「集団的自衛権行使」が宇宙で意味するもの―藤岡惇「ミサイル防衛と新型核戦争」
- 2015年 10月 3日
- 評論・紹介・意見
- 「ピースフィロソフィー」藤岡惇集団的自衛権
『世界』2015年3月号に掲載された、藤岡惇氏による論文を許可を得て転載します。
本文より:
……ミサイル防衛(以下、MDと略)の任務を、北朝鮮や中国その他の国が発射するミサイルから日本人の命と暮らしを防衛することだと思い込んでいる人が少なくないが、それは幻想にすぎない。MDとは、米国の新型戦争の根幹をなす「宇宙ベースのネットワーク中心型の半宇宙戦争システム」を防衛するのが任務なのだ。①宇宙衛星編隊という米国の至高の基地の防衛、②地球上に広がる米軍・同盟国軍のネット―ワーク型戦力の防衛が、2大任務となる。日本に駐留する米軍基地と自衛隊だけを守るための盾ではないのだから、集団的自衛権の行使を容認することなしには、MDに参画することはできないしくみとなっているのだ。
……安倍政権の思惑に沿って、集団的自衛権を認め、MDを受け入れていけば、日本は、東アジアにおけるイスラエルのような存在となっていくだろう。
違法とも言えるやり方で安全保障関連法案を成立させ、憲法で禁じられている集団的自衛権行使を可能にしようとしている安倍政権は日本を「宇宙でも戦争する国」に導くことになる。
ミサイル防衛と新型核戦争
――「宇宙でも戦争する国」日本の行方を考える
藤岡 惇
「空・陸・海などあらゆる領域は抗争の舞台となってきた。宇宙も例外ではないことを現実は示している。それゆえ宇宙内での敵対行動、宇宙からの敵対行動を抑止し、わが宇宙アセットを防衛する手立てを開発しておくことが絶対に必要となる」(ラムズフェルド宇宙委員会「報告書」1) 2001年1月)
2008年5月に宇宙基本法が制定され、科学技術(民生の向上)と産業振興に加えて、安全保障(軍事・諜報)のための宇宙利用も公認された。2) この法律にもとづき2009年6月2日、政府の宇宙開発戦略本部は、「宇宙基本計画――日本の英知が宇宙を動かす」を制定した。ただしこの段階では、宇宙の軍事利用の推進は努力目標として掲げられる程度であった。
2012年9月5日、「宇宙航空研究開発機構」(JAXA)法から「宇宙の平和目的」条項が削除され、宇宙の軍事利用を推進する主体が整えられた。JAXA法改定の方針を民主党野田政権が固めたことを、TPP参加、武器輸出3原則の緩和と並ぶ重要な決断として、ジャーナリストの桜井よしこ氏は称賛した。「戦後レジーム」(ポツダム・占領憲法体制)から「日本を取り戻す」絶好の機会と考えたのだろう。
2012年末の安倍政権の成立を画期として、日本の宇宙政策はさらに大きく転換する。JAXA法の改定をふまえて、前政権下で第2次の「宇宙基本計画」が策定されていたのだが、この程度の内容では不十分だと安倍首相が判断した結果、軍事色を強く押し出した第3次「宇宙基本計画」が2015年1月9日に、決定されるに至った。
米国主導の「ミサイル防衛」に日本をより深く組み込もうとする動きも表面化した。13年2月22日の日米首脳会談で、安倍首相はオバマ大統領と初めて会ったが、その場でXバンドレーダー基地を追加配備するという合意が交わされた。そして2014年12月26日に、京都府最北端の経ケ岬に2番目のレーダー基地が稼働しだした。合意から1年10か月という猛スピードで、全国では133番目、関西地方では初の米軍基地が動き出したわけだ。
なぜこのような急激な転換が始まったのか。本稿ではその背景を明らかにしたい。そのうえで「積極的平和主義」の名のもとで、米国主導の「新型戦争システム」を日本が「積極的」に支えていけばいくほど、本格的な「宇宙戦争」や「新型核戦争」(宇宙での核爆発や原発爆発)を招く可能性があることを示したいと考える。
なお地上から100キロメートル以上離れないと、宇宙衛星は地球を周回できないことから、上空100キロから先の空域を宇宙だと定義して論を進めたい。
1. イラク・アフガンで「半宇宙戦争」を続けてきた米国
米国の新型戦争システム――宇宙ベースのネットワーク中心型戦争
ソ連圏の崩壊後、世界に君臨する唯一の覇者となった米国は、情報ネットワーク技術、宇宙技術、精密誘導技術をブレンドすることで、新型戦争のしくみを開発し、米国の軍事覇権を強固なものにしようとした。
まず米国および同盟国の戦力、地球上に散開する基地群は、軍事専用の通信網で結ばれ、ネットワーク状に連結された。
地球上に展開する戦力を垂直方向から観察すると、米国戦略軍宇宙コマンドの指揮と管理のもとで、地上から数百キロの近距離軌道、2万キロの測地(GPS)衛星軌道、3・6万キロの静止衛星軌道などを、2006年時点で137基の軍事・諜報衛星が編隊を組んで地球を周回していた。3) 戦争システムを束ねる神経系統は天空に移され、衛星を介して統合作戦を指揮するようになった。軍事衛星編隊は、地球上で米軍が展開している数百の基地の上に君臨し、これらを連結し、統合する「基地の基地」、「基地の王様」となったわけだ。4)
2000年代の米国の新型戦争のしくみを「ネットワーク中心型戦争」と呼ぶ人が多いが、5)宇宙衛星群を結節点とし、宇宙規模でネットワークが統合されたことを考えると、「宇宙をベース(基地・拠点)とするネットワーク中心型戦争」と呼んだほうが正確だと考える。6)
核作戦態勢の3本柱の再定義・拡張
冷戦時代に形づくられた米国の「核作戦態勢」は、「冷戦勝利後」の現実にあわせて何度か「見直され」てきたが、9月11日事件直後の2001年11月にブッシュ政権によって開始され、2002年1月に決定された「見直し」がもっとも大胆なものであった。
この年の「見直し」のなかで、旧来の「核作戦態勢の3本柱」――①大陸間弾道ミサイル、②潜水艦搭載の核ミサイル、③戦略爆撃機は、「新しい3本柱」――①核および非核の攻撃能力、②防衛、③迅速な対応能力をもったインフラストラクチャーに改訂された。①攻撃力、②防衛力、③即応性に富む基盤力が、核作戦を支える「新しい3本柱」(New Triad)として再定義されたわけだ(図を参照)。
旧来の核作戦の3本柱は、否定されたのではない。全面的に保存されたのだけれども、核攻撃能力という第一の柱の内部に定置され、格下げされ、縮小されたのだ。それとともに攻撃能力を構成するミサイル・砲弾・地雷の多くは、核弾頭でも通常型弾頭でも取り付けることができるようにされた。弾頭部分を取り換えると、核兵器は簡単に通常兵器に転換できるし、通常兵器は核兵器に転換できるように改められた。
そのうえで第2の柱と第3の柱が新設された。核戦争でも通常戦争でも戦える攻撃能力と、そのような戦争を推進するためのインフラストラクチャーとを敵のミサイル攻撃やサイバー攻撃から防衛する部門が「第2の柱」として位置づけられ、優先度を高めた。米軍が先制攻撃を始めても、敵ミサイルの応射・反撃などから米国の戦争システムを守りぬくことで、一方勝ちできる態勢づくりが目指されたわけだ。
「迅速な対応能力をもったインフラストラクチャー」の維持・強化を「第3の柱」として重視する姿勢も明確にされた。GPS衛星、偵察衛星や開発・補修部門の支援なしには、核および非核の攻撃能力もミサイル防衛能力も十全には機能できないし、GPS衛星編隊が損傷を受け、機能を停止しても、即時に代替衛星を打ち上げるなど、継戦能力を確保し、「迅速な対応能力」に富む基盤を整えておかないと、核(および非核の)戦争をシームレスに戦い、勝利することが難しい時代となった。そこでこのようなインフラ基盤の整備・構築が第3の柱とされたわけである。
これら新しい3本柱は、指揮・統制・諜報・計画といった「戦争の神経系」によって連結され、統合されることとなった。これら「戦争の神経系」の拠点が、天空に置かれたのは言うまでもない。核戦争であれ、通常型戦争であれ、このような新しい三本柱を戦争の筋骨体系とするかたちで新型戦争は戦われるだろう。他方宇宙衛星編隊が、「天空の基地」として戦争の神経系統の役割を果たす。新しい三本柱の構図が、「宇宙ベースのネットワーク中心型戦争」の実体を鮮やかに示している。
要するに核作戦と通常作戦との間の壁が引き下げられるとともに、作戦態勢の範囲が水平的にも(防衛部門とインフラ部門を含む方向に)、垂直的にも(地表から宇宙へと)大きく広げられたわけだ。
戦力の新しい3本柱を統括する任務を米国戦略軍が果たしている。ネブラスカ州オマハに司令部を置く戦略軍のもとに、核攻撃部門(「グローバル・ストライク=地球規模の直撃」部隊を含む)、防衛部門(サイバー・ミサイル防衛)、インフラ関連の諸部門に加えて、宇宙コマンド部門も属している。これらのコマンドが、陸海空軍に属する群小コマンドを統合し、指揮することになっている。
「本格的な宇宙戦争」の前段階
米兵の犠牲を減らそうと、2005年前後から多数のドローン(無人飛行体)が投入され始めると、宇宙衛星を「ベース」として、宇宙から地上に戦争をしかけるという色彩がいっそう濃くなった。
とはいえイラク・アフガンで米軍は「本格的な宇宙戦争」を展開してきたと言うならば、それは過言であろう。強いて特徴づければ、「半宇宙戦争」段階の戦争を行なってきたと言うべきだ。
それはなぜか。衛星と戦場の間で交わされているのは、「情報」であり、「殺傷兵器」ではないからだ。パキスタンの国境地帯でミサイルを発射しているのは、衛星ではなく、衛星の指示のもとで低空飛行する無人飛行体(ドローン)だからだ。地表から宇宙衛星に向けてミサイルやビーム兵器が発射されるようになり、対抗して衛星の側も武装し、地表の敵や敵衛星に向けて応射するようになった時に、本格的な「宇宙戦争」の段階に入ったと見るべきであろう。
「半宇宙戦争」では平和をつくれないーーイラク・アフガン戦争の泥沼化
米国は2001年10月にアフガニスタン戦争、03年3月にイラク戦争を始めた。当初の計画ではサダム・フセインを倒しさえすれば、「圧政からの解放者」として米軍はイラク民衆に歓迎されるし、「無敵の新型戦争」システムのおかげで短期に圧勝できよう。500億ドル程度の戦費でかたがつき、中東の石油資源を再び掌握できるので、経済的にもペイするはずだと予想し、ブッシュ政権は万を持して開戦したのだが、現実は期待を大きく裏切ることとなった。7)
米国の総合月刊誌の『アトランティク』最新号に、米国の指導層を「臆病者のタカ派」(チキン・ホークス)と捉えた論説「米国軍部の悲劇」が載っている。すなわち米兵の人的被害を抑えるために、高価なドローンを含む最新の兵器が投入された。イラク・アフガンとその周辺国だけに限っても、12年間の直接的な戦費は1・5兆ドル。環境や社会に波及した被害の修復費なども計算に入れると、総コストは、4.5兆―6兆ドルに膨らんだ。
莫大なコストを支払ったのに、米国が獲得した便益は小さなものだった。8) じっさいイラクの地にはイランに操縦されたシーア派政権をすえざるをえず、イラク・イラン・シリアをつなぐシーア派枢軸の登場をもたらすだけに終わった。この動きをけん制しようと、米軍がシリアのアサド政権の転覆に動くと、これに乗じてスンニ派原理主義の「イスラム国」の台頭を招いてしまった。
経済面での利益も予想はずれだった。イラクの油田の開発企業の25・3%は英国・オランダ系、21・0%は中国系、8・4%はロシア系、7・6%をマレーシア系が占め、米国企業は20・2%と後塵を拝する結果となった。9) 新型戦争システムのパワーを実証すべく、莫大な戦費と人的資源を投入したが、米国はイラクの石油資源さえ確保できず、中国・欧州に漁夫の利をさらわれてしまった。
膨大な財政赤字を抱えこんだ米国は、この誤算をどう挽回し、躍進する中国や非同盟運動の挑戦を抑え込んだらよいのか。米国製の新型戦争システムの傷みを補修し、敵のミサイル攻撃からこのシステムを防衛する方策を講じるとともに、米国の軍事戦略に人的・戦略的・資金的に積極的に協力してくれる「金持ち」が必要だ。米国が日本に求めるのは、そのための貢献であった。
2. 第3次「宇宙基本戦略」の問題点
2009年の最初の「宇宙基本計画」では、「基本的な6つの方向性」のうちの一つとして「宇宙を活用した安全保障の強化」に取り組むとされ、「専守防衛を旨とする我が国においては、・・・日本国憲法の平和主義の理念にのっとり、・・・情報収集機能の拡充・強化、警戒監視等、我が国の安全保障を強化するための新たな宇宙開発利用を推進する」と書かれていた程度であった。
第2次の「宇宙基本計画」(2013年1月25日)では、①軍事(安全保障・防災)、②商業(産業振興)、③民生(宇宙科学・宇宙探査)がとりくむべき3大分野とされ、筆頭に「軍事」が置かれたが、「日本国憲法の平和主義の理念にもとづき」という文言は残された。宇宙アセット(宇宙衛星・地上の中継施設など)への軍事攻撃の可能性や、「抗たん性」(耐性)を高めるといった課題はほとんど提起されていなかった。ただし「専守防衛を旨として」という文言が消されたことは注目に値する。日本の領土外にある米国の基地などに向かう「敵」のミサイルの探知・迎撃・撃墜に日本の自衛隊や衛星を動員しようとすれば、専守防衛原則を撤廃し、集団的自衛権を容認することが不可欠となるからだ。
第2次計画は「今後10年程度を視野」に入れ、うち「5年間を対象」とするとされていたが、2年たらずでお蔵入りにされ、2014年1月9日に第3次「宇宙基本計画」が政府の宇宙開発戦略本部によって決定された。宇宙事業の三大分野の順位は、これまでは科学技術、産業振興、安全保障の順番であったが、第3次では安全保障がトップにすえられるなど、軍事優先の姿勢が明確となった。
それはなぜか。「安全保障上の宇宙の重要性が著しく増大し」、「宇宙アセット」(宇宙衛星や宇宙インフラなどの資産)を駆使した「先進的な軍事作戦」(本稿で説く「新型戦争システム」のこと)を実践してきたのだが、肝心の宇宙アセット自体が攻撃され、破壊される恐れが出てきたからだ。
第3次『基本計画』は述べる。「米ソによる2極構造の時代には、相手国の宇宙アセットを攻撃しないとの一定の共通理解が存在していた」が、今日ではそのような暗黙の合意は消えた。「米国のGPS(地球測位システム)を始めとした宇宙システムは、米国の抑止力の発揮に極めて重要な機能」を果たしてきたが、「対衛星攻撃等によって測位衛星の機能が低下」するなど、「宇宙システムが劣化・無力化され」る可能性、「アジア太平洋地域に対する米国のアクセスが妨げられ」、「米国の抑止力は大きく損なわれる」可能性が生まれてきたと。
この事態を前に日本は何をなすべきか。宇宙アセットが攻撃される事態となっても(言い換えると「本格的な宇宙戦争」が始まっても)、宇宙活動がストップしないように、米国基準にあわせて、日本の宇宙アセットの「抗たん性」を高め、「物理的衝突やサイバー攻撃、電波妨害に強い宇宙システム」を構築せねばならない。日本の宇宙衛星も、レーザー攻撃やミサイル攻撃を受けても、破壊されぬように、装甲を強化し、耐性を高めねばならぬと最新版の『基本計画』は説いている。
「即応性」の強化という課題も提起された。なぜ「即応性」が必要なのか。軍事攻撃を受けて衛星が破壊されても、「空中発射を含めた即応型の小型衛星」など、代替の衛星を打ち上げて、時をおかずに機能を回復させる能力をつけておかないと、宇宙戦争に勝てないからだ。
米国の24基からなるGPS衛星編隊が攻撃され、マヒした際に備えて、日本が7基の準天頂衛星編隊を提供する任務の完遂も公約されている。宇宙戦争が始まることを前提にし、日本は米国とともに「宇宙でも戦争する国」となり、米国戦略軍の指揮のもとで、日本の軍事衛星編隊が奮戦するための10カ年計画が、第3次「宇宙基本計画」で描かれたわけだ。
国民的議論なしの拙速の決定
日本の平和と安全のために、必要ならば「宇宙でも戦争する国」となるべきか。米軍と肩をならべて「宇宙戦争に参戦する」態勢を整えたほうが敵を抑止し、結果的に日本の権益も平和も維持できるのか。賛否が大きく分かれるテーマであろうが、日本と地球と宇宙の未来が懸った重要なテーマであることは間違いない。結論はどうなるにせよ、国民的な討議を組織し、認識を深めることが極めて重要であった。
しかし現実には、2014年11月上旬に宇宙戦略室が「素案」が公にされ、「パブリックコメント」を2週間だけ募集し、素案に微細な修正を加えただけで、2カ月後の2015年1月9日に宇宙開発戦略本部が開かれて、最終決定されてしまった。筆者がこの素案の存在を知ったのは、パブリックコメントの締め切り後であった。国会審議も公聴会も行われずに、日本と宇宙との関係を定める基本方針が早々と決まってしまったのだ。
宇宙開発事業団の副理事長などを歴任された五代富文氏は、宇宙政策提言をめざすシンクタンクの「宙(そら)の会」のホームページに「新宇宙計画への学会声明を期待」と題する論稿を掲載し、次のように論じている。
「昨年9月12日に安倍首相が改定検討を指示し、わずか2か月後の11月上旬に素案を発表・・・2週間という短期間のパブリックコメント(をへて、15年1月9日に)決定された。・・・新宇宙基本計画の本文をみると、先の旧宇宙基本計画では安全保障への宇宙利用を解禁はしたものの、具体的な推進には抑制的だったのが、新しい宇宙基本計画では長期的、具体的に安全保障を中核に据えている」と。手続きの拙速さ、軍事優先の内容という両面から、警鐘を鳴らしている。12)
3. なぜ京都にミサイル防衛の前進基地が置かれたのか
丹後半島の経ケ岬の突端部から西4キロに、京丹後市宇川という集落があり、宇川から岬の方向に少し戻った日本海沿いの袖志地区に、航空自衛隊経ケ岬分屯基地がある。
ミサイル防衛によってミサイルをある程度の確率で撃墜するには、発射直後の低速での上昇段階で敵のミサイルを探知し、飛行ルートや目的地を推定することが不可欠となる。北朝鮮や中国を念頭において経ケ岬に強力なレーダーを配置しようとするのは、そのためだ。戦闘機搭載レーダーの波長30〜100cmであるが、Xバンドレーダーは、2.5〜3.75cmという極めて短い波長の電波を用いる。戦闘機のレーダーと比べて対象物をクリアに捉えられるが、遠くまで電波は飛ばないので、高出力によって強制的に電波を飛ばすことになる。
2007年に米軍の運用する最初のXバンドレーダー基地が、青森県つがる市の航空自衛隊車力分屯基地内に開設されていたが、冒頭で触れたように2013年2月22日の日米首脳会談で2つめのレーダー配備が合意され、2月26日に、防衛省が京丹後市袖志地区への配備方針を伝達した。9月19日に京丹後市長と府知事が受け入れを表明し、翌年5月27日には、米軍基地が着工され、10月21日未明にレーダー本体が搬入され、基地で勤務する米陸軍第14ミサイル防衛中隊が発足した。
この地域は山陰海岸ジオパークの一角であり、自然保護や観光資源保全を求める周辺住民からも懸念の表明が続き、1500名規模の反対集会も行われたが、14年の12月26日に予定通り、レーダー基地の本格運用が始まった。
4. ミサイル防衛をめぐる幻想と真実
住民団体は反対運動を展開しているものの、「条件闘争」の域を超えられないでいる。北朝鮮や中国側からのミサイル攻撃に不安を感じ、「ミサイル防衛」(以下MDと略)とは、「日本人の命と暮らしを防衛」してくれるものだと感じている人が日本には少なくないからだ。
「新型戦争システム」の防衛と集団的自衛権
ミサイル防衛(以下、MDと略)の任務を、北朝鮮や中国その他の国が発射するミサイルから日本人の命と暮らしを防衛することだと思い込んでいる人が少なくないが、それは幻想にすぎない。MDとは、米国の新型戦争の根幹をなす「宇宙ベースのネットワーク中心型の半宇宙戦争システム」を防衛するのが任務なのだ。①宇宙衛星編隊という米国の至高の基地の防衛、②地球上に広がる米軍・同盟国軍のネット―ワーク型戦力の防衛が、2大任務となる。日本に駐留する米軍基地と自衛隊だけを守るための盾ではないのだから、集団的自衛権の行使を容認することなしには、MDに参画することはできないしくみとなっているのだ。
先制攻撃を促進し、戦争を起こりやすくする
第2次大戦後に米国が開戦をした戦争の99%は、米軍側の先制攻撃から始まった。じっさいイラク戦争は、2003年2月の米軍の先制攻撃から始まったし、昨年12月には、戦略軍傘下の地球規模直撃(Global Strike)コマンドがシリアへの先制攻撃に踏み切る直前まで行ったことはご存知のとおりだ。
東アジアのばあいも例外ではない。1994年4月、米国のクリントン政権は、核開発とNPT脱退を宣言した北朝鮮にたいする先制攻撃を検討し始めようとしたが、「朝鮮戦争では2百万人が犠牲になった。いま戦争が起きれば・・・、戦後の国家建設は灰となる」と韓国側が抵抗したこと、米国側が示した後方支援の多くと傷病兵受け入れに日本側が難色を示したことに加えて、カーター元大統領が捨て身の北朝鮮訪問を敢行したおかげで、先制攻撃が直前に中止されたことが想起される。
今日でも、米軍との圧倒的な戦力差を考えれば、北朝鮮や中国の核開発拠点やミサイル基地にたいする米軍の先制攻撃から戦争が始まる可能性が高い。その場合、北朝鮮や中国は残存ミサイルを応射して反撃するだろう。MDとは、その応射ミサイルを撃墜し、米国の新型戦争システムを守り、米軍を完勝に導こうとするものであり、日本国民の命と暮らしを守るものではない。
宇宙では盾よりも矛が強いので、軍拡を促進する
宇宙衛星を攻撃するには、地上ないし航空機から強力なレーザービームを発射して、衛星のME機器を故障させる、認知されにくい超小型の「キラー衛星」を打ち上げる、あるいは大型の衛星のなかに多数の小型キラー衛星を隠しておき、有事のさいに、キラー衛星を散開させ、敵の衛星に隠密裏に接近させ、破壊していく方法もある。13)
攻撃側ミサイルをいっそう高度なものにする方法もある。じっさい、矛のほうの高度化も米国は追求中である。2014年の10月17日に米国が開発している「次世代ミサイル」のモデルとなる「無人宇宙飛行機」(X-37B)が674日間の第3回飛行実験を終えて、帰着した。この宇宙飛行機は、宇宙衛星となって地上100キロ以上の衛星軌道も飛べる一方で、成層圏を飛ぶ宇宙飛行機の機能をもち、速度・進路を自在に変えることで、迎撃ミサイルを避けることもでき、地球上のどの地点へも1時間以内に移動し、宇宙から敵の標的を攻撃することができる。
「矛」は「盾」よりも強く、そのため「盾」を強化しようとしても「矛」の軍拡を誘発する結果となることを核軍拡の歴史は証明してきた。1950年代のミサイル防衛体制の挫折が60-70年代の相互確証破壊(MAD)の時代をもたらした。1983-88年にレーガン政権が推進した「戦略防衛構想」も実行不能であることが判明した。MDという盾を強めるために投資をしていっても、ミサイルを無人宇宙飛行機の方向に進化させ、本格的な宇宙戦争を招くだけに終わる可能性が高い。いずれにせよ「矛盾の商戦」で儲けるのは「死の商人」たちだけであろう。
とはいっても、矛を高度化する技術や資金に乏しい北朝鮮や中国が米国の攻撃を受けた場合、残存したミサイルを用いて、どこを狙って反撃してくるだろうか。MD網を正面突破することを避けて、米軍の戦争システムの最も弱い「急所」に絞って、反撃を試みるだろう。
反撃の急所となるのはどこか。サイバー空間への攻撃を別とすれば、防御困難な3つのターゲット――①戦時体制には不慣れで警戒の弱い日本の地上施設、②宇宙衛星編隊、③原発施設 に狙いをつけることが予想される。
前進基地のある地元住民が狙われる
MDの前線基地でありながら、防御体制の貧弱なXバンド京都レーダー基地のようなところが、反撃の第一のターゲットとなるだろう。イラク戦争の開戦時に米軍は、イラク軍のレーダー基地の破壊から攻撃を始めたが、反撃も同様に、レーダー基地の破壊から始まることが予想される。
Xバンドレーダー装置自体、敵のミサイル打ち上げを探知するのが目的であるから、トレイラーに積んで移動できるようになっている。また極短波長のレーダー波を遠方に飛ばすためには、大量の電力が必要であり、6基の自家発電装置を伴って、移動するようになっている。この装置は、「ぶーん」という低周波の騒音を出すので、周辺住民は、自家発電の停止と外部電源の利用を求めているが、実現していない。
なぜ外部電源(関西電力)に頼らずに、自家発電を行うのか。①近くに電源がない所に移っても活動するためという理由に加えて、②軍事攻撃を受けて外部電源を切断されても活動するためであろう。有事の際には、軍事攻撃を受け、外部電源が切断されることも想定しているのだ。その際には米軍関係者は地下深くに隠れ、地域住民だけが取り残され、反撃にさらされることになる可能性が大であるが、有事の際の住民や観光客の避難計画は、原発と同様に、「不安を煽る」として、立案されていない。
反撃の矛先は宇宙衛星編隊に変わり、本格的宇宙戦争が始まる
第2の標的は、米軍と諜報機関の運用する137基の軍事・諜報衛星群となるだろう。なぜならこれらの衛星は、世界各地に展開する基地群の上に君臨し、指揮する「基地の王様」だからだ。しかもこの王様は、今のところ「横腹をさらして」巡回する「裸の王様」でもある。いつどこを飛ぶかが不明なミサイルよりも定時に定位置を巡回する宇宙衛星の方が、はるかに撃墜しやすいことは見やすい道理だ。
じっさい、レーガン政権期の1984年から86年にかけて、米国はF-15戦闘機から迎撃体を発射し、低軌道衛星を直撃させる実験を5回実施し、1985年の実験では実際に人工衛星の破壊に成功した。ソ連も同時期に、地上から迎撃ミサイルを打ち上げ、敵の人工衛星に衝突させ、破壊する実験をしていた。14)
いまから14年前の2001年1月に発表された「ラムズフェルド宇宙委員会報告書」は、こう警告していた。「諜報衛星や軍事衛星が攻撃されたりすると、わが国の継戦能力は甚大な打撃をこうむるだろう。真珠湾事件……などの歴史が教えているように、防衛が難しい軍事資産をかかえていると、敵の絶好の攻撃目標となるものだ。……米国は『宇宙のパール・ハーバー』に見舞われる格好の候補だ」と。15)
6年後に予想が現実となった。2007年1月11日、中国軍は弾道ミサイルを、内陸部の四川省西昌から、米国のミサイルでは迎撃できない角度で発射し、高度850キロの宇宙空間で自国の気象衛星を撃墜することに成功した(その残骸は650個以上の断片(デブリ)となって、今も地球を周回している)。
対抗して米国の戦略軍司令部は、2008年2月21日にイージス巡洋艦から迎撃ミサイルを発射して、自国の軍事偵察衛星を北太平洋の上空247キロで撃墜した。MDのための迎撃ミサイルというのは、それ自体、「敵のミサイルを攻撃し、破壊する攻撃兵器」にほかならないが、ミサイル攻撃に用いるよりも、衛星攻撃兵器に転用したほうが、はるかに効果的なことが、改めて明らかになった。
2013年5月15日には中国が打ち上げたロケットが、高度3万6千キロの静止軌道に達した。米国の静止衛星を撃墜する能力をもっていることを中国側が誇示したものと解説されている。
16) 事態を懸念して米国は、2014年中に2機、16年に2機、合計4機の軍事衛星を静止軌道に打ち上げ、静止衛星を防衛する任務にあたらせるというニューズも流れた。17)予想通り米空軍は2014年7月23日、デルタ4型ロケットを使って2基の監視衛星を静止軌道に打ち上げた。空軍宇宙コマンドのウイリアム・シュルトン司令官は、今回の打ち上げは静止軌道上の米国の衛星編隊を攻撃しようとする敵にたいする抑止力であり、宇宙は今や「平和の聖域」ではないと述べた。18)
宇宙での核爆発を引き起こす
精密誘導技術に不足がある北朝鮮や中国のような国にとって、「裸の王様」を始末する方策はあるのか。
詳細は、後記の「コラム・強化型原爆と高高度核爆発」で解説するが、1958年と62年の高高度核爆発(HANE)実験の成果に学ぶという方策がある。核ミサイルを真上に打ち上げ、「裸の王様」の近辺で、核弾頭を爆発させたならば、致命傷となることはほぼ確実だ。
米国の科学者団体が支援し、2004年に公にされた物理学者の共同調査は、次のように指摘している。仮に北朝鮮上空120キロメートルで、50キロトンの核爆発が起こったとすると、北朝鮮の人々にはほとんど急性の影響はないが、780キロ上空を周回するイリジウム衛星編隊、1415キロ上空を周回するグローバルスター衛星に深刻な影響が起こり、その他の衛星群にも電子機器に障害がおこる可能性があると。
インドのベンガル湾上空250キロで同じく50キロトンの核爆発が生じたとすると、低軌道を回る40基の軍事衛星のうち半分が、1カ月後に機能停止に陥り、10カ月後になると、正常に機能している衛星は3基だけとなると予測している。19)
コラム・強化型原爆と高高度核爆発
広島に投下された砲身型原爆のばあい、64キログラムのウラニウム二三五を使ったが、実際に核分裂反応を起こしたのは1-2%程度で、98%のウランは飛び散っただけ。それでも1万5千トンのダイナマイトを爆発させたに等しい破壊力を生み出した。長崎に投下された原爆のばあい、重量にして広島型の10%程度の6.1キログラムのプルトニウムを用いたが、うち14%が核分裂を起こしたために、2万2千トンのダイナマイトを爆発させたに等しい破壊力を発揮したといわれる。長崎に投下された爆縮型のほうが圧縮スピードを速められるので、核分裂をおこす割合を高めることができ、より軽く、爆発出力の高い原爆をつくることができることが判明した。20)
原爆のプルトニウム・コアの中心部に小さな空洞を開け、そこに少量の核融合物質を添加すれば、核分裂―核融合-核分裂と3回の核反応を起こせるので、100%の核分裂を実現させることが可能となる。これを「強化(ブースト)型原爆」と呼び、原爆を小型化・軽量化し、ミサイルの先端に装填できる「核弾頭」にするために不可欠の技術だ。「強化型原爆」を北朝鮮が開発したという報道も流れた。21)
米国は、1958年の4月から8月にかけて、太平洋の上空の28-80キロの上空で、3度も核実験を行なった。部分核停条約で大気圏内と宇宙(高度100キロ以上)での核実験が禁止される直前の1962年になると、米国は宇宙での核爆発がどのような影響を及ぼすかを知るための最後のチャンスとして、ジョンストン島上空の高層で9回の核実験(フィッシュボール作戦)を行なった。9回のうち成功したのは3回であったが、とくに7月9日、400キロ上空で1.4メガトンの核爆発をおこしたスターフィッシュ・プライム実験は、最初の本格的な宇宙での核実験であり、注目を集めた。400キロ上空ではほとんど大気がないため、爆発音も爆風も火災も起こらない。核爆発のエネルギーはもっぱら放射線と熱線に姿を変えて、光速で周辺に広がり、その影響は数万キロ先まで届くことがわかった。その結果、人工オーロラが発生し、ハワイ諸島全体に停電を引き起こしただけでなく、その後7カ月の間に、7基の衛星が故障し、機能を停止した。
11月1日に97キロ上空で410キロトンの核を爆発させたキング・フィッシュ実験も 、直後に美しいオーロラが現れ、太平洋中部の無線通信が、3時間以上途絶する結果となった。いずれも、核爆発の発する放射線や熱線は、大気やオゾン層によってブロックされ、生命体には悪影響は生じなかったとされる。
ソ連側も同年(一九六二年)に、中央アジアの核実験場の上空60キロ・150キロ・300キロの高さで300キロトンの核爆発を三回行ない、米国のスターフィッシュ・プライム実験と同様に電気通信の途絶・変調といった異常事態を招いたという。
強化型原爆の隣に核融合物質を配すれば、核分裂―核融合-核分裂―核融合という4回の核反応を連鎖的に起こすことができるので、核爆発力の増強は難しいことではない。史上最大の核爆発は、北極海上空5キロの空中でソ連が行ったツアーリ・ボンバ(皇帝の爆弾)実験であった。50メガトンに達した爆発の衝撃波は3度も地球を回ったとされるなど、すさまじい規模のものとなった。
宇宙空間では人体への直接的影響は少ないので、いくらでも出力を増やすことができる。仮定の話だが、ツアーリ・ボンバの十倍の五百メガトン(広島型の3万倍)の核弾頭を3発のミサイルに搭載し、迎撃ミサイルで撃墜されないよう垂直方向に打ち上げ、高度数百キロ、2万キロ、3・6万キロの上空で核爆発させたとしよう。おそらく色鮮やかなオーロラが3層にわたって広がるだろう。バン・アレン帯はかく乱され、同じ高度を飛ぶ衛星の電子機器は数時間から数日のうちに故障をおこし、米国製の「裸の王様」は横死し、新型戦争システムは麻痺状態に陥るだろう。
影響はそれだけではない。10億年余にわたって営まれてきた光合成作用のおかげで、地上一五キロから五〇キロの空域にオゾン層が形成され、太陽から届く強烈な紫外線をブロックしてきたのだが、この「イノチの惑星」の生命維持システムもまた、宇宙での核爆発によって損傷を受け、オゾンホールが広がっていく可能性がある。
原発爆発の引き金となる
原発とは「ゆっくりと爆発する原爆」のことだが、この暴龍を飼いならし、「魔法のランプ」内に閉じ込め、電源として安全利用することは可能だとされてきた。しかしフクシマは、ランプの簡単な壊し方があることを世界中の軍事集団に教えた。どんな国、どんな軍事集団であれ、原発を攻撃する覚悟さえあれば、核爆発を生み出す能力を保有できることを示したわけだ。核大国だけが核爆発力を独占するという時代は過ぎ去ったというのが、フクシマの送る最大のメッセージであった。
福島第一原発の1-3号機内で生まれた放射性セシウムのうち、外部に出たのは数%程度。九十数%は1-3号機の格納容器の内外にデブリ(破片)ないし汚染水という形で留まっている。これに加えて5-6号機や各種の燃料プールには、溶融した核燃料体の10倍の燃料体が無傷で貯蔵されている。
したがって第3のターゲットは、福島第一原発をはじめとする日本国内の54基の原発群となるだろう。仮に軍事攻撃を受けて、福島第一原発が全面崩壊する事態となれば、これまでの放出量とは桁違いの放射性物質が放出され、日本列島は無人化の危機を迎えるだろう。22)
半壊状況のチェルノブイリ原発、戦場から至近の地に欧州最大のザポリージャ原発を抱えながら、内戦に突入したウクライナでも、原発攻撃への懸念が聞かれる。23)
ただしウクライナとは異なる自然環境下に日本は置かれている。ウクライナは内陸国であるので、風向き次第で、原発を攻撃した陣営も被曝してしまうことから、原発攻撃への自制心が働くだろうが、日本のばあいその種の自制心を期待しにくい。島国であるだけでなく、たえず偏西風が吹いているので、放射能が日本列島から西方に広がることはまずないからだ。
すぐに死者は出ないので、新型核戦争は起こしやすい
米国主導の新型戦争の時代にあって、新型戦争システムにたいする反撃をMDによって力づくで封じ込めようとすると、これまで想定してこなかった新型の核戦争――①宇宙での核爆発、②原発の爆発という、新しいタイプの核戦争を引き起こす可能性があることを見てきた。
この種の新型核戦争を始めても、福島の事態が示したように、すぐには死者は発生しない。死者が発生しない段階で、新型核戦争を引き起こした軍事集団に対して、核兵器をもって報復すべきかどうか、核大国のリーダーたちは煩悶するだろう。新型の核戦争は、伝統的な核戦争よりも「人道的」に見えるので、核戦争を始めるうえでの抵抗感は小さくなるだろう。従来型の核抑止論の限界はいっそう明確となる。
宇宙に「抜け穴」を用意すると、核軍縮が不可能となる
米国側はMDの壁を強固にし、5年後にはミサイルの4分の3を撃ち落とせるようになるが、中国・ロシアは、このようなMDシステムを構築しないと仮定しよう。そうなると中ロ両国にとって、5年後には米国の4倍の数のミサイルを保有しないことには、対等の地位を確保できなくなる。
1989年10月のレイキャビックで、レーガンとゴルバチョフとが、核戦争に勝者はなく、当事国は共倒れするということを認めあい、核の全面軍縮をめざすという目標で合意した。核軍縮の実現にとっての未曽有の好機が生まれたのだが、この好機を取り逃がした主因は、レーガンが自国の軍産複合体の圧力に屈して、ミサイル防衛推進の旗を降ろすことができなかったことにあった。
24)
「抜け穴をふさいだ上での削減を」が地球温暖化ガスの排出量削減交渉の鉄則であったが、核軍縮交渉でも同様だ。MDに固執し、宇宙に「抜け穴」を開けたままでは、当事国は互いに疑心暗鬼に陥り、核軍縮は進まないであろう。
どちらの道を選ぶべきか
米国は後継の軍事通信衛星を、二〇〇一年に超高周波(EHF)衛星と決定し、ロッキード・マーティン社が受注した。核爆発に耐える能力をさらに高めたというのが売り文句になったという。一基あたりの価格は、当初は三二億ドルと見積もられていたが、二〇〇四年には五十億ドルと六割ちかくも値上がりした。25) 核攻撃下でもワークする能力をつけようとすると、コストアップが必至となる。
単なる「戦争仕様」を越えて、核戦争下で猛烈な放射線や電磁パルスをうけても、故障せずにワークするという「核戦争」仕様を軍事衛星に求めると、製造コストはいっそう高くなるのだ。
このことは、軍需産業の側から見ると、宇宙分野での受注が最大の金づるとなっていることを意味する。軍産複合体にとって、残された数少ない「宝の山」が宇宙関連分野となっているのだ。
三億キロのかなたに浮かぶ小惑星のイトカワに離着陸した日本の宇宙探査機「はやぶさ」が、六〇億キロの航海を終え、二〇一〇年六月一三日、七年ぶりに地球に帰ってきた。日本の新聞は、こう書いた。「日本の宇宙開発予算は年間約二千億円、米国の航空宇宙局(NASA)の十分の一、軍事を含む米国の全宇宙予算と比べると二〇分の一だ。「はやぶさ」の開発に使ったのは百三十億円。少ない予算の枠内で設計に知恵を絞って、小さくて軽く割安の探査機をつくり、NASAも驚かす探査を成功させた」と。26)
このような日本の優れた宇宙の民生部門(科学技術)にも、軍事部門特有の文化と行動様式が浸透すれば、「核戦争仕様」が押し付けられ、これまでの競争力と魅力とが失われていくだろう。
5. 平和と繁栄への代案
「日本は東海に張られし一本の弦、平和の楽を高く奏でよ」
(結城哀草果、1953年)
沖縄伊江島の米軍基地の前に建てられた団結道場の壁には「基地をもつ国は基地にて亡ぶ」と書かれている。米軍にMD基地を提供する国は、本格的な宇宙戦争を引寄せ、宇宙での核爆発や原発爆発といった新型の核戦争を呼び込み、経済的に荒廃する道を歩み、「基地にて亡ぶ」道を歩む可能性が高い。
MD導入を求める背景には、2つの異なる思惑があった。
第一は、米国の軍産複合体側の要請に発する側面だ。彼らは、自らが構築した新型戦争システムに日本の軍事力と資源とを動員したいと望んでいる。
いま一つは、安倍政権の独自の戦略に発する側面だ。彼らは、米国側の要請の範囲を超えて、日本と中国との覇権争いに米国をひっぱりこみ、東アジアの指導国としての地位を固めたいと願っている。彼らの背後には、「戦後レジーム」(ポツダム・占領憲法体制)から「日本帝国の栄光の歴史」を取り戻したいとするリビジョニストの積年の戦略がある。27)
安倍政権の思惑に沿って、集団的自衛権を認め、MDを受け入れていけば、日本は、東アジアにおけるイスラエルのような存在となっていくだろう。これは、米国の指導層も望まない道であろう。
それでは何をなすべきか。過去20年間も続けてきた新型戦争=半宇宙戦争がなぜ起こったのか、何をもたらしたのかを総括し、半宇宙戦争自体を禁止することであろう。
『第3次宇宙基本計画』には「対衛星攻撃の禁止」などを取り決める「国際行動規範」の作成を課題の一つにあげている。宇宙戦争・核戦争の防止という見地にたてば、「衛星攻撃の禁止」は正しい方向への一歩だ。ただしドローン戦争など、半宇宙戦争を野放しにしておいては、「衛星攻撃の禁止」も「核全廃条約」の締結も絵にかいた餅に終わるだろう。「新型戦争」の名の下で実践されてきた野蛮な半宇宙戦争自体を禁止することから始めねばならない。「宇宙の脱軍事化」と「核兵器・核発電の全廃」とを車の両輪として、しっかりと据えることから、宇宙の戦場化と新型核戦争という2つの悪夢を取り除く展望が見えてくるのではないか。
米国のケネディ大統領は、暗殺される1年前の1962年9月12日にテキサス州ライス大学で講演し、「核の科学と同様に、宇宙科学それ自身には 良心というものがありません。・・・・私たちが船出しようとしているこの宇宙が平和の海となるのか、恐ろしい戦争の海となるのかは、私たちの決断にかかっているのです」と若者に説いた。28)
それから53年が経ったが、ケネディが問いかけたのと同じ問い――この宇宙が、はやぶさ2号が安心して飛べる「平和と繁栄の海」となるか、「恐ろしい戦争の海」となり、新型核戦争を招いてしまうかの岐路に、キャロライン・ケネディ駐日大使とともに、私たちは立たされている。29)
1)Report of the Commission to Assess US National Security Space Management and Organization,Jan.2001,p.15.
2)藤岡 惇「宇宙基本法の狙いと問題点」『世界』2008年7月号、29-32ページ。
3)詳細は、藤岡 惇『グローバリゼーションと戦争――宇宙と核の覇権をめざすアメリカ』2004年、大月書店。
4)Union of the Concerned Scientists, Space Security, 2007.
5)福島康仁「宇宙空間の軍事的価値をめぐる議論の潮流」『防衛省防衛研究所紀要』15-2,1913年2月号。
大熊康之『軍事システムエンジニアリングーーイージスからネットワーク中心の戦闘まで』2006年、かや書房。
大熊康之『戦略・ドクトリン統合防衛革命』2011年、かや書房の8・9章。またリチャード・ウィッテル(赤根洋子
訳)『無人暗殺機ドローンの誕生』2015年2月も参照。
6)詳細は、藤岡 惇『グローバリゼーションと戦争――宇宙と核の覇権をめざすアメリカ』2004年、大月書店。
7)藤岡 惇「ブッシュの8年間をどう見るかーー新帝国主義へのUターンがもたらした諸矛盾」『立命館経済学』57巻特別号、2008年11月。
8)James Fallows, Tragedy of the American Military, Atlantic Monthly, Jan/Feb. 2015,pp.76-84.
9)『朝日新聞』2013年4月9日付け。
10)豊田利幸「『ハイテク防衛』のおとしあな」『軍縮問題資料』一九九四年四月号、六七~六
八ページ。
11)Paul B.Stares, Space and National Security, 1987, pp.190-199. 『グローバリゼーショ
ンと戦争』2004年50ページ
12)http://www.soranokai.jp/pages/newKihonkeikaku_gakkai.html
13)William J Broad, Administration Conducting Research into Laser Weapon, New York Times, May 3, 2006.Space Security, 2007; Space Security,2007,p.129。
14)福島康仁「宇宙空間の軍事的価値をめぐる議論の潮流」前掲、56ページ。
15)Report of the Commission to Assess US National Security Space Management and Organization,Jan.2001,p.15.
16)『産経新聞』2013年5月17日。
17)aviationweek.com, Feb.21 2014.
18)米国の宇宙業界は、 “Space War:Your World at War”(『宇宙戦争:あなたの世界は今や戦時下に』)という無料の電子業界紙(日刊)を発行している。2014年7月23-24日付け記事から引用した。
19)Ensuring America’s Space Security:Report of the FAS Panel on Weapons in Space, 2004 所収のDennis Papadopoulos, Satellite Theat due to High Altitude Nuclear Detonations.またDaniel G. Dupont, Nuclear Explosions in Orbit, Scientific American, June 2004, D.G.デュポン「ハイテク社会を揺るがす宇宙からの核攻撃」『日経サイエンス』2004年10月号、96-98ページ。
20)山田克哉『原子爆弾――理論と歴史』1996年、講談社、423-436ページ。山田克哉『日本に原子爆弾はつくれるのか』2009年、PHP新書、183-208ページ。
21)『日本経済新聞』2014年5月23日。
22)藤岡惇「軍事攻撃されれば原発はどうなるか」、後藤宣代ほか『カタストロフィーの経済思
想――震災・原発・フクシマ』2014年、昭和堂。
23)グリーンピースの原子力専門家の指摘は、『赤旗』2014年9月3日。
24)ブルース・ギャグナン(藤岡 惇・田中利幸訳)「宇宙的視野から核兵器廃絶の展望を考え
る」『世界』2010年6月、263ページ。
25)Joan Johnson-Freese, Space as a Strategic Asset,2007,p.95.
26)『日本経済新聞』二〇一〇年六月一五日付け。
27)リビジョニズムを日本では「歴史修正主義」と訳することが多いが、この訳語には「歴史像をより正しいものに改める」という肯定的な語感が伴うので、適訳とはいえない。「歴史像再審主義」といった、より価値中立的な語感の訳語に改めることを提案したい。
28)Mike Moore, Twilight War,2008,p.200
29)「宇宙軍事化の危険、平和な宇宙への希望」というテーマをかかげて、本年7月30日から8月1日に京都の同志社大学と立命館大学にて「宇宙と平和・国際セミナー」が開かれた。国際平和団体のGlobal Network against Weapon and Nuclear Power In Space の第23回年次大会を兼ねており、40名の専門家・市民が来日した。日本在住者を含めた総数では、300名が参加し、本稿と同じテーマが国際的視野で議論された。詳細は、http://space-peace-kyoto.blogspot.jp/ およびhttp://www.space4peace.org/ さらに筆者のHP http://www.peaceful.biz/ を参照されたい。
注記:筆者は『世界』2015年3月号に「新型核戦争システムと宇宙軍拡――第3次宇宙基本計画は何を描くか」という論文を書いた。ただし紙幅の関係で、大幅に圧縮されたために、論旨が不明確となったところがあった。ここに『世界』の編集者の了解のもとで、元の原稿を公にするとともに、一定の補充も行った。
初出:「ピースフィロソフィー」2015.10.3より許可を得て転載
http://peacephilosophy.blogspot.jp/2015/10/blog-post.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5708 :151003〕
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