「万引き」は犯罪である
- 2015年 4月 24日
- 評論・紹介・意見
- 犯罪阿部治平
――八ヶ岳山麓から(143)――
「埼玉の高校生20人余 韓国で万引きし検挙」というニュースがあった。これをメディアの報道によってまとめると、概略以下のとおり(NHK 2015・4・10など)。
3月27日埼玉県の私立高校サッカー部の生徒が、親善試合のため訪れていたソウルで複数の雑貨店から財布やベルトなど70点余り、日本円でおよそ27万円分を万引きした。店からの被害届で警察が調べたところ、監視カメラの映像などから日本の高校生の犯行と分かった。警察署は日本に帰国していた生徒たち全員を再び韓国に呼び寄せて取調べた。生徒たちは犯行を認めて盗品の代金を支払い、盗んだ品物は警察がすべて押収した。
この私立高校の副校長は10日夜、記者会見し「本校のサッカー部員がこのような不祥事を起こし、誠にすみませんでした」と謝罪した。サッカー部は強化合宿に参加するため先月23日からソウルを訪れていて、37人の男子生徒のうち、22人が27日の帰国前の自由時間に犯行に及んだという。
生徒らは学校の調査などに対し、「でき心でやってしまった」とか「ほかの人が万引きしても見つからなかったので、自分もできると思った」などと話している。学校は今月6日、生徒らを無期限の自宅謹慎とし、今後、家庭訪問などを通じて指導したい、としているとのことである。
この私立高校はすぐに実名が知れて、学校のウェブサイトには悪口雑言が殺到した。日韓関係が悪化しているから韓国のネット世論もわきたったようだ。日本のガラの悪い連中のなかには「韓国側が悪い」といったとんでもない文言を書き込んだものもいる。
以下自分の体験から高校生の場合について発言したい。
私は長いこと生徒指導主任をやったので、よく「万引き」被害者のところへあやまりに行った。それでわかったことは、被害の度合いが損益分岐点を左右し、責任者の人事や従業員の賃金に影響し、場合によっては赤字倒産しかねない、被害者にとっては死活問題だということだった。スーパーマーケットなどでは「万引き」をいかになくすかに腐心していた。
「万引き」は軽い犯罪と見られがちだが、刑法第235条は「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」としている。「万引き」はりっぱな窃盗罪である。ところがこれが大きな社会問題にならない。
今回は、やった場所が韓国ソウルだから全国ニュースになったが、国内ならメディアもニュースにしないのが通例であろう。日本では関係者がみな、前途ある少年のことだからと生徒らの犯罪を一時のあやまちとし、被害者も警察に届けないことが多い。
犯人を摘発した側は「お宅の生徒が万引きをやりまして……」といって問題を警察ではなく学校へ持ち込む。学校は「それは、それは」と、まず教師が親など保護者になり代わって謝罪してもらい下げる。中学生ならば親を呼んで説諭、高校生ならば説諭とともに校則に則って処分を下す。その際、生徒を「万引き」で退学させることはめったにない。
こうして「内輪」で済ますのは「万引き」犯にとっても都合がいい。保護者(親)も軽く考えていて、「万引き」ぐらいで学校に呼ばれる筋合いはないという態度の人もいた。「わたしゃ、子供を叱れない」という親もいた。理由は「年を取ってからこの子に面倒を見てもらわないといけないから」というものであった。
高校の場合、30年くらい前まではこれを学校の名誉にかかわるとか、管理職が自らの出世にかかわるとして「内輪」でおさめることにこだわった。学校は司法機関ではないのにその役割を果たそうとするのである。
現在はそれに学校経営問題が加わった。学齢期人口が激減するなか、超一流高校のほかは、不祥事がばれたら公立私立を問わず入学希望者が激減する恐れがあるからだ。悪事の露見は高校の存廃にかかわるのである。いま「内輪」で処理したい気持は以前よりは強くなっているだろう。もちろんこの私立高校は、来年から入学を希望する周辺地域の中学生はほとんどいなくなり、経営に深刻な影響が生れることはあきらかだ。
私は1960年代、70年代に夜間高校の勤務が長かったが、「万引き」で学校に苦情が持ち込まれることはまずなかったと記憶している。夜間高校の生徒の犯罪は「有職青年」として直接警察が事件の処理をおこない、刑法・少年法が適用されたからだと思う。
ここで集団でやる「万引き」に注目したい。クラスや部活動の中に「万引き」を容認する傾向があると、個人ではもちろんのこと「集団万引き」も常習化してしまう。こうした雰囲気のない環境では、個人でやっても集団でやることはまずない。
今回「ほかの人が万引きしても見つからなかったので、自分もできると思った」と生徒が告白しているのが事実なら、学校ないしは「サッカー部」の中に「万引き」を気軽にやる気分があることはあきらかだ。
さらに遊び仲間や、クラスや部活動の中で、「あのスーパーでやって来い、やらなかったら……」といったように、「万引き」が仲間内の制裁や、仲間に入るイニシエーション、あるいは連帯を強化する手段として強制されることがある。また仲間が「万引き」をしているのに一人だけやらなかったら「いじめ」の対象になることもある。川崎中1少年虐殺事件でも「万引き」が強制された事実を重く受け止めるべきだと思う。
今回の事件のように、この私立高校が生徒を「無期限の自宅謹慎」にして教師が自宅訪問をして指導しても、「万引き」を学校だけの努力でなくすることは不可能である。
ではどうするか。一般的には「万引き」事件の処理を刑法と少年法によって措置するべきだと考える。被害者は被害届を警察に出し、彼らに犯罪を犯罪として認識させるべきである。罰を重くせよというのではない。重罪としても犯罪が減少するものではないことは承知している。
そうなると中高生の「万引き」が警察に持ち込まれることになり、少年係は猛烈に忙しくなる。だがこうすることが学校内外の「悪い仲間」からの救済にもなると確信している。
ただし今回のような学校「サッカー部」の強化合宿における「集団万引き」事件では、事前指導や生活管理など学校に教育上の一定の責任が生じる。しかしこの場合でも最終措置を学校が引き受けるのは間違いだと思う。いうまでもなく海外での犯罪の場合、司法の措置に任せる以外方法はない。韓国の場合、集団犯罪は罪が重くなる。
長い中国生活では、私が知らなかっただけかも知れないが、学校が生徒の犯罪の尻拭いした例はなかった。窃盗犯で捕まった高校生が警官らにぶん殴られ、病院の門前に投げ出されて死んでいたというウワサは聞いたことがある。大学では学内のコンピューター数台を盗んだ学生が逮捕され、有罪が決ってから退学処分を受けた例はあった。
今後はメディアも「万引き」という特殊用語を廃して「窃盗」という「正当な」いいかたをしてほしい。「校内暴力」「援助交際」も「暴行・傷害」「売買春」といってほしい。言葉のいいかえは犯罪性を弱める結果をもたらすだけだから。
世間が想像を絶するような「校内暴力」事件はいくつかあった。その残酷さは男女を問わない。また「援助交際(エンコーとも)」の内容は「売春」だった。「売春」などを経験したものの精神的荒廃ははかり知れない。
おわりに今回の事件は部活動から生まれていることに注目していただきたい。野球やサッカーなど花形スポーツを含めて、現在の学校部活動のありかたは必ずしもいいことばかりではない。青少年の心の育成にプラスの影響を与えない場合がいろいろある。今回のサッカー部による「集団万引き」事件もこれに関連すると考えるが、部活動問題については別途論じなければならない。
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