憲法第9条は明治20年に誕生した!?――中江兆民『三酔人経綸問答』
- 2017年 1月 5日
- 評論・紹介・意見
- 岩田昌征
『流沙』(2016年第12号)の伊藤論文と木畑論文は、ともに日本国憲法第9条にかかわり、大変参考になった。従来の諸氏による研究成果を明確に整理してくれてあり、素人にとって有益な文献である。ここでは、思想家両氏が指摘していない一文献を紹介したい。
日本国憲法第2章第9条をここでわざわざ引用することもない。周知である。それが昭和21年(1946年)2月3日に提示された「大日本帝国憲法」改正に関するマッカーサー・ノートの三原則のうちの第二原則に起因する事もまた周知である。しかしながら、この戦争放棄原則が当時の幣原日本国首相によってマッカーサーに提案されたと言う、近時定説になりつつある説は、必ずしも周知ではない。
私=岩田は、このような第9条日本内生説は十分に成立し得ると考える。それは、大東亜戦争に完敗した日本社会が明治維新以後日清・日露戦争以前と同じ極東の一弱小島国に戻ったことと深く関係している。
ここで、中江兆民著『三酔人経綸問答』(桑原武夫・島田虔次 訳・校注、岩波文庫)を開いてみよう。三酔人とは、南海先生、洋学紳士、豪傑君である。明治20年(1887年)に行われたとされる「問答」において、憲法第9条に直結する議論が洋学紳士によって熱っぽく主張されている。以下に関連する諸文章を長々と引用する。引用は、現代語訳からとり、引用ページを示すにあたって、現代語訳ページ、対応する原文ページとしている。若干余計なことを言わせてもらえば、原文では自由・平等・友愛となっているのに、現代語訳では自由・平等・博愛とされている。友愛が博愛=人類愛に到達していない兄弟愛である事の政治経済的意味が訳者・校注者によって把握されていない。
①(p.14、pp.123-4)
ヨーロッパ諸国はすでに自由、平等、博愛の三大原理を知っていながら、民主制を採用しない国が多いのはなぜか。道徳の原理に大いに反し、経済の理法に大いにそむいてまで、国家財政をむしばむ数十百万の常備軍をたくわえ、むなしい功名をあらそうために罪のない人民に殺しあいをさせる、それはなぜでしょうか。
文明の進歩におくれた一小国が、昂然としてアジアの端っこから立ちあがり、一挙に自由、博愛の境地にとびこみ、要塞を破壊し、大砲を鋳つぶし、軍艦を商船にし、兵卒を人民にし、一心に道徳の学問をきわめ、工業の技術を研究し、純粋に哲学の子となったあかつきには、文明だとうぬぼれているヨーロッパ諸国の人々は、はたして心に恥じいらないでいられるでしょうか。もし彼らが頑迷凶悪で、心にはじいらないだけでなく、こちらが軍備を撤廃したのにつけこんで、たけだけしくも侵略して来たとしたら、こちらが身に寸鉄を帯びず、一発の弾丸をも持たずに、礼儀ただしく迎えたならば、彼らはいったいどうするでしょうか。剣をふるって風を斬れば、剣がいかに鋭くても、ふうわりとした風はどうにもならない。私たちは風になろうではありませんか。
②(p.15、p.124)
もし、そうはしないで、こちらがもっぱら要塞をたのみ、剣と大砲をたのみ、軍勢をたのむならば、相手もまたその要塞をたのみ、その剣と大砲をたのみ、その軍勢をたのむから、要塞の堅固な方、剣や大砲の鋭利な方、軍勢の多い方が必ず勝つだけのこと、これは算数の理屈、明白きわまる理屈です。なにを苦しんで、この明白な理屈に反対しようとするのですか。かりに万一、相手が軍隊をひきいてやってきて、わが国を占領したとしましょう。土地は共有物です。彼らもおり、われわれもおる、彼らもとどまり、われわれもとどまる、それでどんな矛盾がありましょう。彼らが万一、われわれの田を奪って耕し、われわれの家を奪って入り、または重税によってわれわれを苦しめるとしてみましょう。忍耐力に富むものは、忍耐すればよろしい、忍耐力の乏しいものは、それぞれ自分で対策を考え出すまでのことです。
③(p.45、p.151)
民主、平等の制度を確立して、人々の身体を人々に返し、要塞をつぶし、軍備を撤廃して、他国にたいして殺人を犯す意志がないことを示し、また、他国もそのような意志を持つものではないと信じることを示し、国全体を道徳の花園とし、学問の畑とするのです。
④(pp.59-60、p.159)
・・・私は、そんな凶暴な国は絶対ないと信じている。もし万一、そんな凶暴な国があったばあいは、私たちはそれぞれ自分で対策を考える意外に方法はない。ただ私の願いとして、私たちは武器ひとつ持たず、弾一発たずさえず、静かに言いたいのです。「私たちは、あなたがたにたいして失礼をしたことはありません。非難される理由は、さいわいなことに、ないのです。私たちは内輪もめもおこさず、共和的に政治をおこなってきました。あなたがたにやって来て、私たちの国を騒がしていただきたくはありません。さっさとお国にお帰りください」と。彼らがなおも聞こうとしないで、小銃や大砲に弾をこめて、私たちをねらうなら、私たちは大きな声で叫ぶまでのこと、「君たちは、何という無礼非道な奴か。」そうして、弾に当たって死ぬだけのこと。べつに妙策があるわけではありません。
⑤(p.61、pp.164-5)
・・・だから、正当防衛の権利は、今のところ、実際上やむを得ないためのものとされているのです。
ところがこれを国家に適用すると、なおのこと道理に合わない点がはっきりします。なぜなら、敵国が攻めてきたばあい、すこしでもこちらが軍隊をならべ、銃を撃って防ぐとすれば、それはすでに防衛中の攻撃というものであって、やはり悪事であるとせざるを得ないからです。そこで、個人の正当防衛の権利を国家間に適用するのは、いよいよ哲学の本旨にそむく、ということになるのです。豪傑君、私が心のなかで、わが国の人民が武器ひとつ持たず、弾一発たずさえないで、敵の侵略軍の手で殺されてほしいと望むのは、全国民をいわば生きた道徳に化身させ、将来の社会に模範を垂れさせたいからです。相手が悪事をするからこちらもまた悪事をするというのは、あなたの説ですが、実に低級じゃありませんか。
マッカーサー・ノートの第二原則では、日本国は「自己の安全を保持するための戦争をも、放棄する。」となっていた。これは、個人間の関係で肯定される正当防衛権を国家間の関係では否定する洋学紳士の主張そのものである。引用文⑤を参照。これは、軍人マッカーサーにとって想像外の発想ではなかったろうか。やはり、幣原首相の進言ではなかったろうか。幣原首相が中江兆民の『三酔人経綸問答』を若い時代に読んでいたとしたら、明治以来、日本帝国が豪傑君の大陸ぶんどり政策を採って、今日、廃墟に帰結した疑う余地なき事実に直面して、豪傑君の180度対極の洋学紳士の説に心を奪われて、勝者マッカーサーにそれを説いたとしても不思議ない。歴史のイフ、私の素人談義である。
要するに、第9条日本内発説には中江兆民の洋学紳士という根拠がある。
私=岩田はと言えば、日本国憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」を書いた人達と同じ近代文明人=北米西欧市民社会のリアルな実践哲学をバルカン半島の現場で見てしまった。そんな文明の「公正と信義」を盲信できない。ほどほどに信じ、ほどほどに疑う。
かかる信頼は言うまでもなく第9条の必要条件である。
平成28年12月30日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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