「斬首非難」の欧米的恣意性
- 2015年 3月 12日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
イスラム国登場以来、捕虜斬首の残虐性が強調される。私の記憶が正しければ、西欧・北米・日本の市民社会によって支持されて行われた大NATOによる小セルビア空爆の時、セルビア人やコソヴォ・アルバニア人の一般民衆も亦殺害されたが、かかる悲惨は、欧米日の市民社会ではcollateral(付随した)犠牲者として軽く扱われた。私のような日本人は、歌舞伎の「熊谷陣屋」や「松王丸の泣き笑い」の場面などで首実験の様を観て来たからか、額に穴が開く銃殺刑の方が斬首より怖い感じがする。ましてや、空爆直後の四肢五裂で首のふっとんだ遺体の方が、斬首の遺体よりもはるかに非人道性を直感させる。
勿論、私は、イスラム国の斬首を嫌悪する。20年前、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(BiH)内戦において、今日のイスラム国に繋がるムジャへディーンによってセルビア人捕虜の斬首が行われていた。あるムジャへディーンが、中部のテシャニ県とテスリチ県の間のツルニ・ヴルフ山の戦闘で捕虜にしたセルビア人の四首級を、テシャニのムスリム人(ボシニャク人)警察署長にお土産として持参した。署長は、そのムジャへディーンにお返しとしてニッケルめっきのピストルをプレゼントした。1992年9月のことだった、と言う(『ポリティカ』2015年2月5日、ベオグラード)。当時、私は、上記の具体的事実をつかんでいなかったが、四首級の写真は見ていた。欧米のメディアは、あれはセルビア人側によるでっち上げ写真だ、その証拠に首級をぶら下げているムジャへディーンの身長と首級の大きさの比が不自然だ、云々と書いていた。ともかく、セルビア人勢力を侵略者、唯一の加害者であると宣伝するのに熱心で、その被害者である面は殆ど無視された。
ところが、同じ系列のイスラム国の戦士によって欧米人や日本人が斬首されると、その非人道性が強調され、空爆等の報復戦が肯定される。
今年2015年に入って、BiH内戦時のムスリム人(ボシニャク人)勢力によって行われたセルビア人市民や捕虜の殺害、拷問、虐待等がBiH内で、しかもBiHを49%構成するセルビア人共和国においてではなく、51%構成するボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦(FBiH)において大問題となり、政治的・刑事的責任が追及され出した。周知の如く、と言うより、私の著訳書『ハーグ国際法廷のミステリー 旧ユーゴスラヴィア多民族戦争の戦犯第1号日記』(社会評論社、2013年・平成25年)の解説で論じた如く、国際法廷は、セルビア人側を主に訴追し、ムスリム人側をほぼ免罪した。
そういう中でムスリム人(ボシニャク人)が主導するボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦(FBiH)副大統領ミルサド・ケボが自国の戦争犯罪告発の全面に躍り出た。ミルサド・ケボは、今日までに1万5千件の証拠文件・物件(フィルム、ビデオ等)をサライェヴォ検察当局に提出し、今日FBiHの最高指導者となっている当時の軍司令官や公安等を告発する。FBiHのテレビ、セルビア人共和国のテレビ、そしてまたアメリカ系のラジオ自由ヨーロッパのインタビューに出演し、自国の過去を直視せよと、と語る。弾劾された側が「偽造された証拠だ。」とやり返すと、「私はドストエフスキーではない。6000ページもの文章を書く力はない。」と余裕をもって切り返している。
BiHのセルビア人共和国は、かかる事態の急展開を大歓迎している。自分達の国際的不名誉を挽回とまでは行かぬにせよ、軽減するチャンスが到来したからだ。不思議なことに、セルビア共和国の首都ベオグラードのメディアは冷静だ。セルビア人にとっては周知の事実群が20年遅れでサライェヴォで語られるようになっただけ、と言う所である。それでも『ポリティカ』(2月5日)に「BiH戦争に無罪の者なし」なるバニャルカ(セルビア人共和国の首都)特派員による記事がある。
そこで、ミルサド・ケボは語っている。「サライェヴォの私から350メートルの円内に犯罪を犯した人々が住んでいる。多くの疑問がある。イランの情報活動はBiHで何をやっているのか。誰が当時ムジャへディーンを呼び入れたのか。誰がムジャへディーンを指揮していたのか。数千の文書の一つに、ここにやって来た1774人のムジャへディーンのリストがある。誰が彼等にBiH国籍を与えたのか。1996年(BiH内戦終結の翌年、岩田)、すくなくとも100人のムジャへディーンが姓と名を得て、世界の別の戦場へ向かって行った時のデータをサライェヴォ県は出していない。」
平成27年3月12日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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