イズラエル・シャミールが10年前に予告していた! 現在欧州の「難民危機」とは何か?
- 2015年 9月 21日
- 時代をみる
- 童子丸開
このたび、イズラエル・シャミールの論文の和訳(仮訳)を中心にした、新たな記事を作りましたので、ご紹介いたします。テーマは、いま欧州で大騒ぎになっている「難民問題」です。
翻訳の他に、私からの前文と「翻訳後記」を添えております。
いつもながらの超長文で申し訳ないのですが、お読みいただいてご拡散をお願いできましたら幸いです。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/fact-fiction2/Predicting_Europes_Current_Refugee_Crisis_in_2005.html
イズラエル・シャミールが10年前に予告していた!
現在欧州の「難民危機」とは何か?
いま、シリア、アフガニスタン、イラク、パキスタンなどからやってきた膨大な数の戦争難民が欧州に殺到しつつある。しかしその以前からもイタリア沿岸にはリビア、ソマリア、スーダンなどからの難民が大量に流れ着いている。さらに十数年も前から、アフリカのサハラ以南の黒人諸国、セネガルやマリ、モーリタニアなどから、毎年数千人の規模の経済難民が「不法移民」の形でスペインに押し寄せている。もっといえば、1990年代からバルカン戦争(旧ユーゴ分割)のために故国を追われた何十万人もの人々が欧州各国に住み着いている。
その難民流入の光景は西ローマ帝国を滅亡に追いやったゲルマン諸族の大移動を彷彿とさせる。この古代の大移動は一般に、東方のフン族による東欧侵入で起こされた民族の「玉突き」がきっかけになったと言われるが、加えて気候の悪化などによる経済的な困窮とそれに伴う社会構造の変化が指摘される。対して現在のそれは、西方にある米国の「対テロ」を口実にした中央アジア~中東~北アフリカに対する戦争・不安定化政策が決定的に重要な要因である。さらには米国と西欧の帝国主義によるアフリカ大陸の経済的・政治的支配のために、気候変動や人口増加などに対処できる強力な国民国家がアフリカに形成されなかった(形成を許されなかった)現代史を挙げなければならない。いずれにせよ人は、そこで生きることができなくなったからこそ、生まれた土地を離れて移動するのだ。
こういった外からの難民の大量流入に加え、欧州内で厳しい機構的な制約とネオリベラル経済の跳梁によって弱体化と没落の一途をたどるバルト海沿岸諸国、東欧諸国、そしてギリシャやスペインなどの南欧諸国から、母国で生きる手段を見つけることのできない大勢の「経済難民」たちが、少しでも食いぶちにありつけそうな他のより豊かな欧州諸国を目指して移動しているのだ。そしてそんな欧州の「弱い輪」内部にすら第三世界からの移住者が遠慮会釈なく入り込んでくる。それは欧州全体の今後の社会構造、特に労働者と小規模経営者の存在の仕方に決定的で壊滅的な打撃を与えることになるだろう。
古代の民族移動は100年間ほどかけてゆっくりと進行したのだが、現在の欧州への難民流入とその影響は、人々の移動速度や情報の量と速度、したがって社会的・経済的な衝撃の強さと伝播速度を考えるなら、あと10~15年もあれば十分にEUを崩壊させることができるのではないか。あるいはその衝撃がEUをして、近代史の中で紆余曲折を経て築かれてきた欧州の栄誉ある価値観とは全くかけ離れた、恐るべきカースト制帝国へと変身させるのかもしれない。
ここで2005年6月13日に公表されたイズラエル・シャミールの論文“On the Move”を翻訳(仮訳)してご覧に入れたい。現在欧州を襲いつつある危機が、10年の歳月を感じさせないほどにリアルに予告されている。原文はシャミールのHPで公表されたもの だが、翻訳に用いたのはネット誌“ The Unz Review: An Alternative Media Selection(http://www.unz.com/)”に2015年9月に再掲されたもので、これには『2005年に現在の欧州難民危機を予言』という副題が添えられている。
On the Move Predicting Europe’s Current Refugee Crisis in 2005 (原文: Israel Shamir• June 13, 2005)
http://www.unz.com/ishamir/on-the-move/
著者のイズラエル・シャミール(HP:http://www.israelshamir.net/)はユダヤ系ロシア人であり、イスラエルに移住してハアレツ紙の記者となり日本にも駐在していたことがある。しかしユダヤ教からギリシャ正教に改宗して反シオニズムの活動を続けた後にイスラエルを離れた。現在はスウェーデンに在住し作家として活躍している。
この論文が書かれた2005年時点ではアフガニスタン=イラク戦争が深化中であり、まだパキスタンに向けて戦線の拡大、エジプトとチュニジアでの政権転覆工作、リビアへの爆撃と国家破壊、「穏健派」を手先にしたシリアへの軍事介入、ISISを前線部隊にする中東動乱化工作は始まっていなかったのだ。しかしシャミールの透徹した眼は、その後に起こる事態…北アフリカ~中東~中央アジア社会の徹底的な破壊とそれによる欧州への大規模な民族移動を、すでに見据えていたのである。
なお、翻訳文の後に私(童子丸開)からの『翻訳後記』をしたためておいた。お目を穢すようで申し訳ないが、どうかご笑覧いただきたい。
2015年9月20日 バルセロナにて 童子丸開
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現在進行中
2005年に予想されていた現在の欧州難民危機
イズラエル・シャミール (2005年6月13日)
【図表:欧州に殺到するシリアなどからの戦争難民の流れ】
http://www.unzcloud.com/wp-content/uploads/2015/09/shutterstock_291301688-600×600.jpg
I
秋の初め、ザクロの実るころ、私は破壊されたパレスチナの村サフリー(Saffurie)の廃墟に向かった。聖母マリアの母親が生まれたその町は今でも十字軍の建てた聖アンナ教会を護っている。この古い村は2千年ほど前には重要な都市だった。その時にはセッフォリス(Sepphoris)という名だったが、ユダヤのゼロテ派 (注記:熱心党とも呼ばれた古代ユダヤの政治党派で、後にローマとの戦争を主要に担った)に参加することを拒否し、ローマ帝国への忠誠を維持したのだ。そこには、崩壊の後にユダヤ教を再興した人物ラビ・ジュダー・ザ・プリンス、多くのキリスト教の賢人たちやローマの貴族たちの心地よい住宅があった。その町はあらゆる気まぐれな歴史の中を生き延びて、1948年にイスラエル軍によって襲撃され破壊された。村人たちは難民となって難民キャンプに行くかナザレの付近に逃れた。無人と化した村の果樹園は谷の間に隠されたままであり、真ん丸に膨らんだ重くはじけるザクロの実を毎年実らせるが、それを摘む人は誰も残されていない。廃墟の傍に建設されたユダヤ人入植地の人々はザクロとそれを植えた農民たちの運命には無関心である。真っ赤な実を実らせる豊かな木々のただなかにあるこの荒廃した王国の中には、ガラリアのモナリザと呼ばれることもあるローマのモザイクの床もまた、用心深く横たわっている。その様々な陰影を持つ何千という小石は、真っ直ぐな鼻筋、結いあげた髪と豊かな唇を持ちアカンサスの葉飾りで縁取られた長円形の誇り高い顔を形作る。
【写真:ガラリアのモナリザ―Credit: Practical PW】
https://thepracticalpw.files.wordpress.com/2010/01/mona-lisa.jpg
このモザイクはいつでも私に我々の美しい世界を思い起こさせてくれる。小さな町々、緑の牧草地、文明化された大都市群、城と屋敷、川と渓流、教会とモスクが形作るこの喜びに満ちたモザイクを。そのモザイクのピースの一つ一つが美しく、価値にあふれ、そして完璧なのだ。
私はそれらの多くを見てきた。私はそれらの全てを愛する。金髪の子供たちが桟橋から通り過ぎる船に手を振る、光に満ちた透明なバルチック海の低い岩がちな島々だ。フランス中央高地の聖ジャックへの巡礼路にある小さな村コンク(Conque)の深遠なフランス(La France Profonde)だ。そこはおしゃべりな細い川が丘を巡り、スレート葺きの屋根と千年も前に舗装された通りがある。オカ川に沿った背の高い草の中にあるロシア教会のドームだ。そこでは華やかなショールをまとう少女たちが音楽に耳を傾ける。蘇州の少女たちのかわいらしい声は中国南部を縦横に走る運河の間にある寺院の境内にこだまする。トリニダードのタバコ問屋のバロック風の家々やキューバの街頭で見るダンスの誇りに満ちたしぐさ。セレンゲティ・サバンナの焚き火の周りに見る刺青を入れたマサイ族の堂々たる体。この世界は愛すべきものでありその民はとてもすばらしい。
この美しく複雑に関与し合う仕組みが、いま、近づきつつある戦争によって脅かされている。その第三次世界大戦(Third World War)は第三世界(Third World)だけに向かうものではないからだ。この戦争は、アフガニスタンの岩だらけの土地に最初の爆弾が落とされるよりも随分と前から始まっていた。百万人もの新たな難民たちが路上にいて、巨大な動揺と不安定なアジアを作りだしている。疑いようも無く、遅かれ早かれ、難民の波はヨーロッパに押し寄せるだろう。何十万人もの難民たちがすでにヨーロッパとロシアに向かって移動しているのである。誰でもこれらのことを理解できる。アメリカが彼らの家を爆撃したため、無防備な人々は標的にされた地域から逃れる以外の選択肢を持たない。いかなる国境警備もその激しい圧力に耐えうるものではない。パキスタンがその最初になるだろうが、それは始まりにすぎない。アメリカとイギリスが「対テロ」の長大な戦争に彼らの十字軍を向かわせることを計画しているため、もっともっと多くの難民が現われ、その結果としてヨーロッパの脆弱な社会構造が砕け崩壊するまで続くことだろう。ヨーロッパは轢き潰されるだろう。かつてローマ帝国がそうだったようにである。そしてそれは苛酷な選択肢に直面することになるだろう。すなわち、アパルトヘイトと差別のシステムを確立するのか、さもなければそのアイデンティティを失うか。
ヨーロッパが、西部劇の撃ち合いでの無垢な傍観者のように、たまたま偶然にアメリカの憤怒の犠牲者になるのだろうか。私にはヨーロッパが近づきつつある攻撃の真の標的の一つであるように思える。それは合衆国の一般の人々が望んでいることではない。一般の人々は問題ではないのだ。アメリカの新しい支配エリートたちと世界中にいる彼らのパートナーやエージェントたちが、豊かで自立し凝集力の強いヨーロッパの破壊をその願望のリストに載せているのだ。ヨーロッパはより均衡のとれたパレスチナ政策を支持している。ヨーロッパはあまりにも平等主義的である。ニューヨークで私は一人のエレベーターボーイを見た。彼は荒廃させられたパナマからの移民だが、実際にはそのエレベーターの中に住んでいるのだ。そんなことをヨーロッパで見ることはない。ヨーロッパは未だに貨幣神崇拝に冒されていない。
II
新たな支配エリートたちはキリストやモハメッドを一顧だにしない。それは確かだが、しかし彼らは別の古くからある神格、貨幣神(Mammon)に対して多大の信仰心を抱いている。福音書から学べるとおり、この古代の貪欲の神は二千年ほど前にパリサイ派の人たちに強く愛されていた。イエスは彼らに語った。あなた方は神とマモンとに共に仕えることはできない、と。しかしパリサイ派は彼を嘲笑った。彼らが貨幣を愛していたからである。
この信仰はキリスト教徒に拒否されてきた。貨幣神の愛は貪欲であり、死に至る病の一つである。それはキリスト教徒によって、イスラム教徒によっても同様に、非難された。しかしそれが完全に消え去ることはなかった。
二千年の後に、トリーアのラビの孫であるカール・マルクスは、ある革命的な結論に行きついた。貨幣神崇拝…彼の言葉によれば「ユダヤ人のウィークデーの信仰」…が、アメリカのエリートたちの真の宗教となったのである。マルクスはハミルトン大佐の次の言葉を引用して賛意を示した。「貨幣神はヤンキーの偶像である。彼らは、自分の口でだけではなく、肉体と精神のあらゆる力を使って、それを信仰する。彼らの目には世界は株取引場に過ぎず、隣人たちよりも金持ちになること以外にこの世での目的は無いと確信している」。マルクスは次のように結論付けた。「キリスト教世界に対するユダヤ精神の実際の優越は、北アメリカで見間違うことのない完璧な表出を成し遂げた」。マルクスにとって、勝ち誇るユダヤ精神は『貪欲と利己主義に基づいており、その信仰告白はビジネスであり、その神は、要するに貨幣なのだ』。
これらのカール・マルクスの言葉は、マルクス主義者によって見過ごされる深い精神的な意味合いを持っていた。我々の時代に至るまで、この貪欲という信条が持つ宗教的な特徴は表に現われて来なかった。アダム・スミスが説いたように、自分自身の利益について考え共通の善を推進する資本家がいたのである。ネオリベラルの登場と共に物事は変化した。ミルトン・フリードマンは貨幣神崇拝者(Mammonites)…新旧の宗教に熟達した者たちの出現を明らかにした。彼らは通常の慾深い人たちとは異なっている。彼らが貪欲を、他の神々に脅かされることのない妬み深い神 (注記:旧約聖書に登場する神 ) の地位にまで、高めるからである。
伝統的な富裕者は自分たちの社会を破壊することなど夢見なかった。彼らは自分の土地と共同体の面倒を見た。彼らは自分の同類の中で第一の者になることを望んだ。彼らは自分自身を「人々の牧人」とさえ見なした。牧人たちが羊を食べたのは確かだが、彼らは決して、値段が良いからという理由で、全ての羊を肉屋に売り払うことはしなかった。貨幣神崇拝者たちはそんな考えを貨幣神に対する裏切りだと見なす。
ロバート・マックチェスニーがノーム・チョムスキー著『Profit over People』への紹介文の中で書いたように、『彼らは規制を受けないマーケットの無謬性に対する宗教的信心を要求する』。言い換えると、無制限な利己主義と貪欲である。彼らには自分たちと共に住む人々に対する共感が欠落している。彼らがその地の人々を「自分たちの同類」と見ることはない。もし彼らがその地の人々を根絶して彼らの利益に最適化するために貧しい移民たちと取って代わらせることができるのなら、彼らはきっとそうするだろう。パレスチナでその兄弟たちがやったようにである。
貨幣神崇拝者たちは、アメリカ人たちに呪いの言葉をかけるのではなく、世界支配を実現するための道具として利用する。その理想の世界像は古代的であり未来的でもある。彼らは奴隷と奴隷主の世界を夢見る。それを成し遂げる目的で、貨幣神崇拝者は社会・国家単位の凝縮力を破壊することに努める。それらはその偉大な利点、共同体的な感覚、同胞としての感覚を失い、容易に貨幣神崇拝者の餌食になるだろう。
III
アフガニスタン人はすばらしい人たちだ。頑強で独立心が高く自立している。彼らは自分たちの山々に教わり、あらゆる高地民族同様に頑固で保守的である。アメリカによる爆撃への恐れが彼らをオランダの低地やフランスの都市に追いやるかもしれないし、そうなれば心ならずも不可逆的に自分たちが入る地を変えてしまうことになる。
そのプロセスが相当の期間進行中である。貨幣神崇拝者の世界政策が第三世界の貧しい国々を枯渇させ、天然資源と収入を取り尽くし、薄汚い売国奴の支配者を支え、その自然を破壊するにつれ、ますます多くの人々がヨーロッパと合衆国に向かう難民の流れに加わらざるを得なくなる。この脅威は実際にヨーロッパの中で感じられる。
オリアナ・ファラチは有名なイタリアのジャーナリストだが、ミランの代表的な新聞コリエレ・デラ・セラの中で、「イスラム教徒の群れ」によって蹂躙されるヨーロッパの運命を嘆く記事を書いた。彼女は、ラヴェンナでロムルス・アウグストゥルス (注記:西ローマ帝国最後の皇帝)の家臣がゲルマンの戦士たちについて見なしたと同様に、移民たちを眺めた。オリアナは言う。「ソマリアのイスラム教徒たちは3カ月の間我が町の主要な広場でその外観を損ない排便をし狼藉を行った」、そして一部の「アラーの子供たち」が大聖堂の壁に小便をかけ、また、彼らはテントの中に「眠ってセックスをするための」マットレスを持ち広場を料理の臭いと煙で汚染した、と。オリアナは続ける。「かつては芸術と文化と美の都だった」フィレンツェは「傲慢なアルバニア人、スーダン人、ベンガル人、チュニジア人、アルジェリア人、パキスタン人、そしてナイジェリア人たち」によって「傷つけられ侮辱された」、その者たちは「麻薬を売り」そして売春の客引きをするのである。彼女はアメリカ主導の十字軍の支援を求めて次のように主張する。「もしアメリカが失敗するなら、ヨーロッパは転落するだろう。教会の鐘の代わりにイスラムの祈祷を告げる声が響き、ミニスカートの代わりにチャドルが、コニャックの代わりにラクダのミルクが…。」
彼女のスタイルを非難する前に、その論理上の欠陥に注意してみよう。ファラチ女史は経験豊富で駆け出しとは言えないジャーナリストだが、アメリカを、彼女とフィレンツェの災難の源ではなく、可能性ある援護者と見なしている。しかし彼女は、アメリカの攻撃の失敗をというよりも、その成功を憂うべきなのだ。もしアメリカが彼女の言う戦争に成功するなら、オリアナの悪夢が現実化するかもしれない。彼女は、難民と移民たちが、アメリカとその同盟国によって自分の土地を荒廃させられたからこそイタリアに来つつある、ということに気づきたくないのだ。もしNATOがバルカンを破壊しなかったなら、彼女がアルバニア人を見ることはなかっただろう。もしクリントンがスーダンを爆撃しなかったのなら、彼女がスーダン人を見ることはなかっただろう。もしソマリアがイタリアの植民地主義とアメリカの軍事介入で荒らされなかったのなら、彼女がソマリア人を見ることはなかっただろう。もしリビアが爆撃を受けなかったのなら、彼女がリビア人を見ることはなかっただろう。彼女もアメリカも、どちらも、もしサフリーの農民たちが今でもザクロの果樹園の世話をし続けているのなら、パレスチナ人の移民を見ることはないだろうに。
誰一人、決して、イタリアの大聖堂の壁付近で寝泊まりする楽しいとは思えないような事のために、独自の自然と生活スタイルと友人と親族と聖なる地と祖先の墓のある自分たちの土地を去ることはないだろう。アヒルの子が生まれてすぐに見たものを脳に刻み込むように、人はその生まれた土地を愛するべく生まれおちるのだ。若きテレマコス (注記:ギリシャ神話に登場する人物でオデッセイの息子)は自分の岩だらけで痩せこけた島をラケダイモン(注記:ギリシャ神話に登場する人物でスパルタ王となる)の広大な牧草地や豊かな草原と比較して、彼にこう言った。「我々には牧草地などありませんし、我が島は海から立ち上がる岩のようです。しかし山羊を飼う牧人たちは、私の目には、美しい馬たちがいるあなたの草原よりももっと愛すべきものなのです」。
人々は自分の土地が破壊されたときに移住する。アイルランド人たちは、もしイングランド政府が彼らを飢えに追いやっていなければ、エリンの緑の土地を離れてシカゴにやってくることはなかっただろう。我がロシア人たちは、もしロシアがエリツィンやツバイスといった親アメリカの権力によって破壊されなかったのなら、パレスチナを占領するためにやってくることはないだろう。受け入れ側の人々にとって、移民の波は、良くてはた迷惑、悪くすれば災厄なのだ。それはその人たちの罪ではない。数が問題なのだ。
カルロス・カスタネダ (注記:ペルー生まれのアメリカの作家、人類学者)はあるインドの部族と共に暮らして彼らの生き方について多くを学んだ。私はその部族もまたカルロス・カスタネダから何かを学んだだろうと確信する。ところで、何千人ものイェールとバークレイのすばらしい若い男女がインディアンの部族と共に暮らすことを想像してもらいたい。その部族は姿を消すだろう。その生き方を維持することは不可能なのだ。
単独の移住者はいつでも歓迎されその社会に色彩を添えることになるのだが、大量の移民は侵略にもひけを取らない。移民たちが侵略者そして征服者としてやって来ようが難民としてやって来ようが、それを受け入れる社会は衝撃を受ける。もし彼らが賢ければ、利益をもたらす重要な社会的地位から地元の人々を追いやり、自分たち自身のサブカルチャーを作ることになる。もし彼らが暴力的ならば、他の手段でその土地を奪い取ることができる。もし彼らが卑屈で気弱であれば、労働賃金を引き下げることになる。これが、なぜ移民が通常の状況で人気が無いのかの理由だ。
善良な人であり私の友人であるミゲル・マルチネスは、オリアナの記事を英語の解る読者の注目の元に置いたのだが、彼女の人種差別主義に正しくも恐怖した。彼は正しい。ファラチ女史は、アン・コールターがアメリカの「浅黒い肌の人間」の鞭を語るように、人種差別主義者として語っている。しかし彼は、彼女の言葉にある一部の真実を見落としている。バッファローたちにその畑を踏み荒らされた人が、その群れを走らせるハンターに気付かず、無実のけだものを非難するのだ。彼は思い違いさせられている。罪はハンターたちにあるのだ。そのことが、バッファローが畑を踏み荒らさなかったことを意味するわけではないにせよ。
大量の移民は移民たち自身にとってと同様に受け入れ側にとっても苦痛である。しかしそれは貨幣神崇拝者たちにとって何の苦痛でもない。彼らは実際に移民が好きである。それが労働賃金を引き下げるからだ。代表的な貨幣神崇拝雑誌がイギリスのエコノミスト誌だ。その社説は「新たなパールハーバー (注記:「対テロ戦争」開始の合図となった9・11事件を指す)」の以前からすでに、第三世界からの移民受け入れの増大を求めていた。アフリカ、アジア、および南アメリカから来る最も活動的で最も良質の人々は、イギリスやヨーロッパ、アメリカにとって便利でありうると、エコノミスト誌は書いた。彼らはヨーロッパ人労働者のサラリーを引き下げ、企業家たちの利益を増大させるだろう。おまけとして、その激しさの噴出が受け入れ側の社会を弱め、そこを敵対的な買収のたやすい餌食にしてしまう。それは、奴隷たちが大喜びで競って奴隷船に乗り込むようなものよりはましかもしれないにせよ、奴隷貿易の発展形である。当然だが、そのような人口流入の前提条件がその社説に取り上げられてはいなかった。それは、第三世界が荒廃させられ破滅させられなければならない、ということである。
貨幣神崇拝者たちは自分自身の利益のためにもまた移民を必要としている。団結力のある健全な社会は貪欲の本能を持つ者たちを拒絶する。貪欲が社会を破壊に導くものだからである。健全な社会の中では、貨幣神崇拝者たちはのけ者の地位に留まる。移民が受け入れ側社会の団結性を破壊する。貨幣神崇拝者たちは移民を支持する。移住者たちは彼らが本来の同盟者であると想像し、貨幣神崇拝者たちが新鮮な血を好む吸血鬼だからこそ自分たちを好むのだということに気付かない。その理解の欠如のために、移住者たちはトニー・ブレアーとニューヨークの民主党の貨幣神崇拝勢力に投票して支持を与える。オリアナの激しい罵倒を受けるべき標的はこの貨幣神崇拝者たちであって、ヨーロッパの街頭と広場にいる無実の移住者たちではないのだ。
IV
貨幣神崇拝者であるカリフォルニアの上院議員ダイアナ・ファインシュタインは、自分の州に貧しいメキシコ人をますます多く移入させる。移民たちは彼女に投票し、長年の間政治から疎外され、少ない報酬での仕事に賛成し、労働者の組織化を破壊する。普通のカリフォルニア人たちの生活は悪くなるが、彼女は気にとめない。ある人々は彼女をそのイスラエル支持の悪徳によってシオニストと見なしている。
ところが、彼女をシオニストと呼ぶのは間違いなのだ。歴史的に言うとシオニストは、人間はルーツを必要とすると思っていた。彼らはユダヤ人たちがたやすく移動することをルーツ欠乏症だと見なした。彼らは根無しのユダヤ人たちに聖なる地のルーツを与えたいと願った。貨幣神崇拝者たちはルーツを必要とする者たちを理解できない。彼らは全員を根こぎする。シオニストたちは貨幣神崇拝者の生き方が間違っていると感じた。あらゆる背景を持つ貨幣神崇拝者たちは、シオニストたちによって打ち捨てられた生活の方法を採用した。
シオニストたちは、パレスチナ人無しではパレスチナの地に根を下ろすという目的を果たすことができないことを理解できないため、誤ってしまった。彼らは誤っていた。ユダヤ起源の者はパレスチナだけではなくどこにでも根を下ろすことができるからだ。ユダヤ人は、アメリカ人にもイングランド人にも、ロシア人にもなることができる。同様にパレスチナ人にもである。そのためには、同じ国の人と同一化することと、その土地に最高の関心を抱くことが要求される。どの土地も、そこを愛する人にとっては約束の地なのだ。何十億ドルものカネをアメリカの貧乏人に与える代わりにイスラエルに送るようにアメリカに強制する者たちは、アメリカに対して不忠実なのだ。しかし彼らはイスラエルに対しても忠実ではない。彼らはイスラエルを称賛する。ただし自分たちの世界のモデルとして。
多くの善良な人たちはシオニズムを嫌う。それがパレスチナの愛すべき土地の大規模な破壊とパレスチナ人の根こぎをもたらしたからである。しかしシオニズムは地域的な病いだ。そのビッグブラザーである貨幣神崇拝者たちは世界規模の疫病であり、この世界をショッピングモールと破壊された村々と、選ばれた少数者のための居住地と、そして安価な労働力資源としての多くの難民たちを抱える「大イスラエル」に変えたいと望む。シオニストはパレスチナの自然を滅ぼしたが、貨幣神崇拝者たちは世界の環境を滅亡させる。シオニストはパレスチナ人を根こぎにしたが、貨幣神崇拝者たちは全ての人々を根こぎにする。
シオニストたちはキリストと戦う。聖パウロと聖ペテロは福音を伝えたことで刑務所に入れられるのだろう。貨幣神崇拝者たちはあらゆる信仰、あらゆる信念、キリストやモハメッド、民族主義や共産主義と戦う。シオニストの敵は、貨幣神崇拝者たちがシオニストを抑えつけてくれるだろうと期待している。シオニストのあまりに孤立した政策が貨幣神崇拝者の世界掌握計画の障害になりうるからである。しかしあなた方に言っておかねばならない。神はシオニストの極端な行きすぎに寛容なのだ。そこであなた方は貨幣神崇拝者たちの計画に気付くことになるだろう。
V
これは根っからの左翼の叫びではない。我々は富んだ人々の一部とは一緒に住むことができる。我々はある程度の特権の蓄積には辛抱して生きることができる。左翼と右翼どちらも良いものであり社会に必要とされる。右足と左足が立ち上がるために必要であるようにだ。エルサレムの山々にある春の牧草地、魔法のような花々のカーペットを想像してほしい。それはあなたにその上に寝そべるように誘う。もし群衆がそこに溢れたなら花々は何も残されないだろう。もしそれが壁で隔離されたなら誰もそれを楽しむことがない。そこには二つの傾向がある。立ち入りと保存だ。それが左翼と右翼のパラダイムである。それらの適切な連携によって多くの人々が牧草地を楽しむことができるのだ。
右翼は保守的な勢力であり、伝統的なエリートの権力を守っている。彼らは景観を守り自然を守り伝統を掲げる。左翼は社会の動的な勢力であり、生活と変化の能力と社会の機動性の保証である。左翼のいない社会は腐敗する。右翼のいない社会は崩壊する。左翼は運動を提供し、右翼は安定を保証する。しかし貨幣神崇拝者は自分たちの目的のために似非左翼と似非右翼を作り上げ、本当の左翼と右翼を破滅させる。
ヨーロッパの「真正」右翼の欠陥は、その同情心の欠落と人種差別主義的な傾向である。彼らの脊髄反射は正確だ。移民は社会を不安定化させるのである。しかしそれは、人種差別主義者の言うように移住者たちが劣った者たちだからではない。移民たちはすばらしい民かもしれないが、それでもなお迷惑でありうるのだ。オランダ人たちはインドネシアに移住し、その存在によって長い期間その地を悩ませた。彼らはインドネシアを激しく損なった。インドネシア人たちはオランダに行ってそこを悩まし返した。イギリス人たちは酷いやり方でアメリカに災厄をもたらした。彼らは原住民を根絶やしにしたのだ。植民地的なプロセスはしばしば相互の傷つけ合いをもたらす。イギリス人たちはアイルランドを略奪したが、彼らもアイルランド人に悩まされたのである。
人種主義は誤っている。それが、人間の一部のグループが他と比べて遺伝的により良い、あるいはより悪いと主張するからである。全ての人はすばらしい。ズールー族もブリテン人も、ロシア人もチェチェン人も、パレスチナ人もフランス人も、パキスタン人もトルコ人も…。ただしその祖国の地にいる間は…。他者の土地ではそれらの善良な人々が厄介者になる。ヨーロッパの帝国主義と植民地拡大の時代に、人種主義的な理屈が人間の一方的な流れを正当化するために必要とされたのである。人種主義無しでは誰も、原住民を絶滅させたり、その財産を奪い取ったり、その産業を追いやったり、広大な土地を所有したり、人々から基本的な人権を奪い取ったりすることなどできないだろう。ヨーロッパの植民地主義的な冒険が終わった後でも、モラル的に誤っており科学的に取り違えている人種主義の理屈が居残り続けている。
真の左翼は労働者階級の利益を促進すべきである。それは大量の移民流入に反対することを意味するのだ。しかし、貨幣神崇拝の影響の下ではリベラルな左翼が同情心を理由に移民流入を支持する。貨幣神崇拝者たちは、一般に同情心が欠落しているのだが、自分たち自身の目的のために人道主義的な理由を利用するのである。労働者たちにとって移民流入の危険な性格は明らかだ。移民たちは地域の労働者街に隣接する区域に住み、労働者たちは仕事の場を巡る競争に苦しむ。こうして彼らは人種主義の極右に取り込まれざるを得なくなるのだ。
この袋小路から抜け出す良い方法がある。貨幣神崇拝者を除く全員にとって良い方法だ。移民流入を止めて第三世界へのカネの移送ラインを開くことである。アフリカとスウェーデンは同じ収入を得るべきだ。税金はアマゾンのインディオやアフガニスタンの零細農民に向けて流れるべきだ。パキスタン人たちがもし祖国でイギリス人と同じ(またはおおよそ同じ)収入を得たのなら、イギリスに移住する者はそんなに多くはあるまい。欧州連合がその証拠だ。スウェーデン人はポルトガル人やギリシャ人やイタリア人よりままだ多く稼いでいるが、その差はさほど大きくない。そしてそれらの地は平和であり、スウェーデンやドイツへの共同体内部の移住はごくわずかである。同情心について言うなら、キリスト教徒の本当の同情心は、人々に自分の祖国で住むことができるようにさせる。あなた方の地に彼らが住むと同様に、彼ら自身のブドウの下で、イチジクの木の下でである。あなた方はあまり安価な掃除機を持つことはないだろうが、しかしよりきれいでより良い土地に住むことができるだろう。それが正当なはずだ。何百年間もヨーロッパと合衆国は南と東から富を吸い取ったのだから。
膨大な移民の数は悲しむべきものだ。要するに、移民とは難民、人間にとって最も不幸な状態なのである。オヴィッド (注記:ローマの詩人)はモルドヴァの海岸で嘆き悲しみ、光源氏は須磨で運命を呪った。私のパレスチナ人の友人であるムサは年老いた父親をアボウドの村からバーモントの新しい家に連れてきたが、その老人は、サマリアの丘の斜面にあるのと同様にテラスを作り始めた。我々はまさしくその景観の一部であり山々や谷々とひとまとまりのものである。いま、アメリカとヨーロッパで移住者に対する攻撃があるのだが、おそらく彼らの多くは、離れざるを得なかった自分の故郷のことを考えているだろう。
私が移民は止めて貧しい土地に対する平等になるまでの資金移送に取って代わられるべきだと考えている間に、既にやってきた移民たちはきっと住み着くようになっているだろう。彼らはその地の人々になることができる。ドイツのドイツ人、フランスのフランス人、アメリカのアメリカ人、パレスチナのパレスチナ人として。ヨーロッパ人とアメリカ人の祖先たちもまた移住し新たな生き方に適応したのだ。ゲルマンのフランク族はローマ化されたケルト人のゴールを征服したが、以前からの人々と共に新しいフランスを形作った。ヨーロッパの十字軍兵士の子孫はいまだにパレスチナの村シンジル(Sinjil)に住んでいるが、そこはプロバンスの司令官である聖ジレス(St Gilles)のレイモンドの栄光ある名前を保存している。しかし彼らはあらゆる生活のし方でパレスチナ人になっており、他のみんなと同様にイスラエル人によって包囲されつつある。ジョージア(グルジア)人たちも同様で、800年の昔にタマル女王(Queen Tamar) (注記:12~13世紀のグルジア王国の女王)の命令によってエルサレム近郊の村マルチャ(Malcha)にやってきた。彼らはパレスチナ人となった。そして1948年にシオニストの侵略によってその家から追放されたときに他のパレスチナ人たちと運命を共にした。
人類は適応できる存在であり、もし移民たちがその新たな土地を愛するなら、彼らはその土地の人になりうる。私はそれを知っている。シベリアに生まれたこの私がパレスチナ人となっているのである。
VI
第三次世界大戦は、それ自体様々なものに向かうのだが、貪欲の達人たちによって開始された。その者たちは民族と文化の喜ばしいモザイクを好まない。彼らは世界を均一化すらするだろう。彼らは現実的な理由を持っている。均一化した人類に商品を売ることはより簡単である。彼らは道徳上の理由を持っている。自由のためのこのような美しさを人々に楽しんでもらいたくないからそれは破壊されねばならない。彼らは宗教上の理由を持っている。貨幣神の崇拝者たちはこの楽しい多様性を彼らの妬み深い神に敵対する冒涜であると感じるのだ。昔の美しい品々は美術館にあるのだが、村が破壊された後に彼らは入場料を科すことになろう。
すばらしい青少年向きの映画がある。ネバーエンディング・ストーリーだが、そこで、ファンタジーの多くの色彩に満ちた世界がナッシング(無)の中に消えていく。我々の驚異的な世界で起こっているのはそれだ。昔からの独特の場所が侵食されショッピングモールと荒れ果てた土地に取って代わられている。左翼と右翼は力を合わせて我々の存在そのものを脅かすナッシングに対抗すべきなのだ。
【引用、翻訳、ここまで】
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翻訳後記
(1)
2015年の夏以降、何十万人もの人々が難民となってヨーロッパに押し寄せている。世界中でこの哀れな人々を救えという声が上がる。「哀れ」と感じるのは当然なのだが、いまここで、ちょっと心を落ち着けて、次の各質問に対する答を、ご自分なりにお考えいただきたい。
(質問1)これらの人々はどうして難民となったのか?
(質問2)ギリシャ経由でヨーロッパに入ろうとしている人々はほとんどがトルコを通ってきたのだが、なぜ、トルコ政府はEUに対してこの難民の通過に関する公式な発表や声明を出さないのか?
(質問3)シリアとイラクで大量の破壊と殺りくを繰り広げるISIS(イスラム国)は砂漠の真ん中で支配地を広げるのだが、いったい彼らはどこから、どこを経由して、武器と食糧と物資と資金を手に入れているのか? 誰がそれをオーガナイズしているのか?
(質問4)ISISに関して、世界のマスコミや評論家や国際政治と軍事の専門家や左右の政治家の中から、その兵站の補給路を破壊するように主張する声が挙がらないのは、いったいどうしてなのか?
(質問5)アフリカ諸国からイタリアやスペインに押し寄せる人々は、どうして難民になったのか?
(質問6)何が、アフリカ諸国を貧しく荒廃し不安定な状態にしたのか? 安定した強力な国民国家ができない(できても破壊される)のはなぜなのか?
(質問7)「難民支援」を主張する人々や団体、また逆に「移民排斥」を主張する人々や団体が、以上の点について、何の疑問をも表明しないのはどうしてなのか?
このシャミールの文章を読んで条件反射的に「陰謀論」と叫ぶような人々がいるかもしれないが、ぜひとも、以上の質問に対するその人々の答を聞いてみたいものである。
確かに、ギリシャの海岸に流れ着いた幼い子供の遺体は実に痛々しい。しかし、スペインのアンダルシアの海岸には十数年も以前から数多くの黒人系アフリカ人の遺体が打ち上げられてきた。それはもはや日常的な風景とすら言える。地中海とジブラルタル海峡をはさんだモロッコやアルジェリアの海岸から、小さな船やゴムボートに一度に何十人も乗り込んでヨーロッパに向かおうとした人々である。この哀れな難民(不法移民)たちは、どうして彼らの住みなれた故郷とその文化と人々を棄てて、見も知らぬ国に向かう派目に陥ったのか。つまり、難民を生み出す《元》は何なのか?
「難民問題」は、人を難民にする《元》を無くす以外には解決が不可能なものだ。これは、まともな観察力と理性と感性を持つ人なら100%間違いなく賛同するだろう。火災は「火の元」を無くせば起こることはないのだ。ところがまさしく奇妙奇天烈なことに、いま、このヨーロッパを震撼させている問題に対して、ほぼ全てのマスコミ、評論家、国際政治や社会学などの専門家、人道主義活動家とその団体、国連などの国際団体、そして、右はマリーヌ・ルペンのフランス国民戦線やスペイン国民党から左はポデモスからシリザに至るまでのありとあらゆる政治党派が…、その《元》を問題にしようとしないのである。ここには似非右翼と似非左翼と似非専門家と…似非(エセ)しかいないのか?
《元》は何かと問うてはならないのだろうか? 《元》を断ちきる方法を論じてはならないのだろうか? だれか、教えてもらいたい。
(2)
この『現在進行中』の中で、シャミールは次のように指摘する。
* * *
【マルクスは次のように結論付けた。「キリスト教世界に対するユダヤ精神の実際の優越は、北アメリカで見間違うことのない完璧な表出を成し遂げた」。マルクスにとって、勝ち誇るユダヤ精神は『貪欲と利己主義に基づいており、その信仰告白はビジネスであり、その神は、要するに貨幣なのだ』。】
* * *
【ネオリベラルの登場と共に物事は変化した。ミルトン・フリードマンは貨幣神崇拝者(Mammonites)―新旧の宗教に熟達した者たちの出現を明らかにした。彼らは通常の慾深い人たちとは異なっている。彼らが貪欲を、他の神々に脅かされることのない妬み深い神の地位にまで、高めるからである。】
* * *
【多くの善良な人たちはシオニズムを嫌う。それがパレスチナの愛すべき土地の大規模な破壊とパレスチナ人の根こぎをもたらしたからである。しかしシオニズムは地域的な病いだ。そのビッグブラザーである貨幣神崇拝者たちは世界規模の疫病であり、この世界をショッピングモールと破壊された村々と、選ばれた少数者のための居住地と、そして安価な労働力資源としての多くの難民たちを抱える「大イスラエル」に変えたいと望む。シオニストはパレスチナの自然を滅ぼしたが、貨幣神崇拝者たちは世界の環境を滅亡させる。シオニストはパレスチナ人を根こぎにしたが、貨幣神崇拝者たちは全ての人々を根こぎにする。】
そして私は、2008年に『真相の深層』誌(木村書店:廃刊)に連載された「イスラエル:暗黒の源流 ジャボチンスキーとユダヤファシズム」の最終回で次のように書いた。(当サイト「アーカイブ」にある「第11部 悪魔の選民主義」を見よ。)
* * *
【狭義の「シオニズム」がパレスチナの痩せこけた土地に固執する一部ユダヤ人の偏執狂的な運動であるにもかかわらず、広義の「シオニズム」は資本主義の別名とすら言える。それはもはや人種概念ではなく資本主義によって作られる「選民」を「新ユダヤ人」とする世界支配への願望なのだ。この二つの「シオニズム」は実に上手に結び付けられ、また使い分けられてきた。しかし「貨幣神」を奉る広義の「シオニズム」がその本体 であることに疑いの余地は無かろう。】
* * *
【米合衆国のエスタブリッシュメントたちはその始めから広義のシオニストなのである。彼らは確かに資本を代表している。しかし資本だけではその人間としての姿が存在しない。貨幣そのものは善でも悪でもなく何の意志も持っていない。それに何らかの性格を与えるのはやはり人間なのだ。「貨幣神」は、強烈な世界支配への意思、ある「選ばれた者達の天国」を地球上に実現させようとする強烈な意思と結び付いたときに、その悪魔性を発揮するのだ。それはまさに悪魔そのものである。神はもういない。しかし悪魔はその力をますます発揮しつつある。】
* * *
【…現代シオニズムはもはやユダヤ民族主義ではない。それは「選民」による資本主義経済に基づいた世界の全面支配を目指すものであり、ユダヤのメシア思想と同時にキリスト教の千年王国思想にも根を下ろす、資本主義エリート達による「永遠の天国」実現への動きである。そしてそれは人類の大部分にとっては「永遠の地獄」の実現でしかない。「イスラエル建国」はそのための重要な布石ではあっても、現代シオニストたちの目はパレスチナのやせこけたちっぽけな土地などには向けられていないのだ。再度言うが、彼ら現代シオニストにとって「聖なるシオン」はパレスチナではない。それは《全地球》なのだ。…】
シャミールが「貨幣神崇拝者」としているものを、私は「広義のシオニスト」「現代シオニスト」と書いた。いま引用した個所がシオニズムとイスラエルについての論考の一部であるため、その方が、なぜアメリカやヨーロッパの「貨幣神崇拝者」がイスラエルを擁護しているのかを、より的確に指摘できると考えたからだ。しかしその表現上の点以外では、シャミールと私の現代世界を見る視点はほぼ完全に重なっている。
といって、私はこれを書いた時も、また今に至るまで、イズラエル・シャミールとこの点について話し合ったり情報を交わしたりしたことは一度も無い。それどころか、今回翻訳した“On the Move”を2005年にシャミールが発表していたことにすら気付かず、2015年9月にThe Unz Reviewの記事によって初めてこの文章の存在を知ったのである。しかし、私は常に、「バルカン分割」「対テロ戦争」「リビア内戦」「アラブの春」「イスラム国」等々の背後に、常に貨幣神崇拝者、私の表現で「広義のシオニスト」の存在を感じ続けてきた。もちろんだが、それらの結果として必然的に登場する、いまヨーロッパが直面中の「難民危機」やそれ以前からの膨大な数の「不法移民」の背後に対しても、全く同様である。
しかしそればかりではない。貨幣神崇拝者の姿とその意図は、21世紀になってアメリカとヨーロッパを襲ったバブル経済とその破綻による経済システムの崩壊過程の中で、明らかに現われているのだ。
(3)
シャミールは『現在進行中』の中で次のように書いている。
【ヨーロッパは未だに貨幣神崇拝に冒されていない。】
【欧州連合がその証拠だ。スウェーデン人はポルトガル人やギリシャ人やイタリア人よりままだ多く稼いでいるが、その差はさほど大きくない。そしてそれらの地は平和であり、スウェーデンやドイツへの共同体内部の移住はごくわずかである。】
しかしこれは、残念なことに、2005年時点での話だった。その後の経過については私が、主にスペインを舞台にしてだが、詳細に記録を残している。当サイトの「幻想のパティオ」にある記述を確認してもらいたい。
私は「シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M」にある『第1話: バンケーロ、バンケーロ、バンケーロ』の中で次のように書いた。
【スペイン国民はいま、かつてアルゼンチンなどのラテンアメリカ諸国を襲った国家破産の意味を自らの身で味わいつつある。人口比率の1%が、残りの99%から何もかも奪い取る泥棒資本主義とその主人公である銀行家と大規模投資家たち、それを合法化し制度化する政治家と官僚たち、そして人々の目をそらして泥棒どもの姿を覆い隠すマス・メディアによる、大規模で徹底的な国家支配である。】
そして「シリーズ:『スペイン経済危機』の正体」および「シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州」の中で、貨幣神崇拝者たちとその取り巻きたちが、どのようなプロセスでスペインと欧州の国家と社会を破壊していったのか、いかにしてスペインの愚かな政策担当者どもが貨幣神崇拝者の手先となっていったのかを書き留めた。2011年にゴールドマンサックスの幹部だったマリオ・ドラギが欧州中央銀行総裁となったが、それはアメリカとヨーロッパの貨幣神崇拝者たちの勝利宣言に他ならない。同じ年にイタリアの首相となったマリオ・モンティもやはりゴールドマンサックスの、スペインの財相に抜擢されたルイス・デ・ギンドスはリーマンブラザーズの重要職に就いていた。ヨーロッパはもはや「広義のシオニスト」が崇拝する悪魔の手のひらにある。
その中で惨めにも腐れ落ちる国の姿はシリーズ「スペイン:崩壊する主権国家」に描かれる通りだが、スペインに巣食いスペイン社会を崩壊させる貨幣神崇拝者とその眷属どもの具体的な姿を、私は『第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構』で具体的に記述しておいた。スペインだけではなく、ヨーロッパ諸国とアメリカでは貧困率が増大し「上の1%」と残りの「99%」の差が加速を付けて広がりつつある。Oxfam Internationalがスペイン財務相の統計に基づいて今年9月に発表した数字によると、スペインで3000万ユーロ(約40億円)以上の資産を申告した者の数が、2007年には233人だったのだが、それ以降の「経済危機」と緊縮財政の間に2倍に増え、2015年は471人となっている。一方で生活に最低限必要な物資に欠き光熱費の支払いにも事欠くレベルの極貧者の数が30%近くも増加し300万人を超える。
またOxfamによると、EU全体で貧困と社会的疎外の危機にある者の数は人口の4分の1に当たる1億2300万人にも上るが、その一方で10億ユーロ(約1360億円)以上の資産を持つ超富豪は342人。2009年から13年の緊縮財政の間に極貧レベルにある者が750万人増加しておよそ5000万人近くに達している。そのうち若年層が約32%であり、いくつかの国では外国からの移住者のうち40%がこの状態で生きている。自分の国で生きていく見通しの立たない若者たちが、ドイツやイギリスなどのまだ景気の良い国々に、スペインからだけでも数万人が移住していった。こういった現実が私の眼の前で間違いなく展開されている。
そこに、何十万人、ひょっとして今後は数百万人の単位で、生きる手段を持たず共通の文化も言語も持たない難民たちが押し寄せるのだ。どうなる?
好景気・バブル、不況・経済危機などは、「経済法則」でも何でもない。それが自然法則に準じるものであるかのように語る者たちを、私は信用しない。それは貨幣神の論理であり貨幣神崇拝の呪術である。当サイトの拙著『狂い死にしゾンビ化する国家』にある「市場の数字は神の声」をご覧いただきたい。私はそこで次のように述べた。
【お分かりだろうか? 市場の数字こそ「神の声」であり、その「神の声」を導き出す格付け会社は「巫女」であり、IMFや欧州中央銀行などの機関がその「神官」なのだ!】
もちろんだが、この「神」は貨幣神に他ならず、「巫女」と「神官」は、貨幣神崇拝者(あるいは広義のシオニスト)つまり資本主義エリートたちの手足となって動く機関なのだ。そして「難民危機」の《元》を問わない者たちや集団はすべて、この貨幣神に呪縛され生けるゾンビとなって貨幣神崇拝者のために働いているのである。もし私の眼の前に本物のゾンビが現われたとしても、このような者たちほどには恐怖と嫌悪を感じさせるものでもあるまい。
現在進行中の「ヨーロッパ難民危機」は、貨幣神崇拝者たちによる全地球掌握劇の最大の山場の一つである。ヨーロッパが彼らの手によって破壊されるなら、それは世界のあらゆる場所が彼らの「聖なる地シオン」と化していく巨大な一歩になるだろう。できる限り多くの人々がこの巨大な変化とその背後にある悪魔的な意思に気付いてそれを明らかにし、貨幣崇拝を無化できる道を見出していく以外に方法はないと思われる。
(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3089:150921〕
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