チュニジア、エジプトで起こっていることは、 アメリカ、中国や日本にとって「対岸の火事」か?
- 2011年 2月 1日
- 時代をみる
- 「ネットワーク型」抵抗運動インターネット時代の地球市民革命の可能性エジプト加藤哲郎
2011.2.1 私が個人的に親しい友人たちの永眠を嘆き、日本はアジアカップ・サッカーの優勝に沸き立っている時に、ちょうど米国大統領の年頭一般教書演説、世界経済フォーラム(WEF, 通称ダボス会議)、世界社会フォーラム(WSF)の定点観測の時期に、世界は大きく揺れ動きました。G8にもG20にも十分組み込まれず、世界の貧困と不安定要因が集中するアフリカ、それも歴史的に欧米との政治的距離の近いチュニジアとエジプトで、「インターネット時代の市民革命」です。1月28日にちょうど故早川弘道教授追悼を兼ねた『コミンテルン・コミンフォルム解散と国際共産主義運動の変容─ 1989年=1991年への帰結』という講演があったので、コミンテルン(世界共産党)は新聞・雑誌を主要メディアとした1917年ロシア革命の遺物、1943年コミンテルン解散から戦後コミンフォルム(欧州共産党・労働者党情報局)はラジオ時代のスターリン型世界戦略への各国共産党再統合の試み、1956年のスターリン批判、ハンガリー革命から国際共産主義運動が崩壊する1989年東欧革命・91年ソ連崩壊を共産党型政治文化のソフトパワーの枯渇、それに代わる「テレビ時代のフォーラム型革命」、そして、21世紀の9・11以後の世界を「インターネット時代の地球市民革命の可能性」として論じておきました。いうまでもなく、チュニジア、エジプト、スーダン南部等の動きをにらみながら、日本経済評論社の新著、加藤哲郎・丹野清人編「21世紀への挑戦 7 民主主義・平和・地球政治」に寄稿した「情報戦の時代とソフト・パワーの政治」の視点を応用したものです。
それにしても、日本のテレビ・新聞などマスコミのアフリカ・中近東報道は、貧困です。チュニジアやエジプトで何が起こっているかは、現地日本人の消息以外、よくわかりません。しょうがないので、テレビのCNNをつけっぱなしにし、インターネットで情報を集めるしかありません。フェースブックが重要な役割を果たしたというので、昔一度登録した時のパスワードを忘れていましたが、久しぶりで入ってみるとびっくり、さすが世界で6億人が登録しチュニジア革命の原動力になったソーシャル・ネットワークで、あっという間に海外の友人・知人との連絡が回復、特にかつて一橋大学で教えた留学生たち、海外の教え子の多くと、たちまちネットワークでつながりました。国内では、20代から30代の教え子たちが、すぐに反応してきました。エジプトのムバラク大統領が、携帯電話とインターネットを遮断して権力にしがみついている理由が、よくわかりました。このネットワークが政府批判で結びつき、誰かが街頭行動を呼びかけた時、何十年も続いた独裁政権があっという間に倒れてしまいました。権力の側も新しい規制を加えて「Web 2.0がControl(統制)2.0と衝突している」状態です。かつてコミンテルンが重視した戦略・戦術文書や「テーゼ」はありません。これもマスコミはあまり報じていませんが、ウィキリークスで「ムバラク政権下で弾圧や拷問が横行している実態が暴かれた」ことが、市民革命を加速しています。戦後の政党政治に特徴的な労働組合・経済団体や大衆組織との結合も、エジプトのムスリム同胞団が途中から加わったとはいえ、革命の原動力ではありませんでした。1989年東欧の教会や市民運動から始まる「フォーラム型」ともまた違った、「ネットワーク型」の抵抗運動です。ちょうど2月6-11日、「反ダボス会議」、「もう一つの世界は可能だ」の世界社会フォーラム(WSF)が、同じアフリカのセネガル、ダカールで開かれます。ダカールが「持たざる民衆の祝祭」になるか、「反グローバリズムの再確認」の場になるか、あとはエジプト軍部がどうでるか、米英がムバラク大統領を見捨てるかどうか、次男への世襲でも後継指名したスレイマン副大統領でもなく、エルバラダイ前IAEA事務局長ら反政府派に政権が移るのかどうか、エジプトから目を離せません。
エジプト革命について、日本政府の枝野官房長官は「暴力的な手段での鎮圧は抑制的にしてほしい。デモの声もしっかりと受け止め、対話によって平和的な事態収拾を求めている」とあたりさわりのないコメントを出しましたが、要するにアメリカ政府の態度がはっきりしないので独自の判断はできない、ということでしょう。例によってのアメリカ頼りの情報戦で、邦人待避のチャーター機派遣が唯一の決定です。菅首相は、世界経済フォーラムのダボス会議に6時間だけ出席して、「平成の開国」=TPP参加をアピールしたようですが、リーマンショック後の金融危機の行方は定まらず、中国の存在感がいっそう増した会議だったようです。しかもその中国清華大の学者が、「統一韓国が核兵器を保有しても、中国など周辺国の脅威にはならない」と主張したのには、要注意。「ダボスでは、昨年までと比べ中国の存在感が薄らいだ」という報道もありますが、日本人出席者だけからの取材で日本への関心そのものが低く、全体の基調は、やはり中国とインドだったようです。世界資本主義の将来が、中国の「赤い資本主義」への依存度を高めている構図です。中国の国民で市場システムへの不満はたった3%、貿易拡大歓迎が90%という面白い国際世論調査も発表されました。私が注目するのは、米国オバマ大統領の一般教書演説における4回もの中国への言及の仕方。直前の米中首脳会談もそうでしたが、「中国の政治体制が米国と異なることは承知している」としたうえで、経済体制についてはむしろ協力と競争を強調しました。かつての米ソ対立、「資本主義対社会主義」の体制間冷戦とは、全く異なる構図です。それが世界市場下の「政治体制」の違いによる「資本主義対資本主義」であるならば、20年以上前のバブル経済期を、私は「JAPAMERICA ジャパメリカの時代」と特徴づけましたが、今日の米中関係をG2=米中バイゲモニーの「CHIMERICA チャイメリカ」と見ることができるかどうかが、ポイントです。私はなおクエッションマークつきですが、世界の関心は「ジャパメリカからチャイメリカへ?」に向かっているようです。他方、「政治体制」は、かつて開発独裁下のアジアで、いまチュニジアやエジプトでも、ピープルズ・パワーの力で変革可能で、現に変わりつつあります。それが中国についてはもとより、アメリカでも日本でも可能であるのか? いま北アフリカで起こっていることは、「対岸の火事」ではありません。
政治における情報戦の役割について論じた、「戦後米国の情報戦と60年安保ーーウィロビーから岸信介まで」に続いて、ゾルゲ事件2010年墓前祭の講演記録「新発掘資料から見たゾルゲ事件の実相」(日露歴史研究センター『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』第28号、2011年1月)をアップ。日本経済評論社の新著、加藤哲郎・丹野清人編「21世紀への挑戦 7 民主主義・平和・地球政治」序論「情報戦の時代とソフト・パワーの政治」に続いて、『岩波講座 東アジア近現代通史 第6巻 アジア太平洋戦争と「大東亜共栄圏」1935-45年』岩波書店、2011年1月)に寄稿した拙稿「連合国の戦後アジア構想」も発売されたようです。今こそ情報戦の歴史の延長上で、エジプトを理解できる時です。ご参照ください。
「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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