日本独立志士木村三浩氏と共にセルビア大使館へ弔問―アメリカのリビア空爆と大使館員の死
- 2016年 3月 4日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
先月25日(金)の午前、日本独立運動家木村三浩氏から電話があって、セルビア大使館の前で午後何時に待合わせようとさそって来た。2月19日朝米軍の戦闘機がリビアのトリポリ西方サブラタ近郊にある「イスラム国」徴募訓練施設を空爆した。40人以上を殺害したが、その中に二人のセルビア人外交官がいた。彼等への弔問記帳がセルビア大使館で行われていたのだ。木村氏と共に弔意を示す記帳をして来たが、急なことであったので、セルビア語の綴りをミスしてしまった。はずかしい。
去年の11月8日、トリポリの駐リビア・セルビア大使館員2名、男女がサブラタ近郊で拉致されていた。長い間行方不明であった。しかし、セルビア政府の努力によって釈放も近いと言う希望的観測が流されていた。それなのに、突然2月19日のアメリカのF-15E戦闘爆撃機による空爆で二人が死亡していた事が判明した。都合が悪いことに、セルビア政府は、NATO軍人に外交特権を認める新協定を同じ日に調印しており、セルビア民族派野党の猛反発をまねいていた。それ故、セルビア首相ブーチチは、大使館員死亡に関する記者会見で苦しい表現を用いていた。「アメリカを敵にすることは難しくない。だからと言って、スラジャナ(女)とヨヴァン(男)の生命がもどってくるわけではない。」「私が誰かを非難したとしても二人は生き返って来ない。私は、真剣に、責任を以って、セルビアの国益に最も適うように対応するだろう。それは、私個人にとっても、私が領導する党にとってもプラスにならないとしても。」総選挙をひかえて、あえて国民感情にのらない、と語った。駐セルビアのアメリカ大使もまた首相と外相に自分自身の深い弔意とアメリカ国民のこの悲劇に対する心からの哀悼の意を伝えた。以上はベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2月21日)。2月23日、二人の遺体がイスタンブール経由でトルコ航空によってベオグラードにとどけられた。そしてVMAと呼ばれる軍医学アカデミー病院で解剖されることになった。『ポリティカ』(2月24日)。これで対米外交問題としては一件落着のはずだった。
ところが、『ポリティカ』(2月26日)の第1面に「ベオグラード激怒 ペンタゴン過ちを認めず」の大見出し。アメリカ国防省スポークスマンがセルビア側の主張、すなわち大使館員二人はアメリカ軍の空爆で死亡したと言う主張を否定した。空爆による殺傷の場合に通常見られる大きな外傷がソーシャル・ネットワークに表出された二人の遺体写真に見られないからだ、と言う。ただちに、セルビア首相ブーチチは、「VMAで解剖される前なら、二人の死について色々憶測できようが、今は明白だ。あなたは、セルビア人に、そして二人の遺族にあやまるのが礼なのに、今になってこんな発言をするとは!」と言う趣旨を強調した。VMAの教授もベオグラードの法医学研究所の教授も米国防省スポークスマンに反論。セルビアの世論がまさに怒っている。
ここに疑問がわく。解剖所見は「二人の遺体に拷問の跡がなく、爆発が原因で死亡した。」のようである。この所見がペンタゴンにとって否定するに値するとすれば、何故か。セルビアの軍事専門ジャーナリストのミロスラフ・ラザンスキの一文「証拠をいかにつくるか」(『ポリティカ』2016年2月27日)を要約紹介しよう。
――アメリカ軍機が拉致されていた二人を殺したのではないとセルビア国民に信じさせるには、どんな証拠をベオグラードに提供すればよいのか。拉致者が二人を前以って殺しておいて、その後アメリカが空爆する場所へ運んで置いてあった、とペンタゴンは主張するとしよう。この仮説には弱点が多い。拉致者は事前にアメリカ空爆の時所を知り得たか。そこに二人の死体を置くことでどんな利益が拉致者にもたらされるのか。あるいは、アメリカが空爆したと知って、いそいでその場所へ二人の死体を遺棄したのか。何の為に。アメリカとセルビアの関係を悪くさせるようにどこかの国の強力な秘密機関がそうやったのか。・・・・・・。
私はVMAの医師達を信じる。二人は爆撃で死んだ。アメリカ人が空爆目標地点にセルビア国民がいた事を知らなかった可能性は残る。その場合でも「済みませんでした。間違いました。遺族に補償します。」と言うのが普通だ。
私は1999年5月7日-8日の夜、ベオグラードの中国大使館空爆事件を想い出す。3人の中国人が殺された。ビル・クリントン大統領、ペンタゴン、そしてCIAは「悲劇的過失」を認めた。その結果、大使館建物の損害補償として2800万ドル、死亡した中国人記者達の遺族に450万ドルを支払った。ベオグラードの中国大使館の場合、アメリカの責任は自明だ。しかし、リビアのケースでは・・・。――
ラザンスキは、4日前(2月23日)の『ポリティカ』に次のように書いている。
――アメリカ人は、空爆目標に拉致されたセルビア市民がいた事を知らなかったと言っている。アメリカ市民ではない二人が何だと言うのだ。仮にアメリカ市民がそこに二人いたとわかっていても、イスラム国のボスの誰かを殺せるならば、彼等はそこを空爆したであろう。――
私=岩田は、日本大使館員二人であったならば、日本国首相はアメリカにどう対応しただろうかが気になった。ここでは紹介しなかったベオグラードの親欧米的・市民派週刊誌『ヴレーメ』(2016.2.25)の記事「サブラタの死」(pp.4-6)のように没感情的に客観主義的に対応したであろうか。すくなくとも「アメリカを敵にすることは難しくはない。」と言う科白は吐けないだろう。「出来ない。」からだ。
平成28年3月4日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5941:160304〕
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