元外務審議官の日米安保論とごまかしの手法
- 2010年 12月 15日
- 評論・紹介・意見
- 坂井定雄外務省日米安保田中均
NHKスペシャル「日米安保50年」(12月4,5,18日)は、見ごたえのある力作だった。ことし、新聞、放送はさまざまな“日米安保50年”企画報道やったが、このN スペが最優秀報道の一つではないかと思う。キャスターの国谷裕子も奮闘していた。
日米安保50年の現実と今後についての座談会も、NHKには珍しく出席者のバランスがとれていて、聴き応えがある論争をしていた。
そのなかで、元外務審議官・田中均氏の、安保体制擁護の論理とその強引なごまかし手法に注目した。彼は、外務省北米局、外務審議官で日米安保体制に深く関わってきた立場にあり、最近では日本総研国際戦略研究所理事長の肩書で、最も発言の機会が多い元外務官僚だからだ。
▽「米国際戦略の一翼を担わされたか」の設問に怒る
まず、11月のNHK世論調査が紹介された。
「日米安保は日本の安全に役っているか」という設問の答えは、「役立っている」31%、 「どちらかというと」40%、「役立っていない」7%、「どちらかというと」16%
「基地の負担が重くなったか」の設問に、「そう思う」72%、「思わない」15%
「米国際戦略の一翼を担わされたか」の設問に、「そう思う」63%、「思わない」15%
「日本独自の外交ができなかったか」の設問に、「そう思う」62%、「思わない」25%
この世論調査に田中氏は極めて不機嫌だった。「そういう黒か白かで国民の感情を切るのは、私は嫌いだ」と先ず設問に怒りをぶつけた。田中氏が主張するのは、米国の圧力とか、米国の戦略に巻き込まれるのか、ということ自体間違っている。すべて、日本の安全保障政策の立場から、日本の意志で決めたものだ。憲法9条の下で、出来るぎりぎりのことをしたのだ。イラクへの自衛隊派遣も、アフガニスタン(戦争)への給油もそうだ、という。湾岸戦争でも、アフガン戦争でも、イラク戦争でも、米国から大規模な金銭的、人的協力を迫られ、自民党政権が協力したのが事実だが、田中氏は、米国の要求や圧力があったことは、一言も口に出さない。すべて、日本が決めてやったというのだ。
▽イラク戦争への支持、参加に反省ゼロ
「私もイラク戦争は誤りだったと思う」「小泉政権の日本がアメリカを支持したのは事実だ」。「日本は国連決議をするよう、強く米国に求めたが、そうはならなかった。残念なことだ。そういうこともある」。10万人をはるかに超えるイラク人を殺し、何千万人もの人々の生活を破壊した米国の戦争を支持し、協力したことへの、反省の言葉は一言もない。すべて、米国に引きずられたのではなく、日本の意思であり、結果が違うこともある、と居直る。
▽在日米軍は「戦闘作戦行動をしない」と言い張る
座談会出席者の寺島実郎氏らが、在日米軍基地は、敗戦から65年もたつのに、米軍が占領状態そのままの占有権を持ち続けているのは、独立国家では日本だけだと指摘。豊下楢彦氏が、だから ベトナム戦争でも、イラク戦争でも、アフガニスタン戦争でも米軍が使い放題に使用した。日本政府は、米軍の行動について、事前協議で日本の主張をすべきなのだが、まったくしていないと追及したのに対し、田中氏は寺島氏には答えず、「在日米軍は、日本から(安保条約上の)戦闘作戦行動をまったくしていないのだから、事前協議はしなかった」と突っぱねた。
事前協議が必要な戦闘作戦行動とは、在日米軍基地から飛び立った爆撃機がそのまま敵国を爆撃する、あるいはミサイルを発射する、などだけなのか。実際には、出動命令が下った沖縄の海兵隊は、戦場まで輸送機あるいは艦艇で運ばれ、戦闘に加わる。それが、一連の戦闘作戦行動ではないのか。
ベトナム戦争では、B52が嘉手納基地から途中無着陸で爆撃をしていたが、日本政府は事前協議を求めなかった。田中氏は、もちろんすべてを承知の上で、事前協議は必要なかった、と言い張り続けている。
▽ごまかしの手法
田中氏の主張は、外務省を支配し続けている対米一辺倒あるいは対米従属姿勢から変わったのか。外務官僚は「それが日本の国益だった」といってはばからないし、田中氏は「すべて日本の意思、日本が決めたことだ」と表現することに、違いがある程度ではないか。
彼の主張の要点は、安保体制で日本は米国に安全を担保してもらっているのだから、相応な負担をしなければならない、ということだ。米軍基地も、米軍駐留経費も、防衛力増強も、イラクも、アフガニスタンもである。基地の縮小も必要だが、「憲法9条によって、米軍と一緒に血を流せない、核兵器を持たない、武器輸出3原則を持つ、GDP世界第2位の日本が、やれることは限られている。その範囲で出来るだけのことをやるべきだ」という主張に尽きる。
日米安保体制は「国際的に常識的な」関係に変えるべきだと、寺島氏は主張した。その一つが、ドイツや韓国の約2倍の70%を日本が負担している、在日米軍駐留経費負担率の軽減だ。総額は年間六千億円を超える。この問題について田中氏は、負担率にも、金額にも一切触れずに「在日米軍駐留経費負担をやめろとおっしゃるが、アメリカはGDPの4%、中国も4%、カナダのような国でさえ2%から3%を国防費に使っている。それに対して日本は1%以下だ」という。この辺は田中氏のごまかしの手法だ。
アメリカは戦争をやっているのだから、支出が増えるのは当然。国際的に最も信頼されているSIPRI年鑑によると、カナダは1.3%で田中氏の数字は倍に膨らませている。日本(0.9%)と比較するべきドイツ(1.3%)に田中氏は触れていない。
しかも、在日米軍基地が米国の世界戦略上果たしている、決定的に重要な役割について田中氏はまったく触れない。
古臭い日米同盟至上論、日本の負担増要求を繰り返している森本敏氏、岡本行夫氏らに比べると、田中均氏はスマートだし、対中国関係についても現実的のように見える。メディアも使いやすいのだろう。日米安保を仕切る外務官僚を理解するためにも、田中氏の今後に注目してみよう。
最後になるが、紹介したNスぺ「日米安保50年」で印象に強く残った映像を一つは、東富士演習場での米海兵隊の演習だった。
米軍がイラクのファルージャで、イスラエル軍が2年前のガザ攻撃で使用し、残虐兵器として国際的非難を浴びた、白リン弾の発射訓練を米海兵隊はやっている。米海兵隊員たちは、アフガニスタンに行くという。地元の住民は、ドスン、ドスンという砲撃音と衝撃にひどく悩まされている。こうした使い放題の米海兵隊の演習は、年300日を超えている。沖縄だけでなく、これも日米安保50年の現状だ。(12月14日記)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0249:101215〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。