安保法制の発効の日
- 2016年 3月 30日
- 時代をみる
- 安保阿部治平
かつて自民党独裁のマイナスが声高く叫ばれ、政権は野党に移った。だが民主党の政治はまるでしろうとで、政策を実現する強い信念もなく、官僚を動かす術策も持ち合わせず漂流し、国民の期待を徹底的に裏切った。
それかあらぬか、いま自民党が息を吹き返し、安倍政権が憲法を蹂躙する法律群を成立させるという暴挙をあえて行なっても、国民的抗議は大きくならない。
憲法は風前のともしびだが、改憲に反対する最大野党のなかになお改憲論者が存在するというみじめな状態の上に、国民もかつてのように自民党の独裁に拒否反応を示すこともないのである。
米ソ冷戦の間、日本は重厚長大の軍備を避け経済に専念できた。だが今や成長など望むべくもない経済構造に変ったのに、自民党はアベノミクスなる経済刺激を繰返す。愚行というほかないが、そのうらで保育所も足りない、特別養護老人ホームも足りない状態が進行している。強い閉塞感のなか、ただひとつだけ明らかなものがある。アメリカの目下の同盟者、軍国日本への道である。
あと1週間でわが郷土の「御柱祭」がある。巨大な材木を16本、何万という人が山から諏訪神社へ引く祭りである。私は準備のためもあって今年初めて産土神(鎮守)へ行った。そこに出征兵士の碑が立っている。我いとこの名前「阿部元」も刻まれている。
戦前の日本は政友会と民政党の二大保守党の争いが泥沼化して、軍部がそこに付け込んで軍閥の独裁となり戦争へ突っ込んでいった。いとこは3人少年義勇隊という名前の屯田兵になって中国東北の「満洲」へ行き、一人は敗戦のとき反乱を起こした「満州国軍」に殺された。もう一人のいとこは命長らえたものの肺結核をしょって帰国し、貧窮のなか呻吟しつつ死んだ。
私はこの戦争の歴史を繰返してはならぬと思う。だがこのままだと歴史は繰返す。次の選挙は確実に改憲派は勝利する。そして改憲が行われ、早ければ私の生きているうちに、遅くても死んでまもなく、日本は「新日本帝国主義」として復活し、アジア人の警戒と嫌悪の的となり、今度は歴史の「茶番」を繰返すだろう。何のために「60年安保」を戦い、護憲と民主を主張し続けたのか。これは私の罪か、あなたの罪か。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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