メディアの監視対象である政権がメディアを監視しようとする愚かで危険な野望
- 2016年 2月 15日
- 時代をみる
- 醍醐聡
2016年2月15日
2月8日、9日の衆議院予算員会で、高市総務相は放送法第4条に違反する、政治的に不公平な放送などを繰り返した放送事業者に対しては電波法第76条第1項を適用して電波停止の処置を取ることもあり得ると発言した。
これについて、高市氏や菅官房長官は、総務省がこれまでから言ってきたことを繰り返しただけで、当たり前のこと、と平静を装っている。しかし、多少とも国会会議録等を調べるとわかることだが、今回の停波発言は、菅総務相(2007年当時)の国会説明や国会審議の経緯をたどると、これまでの総務省見解の繰り返しどころか、反故というべきものである。
また、ネット上では、虚偽の放送をした以上、行政が乗り出して正すのは当然と言う意見が見受けられるが、「何が虚偽か」「何が公平か」を誰が、どのような基準で判断するのかは、番組編集の根幹にかかわる問題である。ましてや、放送法第4条第1項4号で定められた「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」に適合するかどうかは報道番組の編集の生命線ともいえる問題である。
時の政権の一員である放送事業の所管庁が、こうした問題の審判者かのように振る舞うとしたら、放送の国家統制の入口に立つことになる。
そもそも、報道番組の多くは、時の政権が推進しようとする国策を取材対象とするものである。そのように取材・報道の対象(国策のプレイヤー)である行政機関が取材・報道のアンパイアかのように振る舞い、自らを監視するメディアをコントロールしようするのは、相互に独立し、緊張関係を保つべき一方当事者が2役を兼ねる矛盾である。
このような認識から、私も共同代表の1人を務める「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は運営委員会の協議を経て、今日、高市総務大臣宛てに次のような申し入れ文書を発送した。また、同文を放送界の次の団体(の長)宛てにも発送した。
・BPO 濱田純一理事長
・BPO放送倫理検証委員会 川端和治委員長
・BPO放送人権委員会 坂井 眞委員長
・NHK 籾井勝人会長
・日本民間放送連盟 井上 弘会長
・民放労連
・日本放送労働組合 中村正敏 中央執行委員長
高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を
求める申し入れ
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/takaichi_daizin_ate_mosiire_20160215.pdf
2016年2月15日
総務大臣 高市早苗様
高市総務相の「停波」発言の撤回と総務大臣の辞職を
求める申し入れ
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
共同代表 湯山哲守・醍醐 聰
さる2月8日、9日の衆議院予算員会で、高市総務相は、政治的に公平であること等を定めた放送法第4条に違反する放送を繰り返した放送事業者に対しては電波法第76条第1項を適用して停波もあり得るとの答弁をした。安倍政権のもとで放送に対する介入が頻発している状況の中で放送事業を所管する大臣から、放送番組の内容と関わらせて行政処分を発動する可能性が公言されたことは、報道の自由、放送の自主自立の原則に照らして、極めて由々しき問題である。当会は以下の理由から、高市総務相に対し、上記の発言の撤回を求めるとともに、高市氏が放送事業を所管する大臣としてわきまえるべき資質を欠いていると判断し、総務大臣の職を辞するよう求める。
1. 倫理規範たる放送法第4条違反を理由に行政処分を可とするのは法の曲解であり、違憲である。
憲法・放送法学者の間では放送法第4条は放送事業者に法的義務を課す規範ではなく、放送事業者が自覚すべき倫理を定めた規定とみなすのが定説である。その理由は、政治的公平であること、報道は事実を曲げないですること、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること、などを定めた放送法第4条は、言論・表現・報道の自由の根幹をなす番組の編集方針や番組内容に関わるものであり、これらに違反するかどうかを所管庁や政権が判定し、違反を理由に行政処分や罰則など法的制裁を発動するとなれば、憲法21条で保障された言論・表現の自由を侵害するおそれが強いからである。
現に、真実でない放送をされ、人権を侵害されたとして放送事業者に訂正放送を請求できるかどうかが争われた事件で最高裁は申立人の訴えを棄却する判決を言い渡した(2004年11月25日)。その判決文の中で最高裁は放送法第4条の性格を次のように解釈している。
「法4条1項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。」
このような最高裁の法解釈に照らしても、放送法第4条が放送事業者に対外的義務を課す規範規定ではなく、4条各項で定められた事項を自律的に確保するよう促した倫理規定であることは明らかである。したがって、放送法第4条に違反する放送がなされたことを以て行政処分の根拠とするのは法の趣旨の曲解であり、違憲であって許されない。
もっとも、ここで言う「倫理規定」とは放送事業者の「編集権」なるものを無条件に容認する趣旨ではない。まして、放送法第4条第1項各号への適合を番組編集者の裁量に無制約に委ねたものでもない。「倫理」とは最高裁判決も指摘するように放送事業者が国民全体に負う「義務の自覚」を前提にした自律を意味している。
昨今のNHKの放送、特に報道番組は政府の意向を忖度し、代弁する政府広報に偏したものが多い。こうした政治的偏向を正すには、NHKの自律を待つだけでなく、BPOによる監視はもとより、NHKの主権者というべき視聴者からの理性的な批判が不可欠である。NHKはこうした視聴者の批判に真摯に向き合い、「義務の自覚」を実際の番組編集に活かすことが不可欠である。放送事業者の「自律」とは国民の知る権利に奉仕する使命を果たすために与えられた自治であって、視聴者からの批判を「聞き置く」身勝手な裁量を意味するのではないことを、ここで強調しておく。
2. 停波発言は2007年の放送法改正にあたって行政処分の新設案が削除され、真実性の確保をBPOの自主的努力に委ねるとした国会の附帯決議を無視するものである。
2007年の国会で、政府から提出された放送法改正案の中に、ねつ造番組を放送した事業者に対し、再発防止計画提出を義務付ける行政処分規定が盛り込まれた。しかし、衆参両院の法案審議において、こうした規定は「公権力による表現の自由への介入にあたる」との反対意見が出された。日本弁護士連合会も2007年3月28日に発表した「会長談話」の中で、「行政機関が,免許権限を背景として再発防止計画の提出を求めることは,その要件が必ずしも明確でないことも相まって,放送事業者に萎縮的効果をもたらすおそれが強く,国民の知る権利を損なうものとなることが懸念される」とし,「放送倫理上の問題は,放送事業者が自らを厳しく律することによって解決されるのが望ましい」と指摘した。
こうした意見を受けて、新たな行政処分規定は削除され、代わって、衆参両院の総務委員会は、放送界が共同で設置した第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の「効果的な不断の取り組みに期待する」との附帯決議を採択した。
この附帯決議は放送法第4条が倫理規範であることを踏まえた妥当なものであった。菅義偉総務相(当時)も、新たな行政処分は「BPOによる取り組みが発動されるなら、私どもとしては作動させないものにしていきたい」と述べ、BPOによる再発防止策が機能している間は、行政処分規定を凍結する考えを示した。
(2007年5月22日、衆議院本会議 。なお、以上については、奥田良胤「『ねつ造』に関する新行政処分放送法改正案を国会に提出」『放送研究と調査』NHK放送文化研究所、2007年6月も参照)
ところが、高市総務相はさる今年2月8日の衆院予算委員会で、「BPOはBPOとしての活動、総務省の役割は行政としての役割だと私は考えます」と答弁し、BPOの自立的な努力の如何にかかわらず、行政介入を行う意思を公言した。このような発言は2007年の衆参附帯決議の趣旨に反し、菅総務相(当時)の答弁とも相反する不当なものである。
3. 放送法第4条に違反するかどうかを所管庁が判断するのは編集の自由の侵害である。
放送法第4条違反を理由に停波を発動することがあり得るとした高市総務相の発言は、放送された特定の番組の内容が事実を曲げたものかどうか、政治的に公平かどうか、意見が対立している問題について多くの角度から論点を明らかにしたかどうかを所管庁(総務省もしくは総務大臣)が判断することを意味している。当会が今回の高市発言で最も問題視するのはこの点である。
というのも、事実を曲げたかどうか、政治的に公平だったかどうか、多角的に論点を明らかにしたかどうかは往々、価値判断や対立する利害が絡む問題である。そして報道番組の取材対象の大半は、時の政権が推進しようとする国策であり、報道番組では政府与党自身が相対立する当事者の一方の側に立つのがほとんどである。
このような状況の中で、政府の一員であり、放送に関する許認可権を持つ総務大臣が、放送された番組が政治的に公平かどうかの審判者のようにふるまうのは、自らがアンパイアとプレイヤーの二役を演じる矛盾を意味する。その上、総務大臣が自らの判断で放送法第4条違反を認定し、その結果をもとに行政処分に踏み切る可能性を公言するとなれば、放送事業者に及ぼす牽制・威嚇効果は計り知れず、そうした公言自体が番組編集の自由、放送の公平・公正に対する重大な脅威となる。
当会は以上挙げた理由から高市総務相の停波発言に抗議し、直ちに発言を撤回するよう求める。さらに、放送法の番人を装いながら、その実、行政処分権をちらつかせて放送事業者を萎縮させ、放送を政府のコントロール下に置こうとする野望を隠そうとしない高市氏は放送事業の所管大臣として失格であり、すみやかに辞任するよう求める。
初出:醍醐聡のブログより許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3294:160215〕
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