「リフレ」の自縄自縛に陥った黒田日銀
- 2016年 2月 22日
- スタディルーム
- 矢沢国光
1 「円安・株高」は、安倍政権の唯一最大の応援団だ。ところが、円安が円高に振れ、円高が株価を暴落させている。その直接のきっかけは、皮肉にも、「円安・株高」を演出してきた安倍政権の盟友・黒田日銀の「マイナス金利」であった。
2 1月29日に黒田日銀が決定し2月16日から実施された「マイナス金利」は、理論的には、2013年4月に黒田日銀が打ち出した「リフレ政策」、つまり①2%物価上昇というインフレ目標を掲げて、②金融の量的・質的緩和により予想物価上昇率を上昇させて、③デフレ脱却する、というシナリオの「レフレ政策」の延長であった。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf
3 1月29日、黒田総裁が記者会見で「マイナス金利の導入」の理由として再三持ち出したのは「イールドカーブを押し下げる」ことであった。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf
「イールドカーブ」とは、債券(このばあい日本国債)の年次[1年もの、3年もの等]を横軸に、金利(%)を縦軸に取ったカーブである。
2016年1月29日の日本国債のイールドカーブは、次のように右肩上がりのカーブなっている。
年次 1年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年
金利(%) -0.068 -0.083 -0.072 -0.069 -0.071 -0.075 -0.055 -0.008 0.043
10年 15年 20年 25年 30年 40年
0.104 0.436 0.833 0.985 1.103 1.235
黒田総裁の説明によれば、(1)マイナス金利は、このイールドカーブの起点(1年もの国債の金利)を押し下げ、(2)従来の量的質的緩和(日銀による国債の買い入れ、とくに長期国債の買い入れ)によって、高年次国債の金利を引き下げ、(3)両者を併せて、イールドカーブ全体を下方に押し下げることによって、金利全般を押し下げる圧力となる。
それによって狙うのは、「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」であり、2%の物価上昇である。
狙いは2013年4月の「黒田バズーカ砲」からまったく変わっていない。インフレ期待がインフレを実現し、インフレが経済の好循環を実現するという「リフレ政策」である。
4 マイナス金利の導入によって住宅金融や定期預金の金利まで下がったことは事実だ。だが金利の低下が円安・株高に結びつかない。ぎゃくだ。円の対ドル相場は、1ドル120円台後半から110円台前半へと、円高になった。株価は、2万円から1万5千円台に下落した。
5マイナス金利が「企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換」に結びつかないのはなぜか?
(1)「マイナス金利」の逆サプライズ効果。欧州中央銀行やデンマークのマイナス金利は、遠い国の話。「お金を貸して、貸した方が金利を払う」など、これまで経験してきた経済生活の常識が180度ひっくり返る出来事だ。何かとんでもない事態が起きているのではないか、という警戒心を抱く。
(2)「円高」は、じつは、マイナス金利導入以前から進んでいた。2015年12月121円台から2016年1月のマイナス金利導入前の117円台へ。円高の原因として「安全資産としての円への逃避」が指摘される。金利だけ比べればドルの方が円より高いが、「安全資産」としての評価は円がドルを上回る。ゆえにドル売り円買いが起きる。
(3)円高要因は、これだけではない。原油価格の低下が日本の物価を引き下げ、前年度の消費者物価上昇率は、マイナスになっている。予想物価上昇率がマイナスになると、予想実質金利、つまり名目金利-予想物価上昇率は、名目金利より高くなる。これも円高の要因となる。
質的量的緩和(国債の買い入れ)が物価上昇をもたらさないからといって、マイナス金利を導入したところで、物価上昇は実現しないのだ。実現しない理由は、いま見たように、日本経済にあるのではない。アメリカ経済の長期低迷、中国経済の減速、原油価格の下落による資源国の低迷等、国外(世界)要因によって「リフレ政策」は失敗を運命づけられているのだ。
6 にもかかわらず、黒田日銀は、何が何でも「物価2%」のリフレ政策を実現せねばと、マイナスを導入した。悪あがきだ。
黒田氏は、安倍に請われて日銀のリフレ派ジャック(乗っ取り)を引き受け、2013年4月、果敢に「量的質的緩和」のバズーカ砲をぶっ放した。
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdf
日銀による国債の大量買い取りは、体のよい「円安政策」であった。欧米はこれに気づいていたが、表だって非難しなかった。欧米経済の低迷を「アベノミクス」が救ってくれるかと期待したからだ。これまでの2年半、円安が急速に進み、円安に引っ張られて、株高が進んだ。だが3年目になっても「2%インフレ」は実現せず、日本経済は、マイナス成長、賃金低下、非正規増大、格差拡大、人口減のままだ。
ここに来てはっきりしたことは、「リフレ」の失敗である。
黒田氏はリフレの失敗を認めず、量的緩和、質的緩和につづく「マイナス金利」という第三の手段を見つけ出してきたが、これは実際には、人々を警戒させ後ろ向けにさせる逆効果でしかなかった。黒田氏はみずからかかげた「2%上昇」に自縄自縛されている。
黒田日銀は、「リフレ」は失敗したが、すでに2年半も安倍政権を支えた。もうそろそろ失敗を認めてリフレ政策から撤退しても、安倍政権に感謝されこそすれ、文句を言われることはあるまい。
7 リフレに代わる経済政策は何か?
リフレ政策は、金融を通した市場への働きかけである。市場の働きが日本経済の再生にとって無力であるならば、中央・地方の政府による経済資源の適切な配分――中央・地方の財政政策――しかない。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study708:160222〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。