海峡両岸論 第67号 2016.06.12発行 - 緊張含みの「冷たい平和」に 蔡英文政権下の台湾海峡 -
- 2016年 6月 18日
- スタディルーム
- 台湾岡田 充
台湾新総統に5月20日、民主進歩党(民進党)の女性主席、蔡英文氏が就任した。両岸関係は、国民党の馬英九政権下でこの8年、大幅に改善し台湾海峡に初めて平和的環境をもたらした。だが「台湾独立」を党綱領にうたう民進党の政権奪還で、再び緊張含みの試練を迎えている。蔡総統は就任式演説で、「台湾国家」を強調し台湾人意識が強まる民意に配慮。一方、中国が要求する「一つの中国」(一中)への言及は避けたが、「一中」を前提にしている「中華民国憲法」の順守をうたうなど、予想以上の譲歩姿勢を見せた。北京は「不完全な答案」と批判したものの全面否定はせず、激しい非難や威嚇は控えている。当面北京は、「言動を見守る」姿勢を続けるはずだ。両岸関係は、相互不信の下で政府間の対話・交流は中断するが、経済・民間交流は継続する「冷たい平和」(Cold Peace)の時代に入った。
バランスとれた学者総統
20日の就任式(写真左 台湾総統府HP 陳建仁副総統とともに観衆に手を振る蔡英文氏)は、初の民進党政権が誕生した2000年に比べると、熱狂もなく淡々と進行した。激情型の陳水扁に対し、学者出身らしいバランスのとれた蔡の性格がにじんでいた。彼女は、民進党員が斉唱を拒否してきた中華民国国歌を歌った。「三民主義をわが党の宗とする」という歌詞は元来国民党歌だが、リアリストの彼女は国歌を歌う伝統に逆らわなかったのである。
蔡氏は台北市生まれの59歳。父は漢族の一つの客家で、祖母は先住民パイワン族。「先住民の血を誇りに思う」と、多様な文化の保護を主張する。異母兄姉を含め11人兄弟姉妹の末っ子。結婚歴はなく二匹のネコがパートナーだ。英ロンドン大で博士号を取った国際経済の専門家。派手な言動は好まない理論肌だ。
いま世界は、統合から分散の過程に入っている。英国のEU離脱の動きや、マネー資本主義の総本山である米国で、内向きなトランプが共和党大統領候補の地位を確実にしたこともその例だ。冷戦終結から四半世紀、世界経済が収縮する中、世界の至る所でグローバル化の反作用としてナショナリズムが台頭している。台湾の政権交代も大環境の変化の一環としてみることは可能だろう。
「台湾国家」を強調
就任演説の内容を分析する。演説は①経済構造の転換②社会の安全ネットの強化③社会的公平と正義④地域の平和安定の発展と両岸関係―の4部分で構成。これをみれば分かるように、足踏み状態にある台湾の経済成長に弾みをつけ、少子高齢化と経済格差が進む台湾社会の活性化を図る経済・内政重視の姿勢がにじむ。林全という民進党員ではない経済・財政専門家を行政院長(首相に相当)に据え、外交、国防、大陸政策のトップに実務官僚や学者を充てたことにもそれが表れている。
彼女が最も強調したかったのは、「主権独立国家」を意味する「台湾国家」である。「一つの中国」を認めた馬英九前総統との違いを意識し「台湾主体」を正面に据えたのだ。馬が就任演説で好んで使った「中華民族」は一切使わず、代わりに「台湾」を41回も使った。さらに「この国家」を13回使い、中華民国と言ったのはわずか5回。演説冒頭で「最も重要なのは、この国家の民主システムが平和的な選挙プロセスを通じて、三度にわたる政権交代を成し遂げさせたこと」と強調し、最後に「われわれは民主と自由、この国家の台湾人を守らねばなりません」と締めくくった。
蔡は選挙戦の最中から両岸政策として「現状維持」を主張してきた。蔡と民進党政権が言う「現状」とは「既に独立している」現状を指している。台湾が独立国家であることを強調したのだ。これに対し大陸の現状維持(上の表「3つの現状維持」参照)の内容は異なる。胡錦濤・前国家主席は08年の12月31日「両岸は統一していないといえども、中国の領土・主権は分裂していない」という現状解釈を示した。台湾が独立しない限り、現行のステータスは容認するという論理だ。ここで言う「一つの中国」とは実在国家だろうか。どう考えても概念上の国家にしかみえない。いずれにせよ大陸の主張は「中国の主権は分裂していない」現状を指している。
日本メディアは、民進党を説明する際「台湾独立志向」という形容詞を必ず付ける。一見分かりやすそうだが正しくない。「台湾は既に独立しているのだから、その現状を守ればよい」のであって、改めて「独立志向」の必要はない。「台湾は既に独立していると主張する」という形容のほうが正確だ。党綱領は「台湾共和国」建国をうたっているものの、1999年の党決議で事実上棚上げされた。台湾の名称で国連加盟を提起するなど「法理台独」を進めようとした陳水扁を「ハード台独」と呼び、蔡や民進党主流派を「ソフト台独」と呼ぶのは、こうした理由からである。
「蔡4点」
第4部分の両岸政策をみる。蔡は「両岸の政治的基礎」として4点を挙げた。「蔡4点」とも言うべきそれは①1992年の両岸会談の歴史的事実と「小異を残して大同を求める」(求同存異)という共同認識は歴史的事実②中華民国の現行憲政体制③両岸の過去20数年におよぶ協議と相互交流の成果④台湾の民主原則と普遍的な民意―である。
蔡は両岸政策として「現状維持」を掲げてきた。これに対し北京は「現状が何を意味するのか曖昧」と批判し、「92合意」注ⅰ と「一中」の受け入れを迫った。そこで彼女は「現状とは台湾の自由民主と台湾海峡の平和的現状」と応えた。「自由民主」は台湾民意向けであり、「平和的現状」は大陸向けだ。
大陸が要求する「92合意」「一中」の容認は、いずれも民進党の党是に反するから絶対に使えない。しかし完全否定すれば、大陸は対話と交流を中断し、場合によっては陳水扁時代のような対立と緊張を覚悟しなければならない。それでは「平和的現状」は維持できなくなる。だから「92合意」と「一中」を認めるわけにはいかないが、明確には否定しない新たな「マジックワード」を編み出す必要がある。
それが「92会談の歴史的事実」という表現になった。もう一点は「一中」への回答。演説は「一中」に全く触れていない。蔡は当選後台湾紙に「中華民国の現行憲政体制の下で両岸関係を推進する」と語った。憲法と「一中」はどんな関連があるか。中華民国憲法(1947年発効)は「一つ中国」を前提としているから「中華民国の現行憲政体制」と言うことによって、あたかも「一つの中国」を認めたかのような印象を与える。だが彼女が触れたのは「憲法」ではなく「憲政体制」。ここがミソだ。
どこが違うのか。憲法は「台湾は中国大陸の中に包括される」という解釈だが、憲法は91年以来7回修正されている。民進党は「総統選挙や立法院選挙を台湾地区で行うための修正であり、憲政体制とは一中ではなく、既に独立した台湾を意味する」と解釈する。蔡の「憲政発言」を大陸は見逃さなかった。王毅・中国外相は2月25日、米国の講演で「大陸と台湾が共に一つの中国に属することを基本にした彼らの憲法体制の条項受け入れを期待する」と述べたのである。王は蔡が「憲政体制の維持」を表明したことを受け、一歩踏み込んで「一中」を前提にした憲法自体の受け入れを迫った。大陸側が容認できるボトムラインを示したとも言える。
憲法に言及
大陸の台湾政策に影響力を持つある中国研究者は4月末「新総統が『憲法コンセンサス』と言ったら、北京は満足するだろうか」との筆者の質問に「いい提案だ。憲法共識でもよいと思う」と答えた。蔡は演説でぬかりなく、王毅発言への回答を用意していた。蔡4点を表明する直前に「新政府は中華民国憲法と両岸人民関係条例およびその他の関係条例・法律に依拠して両岸事務を行う」と「中華民国憲法」の順守に言及したのだ。両岸人民関係条例とは、両岸交流に伴う法律上の問題処理のため1992年に制定された条例。台湾と大陸の呼称を「中華民国の台湾地区と大陸地区」と表現し、中華民国という「一中」を前提としているから「これに従う」と言えば「一中」を認めたともとれる。馬政権に近く、大陸からも信頼されている「両岸交流遠景基金会」の趙春山理事長は3月の筆者のインタビューで「両岸人民関係条例を出すのも一つのアイデア」と答えていたのを思い出す。
「92年合意」は、主権・領土という主権国家の根幹をなす原則でも「棚上げ」が可能であり、それによって東アジアの火薬庫といわれた台湾海峡に平和と安定をもたらしたことは積極的に評価すべきだ。「一中各表」によって争いを棚上げした両岸関係から学ぶことは多い。無人島をめぐる領有権争い(尖閣諸島=釣魚島)も「一島各表」で棚上げし、共同開発で相互利益を図ることこそベターな選択だと考える。
全面否定はせず
大陸の反応はどうか。国務院台湾事務弁公室は5月20日の声明で「『92合意』とその核心的含意を明確に認めていない。不完全な答案だ」と批判した。その一方「(蔡氏は)中台は92年会談で若干の共通認識に達し、現行規定(筆者注 中華民国憲法を指す)と関係条例に依拠して両岸事務を処理すると述べたことに注意している」とコメント、憲法と両岸人民関係条例に触れたことを評価したのである。
一方、中国共産党機関紙、人民日報は21日「台湾では独立勢力がうごめいており、両岸人民は高度な警戒を保たなければならない」とする評論を1面に掲載し「独立勢力が情勢を見誤り、一線を越えれば哀れな結末が待っている」と厳しく警告した。政権発足にあたって厳しい原則姿勢を示しているが、蔡への個人攻撃は控えていることに留意したい。批判しつつも「全面否定」ではないのだ。
ある大陸の台湾専門家は「民進党は国民党より大陸問題をうまく処理できると思う。就任演説で蔡英文が大胆な政策を出せず、両岸関係は一時的に冷え込むかもしれない。しかし、われわれは慎重かつ楽観的な姿勢を保持している。民進党と共産党の党交流はない。しかし個人レベルでは活発で、蔡政権との間ではハイレベルなチャンネルがある」と、楽観的見通しを述べた。陳水扁時代の元高官や学者がたびたび北京を訪れ、就任演説の内容についてすり合わせをしてきた「成果」だと思う。
蔡政権の4年間の両岸関係を占うには多くの“変数”がある。北京の反応を見る限り、誕生後の「テスト期間」は激しい対立・緊張は避けられそうだ。「聴其言、看其行」(言動を見守る)の姿勢を保つだろう。蔡当選後から北京は台湾に対し、新政権向けの圧力をかけてきた。具体的には①北京が3月にガンビアと国交樹立②ケニアなどで拘束された台湾人容疑者を、台湾の抗議を無視し中国に移送③中国人観光客の減少④5月の世界貿易機関(WHO)総会への台湾参加について「一つの中国」原則を強調する文言を入れた―などである。閣僚級や準公的機関の政治対話と交渉は中断される可能性が高いにしても、経済と民間交流は継続される。第一期陳水扁時代に、 蔡氏が大陸委員会主任を務め、大陸との貿易・投資の制限を取り払ったことは記憶されてよい。
北京は、蔡政権の言動を注意深くみながら①両岸経済枠組み協定(ECFA)の新協定協議拒否②両岸事務所設立の協議停止③台湾と国交もつ国への切り崩し―などの措置を段階的に検討すると思われる。淡江大学中国大陸研究所の張五岳所長は「政権間交流の基礎がなくても、大きな混乱にはならない。交流が全て途絶えたり、北京が蔡氏批判を強めたりすることはないだろう。民間交流を軸に『冷たい平和』が続く」と共同通信台北支局の取材に答えている。
内閣と総統府の布陣
林全内閣の布陣を概観する。対中政策を策定する大陸委員会主任に張小月・元駐英代表、外交部長(外相)に李大維・元駐米代表ら外務官僚を配したほか、国防部長(国防相)には馮世寛(ひょう・せかん)元副参謀総長を任命した。40名の閣僚のうち、林全行政院長を含め学者出身は19人と最多で、官僚出身は15人。政党別では 「無党派」が62%と最の多く、民進党籍は3割弱にとどまる。女性は4人と少ない。平均年齢は60・5歳で前内閣の平均年齢を上回った。経済・社会政策に重点を置く実務内閣である。
一方、総統府は蔡系の民進党人脈で占められた。総統の“片腕”となる国家安全会議秘書長に、民進党秘書長の呉釗燮を据えた。大陸委員会主任や駐米代表を務めた国際政治と安全保障問題の専門家で、蔡の信頼が厚い。総統府秘書長は、李登輝元総統の「二国論」の策定を蔡総統と共に担った林碧炤=元政治大学副学長が就き、外交全般に目配りする。
特に注目されるのは、第一期陳水扁政権で総統府国家安全会議秘書長を務めた邱義仁氏(写真下 2016年3月筆者とのインタビューで)の処遇だった。民進党の最大派閥「新潮流」を牛耳る策士であり、新政権の「黒幕」と言っていい。当初は政権内の要職に就くとの観測もあったが、日本との交流窓口である亜東関係協会会長に就任した。彼は陳政権で駐米代表を務めた後、3年前には北海道大学研究員をつとめた。「民間人」として、水面下で自由に動き回ることができ、対中、対米、対日外交と安全保障全般を取り仕切るとみられる。台北駐日経済・文化代表処の代表(大使)には謝長廷・元民進党主席が就任した。京都大学を卒業した弁護士で日本通。行政院長、民進党主席を務めた重鎮で、「92年合意」に代わる民進党の両岸政策として「憲法共識(コンセンサス)」を提起したことがある。
邱と謝の配置は、蔡政権の対日重視姿勢の表れである。邱と謝の関係はよくないとされ、邱は謝の「お目付け役」になるとの観測もある。また、蘇貞昌・元党主席をシンガポール代表、呂秀蓮元副総統をペルー大使に配置。第1世代の「うるさ型長老」を海外に“飛ばし”、第2世代への世代交代を進めようとしているとみられる。
学者と実務官僚を主要閣僚に据えたため、総統府の課題は、行政院との協調である。第一期陳政権では、第4原発建設停止の方針に反対した唐飛・行政院長が辞任したことがあり、総統府と専門家集団である行政院との協調は欠かせない。
スマートな対応
新政権発足から半月余り。ケーブルテレビTVBSの民意調査(5月26日)では、政権が最重視する景気について、41%が「悪化する」と回答。両岸関係については54%が「緊張する」と答える結果がでた。新政権に過剰な期待をいだかない冷静な民衆の視線がわかる。蔡は両岸政策を進めるにあたって①意思疎通②挑発せず③不測の事態回避-3原則を挙げており、いまのところ、この原則に沿ったスマートな対応をしている。
例えば、馬英九前総統が沖ノ鳥島について「島ではなく岩だ」と主張した問題では、「島か岩か特定の立場はとらない」と一歩後退しながら、林行政院長は「沖之鳥を基点とする200㌋の排他的経済水域(EEZ)という日本の主張は認められない。同海域での漁業を継続する」と答え、馬の主張を継承した。
蔡はまた、天安門事件記念日である6月4日に自分のフェイスブックに「対岸の政治制度にあれこれ言うつもりはないが、対岸と台湾民主化の経験を分かち合いたいと思っている。もし対岸が中国本土の人民により多くの権利を与えれば、世界の人々は中国本土をより敬うようになる」と、抑制されたスマートな表現で台湾の立場を代弁した。この文章では「中国」の表現を使わず、「対岸指導者」「対岸執政党」に置き換えたのも、北京への配慮とみられる。
北京への配慮と併行して、対日重視でも手を打っている。沖ノ鳥島問題にからみ、日本の対台湾窓口機関「交流協会」と台湾の対日交流窓口機関「亜東関係協会」は5月23日、海洋問題に関し協議する枠組み「日台海洋協力対話」を立ち上げることで一致した。菅義偉官房長官は「この枠組みを通じて海洋協力に関する日台間の意思疎通が強化される。政府としても支持したい」と述べた。協力対話では、環境保護や緊急時の救助活動での連携などについて協議するという。海洋問題で揺れる東アジアで、日台連携を際立たせようとする双方の狙いが透けて見える。
もう一つはNHK交響楽団の台北公演。台湾公演は45年ぶりで1972年の日台断交後、初めて。蔡総統も、訪台した安倍首相の母親、洋子氏とともに観賞した。政権寄りの「自由時報」は「蔡政権誕生後、安倍政権が日台関係の深化に高い期待を抱き、文化交流の格上げを意図したもの」と論評した。
日台連携に警告
日台連携に中国側も神経質になっている。中国の唐家璇・中日友好協会会長は5月4日、北京で高村正彦自民党副総裁と会った際、「日本の政治家はなぜ次々と台湾を訪問するのか」と苛立ちを表したという。唐は、安倍実弟の岸信夫衆院議員が会長を務める「日本・台湾経済文化交流を促進する若手議員の会」が、台湾への防衛支援を義務付けた米国の「台湾関係法」を模した「日本版・台湾関係法」の策定を目指していることにも警戒感を示した。
対日警告はそれにとどまらない。王外相は4月30日、訪中した岸田外相に対し日中関係改善に向けた4項目提案をした。その第一は「歴史を誠実に直視・反省し、一つの中国政策を厳格に守るべき」との表現で、歴史認識と台湾問題が日中関係の最大課題としたのである。さらに中国政府系シンクタンク、中国社会科学院日本研究所は5月31日、南シナ海問題と台湾問題を日中関係の当面の「地雷原」と位置付ける「日本青書」を発表した。
「台湾関係法」の策定に踏み切れば、北京は日中断交をちらつかせるなど激烈な対応に出るだろう。日中関係が足踏み状態に入った背景には、安倍政権の南シナ海問題への介入に加え、日台関係強化を目指す姿勢がある。蔡新政権は、両岸関係の悪化につながるような対日関係の強化は選択せず、当面は自重路線を貫くだろう。良好な両岸関係は北京、台湾だけでなく、日米を含む東アジア地域全体の利益でもある。安倍政権の過度な肩入れは危険であり自重しなければならない。
「副次変数」が米中の利益
もうすこし大きい構図から台湾問題を眺めよう。「大局観」から台湾問題の捉えるためである。東アジアでは、南シナ海で対立する米中確執に加え、改善の兆しが見えた日中関係も足踏み状態が続く。蔡の当選(1月16日)以来、北京と台北、ワシントンの三者は、台湾問題の先鋭化抑制に共通利益を見出し「現状維持」でいかに折り合うかに腐心してきた。両岸関係が東アジアの安定の貴重なカギを握っているからである。その中で中国包囲網の構築に熱心な安倍政権だけが「台湾カード」を露骨にちらつかせる。台湾の将来は2300万住民にとって最も重要なテーマだが、同時に東アジアの平和と安定という「大局」から判断しなければ本質を見失う。安倍政権の新政権への過剰な関与姿勢は突出している。
例えば、岸田文雄外相は当選当夜に祝意談話を発表した。台湾総統選で外相談話を発表したのは1972年の断交以来初めてだ。声明は「台湾は我が国にとって,基本的な価値観を共有し,緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり大切な友人。日台協力と交流の更なる深化を図る」と、まるで「同盟国」のような扱いで連携強化を訴えた。日本政府は歴代台湾とは政治関係は結ばない姿勢を貫いてきた。これを見て、思わず政策転換したのかと疑ったほどである。
米中は台湾問題を米中関係の「副次変数」にすることに共通利益を見出している。北京は台湾問題の優先順位を上げたくない。それは陳政権誕生から16年で台湾海峡の環境が大変化したからだ。第一は中国の台頭は米中関係の比重を格段に高めた。米国が「台湾カード」を切る空間は狭まった。陳時代の両岸のGDPは1対4だったが、今は1対8に広がった。第二に民進党と北京の間に意思疎通のパイプができ、危機管理システムが機能し始めた。第三は、中国の経済減速が顕著になり、北京にとって安定こそ優先課題。蔡政権の出方次第だが、可能な限り政治的緊張を避け、「平和と安定」に向けた努力を継続しなければ、台湾問題を「副次変数」にできない。
強固な統合ベクトル
冒頭で、台湾の政権交代を「統合」から「分散」への世界的潮流から位置付けた。蔡政権は、「既に独立している台湾」を強調し、台湾の主体性を前面に押し出した。しかし歴史と国際政治、経済という文脈から両岸問題を考えれば、分散のベクトルは固定化しない。統合と分散のせめぎ合いが続きながら、長い時間軸でみれば「統合」のベクトルが強く働くと思う。
歴史文脈から見れば、中国の建国理念のひとつが、列強の侵略と半植民地化によって国土が分裂させられた歴史を雪ぐことにある。「一つの中国」に基づく統一を北京は絶対に放棄しない。国際政治のパワーゲームでは、大国化した中国が主張する「一つの中国」は簡単に崩れない。米国も日本も「一つの中国」政策を放棄し、台湾を国家承認する可能性はゼロに等しい。そして経済は統合が最も強い側面だ。両岸の経済相互依存は、1987年の間接貿易の解禁に始まる。両岸経済の一体化と相互依存関係の深まりは、むしろ李登輝、陳水扁時代に顕著だった。輸出と投資の約4割を大陸に頼る台湾経済の構造は、どんな政権であろうと覆すことは簡単ではない。
「統一」を主張する意味は理解できる。だが多民族、多言語、多宗教という文化的多様性を「帝国」が包摂するには、中央集権的な統治では限界がある。両岸の学者が主張してきた「緩やかな連邦制」はその回答の一つである。毛沢東がかつて、米ジーナリスト、エドガー・スノーに「米国の連邦制に学ぶ必要」(写真上 1970年10月、天安門楼上でスノー氏と話す毛沢東)を説いたことを思い出す。
(了)
注
ⅰ
「92年合意」
交流窓口機関が1992年の香港協議で「一つの中国」で一致したとする合意を指す。北京は「両岸は『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意したと主張。一方台北(国民党)は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自に委ねる」(「各自解釈」)合意だったと「玉虫色」の解釈をした。一つの中国は、台北からすれば中華民国であり、北京は中華人民共和国を指す。これによって、双方は主権対立を棚上げし「現状維持」が可能になった。共産党も台湾側解釈を否定していない。
初出:「21世紀中国総研」より著者の許可を得て転載http://www.21ccs.jp/index.html
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〔study743:160618〕
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