技術屋で、職工じゃない-はみ出し駐在記(82)
- 2016年 2月 25日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
デトロイト近郊でいつものようにてこずっていた。電話で上司にアドバイスをもらいながら作業していたが、見かねた上司が、そのトラブルに詳しい応援者が来ているから、助けにだすと言ってきた。助けてもらえるのはありがたいのだが、素直に喜べない。
上司の言葉にいつも以上の棘があった。素人のお前じゃいつまで経っても埒が明かないから。。。棘に刺されて面の皮も随分厚くなったが、棘に慣れたわけでも、痛みを感じなくなったわけでもない。棘に刺されて成長する人もいるだろうが、刺され続ければ人は卑屈になりかねない。卑屈にならないように外れて、だからどうしたって、そのうち。。。と思って自分を支えていた。
マシニングセンターの作動油がどこかから漏れていた。油圧漏れといっても、どっと噴出すわけではない。機械の内部のどこかで滲み出るように漏れている。油圧タンクを一杯にすれば一週間で三分の一くらいの作動油が漏れてなくなってしまう。漏れた作動油は最終的には機械のベッドの切削剤タンクに流れ込む。切削剤タンクは大きいから、作動油がちょっと流れ込んだぐらいでは溢れない。
電気系の障害なら、障害の可能性のあるところを外部から測定できるが、油圧系は測定のしようがない。油圧を駆動源としている機械の内部構造から、油漏れの可能性は工具交換装置まで含めた主軸系であることはほぼ確実なのだが、その先が分からない。ここかもしれないということで機械を分解してしまえば、油圧回路も分解されてしまうから、障害そのものがなくなってしまう。分解は大仕事なので、障害箇所をピンポイントで特定してからしかにしたい。闇雲に分解すれば、修理どころか新しい障害を招きかねない。
作動油の流れる方向はソレノイドバルブで制御されていた。油漏れの可能性のある油圧回路のソレノイドバブルを外して、回路を封鎖した状態で機械を放置して、油圧タンクの油面が下がるかを見て行く、時間のかかる作業をしていた。それ以外に油漏れの箇所を特定する方法を思いつかなかった。油漏れし易い箇所を、たとえ可能性にしても、特定するほど構造上の弱点を熟知していなかった。
夕方デトロイト空港で応援者を出迎えて、まずモーテルにチェックインしてもらった。時間も時間だったので近間のダイナーに夕食に行った。夕飯を食いながら、障害の現象とやってきたことを説明した。整理のついていない説明だったのだろう。何を言っても上の空というのか、まるで聞く理由がないという態度にあきれたが、しょうがない。勤めて冷静を保った。一歳下だが、日本で毎日機械の修理に飛び回っていた人で、おそらく五年以上の現場経験がある。
翌朝、客に入って機械の前に立つなり、障害は工具をクランプするシリンダーに嵌めてあるOリングの磨耗だと言い切った。昨日の晩には何も言わずに、今朝になったら天命でも下ったのか?何もチェックせずに、なぜそう言えるのか信じられなかった。
日本でも全く同じ現象があちこちで起きている経験からそう決めこんでいた。シリンダーは大きなモータの影に隠れて見えない。フツーに考えれば、シリンダーを外すには大きなモータを外さなければならない。工場では順序だてて組立てているからいいようなものの、現場での修理にその手順を追っていたら、前段階の作業だけでも一仕事になってしまう。
応援者の指示に従って、客に頼んで専用工具を作った。まず、一本はおおよその長さ一メートル、もう一本は二十五センチ程度の直径十ミリくらいの丸棒を溶接してT字型レンチを作る。次に六角レンチの先を十ミリほど切り落として、それを一メートルの丸棒の先に溶接してもらった。
モータの側面を迂回できるように、一メートルの丸棒の中央を膝に当てて、変な「コの字」のような「くの字」のような形に曲げた。モータに隠れて見えない、七八十センチくらい先にあるシリンダーを取り付けているボルトの六角穴をT字型レンチの感覚で探す。そこに溶接した六角棒レンチを差し込んで、ボルトを緩めてゆく。四本のボルトを抜いてシリンダーを外した。
シリンダーを分解して、持っていた新しいOリングに交換して、シリンダーを組上げた。一人が機械の下の潜り込んで、組上げたシリンダーを取り付け位置に両手で持ち上げて、もう一人が手探りで取り付けボルトを締めてゆく。モータをそのままにして、その裏の見えない七八十センチくらい先のシリンダーとボルト。手の感覚が頼りの修理現場の職工レベルのノウハウだった。
痛んで油漏れの原因となっていたOリングと持っていた未使用のOリングを見比べたが、目視ではどっちも同じにしか見えない。目視でもノギスで測っても分からないOリングの磨耗が油漏れの原因だった。
シリンダーは機械構造に合わせて設計製造したもので、市販品ではない。機械を導入して半年足らずでOリングが磨耗した。取り付けたOリングが不良品だったいうことでもないし、組立て時に傷をつけたわけでもない。もし、そうだったら、機械を使い始めて数日のうちに油漏れに気づく。
使い始めて半年くらいで滲み出るような油漏れ、それは社内で製造したシリンダーの内面の表面粗さが荒すぎて、ピストンの移動に伴ってOリングが磨耗したとしか考えられない。Oリングを交換すれば油漏れは止まる。ただ半年もすれば、またOリングが磨耗して油漏れが起きる可能性が高い。Oリングの交換は応急処置でしかない。シリンダーをまるごと交換しなければ、問題の解決にはならない。でも日本からは何の連絡もない。磨耗したOリングを交換して修理完了。会社がそれで良しとしていた。技術屋の良心はどこに行ったと怒鳴りたかった。
半年以上経ってコネチカット州の客で全く同じ障害が起きた。職工直伝の要領でシリンダーを外して、Oリングを交換して修理を終えた。手伝ってくれた客の作業者の驚きに、応援者が多分感じていただろう、どんなもんだいという-もっちゃいけない気持ちが分かるような気がした。
同じ障害があちこちで起きていることを知らなければ、障害の原因の可能性を一つ一つチェックしてゆくしかない。技術屋としては、それがあるべき姿で、かつてこうだったからという経験から、その経験に頼った判断は危険に過ぎる。いつも障害がかつての経験かその延長線にあるわけではない。
経験に基づいた職人仕事、立派だと思う。しかしそれは職人の、職工さんの仕事の仕方であって、技術屋たるものが目指すものではない。油職工にはなりそこなったが、本来あるべき技術屋としての在り様まで捨てる気にはなれない。たとえ要領が悪くて棘に刺され続けても、目指していたのは技術屋で職工じゃない。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5922:160225〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。