変貌するキューバ(中) -軌道に乗る「経済改革」-
- 2015年 5月 22日
- 評論・紹介・意見
- キューバ岩垂 弘
キューバは急速に大きく変わりつつある。それをもたらした要因の一つが、昨年暮れから始まった米国との国交正常化交渉であることは前稿で触れたが、キューバ政府が2011年から本格的に取り組み始めた「経済改革」がようやく軌道に乗りつつあることも、変化をもたらしつつあるもう一つの要因と言っていいだろう。今回の訪問では、経済改革の重点施策の一つとされる「協同組合の育成」の成功例を見ることができた。
フィデル・カストロ氏らによるキューバ革命が成功したのは1959年だが、この革命によって誕生したキューバ共和国は、当初からずっと、慢性的な経済不振に悩んできた。
原因は何か。一つには、建国直後の1962年から始まった、米国の対キューバ全面経済封鎖によって正常な経済発展が阻まれてきたからである。さらに、社会主義諸国の総本山であったソ連の解体(1991年)による影響も甚大だった。社会主義圏の一員だったキューバは、それまで経済的にはソ連に依存していたからである。キューバは、ソ連の解体で、主要生産物の砂糖の主要な輸出先と石油・食料の供給先を失い、深刻な経済危機に陥った。
そればかりでない。キューバが国家運営の基本としてきた社会主義経済体制(中央集権的経済運営体制)そのものが、極めて非効率な経済システムであり、これが、生産を阻害してきたのだった。社会主義の基本である平等主義も、労働意欲の低下をもたらした。そのうえ、導入した「部分的市場原理」も賃金の無意味化をもたらし、労働意欲の一層の低下を招いた。
ついに抜本的制度転換に踏み切る
このため、キューバ共産党は、2011年4月に開いた第6回党大会で、「革命と党の経済社会政策基本方針」を採択した。キューバの実情に詳しい後藤政子・神奈川大学名誉教授はこれを「抜本的な制度転換の始まり」と位置づけ、次のように述べた(2013年6月に都内で行った「キューバ・改革の現状と展望」と題する講演から)。
「キューバはこの基本方針を『キューバ社会主義モデルの再構築』と言っています。基本方針によれば、国家による各企業への経済コントロールは融資や契約などを通じた間接的な形に移ります。非農業部門では独立採算制を導入して自主性を拡大させた国営企業が中心となりますが、このほかに、外資企業や個人営業、協同組合を増やします。農業以外の部門で協同組合形態が導入されたのは、第6回大会が初めてです」
要するに、国の基幹産業は引き続き国営を維持するが、そうでない分野には、個人の自由裁量を認める個人営業や協同組合方式を導入し、労働者に働く意欲、やる気を起こさせて、生産高を高めようというわけだ。具体的には、国営部門にいた労働者を非国営部門の個人営業や協同組合に移して行く。
昨年3月、私も参加していた、キューバ友好円卓会議の第2回キューバ・ツアーの一行がハバナでICAP(キューバ諸国民友好協会)のアリシア・コレデラ副総裁と会談した時、副総裁は「基本方針」の進捗状況を説明する中で、個人営業が38万5000人になった、と述べた。Ⅰ年後の今年4月24日、再び私たちの前に現れた副総裁は「個人営業が47万人に達した」と明かした。協同組合については、昨年は「サービス部門、輸送部門、建設部門で協同組合の設立が進んでおり、現在、224を数える.」と話していたが、今年は、その口から「498になった」との言葉が飛び出した。ざっと倍増という勢いで、この1年間で協同組合の設立が急速に進んだことがうかがわれた。
レストランは協同組合方式で大繁盛
「協同組合を見学したい」とICAPに要請すると、私たち一行は、ハバナの中心地、新市街の一角にあるレストランに案内された。周辺はホテルが集中する繁華街だ。
レストランは「La casona de 17」といい、店の入り口に取り付けられた表札にはCOPERATIVA(協同組合)の文字があった。私たち一行を出迎えてくれたのは、ミグ・デイズさん。レストランを経営する協同組合の会長だ。
「協同組合形式のレストラン La casona de 17」
レストランは二階建て。ミグさんによると、1934年に建てられた石造りの古い建物という。広さは623平方メートル。一階はグリルでキャパは80人。、二階が会議やイベント用のサロンでキャパは50~60人。私たちが訪れたのが昼前だったせいか、グリルの客は二組ほど。
営業時間は午前8時から夜の12時まで。キューバ料理が主で、値段は1~15CUC=キューバ兌換ペソ(1CUC=1ドル)。「お勧めの料理は」と問うと、ミグさんは「トリご飯ですね。ワンドリンク付きで4CUCです」と笑った。客はさまざま。近くにホテルが多いので、外国人観光客も多いという。
ミグさんによると、このレストランは以前は国営(観光省所属)だったが、1年前に協同組合経営に変わった。国営から協同組合への転換は観光省が主導した。
国営時代の従業員は30人だったが、協同組合設立時にはこのうち12人が協同組合に移り、新たに32人が協同組合に参加し、組合員は44人になった。いわば生産協同組合なので、組合員は全員働く。他に組合が雇用する従業員が10人。総計54人のうち女性は16人という。ただし、会長、専務理事などの指導部6人は全員女性だそうだ。「組合員の総会で秘密投票の結果、そうなったんですよ」とミグさん。
協同組合だから、組合設立にあたっては組合員全員が出資した。1人200CUC。もちろん、これだけでは立ち上がり資金はまかなえないので、銀行(国)から借り入れた。
組合員の収入は4~5倍に
協同組合経営になって1年。その結果はどうでしたか。
ミグさんによると、売上げが伸びたという。国営時代の売上げは一カ月4万~5万CUCだったが、協同組合経営になってからは一カ月6万~7万CUC。1年間の剰余金は1万2000~1万5000CUCとなる見込みという。もっとも、これから、家賃と税金(10%)を国に払い、借金も返さなくてはならない。
「売上げが順調なので報酬も増えましたよ」とミグさん。現在、組合員の報酬は平均して月に200~250CUC。国営時代の賃金の4~5倍という。
「なにしろ、皆んな、よく働くようになりましたからね。国営時代は、何ごとも上の方から指示があり、それに従っておればよかった。しかし、今は、自分の責任でやらなくてはならない。私も、国営時代は夕方4時か5時には帰宅していました。それが、今では夜の8時から9時まで働いております」「値段も、食材の仕入れ先も自分たちで決められるから、労働意欲がわきますね」
とにかく、何から何まで良いことづくめで、ここは格別うまくいっているモデル協同組合レストランではないかと思って、ミグさんさんに尋ねた。「協同組合方式でやっている他のレストランの経営はどんな状態ですか」
ミグさんの答えは実に率直だった。「飲食関係の協同組合は現在、19あります。そのうち、経営が順調なのは4つです。後はまだ実験段階にあると言ってよいでしょう」
確かに、私たちが見学できたのはモデル協同組合だったわけだが、キューバが進めつつある協同組合育成の一端を垣間見ることができ、極めて有益な経験だったと私は思った。
帰りがけ、ミグさんが言った。「もし、今夜、皆さん方が当店においでくださるのでしたら、10%値引きさせていただきます」
その夜、私たちは同店で夕食をとった。キューバ名産のロブスターを注文した人が多かった。レジで精算の際、店員が10%値引きしてくれたのはもちろんである。これまで、キューバでレストランを利用したり、商店で買い物をしても、およそ値引きなどに出合ったことがなかっただけに、まことに新鮮な経験であった。
ハバナ滞在の後、私たちはサンタ・クララへ向かった。原野の中をバスで約4時間。途中、道端のドライブインで休憩した。田園の中に造られたドライブインで、喫茶店、土産物店、トイレ、鳥のケージなどがあった。入り口に「農民による祭り」の看板。周辺の農民によって設立された協同組合が経営するドライブインとのことだった。こんなんなところにも協同組合が、と私は目を見張った。
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