青山森人の東チモールだより 第314号(2015年12月16日)
- 2015年 12月 17日
- 評論・紹介・意見
- チモール青山森人
解放運動の政治から国家運営の政治へ
首相の座を目指す可能性を否定しない大統領
最近、タウル=マタン=ルアク大統領の次期総選挙への出方に注目する記事が東チモールにかんする報道で目立っています。ここではポルトガルの通信社「ルザ」(Lusa)によるタウル=マタン=ルアク大統領へのインタビュー記事(2015年11月18日)を参考にとりあげてみます。
タウル大統領は地方住民との対話集会で二期目の大統領となるつもりはないことを断言し、政党を立ち上げることについて今は大統領の職務に集中しているので何もいえない、時が来たら話すと述べてきましたが、この「ルザ」とのインタビューでも次期大統領選で再び大統領候補となることはないが、首相候補になることについては排除しない、時が来たら話すと語っています。
2017年5月の独立記念日(「独立回復」記念日)に大統領就任式がおこなわれるはずなので、同年4月には大統領選挙が終了しているはずです。わたしの見方ですが、もし現タウル=マタン=ルアク大統領が再出馬すれば再選は間違いないことでしょう。しかしタウル=マタン=ルアク大統領は、再出馬を否定しています。国会議員(一院制)の総選挙は前回の選挙日程からすれば2017年6~7月に行なわれ、8月に新国会議員が就任し新内閣が発足することでしょう。タウル大統領は、首相候補になることについては排除しないというのです。「何もいえない」とはいうものの、これは相当のことを宣言しているのと同じです。
首相になるには国会内での多数の支持が必要です。政党を率いて総選挙に臨まなくてはなりません。その政党について「ルザ」は来年の初めにタウル=マタン=ルアクを首相に押し上げるための新政党が正式に登場するかもしれず、その政党は「人民自由党」(Partido de Libertação do Povo=PLP)という政党であろうと推察し、この政党について大統領に質問すると、大統領は時が来たら話すとはぐらかしています――「わたしは祖国を見捨てはしない。死ぬまで最善を尽くす。時が来たら話す。何事にも時というものがある。この件は2017年だ。そんな長い先ではない。もうすぐだ」と。
「ルザ」の記事では、今年になってすでに三つの政治勢力が誕生したがタウル=マタン=ルアクの政党とおぼしきこの政党はまだ登録されていないと報じています。この政党名ですが、わたしがこの党の設立に関わっている人から聞いたところによると、あるいは一部の報道によると「大衆自由党」(テトゥン語でPartidu Libertasaun Popular =PLP)という名前で、つい12月10日、3万5000人以上の署名をもって控訴裁判所に登録申請されました。党首は「反汚職委員会」の初代委員長であったアデリト=デ=ジュスス=ソアレス氏です。ソアレス氏は「反汚職委員会」の委員長に就任する前は法律家としてよく日本に招待され講演をし、帰ってくる度にかわいらしい日本語を憶えてくる茶目っ気たっぷりの知識人です。そして解放運動中のこの人物の活動から鑑みて、この政党がタウル=マタン=ルアク大統領と関係しているとしても不思議ではありません。「時が来たら」、PLPの党首がソアレス氏からタウル氏に交代するかもしれません。
あるいは抵抗運動に身を投じた若い世代の代表格として、このソアレス氏自身が首相の座を目指すことも将来ありうるかもしれません。現在60代のシャナナ=グズマンやマリ=アルカテリなどの1970年代からの指導者たちから、現在40代となったいわゆる「サンタクルス世代」(「サンタクルスの虐殺」の犠牲者になった1990年代の抵抗運動の中心的存在)へ円滑に主導権のバトンを渡すのが自分の役割だと50代のタウル=マタン=ルアク大統領は大統領就任当時に語っていたことを想起すると、そう考えたくもなります。
「ルザ」はタウル=マタン=ルアク大統領に首相になりたいのですかとくいさがって訊ねても、大統領は、政府を指導するには多数を占めることが要求される、首相になりたいかなりたくないかということではなく、最大の得票で選ばれることが必要で、ルイ=アラウジョ(現首相)は連立政権による政治判断で選ばれたのであり、ルイ=アラウジョ本人が求めたのではない、と回答を避けています。いつ発表するのですかという質問には、「不可能なことは何もない」「なんでも可能だ」と何事も起こりうるといってかわしています。
しかしながら、ともかく首相を目指す可能性を否定しないことにおいての可能性の肯定という意味で、タウル=マタン=ルアク大統領のいまの心境のほどを察することができます。
“政治性”を帯びてきたタウル=マタン=ルアク
タウル=マタン=ルアク大統領のこの“動き”は噂として今年の5月ごろから流れ、シャナナ=グズマン前首相の連立政権構想に組み込まれた最大野党(?)フレテリンのある幹部は、大統領が全国津々浦々の村落を訪問して対話集会を重ねているのは選挙運動のためだとわたしに語り、警戒心を顕わにしていました。
民族解放運動のシンボルで最高指導者のシャナナ=グズマンがジャカルタに囚われの身になった1990年代、侵略軍にたいする苦しい闘いを民衆とともに分かち合ったコニス=サンタナとデビッド=アレックスそしてタウル=マタン=ルアクの三人の解放軍司令官は一般庶民にとって1999年の住民投票に導いた闘争現場の英雄なのです。前者2名の司令官は戦争中に亡くなった為、タウル=マタン=ルアク大統領はその2人の栄光も背負っているところもあり、人気の面ではシャナナ=グズマンには決してひけをとりません。独立後、タウル=マタン=ルアクは国防軍の司令官として、そして大統領として、政党政治という意味での政治性から距離を保ち、ゲリラの英雄として外国支配からの自由と解放そして人民の団結という意味での政治性を強調する立場を保ってきました。
しかし上述したように首相の座を目指す可能性を否定しないという立場を示す昨今、タウル=マタン=ルアク大統領にこれまでとは異なる意味での政治性が否が応でも帯びるようになってきました。
まず大統領という立場で野党不在の国会にたいし強い態度を示しています。一例をあげると、10月に国会で採択された新党設立のための新規則(新政党を登録するには1500名の署名が必要だったのが2万名の署名にひき上げられた。「東チモールだより第313号」参照)を、タウル=マタン=ルアク大統領は、少数政党が30~40あるのは民主主義にとって良いこと、選ぶのは国民だ、東チモールのような新興独立国にとって政党を制限する必要はないという考えを示し、この法案を控訴裁判所に諮る手続きをしたのです。
もう一つの例。現在、来年度予算案が国会で議論されています。東チモールの会計年度初めは1月です。来年度も今年とおなじ15億ドル規模の予算額になるといわれていますが、あいも変らず「石油基金」に財源を依存した大規模インフラ整備中心の内容となっていて、これにたいしタウル=マタン=ルアク大統領は大規模インフラ整備にかける予算を削減して、教育・保健・衛生・農業の四部門にお金をかけ国民の生活向上を最優先させなければ予算を公布しないと国会に強く主張しているところです。これまで予算案については口で注文つけるだけでしたが、今回は違うようです。大統領は権限を使うぞと国会を脅かしているのです。なお、ここでいう大規模インフラ整備とは、オイクシの経済特区の建設事業と「タシマネ計画」(チモール海のガス田開発を前提とした南部海岸地方の開発計画)の一環であるスアイの供給基地建設事業のことを指します。
大統領、オイクシの住民対話集会をボイコットされる
今年2015年は、1975年11月28日のフレテリンによる独立宣言から40周年にあたり、またポルトガルがオイクシのリアフという場所に初上陸した1515年から500年目にあたることから、これらを記念する式典が飛び地・オイクシで催されました。当然、タウル=マタン=ルアク大統領もオイクシに赴きました。ついでといっては何でしょうが、大統領はオイクシのコスタという村落で12月1日、対話集会を開くことにしていましたが、集まったのは他村からの住民15人で、コスタ村の住民は誰も参加せずこの集会は流れてしまったのです。
大統領による住民との対話集会は、国会議員がめったに訪れない遠隔地の住民が窮状や要望を大統領に直訴できるよい機会なので住民にとっては有難いことのはずなのに、なぜ、この集会には誰も参加しなかったのか。『ディアリオ』(2015年12月2日、電子版)は、経済特区の特需で住民は得るものは得たのでとくに訴えることがないからという意見を紹介していますが、何者かが住民に参加しないように圧力をかけて集会のボイコットを画策したという見方も示し、その何者かというのは経済特区の関係者であることを示唆しています。
つまり対話集会がボイコットされたのは、タウル=マタン=ルアク大統領が経済特区建設費用の削減を求めていることにたいする反発の表れかもしれないし、オイクシ経済特区の最高責任者はフレテリン書記長のマリ=アルカテリ元首相で、マリ=アルカテリ元首相を任命したのはシャナナ=グズマン首相(当時)であることを考えれば、つまりは現在の大連立政権の大御所が絡んでいる事業に物申す大統領への警告なのかもしれません。大統領が次の首相の座を狙うかもしれないとしたら、大統領の人気をおもえば既得権益に浴している政権担当者としては心中穏やかではないであろうという想像をしたくなります。
大規模プロジェクトよりも住民の生活を
タウル=マタン=ルアク大統領は、12月2日、オイクシから首都に戻ると記者に、「わたしはすでに全国370以上の村落をまわった。住民はいう、大統領、空港建設に何百万ドル、港建設に何百万ドルかけているが、われわれ住民にはいまだ水がひかれていないのですよ」という住民の訴えを引用し、政府は大規模インフラ整備にかんして能力はさほどない、自分は人びとの願いを国会に伝えるために国民を代表しているとして、大規模事業費削減と国民生活重視の予算案作成を国会に強く求めていく姿勢を示したのでした(『ディアリオ』(2015年12月2日、電子版)。
政府と大統領府の駆け引きは、2017年の総選挙の前哨戦かもしれません。シャナナ=グズマンやマリ=アルカテリなどの1970年代からの指導者たちは、一世代若いタウル=マタン=ルアクにとって大先輩ですが、かれらの談合ともいえる連立政権の汚職の実態を見るにつけ、自分が立ち上がらなければならない、自らの政治性を解放運動の政治から国家運営の政治へ転換していかなければならないと、元ゲリラ参謀長だった大統領は決断している最中なのかとわたしは推察するしだいです。
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5811:151217〕
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