組合員が組合委員長を訴えた -労労裁判・新運転訴訟の本質とは-
- 2010年 12月 29日
- 評論・紹介・意見
- 労労裁判新運転訴訟松岡宥二
本誌(『地域と労働運動』)第104号に、職業安定法第45条で厚生労働大臣から許可された労働組合等による労供事業について詳しく述べたが、職業安定法第44条で禁止する労働者供給事業とは、労働基準法第6条の中間搾取の排除「何人も、法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」にその根拠がある。しかし、中間搾取やピンハネの復活を望む資本とそれに協力する一部の労組は、1985年に労働者派遣法を成立させて職業安定法第44条と労働基準法第6条の精神は骨抜きにされた。
物の製造業務について2004年3月に解禁され、2007年3月からは同一業務での派遣が最長3年に延長された。これによって間接雇用の派遣的労働は一気に増加した。
2006年より労働者派遣を受け入れた企業は2009年までに、派遣受け入れ期間に応じて対応が必要となり、2008年9月、厚労省は都道府県労働局へ“いわゆる「2009年問題」への対応について”という通達を出した。都道府県労働局は、厚労省の通達により企業に対して派遣期間の最長3年の指導を強めた。
一方で、小泉政権の規制緩和により職安法45条による労供事業は書類審査だけで許可されるようになった。規制緩和に目をつけた経営者の中には最長3年の派遣よりも労働組合をでっちあげて、職安法45条の労働者供給事業を営む企業も現れた。
東京23区の清掃事業の下請け51社で構成する東京環境保全協会(東環保)が経営する東環保人材派遣センターは、23区の清掃事業が都から区に移管されて10年間(派遣期間の最長3年を越えて)も清掃作業員を23区に派遣してきたが、東京労働局の指導で東環保人材派遣センターは本年3月解散し、清掃作業員を新運転や自運労などの労供労組に移した。
下請け51社の中には派遣会社を経営し特定派遣をしてきた会社もあり、今年、労働局の指導で派遣会社を解散して、新たに労働組合をでっちあげて労働者供給事業に衣替えした会社もある。
会社が労働者供給事業を営むことは禁止されており、このようにして職安法44条の労働者供給事業の禁止は、なし崩し的に有名無実化した。会社が丸抱えの労組では、労組法2条、5条も守られず、組合の役員選挙もなければ、年1回の大会も開かれていないのである。
登録型派遣と製造現場の派遣禁止の世論が高まる中で、一時的、臨時的労働の労供事業がハケンの隠れ蓑として横行し始めているのは、行政の不作為によるものである。
労働福祉事故防止協議会(事故防)について
1975年、経営側から新運転東京地本の組合員が1日働くごとに使用者から200円ずつ積み立てられる事故防設立の提案があったが、執行委員会は、経営側から資金の援助を受けるべきではないとして申し入れを断った。しかし、翌年3月に篠崎庄平氏が委員長に就任すると、11月の大会を待たず、7月に経営側と組合員を会員から除外した事故防を設立した。経営側からの事故防への拠出金は年間約7000万円にもなり、定款の目的の組合員の福利厚生にはごく僅かしか使われず、これが労使癒着の温床となり裁判にまで発展することになる。
組合員が委員長を訴えた裁判
2005年、新運転の組合会館の所有権を新運転東京地本から事故防に移転登記した。8人の組合員が、組合会館は組合員の組合活動の拠点であり、重要な組合財産であること、仮に所有権を移転登記するには、組合の最高議決機関である組合大会の議決・承認を得なければならないのに、大会の議案として提出されたこともなく、今回の所有権移転登記は、組合員の団結権の侵害する不法行為として損害賠償訴訟の提訴をした。
これに対して被告篠崎は、組合会館の土地代も建物の建設も資金は事故防が支出したもので組合は一銭も出していないこと、事故防が法人格を取得していなかったので組合の名義を借りただけであり、2002年に法人格を取得したから実質的所有者である事故防に所有権を移転するのは当然のことであると主張した。
しかし、証人尋問で、組合が毎年、早期返済金として労金に支払ってきた資金の性格、篠崎氏が労金との取引に使っていた通帳と印鑑について裁判での尋問で、組合の公印であることも明らかにされたのである。
一審で敗訴した被告篠崎は、証人尋問の松岡の証言を名誉毀損だとして慰謝料請求の訴訟を起こしたが、私はこれに対して事故防と癒着した執行部の悪行を暴く絶好の機会として更に追求する場にしたいと思っている。
憲法、法律も無視する新運転執行部
約2年半の裁判の過程で、新運転東京地本執行委員会は、憲法第32条の「裁判を受ける権利」を無視して二度にわたり裁判の取り下げの決議をして原告各人に文書で送り、裁判の取り下げを迫った。
また、私たちの組織「新運転・運転者ネット」に対して名称から新運転の肩書きの削除を要求してきたが、原告団は憲法第21条「集会、結社、言論の自由」を主張して弾圧を跳ね除けて裁判闘争を闘い続けてきた。
我々、原告団の新運転訴訟の目的は、組織と個人の関係、つまり、組織の中で個々人の基本的人権はいかにして擁護されるべきか(憲法第11条から14条の基本的人権擁護の精神)21条の集会、結社、言論の自由、28条の勤労者の団結権、32条の裁判を受ける権利、等々の関係で明らかにすることである。
労働組合法は、この憲法の基本的人権の原理を立脚点にして、第1条は「この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」と、目的を謳っている。
労働組合法も労働基準法も労働者を保護する法律であるが、篠崎、太田氏等の新運転執行部にとっては、企業内組合を対象にした法体系であり、新運転に全面的に適用されないと、裁判の中でも主張して憚らないのである。
篠崎、太田氏等の新運転執行部にとって決定的に欠如しているのは、日本国憲法の人権思想である。
判決は原告の主張を全面的に認める判決となったが、我々が裁判に問うたのは、どっちが勝った、負けたということではなく、何が労働者全体の利益になるかということである。
そうした観点からすると、判決の翌日、3月25日付の新運転機関紙第496号に太田書記長は「滅茶苦茶な判決…新運転を知らない門外漢の支援者たちと正義感ぶった原告たちそれぞれにあきれ果てながら、…」、9月25日付機関紙第499号「労働組合の労供事業をひっくり返す悪意を持って書いたとしか思えない判決で、…」と、太田書記長は判決の主旨を真摯に受け止めず感情の赴くままに書いているのは、機関紙の品位を汚し、私物化する残念な行為であるといわねばならない。
護るべきなのは憲法9条だけではない。松本光一郎裁判長の名判決を読んで、私は日本国憲法と労働組合法を読み直して、憲法の人権思想の奥深さを学んだ。
憲法第28条の団結権とは何か
判決の要旨を箇条書きに列記すると、
原告団の提訴の最大の理由は、組合会館の所有権の移転登記を組合大会の議題として提案せず、大会の議決・承認を得ずに業者側の団体である労働福祉事故防止協議会(事故防)に移転登記してしまったことを、労働者の団結権の侵害として提訴したのである。
判決は、「憲法第28条が保障する団結権は、個々の『勤労者』に対して保障された権利であり、多数派を形成しない限り団結権がないなどといえるものではない」と、明快で歴史的な判決を言い渡した。この判決は憲法の精神は基本的人権の上に確立しているのであることを示した画期的な判決である(判決、36ページ)。
労組法5条の大会の議決・承認とは何か
会館の移転登記を組合大会で議決・承認を得ていないことは労働組合法第5条2項3号「…労働組合のすべての問題に参与する権利…を有する」に違反すると認定した(判決、34,35ページ)。
労組法では予算や決算などの重要案件は組合大会の議決・承認を得なければ成らないことになっているが、新運転東京地本では、重要な案件も大会に諮ることなく執行委員会に於いて多数決で決定してしまうのである。
本年3月25日の第770回執行委員会は、新運転が全額出資した派遣会社タブレットに2000万円の貸付を多数決で決定した。
その貸付金は、新運転から高嶺清掃㈱に供給に見せかけた違法派遣のための運転資金だったのである。新運転とタブレットは高嶺清掃㈱の自治労・公共サービス清掃労働組合支部の組合つぶしに加担して労働者を派遣しており、道義的にも許すことはできない。
労働基準法第6条違反の事故防
新運転の組合員が1日働くごとに使用者から200円ずつ積み立てられる事故防は労働基準法第6条の「他人の就業に介入して利益を得てはならない」に抵触する恐れがあり、組合員の福利厚生のためではなく使用者のリスク回避のための共済組織(判決、32ページ)であることを篠崎氏自身が裁判の中で認めており、太田書記長も認めている。
労組法第2条2号で禁止する使用者の経費援助とは
判決は「労働組合法第2条2号は、使用者からの援助を受けるものを「労働組合」でないものとし、同法第7条3号本文後段は使用者による経費援助を禁止しているところ、上記事実は、労働組合である新運転東京地本が、事故防を媒介して実質的に使用者からの経費の援助を受けているものと見ざるを得ない(判決23ページ)」と判断している。
篠崎委員長(現在は中央本部委員長)も太田書記長も事故防から給与が出ている。使用者からの経費援助は労組法2条2項に違反すると一審判決が出ているにもかかわらず、今年の大会で太田書記長は事故防の仕事をしているので給与を貰うのは当然のことであると答弁し、来年度の予算案にも事故防からの給与分の経費援助が堂々と計上されているのである。被告篠崎は、証人尋問以外は、一度として裁判に顔を見せなかった。
一審で完膚なきまでに敗訴した被告篠崎は、控訴審で、争点を変更して、会館の実質的所有権は事故防にあるから組合機関の承認は必要ないと主張したり、2004年10月の執行委員会で決定したとか、2005年の組合大会の経過報告の中で承認されたとか、その都度ころころと主張を変えている。我々は、大会議案書や執行委員会議事録などの証拠を添えて逐一反論を加えているのである。
新井君統制処分の労働協約は違法
新井君は2008年4月、15年間も勤務してきた23区の清掃下請け会社の東栄興業㈱から雇い止めになった。新運転のトラックの約9割の組合員は、23区の清掃下請けの同じ会社で継続して働いている。
新運転と就労先の労働協約第1条は「…必要に応じて随時乙(組合)より乙の組合員の供給を受けて使用し、また使用を打ち切ることができる」となっており、15年間働いても日々雇用の連続で、いつでも解雇できることを使用者への“売り”にしているのである。また、労働協約第10条は「乙の組合員の労働条件等に関する交渉権は、すべて乙に帰属するものとする」となっており、組合員の交渉権をすべて否定している。
労働協約第3条は勤務時間を午前8時から午後4時としている。新井君は毎朝6時半に出勤していた。
新井君は所属する北支部の支部長に、組合として労働基準法に則り会社に解雇予告手当と朝の1時間30分の時間外手当を要求してほしいと再三要請したが受け入れられなかった。新井君は、やむを得ず労働者の権利として足立労基署に申告した。
労基署は、東栄興業㈱に改善勧告を出し、会社は新井君の銀行口座に解雇予告手当と時間外手当の一部を振り込んだ。
新井君の統制処分の狙いは新井君の大会代議員権と支部長などの役員立候補の資格を奪うことであったので、直ちに統制処分無効の仮処分を申請し、2009年9月、仮処分の裁判は勝利した。新井君を統制処分の根拠とした労働協約第1条と同法第10条は労基法違反であり、無効である。
新運転統制委員会は、新運転の労働協約に基づく労働は、労働基準法を前提とした一般的な雇用関係とは異なる使用関係であり、労基法は適用されないとして、新井君を統制処分したものである。
仮処分に敗訴した組合は控訴し、本案訴訟で係争中であるが、仮処分で敗訴した組合側は、本案訴訟では、労働協約第1条と第10条による統制処分の理由を引っ込めて、労供の秩序を乱したことと、交通事故を起こしたことへの反省がないなど、統制事由にならないことを挙げてきている。この点については、去る12月3日の第6回裁判の証人尋問で完全に論破したと自負している。
しかし、12月3日の第6回裁判で裁判長が閉廷間際に突然、結審を言い渡し、弁護団の最終弁論も認めず、1月26日に判決となったので、弁論では圧倒してきたが予断は許さない状況にある。
組合大会で統制を強化しようとしたが
去る11月21日新運転東京地本第55回大会が開催された。昨年の大会で、伊藤統制委員長と斉藤統制委員が発議の動議で規約の統制条項を厳しくしたのに続き、今年の大会で①.規約54条2項を削除して組合員個人が組合役員を統制委員会に提訴できなくする。②.役員に暴言を弄した組合員を統制に掛ける。③.執行委員会の決定に従わない組合員を統制に掛ける、の規約改正を動議で提出しようとしたが、さすがに執行委員会と評議員会でも批判が強く大会で決定はできなかった。統制委員が動議を提出し統制を強めて組合員の言論を統制しようとする太田体制は、執行部を批判する者は、組合から排除するという恐ろしい思想である。
組合の民主化は、執行部を自由に批判できる組合員を育てることであり、それが基本的人権の尊重であり、組合の真の団結ではないのか。
判決の影響
新運転は、所謂、「日雇労働手帳」を持って働いているが、雇用保険法第42条は、日雇労働者の定義を①.日々雇用される者、②.30日以内の期間を定めて雇用される者としている。
新井君のように長期継続就労者が「日雇労働手帳」で働くのは違法で、会社の被保険者として雇用保険、社会保険に加入させなければならないのである。
新運転は、長年にわたり就労先企業の保険の負担を少なくするために、組合員に「日雇労働手帳」を持たせて働かせてきたのである。
トラックの組合員の約9割は継続就労者であるにもかかわらず、多くの者が「日雇労働手帳」を持って働き、厚生に年金未加入になっているのである。
今年の大会議案書の2010年度経過報告の2ページの13行目「9月7日に行われた第1回労使協議会においては、継続就労組合員に対する40時間労働制、見做し30分と実質超勤手当問題、三法適用などの制度にかかわる問題提起がなされており、今後の組合内での意見集約が急がれるところである」。また、3ページ12行「清掃関係の日々労供という原則と継続就労が殆どという現実との乖離に対する議論も進まないまま、逆に労使協議会の場において「週40時間労働」「三法適用」など組織と制度の基本原則に関する問題が協会側から提起され、今後継続することになっている。この問題に加えて「早出30分の見做し」についても実労働超勤手当の関係で議論を深めることが求められている」と、判決を受けて経営側は長期継続就労者が「日雇労働手帳」で働く違法状態を解消しなければならないと危機感を深めているのである。
清掃下請けの各社にとっては、行政(都、区)と数十年間続けてきた特命随意契約を維持(死守)することが至上命令である。このような違法行為とピンハネが社会問題化して特命随意契約が破棄されることを最も恐れているのである。
本来ならば、組合が会社に対して、日雇でなく会社の被保険者にして雇用するように申し入れなければならないのである。経営側から違法状態の解消を提案されても躊躇している組合、恥ずかしながらこれが労供労組・新運転の実態である。
組合員が組合幹部を不当労働行為と不法行為で訴えた裁判は先例がないと、「判例タイムズ」に解説つきで紹介されるなど、「労労裁判」に関心が高まっている。
この判決を契機に、自治労滋賀県本部の書記の解雇、建交労書記の指名解雇、キャノン電子労組書記の解雇など、労組の書記に対する解雇が急浮上している。
2002年5月27日、鉄建公団訴訟原告団に対する統制処分を企てた国労第69回臨時大会の開催に反対してビラを配布した組合員が、国労と警視庁公安部によって弾圧された「臨大闘争裁判」の被告松崎氏の控訴審が12月14日にあった。この日、証人として証言した元国労九州地本書記長の手嶋幸一氏は、国鉄分割・民営化に反対して国鉄と国労から2回解雇されたと涙ながらに証言し、満席の傍聴席も思わず涙した。
これは氷山の一角で、非正規労働者が解雇される一方、本工主義の組合の中で格差、差別が拡大し、本工組合の既得権のみ守られる陰で何が進行しているのか。組合民主主義が音も立てずに静かに崩壊して行く深刻な状態が危惧される。
初出:『地域と労働運動』より許可を得て転載
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〔opinion0273:101229〕
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