エピソードと「美談」で難民問題を理解することはできない(上)
- 2015年 9月 28日
- 時代をみる
- 盛田常夫難民
転倒した父子の「美談」
9月19日、サッカースペインリーグのレアルマドリッドの試合開始にあたって、ロナウドがシリア人の子供の手を引いて入場した。その子はハンガリーで父親と共に警官に押し倒されてニュースになった難民の子供で、レアルマドリッドは「難民」との連帯を示すために、ロナウドとの入場というご褒美を与えたようだ。
このエピソードの始まりは、CNNの配信ニュースである。「ハンガリーで幼い息子を抱えて国境を目指すさなか、地元の女性カメラマンに足をかけられ、転倒させられたシリア人難民の男性が、事件をきっかけにスペインで新たな生活を始めることになった」(日本語版の引用)と世界に配信している。
このニュースによって、ハンガリーは難民を虐待していると、世界を敵に回すことになった。ビデオを良く見ると、確かにビデオ撮影の女性は現場にいるが、この父子は警官に肩を押され、その勢いで畑の盛り土に足を取られて転倒している。女性のビデオ撮影者は父子が転倒する直前に足を出しているが、この父子には届いていない。もちろん、件の女性はこれ以外にも、逃げる少女を足で止めようとするなど、ジャーナリストとして許されない行動をとっている。しかし、この女性の行動がことさらに大きく報道された結果、難民問題の本質が完全に見逃されることになった。
どのメディアも、この状況がどのようにして発生したのかをまったく伝えていない。CNNは、「国境を目指すさなか」と書いているが、これは間違いである。ハンガリー国境を不法に侵入した難民が、警官の拘束(難民収容所への連行)を逃れるために、逃げ出したところを世界のメディアが映し出したものである。
難民と不法入国
ハンガリーはここ8ヶ月、ギリシア、セルビアを経由してハンガリーに不法入国する難民の取り扱いに対処してきた。この8月から9月にかけての難民大移動以前に、ハンガリーは今年すでに20万人の合法あるいは不法に入国する「難民」に対応してきた。ハンガリーがとった措置は、二つの国際条約の義務に従ったものである。
一つは難民の取り扱いを決めた「ダブリン条約」にもとづく難民対処であり、もう一つはEUの自由移動圏の境界を定めた「シェンゲン条約」にもとづく国境管理である。前者は難民認定作業を行うことを定めたものであり、後者はEU自由移動圏への入国管理を定めたものである。
シェンゲン条約のヨーロッパ南東の境界であるハンガリーは、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、クロアチアの非シェンゲン条約国から入国する人々を、厳格に管理することが求められている。ルーマニアとクロアチアはEU加盟国であるが、シェンゲン条約国ではない。この二つの国はシェンゲン条約国に「昇格」するために、国境管理の厳格化を試運転しており、クロアチアはこの7月にシェンゲン条約加盟の申請を行っている。
ハンガリーと非シェンゲン条約国との国境には、「ここはシェンゲン条約国ハンガリーの国境であり、指定の検問所を通過しない国境通行は不法入国となる」という看板が設置されている。ハンガリーはこの夏から急増した難民に対処するために、セルビア国境に鉄条網を設置してきたが、そのフェンスを破ることは難しくない。ハンガリーにとって、検問所に押し寄せる難民のみならず、検問所以外の200km近いセルビアとの国境線を破って、不法に入国する人々の対処に迫られてきた。
他方、セルビアからハンガリーに押し寄せる難民たちは、警官に捕まって国外に送還されることを恐れて、難民収容所へ誘導されるのを嫌い、警官の制止を振り切って逃げようとする。国境管理を厳しくした直後に発生した難民拘束事例が、世界の報道陣に撮影され、世界中に配信された。
合法・不法入国を問わず、ハンガリーに入国した難民は、ハンガリーで登録されなければならない。これが「ダブリン条約」の規定である。そしてその規定にしたがって、ハンガリーは難民に対処してきた。しかし、世界のメディアはそのことを伝えることなく、特殊な状況で生じた不幸な出来事をあたかもすべてを表現しているかのように伝え、難民への同情を呼び起こし、ハンガリーの対応を非難することになった。
それでは、ハンガリーは不法に入国する難民にどう対処すべきなのか。その点についてメディアはなにも語らない。これではあまりに不公平ではないか。ここ数週間ではなく、8ヶ月にわたって難民に対処してきたハンガリーの努力を伝えることなく、ハンガリーを非難すれば難民問題が解決するかのような報道は虚偽の報道である。現在の「難民」問題はお涙頂戴の人道支援で解決できるようなものではない。
シリア、イラク、アフガンのほか、さまざまな国の人々が、一緒になってヨーロッパへ入り、生活の糧を得ようとしているのだから、厳密な「政治難民」のカテゴリーに当てはまる人は極めて少数である。「難民」の中核となるシリア人すら、「難民」の3割以下だといわれている。その実態に即して、ハンガリーではもはや「難民」と呼ばずに、「移民者」と読み替え始めている。 (2015年9月21日)
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