちょっと時間がかかった。卵の焼き方を聞かれているまではやっと分かったが、焼き方をどれにするという感じで並べているのが分からない。sunny-side upと言えと、先輩が助けてくれた。よく分からないままサニーサイ。。。とぼやぼや言ったら、また聞かれた。イージー?今度はハムか。。。。これは簡単(好物の)ベーコン。。。パンは。。。ジュースは。。。
日本では考えられない。チョイスがないようで十分ある。英会話学校での授業がこの程度のことぐらいもうちょっと実践的であってもいいじゃないかと思ったが、それは旅行ガイドブックの範疇なのかもしれない。不安なく答えられたのはコーヒーだけだった。それでもデカフェにするかなどというチョイスがでてこなかったからに過ぎないことを後日知った。
何から何まで選択肢がある。出てきた朝食はアメリカではあたり前だったが、日本ではきちんとしたホテルでなければない。一ドル三百六十円の時代だったから円に換算したら千円は超えている。朝食に千円、貧乏サラリーマンには手がでない。それでも日本に比べると量が多い。優に二倍はある。出てきたものをそのまま食べてると太る。アメリカは工業国であると同時に農業国でもあること痛感させられた。
朝食については、ついでにある出張者の自慢話を一つ。注文のときtwo eggsまではよかったが、卵の焼き方を聞かれて、やっと何を聞かれているかまでは分かった。でも、同じように選択肢として並べられた焼き方を聞き取れない。困って、右手は右手、左手は左手で親指と人差し指の先を着けて輪を作った。作った輪を右手は右目に、左手は左目に当てて-ちょうどメガネのような感じ-両腕を一緒にテーブルの上に下ろして、目に戻して、下ろしてを何度か繰り返したら、ウェイトレスがOK、分かったというジェスチャーでめでたく目玉焼きがでてきた。
初出社、月曜日なので全員事務所にいた。名前は聞いたことはあってもほとんどが初めてお会いする方々。駐在員と現地従業員に紹介の挨拶にまわった。アメリカ人の第一印象は愛想がいい。よく日本人が意味もなくニヤニヤしていることを外国人が薄気味悪く思うことがあると聞いたことがあったが、アメリカ人の裏のなさそうなニコニコには慣れるまで落ち着かない。従業員だけでなく、レストランでもちょっとした買い物でも、少なくとも表面的には愛想が良い。<br>
先輩の言では、「日本でああニコニコされたら、オレに気があるのかもと勘違いする」というレベルのニコニコさ。ニューヨーク郊外ということもあってか、多民族、異文化の人たちと日々うまくやってゆこうとする、相手によく思ってもらってスムーズな人間関係をと自然に思う社会的な背景があるのだろう。もっともボストンは例外であることを後日知った。ボストンについてはそのうち書かねばならないと思っている。
初日の昼飯。どこに連れてゆかれたが覚えていないが、大体二箇所-イタリアンかチャイニーズに決まっていた。ほとんどの駐在員が月曜日は事務所に出社しても火曜日から金曜日までは出張だった。そのため何人もが一緒に昼食は週一だった。二箇所のいずれかで十分ではないがそれ以上遠出するのが億劫だった。
どっちの店にしても、先輩駐在員のお勧めのものを注文するだけでろくにメニューも見ない。何も考えずにいつくかのチョイスのうちから一つ選んで、いつものように食べてだった。チャイニーズは日本の中華とはかなり違うが、予想を大きく外れたものが出てくる可能性は少ない。イタリアンはメニューの名前は同じでも豊富な食材と量の多さはアメリカンで慣れるまでは食べ疲れた。
困ったのはデリ(カテッセン)のサンドイッチだった。パンの種類と中に挟むものを何にするかでしかないのだが。そのバリエーションが豊富すぎて、何をどう頼んだらいいのか考えるのも面倒。いつも決まってハムアンドエッグだった。客が列をなしている混んだ店で、あれかこれかとアメリカ人にとってはあたり前のことを拙い英語で聞くほどの図太い神経は持っていない。先輩駐在員で米国人と結婚してアメリカ市民にというのがいたが、一人住まいの三年間、土日はほとんど近くのデリでハムアンドエッグだったと言っていた。
ハム、ソーセージ、チーズは種類が豊富過ぎて日本人にはきつい。スーパーマーケットでも工場生産のパックされたものはいいが、目方売りではデリ以上に豊富でどれを選んでいいのか分からない。他の客をまたせてああだのこうだのは気が引ける。アメリカに何度か、その都度何年か滞在したが、気が引けたままでチャレンジしなかった。
アメリカに旅行された方々のなかにはマックの朝食メニューにハンバーガーはないのをご存知だろう。知らないところに行くのを躊躇してマックなら日本と同じか似たようなものが簡単にと思ってマックに行く。そこでメニューを見上げてビッグマックなどのハンバーガーを注文すれば、何らかの言い方で“ない”、“朝食メニュー。。。”が返ってくる。マックにハンバーガーがないと言われても、メニューにはあるし日本では朝から食べられる。どうなってるんだと納得しかねる人も多いだろう。メニューはいつも同じものが表示されているが、表示されているもの全てが終日提供されているわけではない。朝食と昼以降のメニューに分かれている。どこに行っても言えることだが、分かってしまえば何でもないことに一つひとつつまずきながら学習してゆく。
今はミスタードーナツしかないが、当時はダンキンドーナッツが若干のチェーン店を展開しているだけだった。たまに行ってはコーヒーとハニーディップ、あとはコーヒーのおかわり。出張からの帰り、ラガーディア空港かケネディ空港から下宿先に帰る途中にダンキンドーナッツがあるのに気がついた。気がついてはいたのだが、変な若いヤツらがいたら怖いしでなかなか入れなかった。ある晩、大丈夫だよなと、ちょっと心配しながら入って目を疑った。店の作り、テーブルから椅子、店員の制服、カップも並んでいたドーナッツも日本の店と同じ。懐かしささえこみ上げてきた。調子にのって、ためしに日本にいたときと同じ口調で“コーヒーとハニーディップ”と言ってみた。通じなければ、多少は英語らしく言い直せばいい。若い女の子(店員)がニコニコしながらコーヒーとハニーディップを出してきた。日本との違いはニコニコさとチップ。コーヒーもハニーディップも何もかもが同じだった。
食に関しての笑い話にはことかかないが、その一つにジュースがある。アメリカに来たばかりの人が朝食のオレンジジュースについてウェイトレスに聞いた。これは百パーセントのオレンジジュースなのか?オレンジジュースと言っても訳の分からないものが多かった日本から来た者にしてみれば素朴な疑問なのだが、それを聞かれたウェイトレスの答えはジュースだというものだった。ジュースというものは果物を搾ったもので、そこから何かを引きも足しもしないもので、百パーセントでないジュースはないし、百パーセントでなければジュースではない。そのため百パーセントかどうかという質問自体があり得ない。ジュースと答えられた日本人が改めてこれは百パーセントのジュースかと、ウェイトレスがジュースだと答える。なぜ聞いているのか、聞いている方のジュースがどのようなものかなど想像できるわけがない。うれしい驚きと寂しい驚きの違いはあるが、日本人がアメリカで驚くのと似たような驚きが日本に来たアメリカ人にもあるのではないかと思う。
最初のうちは毎日のように知らない新しいことの連続だが、三ヶ月もすればフツーに遭遇することには遭遇してしまって慣れてくる。慣れてくるというのは厚かましくなるということかもしれない。聞き取れないことがあっても、知らないことがあってもどぎまぎもせず平然と聞き返す。少々のことで驚かなくなる。限られた知識と能力でなんとかかんとかやってゆく術を身につける。
ps,
1) 術を身につけ不自由さが減ってゆくとともに英語を勉強しなければという気持ちが加速的に失せてゆく。十年、二十年いても多くが日常生活で拾った英語、意志は通じるという英語で終わる。通じる英語、使える英語、使えない学校英語に辟易しているところに響きはいい。必要にして十分でいいじゃないかと言われれば、その通りですかねぇ~と答えながら、その通りじゃ終わりだろうと自分に言う。終戦直後のパンパン(失礼)英語、高度成長を過ぎて平均的ビジネスマン英語と言ったら失礼か。
2) 猛暑にもかかわらずクーラーのないパリに出張に行って帰米する途中で日本に立ち寄ったアメリカ人から聞いた“… slept in my own juice”はジュースの意味からすれば正しい言い方かもしれない。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5227:150311〕
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