安倍の功名心外交をやめさせよう ― 後戻りした北方4島問題
- 2016年 12月 19日
- 時代をみる
- プーチン北方領土安倍田畑光永
暴論珍説メモ(154)
今度こそ目に見える成果がありそう、と安倍政権が鳴り物入りで期待を盛り上げたプーチン訪日。さすがに直前になって安倍首相本人も目論見外れに気が付いて、国民の熱をさまそうとはしたが、終わってみればこれほどまでにむなしい結果になろうとは!
安倍首相の胸の内を推し量って、先回りして首相のために地ならしをすることを責務としている自民党の二階幹事長でさえもが「国民の大半はがっかりしているということを胸に刻んでおく必要がある」(16日、党本部で記者団に)と言わざるをえなかったところに、今回のプーチン騒ぎの実態は明らかである。
このことはすでに数多くの論評が指摘しているので、われわれがあえて屋上屋を重ねる必要はないのだが、事後になっての安倍首相の発言にどうしても見逃せないものがあるので、あえて遅まきながら一言述べておきたい。
今回の安倍・プーチン会談の後に発表された「プレス向け声明」には「領土」とか「国境画定」といった言葉は全く登場しない。「択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島」の文字は一回だけ現れるが、それはそこにおいて共同経済活動を実施するための協議を行うという文脈においてであって、声明には「日露間には領土問題は存在しない」というロシア側の立場が完璧に貫かれている。
安倍首相は、日露の共同経済活動は「特別な制度」のもとで行われると、得意顔で強調し、あたかもロシアのみならず日本の法制度もそこではある程度は機能することが合意されたかのように語っていたが、「声明」では「その実施のためのしかるべき法的基盤の諸問題が検討される」とあるだけで、「特別な制度」を裏付ける言葉はない。「しかるべき」という形容詞は、日本語ではどちらかと言えば「特別な」というより、「当然の」を意味するものとして使われることが多い。私はロシア語を解さないので、ここの「しかるべき」にあたるロシア語がどういうニュアンスかはわからないが、おそらくストレートに「特別な」とは解されないのではあるまいか。
とすれば、安倍首相が強調する「特別な制度」は本人の独りよがりと言わざるを得ない。それは今後行われる双方の専門家による協議で明らかになるであろう。
同時に声明から「領土」「国境画定」といった言葉が消えたことは、これまで歴代の首相がそれこそ岩盤をえぐるようにして勝ち取ってきた、ソ連時代を含めたロシア首脳の諸発言―
「戦後の未解決の諸問題に北方4島の問題が含まれる」(ブレジネフ書記長の口頭確認・1973年)
「歯舞、色丹、国後、択捉の帰属について双方の立場を考慮しつつ領土確定を話し合った」
(ゴルバチョフ大統領の訪日についての日ソ共同声明・1991年)
「択捉、国後、色丹、歯舞の帰属に関する問題」(エリツィン大統領訪日の際の「東京宣言」・
1993年)
「東京宣言に基づき、4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」方針を確認(プーチン・森会談「イルクーツク声明」・2001年)
これらの言明が今回の安倍・プーチン「プレス向け声明」できれいに消去されたことで、結果として「日露間に領土問題なし」が裏付けられることになってしまった。大後退と言わざるを得ない。
それだけではない。じつはもっと大きなマイナスが残った。それは日ソ共同宣言にある「平和条約の締結後、歯舞・色丹を日本に引き渡す」について、プーチン大統領の身勝手な解釈に市民権を持たせてしまったことだ。
プーチン大統領はこれまでも折に触れて、「『日ソ共同宣言には2島を引き渡す』とあるだけで、その条件が書いてない」と発言してきた。それは「主権まで引き渡すとは限らない」という意味と解釈されてきた。それをプーチン大統領は16日・東京での記者会見でも繰り返した。
じつはこの会見のテレビ中継を私も見ていたが、このあたりの通訳が悪く、ほとんど意味が分からなかった。新聞報道でも「宣言には2島を引き渡すと書いてあるが、その条件が分からない」(17日・『日経』)とある程度だったが、なんと安倍首相自身が17日の日本テレビの番組でこれについて「『主権を返すとは書いていない』というのがプーチン氏の理解で日本側と齟齬がある」と語ったのだ。
これには驚いた。「日本側と齟齬がある」という程度の問題だろうか。
共同宣言のその部分を読み直してみよう。宣言の最終第9項である。その全文―
「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に引き渡されるものとする」
一読明白なように2島の引き渡しに平和条約締結後という条件を付けている。ということは、条件はそれだけと解するのが普通だ。書いてない条件があるとか、書いてないことは後から条件が付けられるとかの解釈は不自然である。もしそんなことが通用するなら、書いてないことは後からなんとでもなることになり、文書自体が無意味になってしまう。
こんな勝手な解釈を聞かされて、安倍首相はなんと応じたのであろうか。「日本側と齟齬がある」という言い方には、相手の無法を批判する姿勢が感じられない。相手の立場は立場として認めるというニュアンスである。
安倍首相は今回を含めて16回もプーチン大統領と会談を重ねている。今年は特に5月にロシア南部のソチで、9月にウラジオストックで、そして11月にペルーで、と今回までに3回も話している。それでいて相手の狙いを読み切れず、また誰が見てもおかしな条文解釈を聞かされて、それを改めさせることもできなかったとは情けないとし言いようがない。
会談の度に「通訳だけを介した2人だけの話し合い」を重ね、今回の長門でもその時間は95分に及んだとされている。いったい何を話したのだろうか。国民としては狐につままれたような気分である。
2島は引き渡しても、主権は引き渡さないなどという、重大かつ身勝手なことを相手が言い出したなら、それこそひざを交えて改めさせなければならないし、それができないうちは次の話には取り合わないという強い姿勢が必要ではないか。
にもかかわらず、相手の新しい言い分を自ら自国民に説明したということは、それを両国間の新しい課題として公認したことになる。プーチンとしては「安倍組し易し」と笑いが止まらないであろう。
なぜこんなことになったのか。結局、安倍の地球儀外交なるものは、自らの功名心に駆られてのものだからである。かれの口癖である「我々の世代で解決しなければ」は「私の名前で解決したい」と同義である。だからとにかく物事を動かすことに前のめりになり、大局が目に入らないのであろう。
今回、実施が決まった「共同経済活動」なるものがこれからの専門家の検討でどう落ち着くか、勿論、まだ見えないが「成果」を急ぐ安倍の功名心に動かされて、とんだばかを見ることがないよう、国民は見張っていなければならない。(161218)
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