トルコ・クーデター未遂事件の真相 ―非常事態宣言で大弾圧、政権の周到な陰謀か
- 2016年 8月 8日
- 評論・紹介・意見
- クーデタートルコ坂井定雄
7月15日夜、トルコで発生したクーデター未遂事件。トルコ最大の都市イスタンブールと本土をつなぐ2本の橋を反乱派の兵士が占拠、首都アンカラでは国会やテレビ局などで銃撃戦があり、反乱派は国営テレビで「全権を掌握した」と発表。折よく(?)南西部の保養地で休暇中だったエルドアン大統領は、急遽イスタンブール空港に帰り、CNNテレビを通じて全国民に「街頭に出て反乱軍に抵抗するよう」呼びかけ、軍部隊が反乱派を一斉攻撃。ほぼ半日で、反乱派を降伏させてしまった。
軍と警察は18日までに、クーデター計画に関わった疑いで将官40人以上を含む2、839人の将兵を拘束。大統領は20日に非常事態を宣言。25日までに将兵と警察官あわせて1万3千人以上が拘束された。また、裁判官はじめ司法関係者、大学はじめ教育関係者、その他公務員を合わせると、6万人以上が拘束あるいは解職された。
さらに27日、政権は非常事態令に基づき、新聞45社、テレビ16局、通信3社、ラジオ23局、出版29社、雑誌15社のメディア131社の閉鎖を命令した。また、世界的にも知られる有力紙ザマンの元幹部、記者ら47人のメディア幹部、ジャーナリストの拘束命令をだした。トルコのメディアは数多く、報道の自由度は世界のランキングで日本などよりかなり上位だが、クーデター未遂事件直後の非常事態令に基づくため、抵抗することができなかったようだ。
大統領、首相はじめ政権幹部は、未遂に終わったクーデター計画を、大統領の強力な政敵で、米国に逃れている、与党公正発展党の元ナンバー2、フェツラー・ギュレン師の陰謀だと非難した。
エルドアン大統領が、政敵ギュレン師とその支持者たちを排除したいのは、ギュレン師のリベラルなイスラム主義の主張が、軍や裁判官、警察官、知識人層に支持を広げているからだ。もちろん、様々な権益も絡んでいるに違いない。
今回の事件で強権体制を強めた大統領は、アタチュルク以来の政教分離の国是を定めた議院内閣制の民主的・世俗的な現行憲法を、大統領の権限を大幅に強化し、イスラム主義を盛り込んだ新憲法に変えようとしている。非常事態令の強化も含まれるという。憲法改正の必要要件は、国会(550議席)の3分の2の賛成か、5分の3以上の賛成で大統領が国民投票を行い、過半数の賛成を得ることだ。これは、非常事態令の組み込みを含め、憲法の平和主義を変えようとしている日本の安倍政権との話ではないよ。
▽ギュレン師の反論
一方ギュレン師は、真っ向からクーデターとは無関係だと反論している。
わたしも、この事件は、エルドアン大統領と政権中枢部による陰謀に違いないと思う。その理由は、第1に鎮圧があまりにも素早く見事だ。第2に、軍の内部の誰と誰が計画し、命令し、指揮したのか、政権は一切発表しようとしない。そんなものは存在しなかったからではないか。第3に、クーデター側が実際に出動し、占拠したのはイスタンブールのボスボラス海峡の橋2か所と、首都アンカラの国営テレビ局のほかわずかしかない。ギュレン師の支持者たちは全国に多数いるが、呼応した決起行動もない。
第1次大戦で敗北、消滅したオスマン帝国の後を継いで1923年に誕生したトルコ共和国は、政教分離の世俗主義を国是として堅持してきた。第2次大戦の最終段階でドイツに宣戦。1960年のクーデター後の61年に民政復帰。以後政情不安のたびにクーデターあるいは軍の圧力による政権交代が繰り返されたが、95年の総選挙でイスラム主義の福祉党が第1党に躍進。世俗主義の共和人民党との連立政権が発足。軍部の圧力で政権が崩壊したが、2002年の総選挙で福祉党の後継政党の公正発展党(AKP)が勝利。エルドアン党首を首相とする政権が発足した。
07年の総選挙でAKPが大勝、第2次エルドアン政権が発足。経済政策の成功もあって、11年の総選挙でAKPは過半数の326議席を獲得。議員内閣制を大統領制に変え、14年の初の大統領選挙でエルドアンが当選。以後、エルドアン大統領は独裁色を強め、自由なデモの抑制、メディアへの干渉とともに、イスラム色の強い政策を強め、国是の政教分離に従った女性公務員の公務中のヘジャブ(女性のかぶるスカーフ)禁止を解禁した。
イスラム教の指導者であるギュレン師は、公正発展党発足以来、同党内でナンバー2の実力を持ち、エルドアン大統領を支えてきた。しかし、次第にイスラム主義をあらわにするとともに、強権的な政治手法を強めるエルドアンにたいして、ギュレン師は、国是の世俗主義とイスラム教の共存を受け入れるリベラルな“ギュレン運動”を進め、多数の学校を設立して支持者を広げた。さらにエルドアンとギュレン師は、2013年の大規模な汚職事件の処理をめぐって厳しく対立。エルドアンはギュレン師の支持者が裁判官、警察官さらには軍にも拡がっていることに危機感を深めたといわれる。エルドアンは、ギュレン師の設立した学校の多くに閉鎖命令を出したのをはじめ、同師の支持基盤の掘り崩しを強めた。危険を感じたギュレン師は米国に避難し、ヒズメトあるいはジャマートと呼ばれる同師の“ギュレン運動”を米国から指導していた。その影響もあり、汚職事件以後、ますます独裁色を強めるエルドアンに反感を深めたギュレン師の支持者が、軍内部にも広がり始めたという。危機感をもった大統領は、ついにクーデターを自作自演し、軍将兵と裁判官、警察官、公務員の大量逮捕、免職を強行したのではないだろうか。
トルコはNATOの一員の地域大国。米国はトルコ南部のインジリク米空軍基地から、シリア、イラクでのIS(イスラム国)攻撃作戦を続けている。このためか、今回のクーデター未遂を、エルドアン大統領の自作自演だという疑いを明確にした報道や論説、解説は日本でも欧米でも、ほとんど見かけない。しかし、英BBCやカタールのアルジャジーラの電子版をよく読んでみると、その疑いを強く持っているのが分かる。
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