半分になって燃えちゃった―はみ出し駐在記(24)
- 2015年 6月 20日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
土曜日の朝、十時は回っていたと思うが電話が鳴った。電話はあったが、かけることはほとんどなかったし、かかってくることなど年に何回もない。かかってきても、ほとんど間違い電話だった。朝帰りにとって十時はまだまだ早朝。一体なんなんだ。どっちみち間違い電話だろう、二文字言って、どなってやろうかと思いながらとった。日本人の女性の声。声からして若くはない。そんな知り合いはいないし、こんな朝っぱらから一体なんなのと寝ぼけた返事をしたら、副社長の奥さんからだった。一度何かでお会いしただけで、顔も覚えていない。
「昨晩、ご一緒だったですよね」「帰ってこないんですけど、」「主人どこへいったかご存知ですか?」心配なのだろう、どうしようって、うろたえているのが声に出ていた。うろたえているのは分かるが、寝ぼけていて何を言われているのか分からない。どこへって?何を言っているのか、分かるまでにちょっと時間がかかった。「えっ、どこへって、昨日一緒に帰りましたよ。」「家に着いてないんですか?」馬鹿な質問で、家に帰っていれば電話なんかかけてこない。
携帯電話などない時代。どこかに行ってしまえば、電話で連絡でもしてこない限り、どこにいるのか誰にも分からない。勝って気ままな独り者にはいい時代だったが、家で帰りを待っている家族にしてみれば不安だったろう。銀行強盗が頻発するニューヨーク、何か事件にでも巻き込まれたのではないかと心配になる。
電話を切ってちょっと経ってから気が付いた。なんで新米の使い走りのオレに電話なの?この類のことは飲兵衛の先輩に電話が順当な線じゃないか?副社長として赴任して一年ちょっと。年齢も役職も学歴もサービス部隊の誰よりも上。ただ仕事と米国での経験では存在感も何もないエライだけのお荷物だった。実力と経験で見れば、下には使い走りしかいない。有名私立大学を出て、海外関係学閥に乗ってしか立場のない人。多分そのあたりは奥さんも感じていて先輩連中には、「主人、どこにいるんでしょうか?」というような電話はかけづらかったのだろう。それにしても、こんなことまで軽く見られていた。しょうがないと言えばしょうがないが、いったい人を何だと思ってんだと言いたくなった。
月曜日、いつものように事務所に出たら、見慣れない車が止まっていた。朝っぱらから客でもあるまいしと思いながら事務所に入った。なんだ副社長いるじゃないの。仕事はしないけど朝は早めの人だった。「どこ行ってたんすか?」「奥さんから心配して電話かかってきましたよ」、「車半分になって燃えちゃった。。。」何を言っているのか分からない。「半分ってなんですか。。。」
副社長の話をまとめると、おおまか次のようなことが起きた。かなり酔っ払っていたから、どこまで覚えているのか怪しいが、まあ信じる?しかない。高速道路を走っていたら、故障して放置してある車があった。素面ならそんな物にぶつかることはない。酩酊しての運転でその車のオカマを掘った。ぶつかって、オレの車大丈夫かなと降りて前に見に行ったら、後ろから酔っ払い運転の車がぶつかってきた。前後を車に挟まれて、副社長の車、長さが半分くらいになって、燃えてしまった。後ろからぶつかってきたヤツがかなりの怪我で心配だから(?)、救急車に付き添いとして一緒に乗って病院に行ってた。不幸中の幸いとでもいうのだろう、もし車に乗っていたら天国に召されていたかもしれない。
土曜日早朝のマンハッタンから郊外への高速道路、そんな時間に走っているのに素面はまずいない。酩酊してないにしてもアルコールは入っている。なかにはマリワナやコカインでハイになっているのすらいる。ある朝、前の車が三車線全部使ってだらだら蛇行していた。抜いてしまいたいのだが、危なくて近寄れない。早く右か左のガードレールにぶつかって止まれと思いながら、距離をあけて徐行運転していた。しょうがないと思いながら走っていたら、後ろにイラついた車の集団ができていた。
高速道路で車が使えなければ、移動方法は三つくらいしかない。パトカー、救急車、徒歩。高速道路で徒歩はない。素面じゃないのまでが走ってるところで、そんなことをしたら危なくてしょうがない。ぶつかってきて怪我した人が心配で付き添いで病院に?なにが付き添いだ。一緒に行くしか移動方法ないし、本人も酔っ払って病院で保護(?)されていたというか、いびきでもかいて寝ていたのだろう。もし本人も怪我をしていて治療が必要な状態なら、病院から家族に電話くらい入っている。
こんなことをすればフツーの人なら多少は懲りるのだが、副社長、そんなことでめげるような人じゃなかった。二週間も経たないうちにまた一緒にマンハッタンに飲みに行った。保険がおりてないのか、まだレンタカーのままだった。
歳で若いときにようには飲めなくなっていることの自覚がないからか、また酩酊した。前を走るとおいていってしまって、前回のようなことも起きかねない。副社長に前を走ってももらって後ろからついていった。
高速道路に入るまでの住宅街の地道。左右に路上駐車がきちんと並んでいた。副社長、真っ直ぐ走れない。右側の路上駐車の車との距離を気にしてセンターラインをまたいで走っていた。朝早いから対向車も来ない。センターラインをまたぐまでならよかったのだが、左に寄りすぎて対抗車線の路上駐車の車を擦って火花を散らして走ってる。センターラインの方に戻ったかと思うと、また火花を散らせての繰り返し。止める方法がない。怖いから距離をあけて走っていたら、突然後部の左ドアがぱーんと開いて、路上駐車の車にぶつかって、どかんと閉まった。
副社長が急ブレーキをかけて止まった。酔っ払いだ、隣の車のドアにあたるかもしれないなど考えることもなく、ドアをバンとあけて、出てくるなり大声で、「おい、今、どーんと大きな音しなかったか?」「後ろの左のドアが開いて、止まってる車にぶつかって閉まったんですよ」「さっきから駐車してる車をこすって走ってますよ」「そうか、かまやしない、レンタカーだ」
副社長、肝の据わったとでもいうのか、ある意味では外れた駐在員をはるかに超えていた。英語が得意という程度で米国でセールスができる訳がない。本社から来たエライさんのテイクケア以外には何もしない人だったが、はみ出し駐在員には真似のできない逸話を残していった。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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