スペイン統一地方選の衝撃:欧州全体を揺るがす大変動の序曲か?
- 2015年 6月 5日
- 時代をみる
- 童子丸開
大変ご無沙汰しております。バルセロナの童子丸開です。
しばらくの間、個人的な事情で何も書くことができない状態が続きました。久しぶりで綴ってみたのですが、テーマは、先の5月24日に行われたスペイン統一地方選挙です。
別に「波乱」というわけではなく、十分に予想された結果ですが、いままでこの国を支配してきた2大政党が、ポデモス、シウタダノスという新興勢力に追いやられつつある様子がよく分かります。
ただ、いくつかの不明瞭な点もあり、それも含めてお知らせしたいと思います。いつもながらの長文ですが、お読みいただきご拡散をお願いしたいと思います。
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スペイン統一地方選の衝撃:欧州全体を揺るがす大変動の序曲か?
《激変:5月24日の統一地方選挙》
3月22日に前倒しで行われたアンダルシア州議会選挙に続き、この5月24日に行われた統一地方選挙(カタルーニャ、バスク、ガリシア各州議会選挙を除く)では、国民党と社会労働党のスペイン2大政党がほとんどの主要自治体で単独過半数を取ることができず、全国で両方合わせて21%の票を失った。特に2011年の総選挙で絶対多数を確保し国政と地方政治を思うがままに操ってきた国民党は、マドリッド市、バルセロナ市、バレンシア州と市、セビージャ市などの重要な自治体を含む500もの自治体で、一気に政権を失う派目になった。
その一方で ポデモスとシウタダノスという新興勢力が、わずかな準備期間と実績の無さにもかかわらず、主要な地域で大きな支持を得た。特にマドリッドとバルセロナ という2大都市では、それぞれの地域を牛耳ってきた保守政党の国民党とCiU(集中と統一)、およびそれらの対抗勢力として存在を保ってきた社会労働党が、ポデモスを中心に組まれた会派によって大打撃を与えられた。この統一地方選挙で表面化した巨大な潮流は、欧州内にとどまらず世界的に見ても極めて特異なものと言えるだろう。
私は、フランコ独裁終了以来続いてきた「民主主義」の崩壊、スペイン中に広がる社会的不公正とその暴露、カタルーニャとバスクで高まる独立運動と国家分裂の危機、その中で生まれる新たな政治潮流などについて、当サイト「 幻想のパティオ」内にある次のシリーズを通して日本語情報にしてきた。
『スペイン:崩壊する主権国家』、 『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』、 『シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州』、 『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』
これらの記事で私が記録し続けてきたスペイン現代史の一つの節目が、今年(2015年)3月に行われたアンダルシア州議会選挙と5月の統一地方選挙である。そしてこの変動が、9月27日のカタルーニャ州議会選挙、および11月29日のスペイン総選挙へと続くことになる。前者は国家分裂の起爆剤になる可能性(参照:「 『カタルーニャ独立』を追う 」)を秘め、後者はこの国の政治と社会の構造を激しく突き崩すものになるだろう。そしてそれらが、スペイン国内にとどまらずユーロ圏とEUの思いがけない変容を導くものになるかもしれない。
なお、スペインの選挙は日本とは異なり、州知事や市長などを直接に選挙で決めるのではなく、議会選挙の比例代表名簿の筆頭が「長」の候補である。したがって一つの自治体で、ある党が議員の過半数を確保すれば自動的にその党から「長」が選ばれることになる。しかし単独で過半数を取れない場合には、他党派と政策協定を結んで連立与党として過半数にするか、それができない場合には最大党派が少数与党として自治体の運営に当たることとなる。
《ポデモスとシウタダノス》
ポデモス(Podemos Wikipedia日本語版)については当サイトの『ポデモスの台頭と新たな政治潮流』で触れた。一般的には「急進左翼改革派」と見なされるが、別に共産主義による革命を目指すものではなく、ベーシックインカム制度の導入など再配分システムの改造による社会的不公平の是正、公的企業・資産の私有化防止など、あくまで行政と法制度の改革による変革を目指している。しかしそれが伝統的な利権構造つまり「78年体制」(参照:『終焉を迎えるか?「78年体制」』)への決別を意味するため、国民党と社会労働党という2大政党の激しい憎悪と攻撃の対象となっている。しかし『あらわにされる「略奪の文化」』や『国の隅々にまで広がる腐敗構造』で書いたような既成政党の腐敗と公金略奪が明らかにされてきたため、ポデモスに対する攻撃は逆効果とならざるを得ない。
もう一つのシウタダノス(Ciutadanos Wikipedia日本語版)について、ここで少し詳しく述べておきたい。元々がカタルーニャの少数派地方政党に過ぎなかったもので、カタルーニャ州議会与党のCiUや野党の国民党と同じく中道右派の政党である。カタルーニャ語でCiutadans(シウタダンス:C’s、「市民党」)だが、常に国民党とともに「カタルーニャはスペインの一部」という主張を掲げ、独立派に激しく反対してきた。したがってカタルーニャの中では「マドリッド追随主義者」「第二国民党」と見なされ、さほどの支持は受けなかった。2006年に最初の地方選挙を闘い、現在の党首は今年36歳になるアルベール・リベラ(Albert Rivera Díaz Wikipedia日本語版)である。
ところが2015年1月以降この地方政党が急激に、だしぬけに、といってよいほどに「全国区」で勢力を伸ばしていったのだ。全国放送の各民放TVの取り上げ方が凄まじく、党首のリベラは、政治討論番組(スペインでは人気がある)はもちろんバラエティー番組にまでひっきりなしに担ぎ出され、ニュース番組でも日常的に取り上げられるようになった。イケメンでいかにも清潔そうな青年党首リベラが、スペイン全土でたちまちのうちに中流市民のオバサンたちの心をつかんだことは言うまでもない。この「政治腐敗の一掃」を掲げる新参の保守政党がもてはやされ始めたのは、ちょうど国民党のはなはだしい腐敗と堕落ぶりが従来の支持者をうんざりさせていた時期である。かつての社会労働党や統一左翼党の支持者がポデモスを支援するようになったのと同じく、国民党支持者の相当な部分が全国規模でシウタダノスに期待を寄せるようになった。
しかし、15M(キンセ・デ・エメ:参照:『515スペイン大衆反乱 15M』)の広場占拠運動をきっかけにして全国に根付いていった新しい政治に対する期待がポデモスを支えているのに比べて、このシウタダノスの華々しい「全国区登場」には、どうにも不自然なものを感じざるをえない。カタルーニャ民族派に対する反感をバックに生まれた程度の一地方政党が、従来の国民党の在り方に不満を持つ全国の保守派の「受け皿」となるべく、この選挙の年のために、マスコミの力で意図的に全国規模で担ぎ出された感を受ける。スペインのマスメディアに絶対的な影響力を持ち、常にスペイン政財界の奥の院に存在していたカタルーニャ人の大富豪、ホセ・マニュエル・ララ(参照:『雲の上の「1%」』)は今年1月31日に死去したのだが、マスコミを動員したシウタダノスの唐突な勢力拡大の動きは、ひょっとするとこのスペインの真の権力者が残した「置き土産」ではないかとすら疑いたくなる。
もちろん国民党は自分たちの票田を食い荒らすこの政党に対する警戒を強めるが、国民党員による政治腐敗がマスコミによって次々と暴露されるたびに、国民党からシウタダノスへという有権者の移動が起こっていった。同様のことは社会労働党によるポデモスへの攻撃にも言える。それらの動きがこの5月24日に目に見える形を取って現われた。
《マドリッドとバルセロナを襲った大激震》
マドリッド市はフランコ時代が終了し78年憲法ができて以後、1979年から10年以上社会労働党が政権を握っていたが、社会労働党がその無見識と無為無策ぶりによって見離された1991年以来今日まで、圧倒的な強さで国民党が支配し続けた。元々がフランコ独裁政権下でその秩序と名誉を享受してきた街であり、そのフランコ政権の「衣替え」をした姿が国民党であることは誰でも知っている。期待外れに終わった社会民主主義がこの《先祖がえり》した首都を治める柱には二度となりえまい。マドリッド州もまた同様に、社会労働党が1983年から95年まで政権を執った後は、国民党の牙城であり続けている。そしてその時代にこのスペインの都で起こったことについては、『あらわにされる「略奪の文化」』および『「五輪誘致3連続失敗」の悲喜劇』を参照してもらいたい。
今回のマドリッド市議選で、国民党は長年マドリッド州と市で絶対的権力を振りかざし続けたエスペランサ・アギレを筆頭候補として立てた。しかしアギレ周辺の実力者たちが汚職・政治腐敗によって次々と逮捕・起訴され、彼女は「裸の女王様」の状態に追い込まれていた(参照:『 引き続く「ギュルテル」の闇』、『腐りながら肥え太ったバブル経済の正体』)。またいつまでも女王気取りを振りかざしピントのはずれた人気取りしかできない彼女自身の愚かな言動が、笑い物にされるようにTVで繰り返し報道され、元々の支持者からも愛想を尽かされていた。社会労働党の方もまた、アンダルシアを中心にした公金横領事件や各地域での汚職(参照:『アンダルシアに腐れ散る社会主義者』)、バンキア銀行「不透明カード」事件(参照:『倒産銀行にたかる病原体ども』)で、全国的に信用を失っている。旧スペイン共産党の流れをくむ統一左翼(IU)もポデモスに支持者を大きく奪われ、中道右派政党UPyDはシウタダノスの台頭の前に完全に色あせてしまった。
選挙戦でポデモスは、15M運動を母胎にして活動を続ける複数の団体や個人と手を結んで「アオラ・マドリッド(今だ!マドリッド)」という新会派を結成し、元判事で弁護士、左翼の社会活動家として知られるマヌエラ・カルメナ(Wikipedia英語版)を市長候補として立てた。またここでも着実に勢力を伸ばすシウタダノスが、国民党の票を奪うと同時にUPyDの支持者を吸収して、市政のキャスティングボードを握るべく候補者名簿をそろえた。
ここでその結果をグラフ化してみよう。左が前回(2011年)、右が今回の結果である。
【グラフ:マドリッド市議会選挙結果:http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/eleccion-munincipal-madrid.jpg】
前回(2011年)のマドリッド市議会選挙では過半数を維持した国民党の王国は盤石だった。ところが今回(2015年)は国民党と社会労働党が惨敗した一方で、ポデモス系のアオラ・マドリッドが一気に20議席、シウタダノスが7議席を獲得した。また「批判勢力」としての役目を果たすことができなかったIU‐LV(左翼政党の連合)とUPyDは完全に姿を消してしまった。この結果、もしアオラ・マドリッドと社会労働党が政策協定を結べばカルメナを首班として過半数を確保し、国民党が今まで好き放題に操ってきた市政が崩壊する。これは既成の利権構造に寄りかかっていた勢力にとって存亡の危機とも言える状態であろう。
この事態に慌てふためくアギレは、中道右派のシウタダノスだけではなく、長年の政敵であった社会労働党にまで「ポデモスの過激派左翼運動を食い止めるために」政策協定を結ぼうと提案した。78年体制(参照:『終焉を迎えるか?「78年体制」』)によって確保されてきた政財界の利権構造を何としてでも守り抜こうということだ。彼女自身と実業家である夫、家族全員がその構造の中で巨大な利益を得てきたのだ。6月初期の時点では社会労働党もシウタダノスもこの呼びかけにそっぽを向いているが、今後の展開は予断を許さない。
マドリッド市よりももっとドラマティックな状況に陥ってしまったのがバルセロナ市だ。ここでは社会労働党の長期政権の後、2011年からはシャビエル・トリアスが率いるカタルーニャ民族主義右派政党CiU(集中と統一)が市政を担当してきた。しかし、CiUの政治家による汚職や公金略奪、特に民族右派のシンボル的存在であるジョルディ・プジョルとその家族による莫大な腐敗の構造(参照:『カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊』)が明らかにされ、さらにカタルーニャ独立運動も中途半端で不明瞭なまま推移する中で、CiUに対する市民の信頼は、社会労働党や国民党と同様に地に落ちていった。
そして今回の市議会選挙では、ポデモスを中心に15M運動から出発した複数の運動体と環境左翼政党が糾合して「バルセロナ・エン・コムー(Barcelona en Comú)」という新会派を形作った。「一致する(共闘する?)バルセロナ」とでも訳せばよいだろうか。その代表者を務めるアダ・コラウ(Wikipedia英語版)は住宅立退き強制執行に反対するPAH(反強制執行委員会)(参照:『果てしなく続く住居追い出し:貧困ではない、不正義だ!』)の創始者である。そこに、「カタルーニャ地方区」から「全国区」に躍り出ようとするシウタダノスが参戦した。
選挙結果は下のグラフの通りである。2011年(左)以来のCiUの市制は2015年(右)でほぼ息の根を止められた。第一党に躍り出たのはアダ・コラウ率いるバルセロナ・エン・コムーだったのである。社会労働党と国民党はほとんど存在感を失った。
【グラフ:バルセロナ市議会選挙結果:http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/eleccion-munincipal-barcelona.jpg】
コラウはCiUと国民党を除くすべての党派との政策協定の可能性を探っている。しかし、左翼共和党とCUPは強硬なカタルーニャ独立主義、第3党のシウタダノスは国民党と社会労働党は対立しながらも反独立派である。当のバルセロナ・エン・コムーの中には独立主義者も独立慎重派、反独立派も混ざるという極めてややこしいありさまだ。まさに《あらゆるピースが噛み合うことのないジグソーパズル》の様相を示している。どこがどのような協定を結んで過半数を取るのだろうか?
バルセロナとカタルーニャの財界は、コラウが市長になることを食い止めるために各政党に大きな圧力をかけ始めており、宿敵同士だったCiUと国民党、社会労働党が手を結び、そこにシウタダノスが加わって、トリアスが市制を続けることも考えられないことはない。しかしそうなれば、CiUは9月27日に予定される州議会選挙で独立運動の主人公としての立場を完全に失うことになるため、仮にそうしたくてもできないだろう。今後の推移は全く予想がつかない。
タラゴナやジェイダ、ジロナなどの主要地方都市も同様に各党派の混戦状態だが、ポデモス系統の団体はカタルーニャの地方都市では勢力をほとんど伸ばすことができておらず、伝統的なCiUと社会労働党がかなりの勢力を保っている。そして左翼共和党やCUPなどのカタルーニャ独立派の力も強い。
アオラ・マドリッドとバルセロナ・エン・コムーはともに、市政を握った際には、公営事業の私営化と銀行による住宅追い出しを阻止することを計画している。またどちらも市の中で失業率が高く貧困者の多い地域(参照:『ノンストップ:下層階級の生活崩壊』)で高い得票率を得ている。それらは、理想や理屈ではなく、国民党と社会労働党という2大政党から見捨てられてきた人々の期待で支えられているのだ。
この、スペイン第1と第2の都市での結果は、今回の統一地方選挙全体を象徴する。単に国民党と社会労働党、CiUといった国と地方の政権を握り続けてきた政党が選挙民の支持を失ったというだけでは収まらない。これによってスペインの社会構造は根っこから揺すぶられ社会的な分裂と不安定が産み出されていくだろう。ここでスペイン全国の様子を見ていくことにしたい。
《その他の主要地方自治体》
●マドリッド州と諸都市
マドリッド州議会選挙では下のグラフの通りで、国民党は第1党の座を守ったものの、ポデモスとシウタダノスの台頭によって、過半数を大きく割ってしまった。
【グラフ:マドリッド州議会選挙結果:http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/eleccion-autonomica-madrid.jpg】
もし国民党が「右派のよしみ」でシウタダノスと手を結べばぎりぎりで過半数が取れる。しかしいまのところシウタダノスは政策協定にそっぽを向いている。またここでは意外なことに社会労働党が1議席を増やした。選挙戦の直前になって、それまでの無能ぶりで散々の批判を浴びていたトマス・ゴメスが罷免され、閣僚経験のあるアンヘル・ガビロンドを筆頭に立てたことが功を奏したのだろう。もしもこの社会労働党とポデモス、シウタダノスが「反国民党」で大同団結できれば、国民党はついに蚊帳の外に追い出されることになる。
アルコルコン、レガネスといったマドリッド州にある主要な地方都市でもやはり、国民党と社会労働党など既成政党の大幅な退潮と、ポデモスやシウタダノスなどによる新たな潮流が明瞭に現われている。
●バレンシア州と市
バレンシアは、マドリッドと並んで長年、国民党とつながる財界や有象無象の「文化人」達による自由気ままな略奪文化を育んできた場所である(参照:『内堀に届くか:バレンシアの亡者ども』、『1機の飛行機も飛んだことがないカステジョン飛行場』)。当然のように、この地域でも国民党と社会労働党が大敗を喫することとなった。そしてここでは、ポデモスやシウタダノスとは別に、統一左翼や左翼的な民族派と市民運動などが糾合したコンプロミス(Compromís)という会派が思わぬ大躍進を果たした。州議会と市議会の選挙結果の見よう。
まずバレンシア州議会の方だが、下のグラフ通りで、右派の国民党とシウタダノスが手を組んでもとうてい過半数には達せず、もし他の3党派が左派という「大義」のもとで政策協定を結ぶならば、1996年のアスナール中央政権誕生以来、あくなき貪欲でこの美しい地中海沿岸地域を汚染し続けた国民党州政府の歴史は終わりを告げることになる。
【グラフ:バレンシア州議会選挙結果:http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/eleccion-autonomica-valencia.jpg】
次にリタ・バルベラーがその強欲と剛腕で12年間君臨してきたバレンシア市だが、下のグラフの通りである。コンプロミスは先ほど述べたように統一左翼を中心に左翼系の団体や諸派を糾合した会派だが、もう一つのVALCはポデモスを中心とするバレンシア・エン・コムーである。
【グラフ:バレンシア市議会選挙結果:http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-2/photo_Spain-2/eleccion-munincipal-valencia.jpg】
州政府と同様に、汚職と公金略奪にまみれてきたバルベラーの国民党が市政を失う可能性が高い。何よりも市民の4分の3から「ノー」を突き付けられ議員数を半分に減らしたこの「女帝」のショックは大きいだろう。しかしそのためには州議会と同様に、コンプロミスと社会労働党、VALCの大同団結が必要だが、6月初めの段階では州でも市でも、どうやらコンプロミスが中心になってこの3会派による連合が成功しそうな状況 だ。他の、アリカンテやカステジョンなどの主要都市でもほぼ同様なことが言える。
●アンダルシア州とセビージャなど
アンダルシア州の議会選挙は今回の統一地方選挙より2カ月早い3月22日に実施されたのだが、ある意味で5月24日の選挙を先取りしたものといえる。結果は次の通り。( )の中は前回の選挙(2012年)。議員総数が109、過半数は55。社会労働党47議席(47)、国民党33議席(47)、ポデモス15議席(0)、シウタダノス9議席(0)、左翼連合5議席(12)。
ここで政治腐敗の疑惑に包まれた社会労働党(参照:『アンダルシアに腐れ散る社会主義者』)が前回の議席数を守ったのは奇跡的だったと言える。ポデモスとシウタダノスの急伸張を考えるなら、アンダルシアの州知事で同州の社会労働党指導者スサナ・ディアスが強硬に選挙時期を早めたのは良い判断だったのだろう。そしてここでも、ポデモスとシウタダノスが華々しく登場した一方で、国民党は惨敗し、統一左翼党を中心にした左翼連合は大幅に後退した。
しかし、州政府を形作るために他党との政策協定を結ぶ必要のある社会労働党だが、知事候補ディアスの強権的なやり方が他の党派の反感を買い、いまだに事実上の政治の空白状態が続いている。今後の状況いかんでは、ポデモスを忌み嫌うディアスは、右派のシウタダノスや国民党とすら手を組むかもしれない。
一方でアンダルシアの州都セビージャでは、4年前の選挙で20議席と悠々と単独過半数(16)を確保した国民党が12議席に大幅後退、社会労働党は州議会と同様に11議席を守った。そしてシウタダノスが3議席、ポデモスを中心に作られた新会派も3議席、左翼連合が2議席となっている。先ほどのバルセロナと同様に、複数党の政策協定によって市制を握ることは、どの党派にとっても極めて面倒な作業になるだろう。そしてこれとほぼ同様の事態がグラナダ、コルドバなどの主要都市でも起こっている。しかしいずれにせよ、いままで心おきなく市を牛耳り地元財界と癒着してきた国民党にとって、もはやその栄華は遠い夢になってしまったようである。
●他の主要自治体
トレドやセゴビアなどの都市があるカスティージャ・ラ・マンチャ州は、国民党副党首であるマリア・ドローレス・コスペダルが知事を務めてきたのだが、国民党は第1党の座を守ったものの単独過半数を失った。原因はやはりポデモスの台頭である。前回(20011年)の選挙では定数が49議席で、国民党25議席、社会労働党24議席と、国民党がぎりぎりで過半数を取って州政を握った。しかしコスペダルはこの選挙前に「州の財政赤字を減らすため」と称して、議員総数を33議席(過半数17)に削減した。もちろん実際には国民党の多数を守るための苦肉の策だったが、それは功を奏すことはなかった。結果は国民党16議席、社会労働党14議席、そしてポデモスの初の3議席。もし社会労働党とポデモスが手を握ると国民党は副党首が知事を務める州で政権を失うことになる。州都のトレドも全く同様の状態だ。
独裁者フランシスコ・フランコ、そして現首相マリアノ・ラホイの出身地であるガリシア州では、今年は州議会選挙は行われないが、市町村単位の自治体で選挙が行われた。そして大西洋岸の同州主要都市であるア・コルーニャでは、ポデモスを中心に組織された会派マレアがいきなり第1党に躍り出たのである。ここでもこのマレアが社会労働党と政策協定を結べば、今まで圧倒的な強さで市制を握ってきた国民党が野党に追い払われることになる。巡礼地で有名なサンチアゴ・デ・コンポステーラでも同様にポデモス系統の組織が第1党の座を奪った。もう一つの主要都市ビゴでは社会労働党が単独過半数を取り、国民党の下野が決定した。
カスティージャ・イ・レオン州とムルシア州では国民党が大きく数を減らしたが、マドリッドと同様にシウタダノスなどの右派政党と手を結べば何とか過半数を得るだろう。しかし、エクストレマドゥーラ州とアストゥリアス州では社会労働党が第1党になりポデモスと手を結ぶと国民党の政権を終わらせることになる。アラゴン州やバレアレス州でも同様である。アラゴン州都のサラゴサではポデモス系の党派とシウタダノスの登場で国民党市政は大きく変化しそうである。
いままで見てきた傾向は全国的に幅広く見られるものであり、左派と右派の新勢力によって、国民党vs社会労働党という、1978年以来続いてきたスペインの政治の在り方が大きく変化してきたことが明らかに見て取れる。ポデモスとその系統の会派はバルセロナやア・コルーニャ以外でも、アンダルシア州のカディスやガリシア州のフェロール、サンチアゴ・デ・コンポステーラなどの中堅都市で市政の中心を握る可能性がある。またシウタダノスは、州と市町村の全てを合わせると、全国で1500人以上の議員を抱えることとなった。昨年までカタルーニャの都市部で議会の片隅にいた程度の政党が、わずか5カ月足らずでここまでの急成長を果たし、国民党に不満を持つ保守系の投票者をきっちりと吸収しているのだから、驚き以外の何ものでもない。
《2大政党内に広がる亀裂と反目》
当然ながら、政府与党国民党内部では大きな動揺が起こっている。党首ラホイ、副党首コスペダルとその執行部への不満と不信が一気に噴き出してきた。党中央が、次々と暴露される政治腐敗の責任を明らかにせず合理化とすり替えに終始し、有権者離れに対して何一つ有効な手立てを打とうとしなかったからである。さらに、打ち続く不況と国民生活の荒廃という現実を見ようとせずに、僅かな失業率の減少を「国民党政府の経済政策の大勝利」として掲げ「経済危機は歴史のかなたに去った」などという、国民の誰が聞いても即座にばれる大嘘ばかりを繰り返してきたのだ。かつてのアスナール政権(1996~2004)の閣僚の大部分が逮捕・告訴されるという腐り果てた姿を曝すうえに、奢り、無知、無為無策が誰の目にも明らかであり、国民党はもはや自壊しつつある(参照:『国民党は崩壊に向かう?』)と言えるだろう。
執行部に対する「反乱」を起こした人物には、大敗に打ちのめされた多くの州政府知事クラスの幹部だけではなく、現産業大臣のホセ・マニュエル・ソリアのような者すらいる。その中で、州議会の過半数を失い権力の座を奪われる可能性の高いバレンシア、アラゴン、バレアレスの各州の州知事が、それぞれの州での党指導者を辞任する意向を表明した。またカスティージャ・イ・レオン州の党幹部フアン・ビセンテ・エレラは出演したラジオ番組で「私はラホイに対して、自分の姿を鏡で見て自分自身に返答しろと言いたい」と、不信と怒りをぶちまけた。こういった党内から起こる幹部批判に対してラホイは、党内対策には柔軟な姿勢をほのめかしながらも、党の政治・経済政策は死守する構えを見せている。
その一方で、先ほども述べたように、各地方自治体での利権にしがみつきたい党の大物たちは、「ポデモス封じ」を名目に、さんざん警戒してきたシウタダノスはもとより、長年の宿敵である社会労働党とすら手を結ぼうとしている。マドリッド市長候補のエスペランサ・アギレが苦し紛れに打ち出した方向だが、それが同じような混沌の状態にある全国の自治体に広がろうとしている。
ポデモスを出汁に使ってはいるが、そのハラは見え見えであり、このような態度がますます国民党に対する不信と軽視を広げていくことに、彼らは全く気付かないのだ。彼らが言うところの「民主主義」を守るために社会労働党との連合政府を作る動きは、昨年末以来ラホイ政権の中で現われていた。しかしそれが現実の問題となったときに、国民党内部で取り返しのつかない分裂と反目を引き起こしていくことだろう。こうしてこの国の腐り果てた政治体制が最終的に崩壊していくのかもしれない。
一方の社会労働党にしても、今のところは国民党の申し出をはねつけているのだが、こちらも、国民からますます見離されていく自分たちの現実の姿に直面するときに、喪失の恐怖に駆られてその手を握りかねない。それを見透かすように、ポデモスの党首パブロ・イグレシアスは、社会労働党党首ペドロ・サンチェスに対して、「もっと謙虚になれよ、ペドロ。君たちは1979年以来で最悪の選挙結果を手にしているのだぜ」と語りかけ、社会労働党がその方向を変えない限り政策協定はあり得ないと言った。そのうえでイグレシアスは、この11月29日に予定される総選挙に勝つための「左翼戦線」創設の道を探ることを表明している。
おそらく社会労働党の中にも、ポデモスに近づくか国民党と手を結ぶのかで、様々な反目と大きな議論が巻き起こることだろう。実際に、アンダルシア州の党指導者スサナ・ディアスや「長老」のフェリペ・ゴンサレスが繰り返しポデモスに対する嫌悪と拒絶を表明している(参照:『ポデモスの台頭と新たな政治潮流』)。しかしその一方で、元首相のホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロと元外相のホセ・ボノは、昨年の12月にパブロ・イグレシアスおよびポデモスNo.2のイニゴ・エレホンと接触し「個人的に」対話したことを認めている。その話の内容までは公表されていないが、少なくとも「話しのできない相手」とは見なしていない。しかしいずれにせよ、この件に関して党員を「一枚板」で動かすことは不可能である。
バレンシア州と市でコンプロミスが中心となってポデモスと社会労働党との連合が実現しそうな気配だが、それが一つの触媒になるのかもしれない。しかしアンダルシア州のディアスは、党本部がポデモスとの交渉を開始しているにもかかわらず、対話すらかたくなに拒否し続けている。分裂はこの党にとって避けることのできない未来だろう。ポデモスの登場は、国民党と社会労働党という1978年の新憲法下で生まれた政治体制への「刺客」となったのである。
一方でシウタダノスは、今の時点で早急に国民党と政策面で手を携えることはしないだろう。秋の総選挙を考えれば「結局は国民党の補完物に過ぎない」というイメージを作ることは命取りになりかねまい。マドリッド州などいくつかの自治体で「政治空白を防ぐため」という名目で首班指名の際に協力することはあっても、保守的な国民の中で着実に支持を広げながら、国民党が頭を下げて提携を申し出るまでじっくりと待つと思われる。これもまた国民党支配を崩壊に追いやっていく現実的な力として働くだろう。
《意図的な演出があるのか?》
いくつか腑に落ちない点がある。シウタダノスの唐突な登場のし方は、最初に述べた通り、マスコミを動員した意図的な演出が十分に考えられる。それに加えて、政治日程を見据えるように効果的に登場する政治腐敗への暴露と告発、さらに、取りつかれたように猪突猛進するカタルーニャの独立運動がある。いずれも極めて不自然な動きに思える。
●カタルーニャ独立運動の奇妙さ
カタルーニャに関しては『「独立カタルーニャ」はEU政治統合の“捨て石”か?』でも触れておいたのだが、その独立運動は、まともな筋道を立てての行動とは考え難い。昨年(2014年)10月に住民投票がスペインの憲法裁判所から違憲判決を受けて以後の独立派の混乱と迷走ぶりを見せつけられた州民は、中途半端に終わった代替「住民投票」を経て、徐々に独立賛成の姿勢を弱めていった。そして2015年の4月後半の世論調査では、賛成43.7%に対して反対47.9%と、ついに賛否が逆転した。
「スペイン人は走り終わってから考える」と言われるが、その意味では、カタルーニャ人もまた紛れもないスペイン人である。CiUと左翼共和党、アナーキスト系CUP、そしてANC(カタルーニャ民族会議)やオムニウム・クルトゥラルなどの集団で構成される独立派勢力は、「独立!」「独立!」を大声で叫びながら走りたいだけ突っ走り、まともな理性と観察さえあれば100%予想できた憲法違反判決を前にして脚が止まり、とたんに方向性を失ってバラバラにその場しのぎの言動を繰り返した。まことにスペイン的な話なのだが、しかし自分やその家族の生活と未来を具体的に考える州民にとってみれば不安でしょうがないだろう。
それにしてもこの唐突で支離滅裂な独立熱の盛り上がりにはどうにも不自然さを感じざるを得ない。まるで誰かに鼻面を取られ引きずりまわされているかのような迷走ぶりだ。この独立運動の裏側に欧州各国の国家機構を解体し連邦化を進めようとする勢力がいるのではないかと疑いたくもなってくる。私は、スペインの経済崩壊が激しく進行する2011年以降にいきなり激化した、この夢の中で暴走するかのような独立運動の経過を、『特集:『カタルーニャ独立』を追う』で書きとめておいた。それは国家分裂の可能性を感じさせるばかりではなく、スペイン国内の混乱と各地域・勢力間の相互不信を掻き立てる重要な要因にもなっている。
現州政府与党のCiUや左翼共和党などの独立派は、9月11日の「カタルーニャの日」で再度巨大な「独立イベント」を企画しており、その後の9月27日に行われる州議会選挙を「実質的な独立住民投票」と位置付けている。つまり、独立を支持する政党の得票率あるいは獲得議員数をもって「独立への賛成票」と見なすわけだ。この目論見が彼らにとって吉と出るか凶と出るかは予断を許さないが、少なくとも今回の地方選挙での獲得議員数をみれば「独立派の圧勝」となるだろう。国民党とマドリッド中央政府は盛んにこの日取りで決定された州選挙に対する非難を繰り返している。しかし昨年の住民投票とは異なり、憲法を盾にとってそれを阻止することは不可能だ。
カタルーニャで高まってきた独立熱に合わせるかのように、バスク州やバスク人居住区域であるナバラ州では、近年は独立主義民族派の台頭が目覚ましい。統一地方選の1週間後、5月30日にバルセロナのカムノウ球技場でサッカー国王杯決勝が行われたが、対戦したのはカタルーニャのFCバルセロナとバスクのアスレチック・ビルバオだった。この際、スペイン国歌に対して双方のファンから猛烈なブーイングが沸き起こったことがいまスペインで大問題となっている 。たまたま偶然とはいえ、この時期にこの両チームが顔を合わせたことは、いまのスペインの状態を象徴しているだろう。両チームに対する罰則と制裁、「シンボル」に対する不敬罪を検討するマドリッド中央政府と検察庁などが対応を誤れば、下火になりかけた独立の炎にまたしても油を注ぎかねない状況だ。
●選挙を決定的に方向づけた「腐敗追及」
既成政党の大がかりな政治腐敗に対する追及は、2009年に当時の全国管区裁判所判事バルタサル・ガルソンによる捜査が始まった「ギュルテル事件」(参照:『バブルに群がったバレンシアと国民党の悪党ども』、『引き続く「ギュルテル」の闇』)が皮切りである。それから「芋づる式」にバレアレス州の「パルマ・アレナ事件」が取りざたされ、そしてバレンシアとバレアレスの国民党に利用された王家の一員による「ノース事件」(参照:『スペイン上流社会の腐敗の象徴:ノース事件』)が明るみに出されたのが2010年。さらに2011年には別口で、アンダルシアの社会労働党による「ERE事件」(参照:『アンダルシアに腐れ散る社会主義者』)の追究が開始された。しかしここまではまだ「一部の悪党どもによるスキャンダル」でしかなかった。
それが一気に「国民的課題」となったのは、これもギュルテル事件の延長だが、2013年1月に元国民党会計係のルイス・バルセナスが丹念に記録していた国民党の裏帳簿(帳簿B)の存在(参照:『国民党は崩壊に向かう?』)が暴露されたときだろう。それは、それまでに発覚していた一部の地方ボスの腐敗とは異なり、国民党の中枢部を直接に揺るがす大事件だった。
2014年に、まるで国民党を内側から爆破解体するように、不祥事の暴露と裁判所判事による逮捕命令、検察庁による起訴が延々と続いた。それらは私がシリーズ『スペイン:崩壊する主権国家』の中に記録したとおりだが、特に10月と11月に『倒産銀行にたかる病原体ども』や『次第に明らかになる「バンキア破産」劇の内幕』、『引き続く「ギュルテル」の闇』、『腐りながら肥え太ったバブル経済の正体』に記録される国民党中央の目も当てられないほどに腐り果てた姿が明らかになった。そしてこの間に、各種世論調査は国民党への支持と信頼が手のほどこしようもなく打ち崩されていく様子を浮かび上がらせた。
そして選挙の年2015年に入ると、国外逃亡を防ぐために刑務所に収監されていたルイス・バルセナスが1月に釈放された。さっそく首相のマリアノ・ラホイは「バルセナスはもう国民党の者ではない」と語り、除名したから国民党はその帳簿Bに関する告発内容と無関係であるかのような逃げを打った。さらに国民党は「バルセナスは党を騙した」と非難した。しかしそのようなうわべの取りつくろいを信用する国民はほとんどおるまい。1月から2月にかけては、バルセナスの帳簿Bとバンキアの不透明カードについての様々な新しい暴露が小出しに続いた。
3月には、以前から汚職と詐欺の疑惑に曝されていたマドリッド州知事イグナシオ・ゴンサレス、そして彼を擁護するマドリッド国民党委員長エスペランサ・アギレへの、主要マスコミによる激しい攻撃が続いた。さらに全国管区裁判所のルス判事によって捜査されていたギュルテル事件が正式に立件されることとなった。一方でアギレにとって側近で最大の実力者だったフランシスコ・グラナドス(逮捕済み)の収賄と資金洗浄、脱税の詳細がマスコミをにぎわした。こうして、統一地方選の2カ月前には「犯罪集団」としての国民党のイメージが定着していった。
またイグナシオ・ゴンサレスは、これ以上のイメージ悪化を恐れるラホイに見放されたために、マドリッド州知事候補を断念せざるを得なくなった。マドリッド市長選でも、機を見るに敏な現市長アナ・ボテジャ(アスナール元首相夫人)が昨年の段階で任期終了後に政界から退くことを明らかにしていた。もはやふさわしい人材を見出すことのできない国民党は、散々にもめた挙句に、州知事候補としてマドリッド政府支部責任者のクリスチーナ・シフエンテスを選び、市長候補はアギレが自ら引き受けることとなった。
一方で、騙し打ちのように縁を切られ党の犯罪を一手に引き受けさせられたルイス・バルセナスは、「報復措置」とばかりに、国民党の裏帳簿と黒い資金の内幕を裁判所とマスコミに披露し始め国民党幹部の悪行と卑劣さを攻撃した。また検察庁の反汚職委員会は現財務大臣クリストバル・モントロが持つ事務所を違法な寄付(政治献金)を受けた容疑で捜索した。その際にモントロは愚かにも国民党への寄付を慈善団体カリタスへの寄付と同一視する発言をし、当のカリタス(参照:『飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者』)はもちろん、各種マスコミが一斉に激しい非難をモントロと国民党に浴びせた。
4月に入ると、元財務大臣・IMF専務理事・バンキア銀行総裁のロドリゴ・ラトが巨額の資金洗浄と脱税の容疑でついに逮捕され、新聞の第1面とTVのトップニュースは数日間ラトの悪業で埋め尽くされた。また現財務大臣モントロへの非難が打ち続く一方で、国民党の腐敗の暴露と非難は再び地方へと広がり始めた。カタルーニャ国民党委員長のアリシア・サンチェス・カマチョは、プジョル脱税事件の調査中に起きた盗聴事件で嘘をついて他党を貶めようとしたことが探偵社の告発で暴露され、ただでさえ消えかかる評判を致命的に失うこととなった。またバレンシアの「女帝」リタ・バルベラーが、不況にあえぐ市民をよそに公務と称してあまりにも贅沢な贈り物や旅行や飲食などに公金を使っていたことを暴露された。その金額こそ278000ユーロ(約3750万円)と他の公金横領事件に比べると少額だが、選挙日程を見据えるとその影響の大きさは計り知れない。さらにアスナール政権時代の国防大臣ロドリゴ・トリージョが、カスティージャ・イ・ラ・マンチャなどで風力発電の設置で便宜を図り多額のわいろを受け取っていたことも明らかにされた。
こんな中で、国民党副党首でカスティージャ・イ・ラ・マンチャ州知事であるマリア・ドローレス・デ・コスペダルは、グアダラハラ市で行われた演説会でついうっかり “Hemos trabajado mucho para SAQUEAR a nuestro país”「私達は我が国を《略奪する》ために懸命の仕事をしてきた」と口を滑らしてしまった。この”saquear”は「略奪する」という意味の動詞である。彼女が何を言いたかったのかは分からない(何の弁明も無い)が、この発言がマスコミで大きく取り上げられて、散々の笑い物にされたことは言うまでもない。そして4月後半のマドリッドでの世論調査で、国民党が全国的にその支持の3分の1を失ったことが明らかになった。
選挙の月である5月に入ってすぐに、国民党はバレンシア市議会議長のアルフォンソ・ルスを除名すると発表した。ルスは長年バレンシアの公共事業の入札で業者と結託していた嫌疑をかけられたのだが、この措置は、バレンシアを失う危機を感じた州知事のアルベルト・ファブラの強い決意に党中央が押されたものである。国民党はいままで政治腐敗の容疑者にこれほどの即座の強い対応をしたことがなかったのだが、どこまでもノーテンキな党中央に比べて、地方の党支部がどれほどの危機感を覚えていたのかよく分かる。しかし時すでに遅し。ルスが業者とカネの受け渡しについて話しカネを数えている電話の音声が全国のTVとラジオで流されたのである。バレンシアの州と各都市での国民党の敗北にとって、これは「駄目押し」となっただろう。
このアルフォンソ・ルスの電話音声については、選挙後になって、長年バレンシアでルスと組んで悪事を働いてきたイメルサ・マルコス・ベナベンという元バレンシア公営企業役員が、裁判所判事の審問を受けた後に報道関係者の前で録音したのは自分だと名乗り出て話題になった。白髪の長い髪と髭の姿でTVカメラの前に出たベナベンは、おそらく自己保身のためだろうが、自分が間違っていた、カネの亡者になっていたのだ、不正に得たカネは全て返すと、芝居がかった身振り手振りで謝罪した。それにしても選挙の直前に「…、9千、1万、1万1千、1万2千」とカネを数えるルスの声を公開したのはバレンシア地裁判事局だけの判断なのだろうか。
●意図的・計画的な国家解体のプロセスなのか?
以上に見たような政治経済の腐敗の暴露や告発は、国民党だけではなく社会労働党とカタルーニャCiUといった、フランコ独裁以後のスペインを支えてきた政党にとって、致命傷とも言える打撃だった。もちろんそれ自体はこれらの集団の自業自得である。しかし、その暴露と告発、逮捕と起訴のされ方には、何か非常に作為的なものを感じる。2年くらい前から、本来ならば警察や裁判所判事局の捜査資料であり機密扱いにされるはずの重要資料が、いきなり、入手元を明らかにされないままエル・ムンドやエル・パイスなどの全国紙の1面を飾り、また、重要事件に関連して明らかに盗聴されたと思われる電話の会話の声が、突然TVやラジオで流されたことも多くあった。
さらにはこの選挙の直前になって、エスペランサ・アギレが確定申告で税務署に提出した書類や、リタ・バルベラーが市役所の監査のために提出した領収書類までが新聞とTVで公開された。先ほどのアルフォンソ・ルスの声もそうである。判事局や検察庁、国税庁などの内部にいる誰かが、時期を見計らって意図的にマスコミにリークしたとしか思えない。
それらの実にスキャンダラスなリークが選挙準備と選挙戦の進行するプロセスに見事に一致していることには驚かざるを得ない。昨年10月から11月までの間、膨大な数の逮捕と告訴が打ち続く中で、ポデモスはほとんど国民党や社会労働党に迫る、一部の調査では「第1党」となるほどに、支持を広げていった。また今年に入って新たな暴露によって次々と国民党の屋台骨が揺さぶられていくにつれて、「全国区」に名乗り出たシウタダノスが、国民党から支持者を奪い取り旧来の中道右派政党UPyDを事実上飲み込んでいった。
特に4月のロドリゴ・ラトの逮捕劇は右派系の市民にとって生涯忘れられないほどのショックをもたらしたことだろう。あの華々しい肩書きを持つ実力者が、手錠をかけられて頭を抑えつけられて警察の車に押し込まれる姿は、もう国民党の時代が終わったと実感せざるを得ないほどの衝撃力を持っていた。そのうえで、選挙の直前に起きた国民党の牙城バレンシアでのスキャンダラスな告発とリークである。
こうしてみると、単に判事局や警察、検事局、国税庁などにいる何人かがばらばらに資料を持ちだしてマスコミに渡したというよりも、もっと別の場所で誰か(何かの集団)が、綿密な計画の元にそれらの官僚機構からリークさせてマスコミに垂れ流し、国民党、社会労働党、CiUといった既成の勢力を崩そうとした…、そのためにポデモスやシウタダノスという新たな勢力、そしてカタルーニャやバスクの分離主義者をけしかけた…、このようにすら思えてしまう。
『スペインは「欧州連邦」創設の急先鋒!?』を確かめてほしいのだが、昨年9月に公表された、スペイン外務省がそのシンクタンクであるエルカノ(Elcano)研究所の協力を得て作成した外交活動基本方針の中で、「欧州連邦創設」の計画が明らかにされている。どこの国でも外務省は国外の優越した勢力の手先になりやすいのだが、スペインの場合には、ひょっとすると国家を解体して「連邦」の単なる構成員になるしか生き延びる道が無いのかもしれない。それが以前から隠然たる勢力を持つ欧州連邦主義者の思惑と一致しているのだろう。しかしそのためには、まず、数百の間このイベリアの大地に深く根ざしてきた利権構造が解体される必要がある。
以前に私は『「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇』の中で次のように書いた。
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・・・このときにすでに「生命危篤」を宣告されたわけだが、より厳しい運命が2年後にラホイにやってきた。そして今回は「支援」という名のさらなる膨大な借金を背負い込まされたうえで「脳死状態」にさせられ、「生命維持装置」を取り付けられた。後は「腐肉」を取り除いたうえでの「解体処分」が待っているだけだろう。犠牲にさせられるのはこの国を死に追いやった支配階級の者たちではなく、一般勤労階級であり、その若者であり老人であり母親であり子どもである。
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今年の地方と国政の選挙は、その「腐肉」を取り除く作業の重要な一部かもしれない。しかしどうやら、この「犠牲にされる」者達の中にもうひとつ加えなければならなかったようだ。支配階級の《愚かな使用人ども》である。バルセナスやラトは刑務所の中で自分の運命をかみしめただろうし、エスペランサ・アギレ、リタ・バルベラー、ホセ・マリア・アスナール、マリアノ・ラホイなどといった連中は、いま自分たちの前に横たわる暗闇に気づいて震え上がっているのかもしれない。なおこの支配階級については『浮き彫りにされる近代国家の虚構』を参照願いたいのだが、この者たちは国家など最初から超越している。国家の枠組に縛られその組み換えに右往左往させられて危機に放り込まれるのは、その使用人どもと我々下々(しもじも)の者たちだけだ。
今年の夏から秋にかけても、再びスペインの内政を根底から揺り動かす不穏な出来事が繰り返されるだろう。そしてそれがこのイベリア半島の国の歴史を一変させるだろう。それがまた欧州の再編成の起爆剤になっていくのではないかと予想される。私はその中で、一人の外国人として、もみくちゃにされながら生きていかなければならないのかもしれない。しかしそういった変動の「目撃者」として、今後も日本語でその記録をつづり一つでも多く残していきたいと思う。
2015年6月3日 バルセロナにて 童子丸開
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〔eye3005:150605〕
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