「幻の東京オリンピック」を繰り返すのか?
- 2016年 6月 2日
- 時代をみる
- 加藤哲郎政治
2016.6.1 世界の首脳の集まる G7 サミット中に、大きな地震があったらどうなるのかと心配していましたが、気象庁HPの記録を見る限りでは、熊本・大分地方はやや落ち着いてきたようです。しかし、地震予知技術は、未完成です。南海トラフでマグニチュード(M)8~9級の大規模地震が30年以内に起きる確率は70%をはじめ、いつどこで大震災になってもおかしくないのが、地球生態系の中におかれた日本列島の位置です。熊本は「大震災」に認定されませんでしたが、この国の首相は突然、現在の世界経済を「リーマンショック級の危機前夜」と言い出して、自らの「アベノミクス」の失敗を、国際環境のせいにしました。それも、日本で開かれたG7サミットでの議長国としての公式発言です。伊勢志摩サミット開幕3日前の関係閣僚会議「月例経済報告」では、「景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている」「先行きについては、雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかな回復に向かうことが期待される」と楽観的な見通しを示していたばかりでしたから、各国首脳が驚き、たしなめたのは当然です。世界のメディアも、「安倍晋三の無根拠なお騒がせ発言」(ル・モンド)以下、失笑・冷笑の扱いです。もちろん、前回衆院戦の勝因になった消費税増税(延期)を、「リーマン・ショック並みの経済危機」あるいは「東日本大震災級の大災害」が起らない限り実施と公約してきた手前、作成者不明の資料をもとに、国内事情で「リーマン・ショック」をもち出さざるを得なかった魂胆が、見え見えです。さすがにサミットでの認証は得られませんでしたが、国内向けには一人歩きして、東京オリンピックが近づく2年半後まではあげない方向で与党の調整が進み、もともと民進党以下野党も増税延期を主張していましたから、7月参院選の争点から、フェードアウトしていきそうです。6.1首相記者会見では、「新しい判断」とか。唖然。「首相の品格」を争点にしなければ。
にもかかわらず、というべきか。サミット直後の安倍内閣の支持率は、日経と共同が56%、産経・FNNも55%、と軒並みアップ、「野党は共闘」が進んでも民進党ほか野党勢力全体の低迷があり、このままでは7月参院選は与党の勝利です。しかも、その支持率アップの理由は、米国オバマ大統領のヒロシマ訪問を90%以上の世論が歓迎し、「安倍外交」が評価されているようです。「サミット効果」というより「オバマ効果」です。私も、アメリカ大統領が広島を訪れたことは、よかったと思います。短時間ですが原爆資料館に立ち寄り、被爆者代表と会ったことも、歴史的には意味があります。アメリカばかりでなくヨーロッパやアジアでも、「原爆投下がなければ日本はまだ戦争を続けただろう」という知識人に何人も会いましたから。核戦争の脅威は、戦後70年たっても、広く認められているわけではありません。そのうえ日本人として広島・長崎を語ると、特に韓国・中国では、満州事変から南京虐殺、従軍慰安婦、731部隊などについての、日本政府・国民の「戦争の記憶」の説明と「謝罪」を求められることが、しばしばです。ですからオバマ米国大統領が、「10万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、12人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼む」「私たちは、この街の中心に立ち、勇気を奮い起こして爆弾が投下された瞬間を想像する。私たちは、目の当たりにしたものに混乱した子どもたちの恐怖に思いを馳せる。私たちは、声なき叫び声に耳を傾ける」「1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶があれば、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶があれば、変化できるのです」と述べたのは、世界の人々に対して、それなりの説得力を持ちます。ただし、「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました」「この空に立ち上ったキノコ雲の映像を見た時、私たちは人間の中核に矛盾があることを非常にくっきりとした形で思い起こす」といったレトリックには、米国政府の原爆投下の責任、キノコ雲の下の悲惨を薄める、という批判がありうるでしょう。慎重に練られた抽象性です。被爆者の中から疑問が出たのも、当然でしょう。何よりも、「私の国のように核を保有する国々は、勇気を持って恐怖の論理から逃れ、核兵器なき世界を追求しなければなりません」と言いながら、そのスピーチのすぐそばに、いつでも核戦争を起こしうる黒いブリーフケース、「核のボタン」があったことを、見逃すことはできません。ノーベル平和賞を受賞したプラハ演説「核なき世界」以降も、核軍縮は進まず、オバマ大統領の任期切れ前であることを考えれば、被団協理事長の感激と期待は、またしても裏切られる可能性大です。
オバマ大統領が、広島に到着する直前、岩国基地で米兵・自衛隊員を相手に行った演説は、米国軍総司令官として日米同盟と米軍基地の重要性を述べたものでした。背広を脱ぎ、リラックスした、無論沖縄での元海兵隊員の犯罪や地位協定への言及はない、ハッピーな演説でした。その1時間後の広島での厳粛な振る舞いが、まるで嘘のようです。こうした核使用の「謝罪」や国際法に触れない演技は、どうやら日米合作のようです。何しろ国連加盟国の約7割が賛成している核兵器禁止条約に、日本政府は「時期尚早」として、核保有国アメリカの側に立ち、長く反対ないし棄権を続けています。アメリカの「核の傘」に頼り、3/11福島原発事故後も「潜在的核保有」としての原発を保持し、再稼働まで始めたために、かつての「唯一の被爆国」というシンボルは、国際社会ではすっかり色あせました。そのうえ中国・インドなどアジア諸国の経済発展で、国際競争力を弱め、先進61カ国・地域のうち26位というのが、日本の現実です。もともと日本のメディアの狂騒とは裏腹に、G7サミットそのものが世界的重要性を失い、儀礼化する中で、日本は、アメリカとの同盟以外の選択肢を失いつつあります。
その現実に埋没し、追従しながら、特定秘密保護法・集団的自衛権・安保法制を強行し、いままた参院選で改憲勢力を絶対多数にしようとするのが、安倍政権です。軍事化・ファシズム化の危機です。オバマ演説を評価する90%以上の人々、安倍外交を評価し内閣支持率5割を復活させた人々に、丁寧に歴史を語り、日本国憲法の意義を説く必要があります。もっとも、本来社会保障財源にまわるはずだった消費税増税の先送り、高齢化、非正規雇用、生活難の増大によって、アベノミクスに幻想を持った人々の眼も、厳しくなっています。桝添東京都知事の公金私消・政治資金疑惑や、TPPの立役者甘利前経済再生担当相の現金授受には、世論も敏感に反応しています。パナマ文書の日本関係税金のがれ、東京オリンピック招致の2億円裏金疑惑解明は、現在進行形です。特に、電通が介在した後者は、フランス検察とジャーナリズムの検証次第では、参院選にも影響を及ぼし、2020年「東京オリンピック中止」さえ、ありえないことではありません。1940年の「幻の東京オリンピック」が、そうでした。紀元2600年記念祭・東京万博とセットで開催が決まっていたのに、ナチス・ドイツとの同盟に肩入れし、日中戦争泥沼化で、2年前に返上・中止を余儀なくされました。アメリカ大統領選挙の帰趨によっては、日米同盟そのものも危うくなります。「いつかきた道」は、国際社会での孤立、従属的軍事同盟強化、国内排外ナショナリズムの高揚によって、もたらされます。詳しくは、『近代日本博覧会資料集成《紀元二千六百年日本万国博覧会》」全4巻+補巻(国書刊行会)への私の監修者解説「幻の紀元2600年万国博覧会ーー東京オリンピック、国際ペン大会と共に消えた『東西文化の融合』」、及び、新規にアップした三浦英之『五色の虹ーー満州建国大学卒業生たちの戦後』(集英社)への書評「『五族協和』の内実を追う」(平凡社「こころ」30号)を、ご笑覧ください。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3471:160602〕
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