青山森人の東チモールだより 第339号(2017年1月14日)
- 2017年 1月 14日
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石油依存一本道の危険性
大統領、2017年度予算案を公布
東チモール国会は、2016年12月9日、2017年度一般国家予算案を全会一致で可決しました。総額は約13憶9000万ドルです。2016年度予算総額19億5270万ドル(うち補正追加予算が3億9070万ドル)と比べ大幅な減額といえます。ポルトガルの通信社「ルザ」の報道によれば(2016年10月14日)、これは2010年以来最も低い数字であり、選挙の年はどうしても予算執行率が落ちることが見込まれるので、国家予算も低く見積もられる傾向にあるようです。
【2017年度の主な予算配分】
◆2億885万ドル……給与・賃金
◆3億9580万ドル……物資・サービス
◆4億2127万ドル……公共譲渡金(ZEESM、年金など)
◆3億4900万ドル……開発資本金
◆ 1187万ドル…………小資本金
思えば1年前、タウル=マタン=ルアク大統領は、「タシマネ計画」(南部沿岸開発計画)やZEESM(Zona Especial de Economia Social de Mercado、飛び地・オイクシの[市場社会経済特別区域]開発計画)などの大規模開発事業にともなう大型インフラ整備費用を削減して国民生活を改善させるために教育・保健・衛生・農業部門に予算をまわさなければ国会で採択された予算案にたいして拒否権を行使すると予告し、そしてそのとおり実行しました。しかし国会はそのまま再度予算案を通過させ、憲法上拒否権を二度使えない大統領は公布せざるを得ませんでした(「東チモールだより 第315号・第316号」を参照)。
タウル=マタン=ルアク大統領はなぜ今回すんなり公布したのでしょうか…?もし拒否権を行使してもいまの国会ならば予算案は無傷で再承認され、自分は煮え湯の飲まされるように公布せざるをえないことを去年の経験で実感したからか、それとも別な作戦に出ようとしているのか(*)……それはちょっとわかりませんが、ともかく今回は拒否権行使の予告も行使もせず、2016年12月28日、2017年度一般国家予算案を公布しました。
(*)国会はまだ生涯年金制度の見直し案を出していない。去年、大統領は同制度を完全撤廃しなければ見直し案に拒否権を行使すると予告し、辞職も示唆した。“切り札”をとっておいているのかもしれない。
「石油基金」だけに頼る経済
大統領府のプレスリリースによれば、大統領は予算案を公布するにあたり国会へ警鐘を鳴らすメッセージを添えています。「石油基金」だけに頼っていては発展はできない、2017年予算案ではRendimento Sustentável Estimado(持続可能見積もり収入)が2倍以上になる見込みであり、歳入(14憶1000万ドル)のほぼ全体を費やす見込みとなっており、これは若者たちの未来に潜在的な害をあたえる、海外からの投資を呼び込むためにも、司法制度の構築のなかで教育と国民の生活改善のための投資が緊急であると警告します。「司法」という言葉を登場させたのは、7年の実刑判決を受けたがポルトガルに滞在し帰国しない前財務大臣エミリア=ピレス被告を意識しているものと思われます。また大統領は、公金の会計計算に厳格さが必要であるとも述べ、そして選挙を迎えるにあたり社会の安定を訴えています。
Rendimento Sustentável Estimado「持続可能見積もり収入」(以下、RSE)とは、会計年度ごとの「石油基金」引き出し上限額を意味し、「石油基金法」で設定される計算式によって規制されています。2008年、控訴裁判所はRSEを超過することは違法であると判断したこともありますが(訴えたのは当時の野党フレテリン[東チモール独立革命戦線])、シャナナ=グズマン計画戦略投資相が首相時代から指導してきた連立政権では湯水のごとくその上限額を超えた金額を、国会の承認を得ながらではあるが、国家予算へと引き出して、そして大規模事業に投入し今日に至っています。
2017年度予算では規程内のRSEは4憶8200万ドル、RSE外としてRSEを上回る5憶9700万ドルを引き出す内容となり、合計するとRSEの2倍以上が「石油基金」から引き出され、これが予算財源の80%近くを占めています。昨年度のRSEは5億4500万ドル、RSE外としてやはりRSEを上回る7億3900万ドルもの額を「石油基金」から引き出しました。引き出し金の総額としては去年に比べて減ってはいるものの、過剰な石油依存という危うい財政体質に何ら変りはありません。
【2017年度の主な財源】
★4憶8200万ドル……RES:「石油基金」から規程内の引き出し
(2016度は5億4500万ドル)
★5憶9700万ドル……RES外:「石油基金」から規程外の引き出し
(2016度は7億3900万ドル)
★その他……………… 税金など国内収入、借金
「石油基金」からの安易な引き出し論理
タウル=マタン=ルアク大統領は2014年度の国家予算を承認するときの国会に送った意見書のなかで、「いま一度わたしは、石油基金に過剰依存する政府歳入にたいし懸念を表明する。この状況を改めることは緊急課題であるとわたしは確信している……多様性のある経済発展のための政策を講じることが必要であると考える……」と過剰に「石油基金」に依存する状態を改めることが「緊急課題」と指摘しました(「東チモールだより 第276号」参照)。
しかし政府は「石油基金」に依存しながら大規模開発に邁進しつづけています。シャナナ計画戦略投資相の率いる最大政党CNRT(東チモール再建国民会議)とフレテリンが事実上の大連立を組んだ今の国会では歯止めがかからないのです。
ルイ=マリア=デ=アラウジョ首相は今回の引き出し理由について、貧困から脱して中所得国家になるために、発展を確かにするために……等々とありきたな理由を述べていますが(「『石油基金』からRSEを上回る引き上げの理由」と題する国会での説明、2016年10月18日)、「戦略開発計画2011~2030年」の遂行がその基本にあることをにじませています。デ=アラウジョ首相は、かつてRSE以上の引き出しについて法律違反ではないかと提訴したフレテリンの党員です。このことからもフレテリンはシャナナ=グズマン政権に丸め込まれてしまったことがうかがえます。
政府は、国民のより良き生活のため、発展のために「戦略開発計画」路線を突き進み、大規模事業に予算をつぎ込みます。一方、諸市民団体そしてタウル=マタン=ルアク大統領は、国民のより良き生活のため、発展のために、「戦略開発計画」路線の見直しを訴えます。
「石油基金」はあと10年
「石油基金」とは、チモール海の共同開発地域で石油・ガス田を採掘する外国企業が場所代・税金として東チモールに納めるお金であり、東チモール人が石油産業で汗水たらして稼いだお金ではありません。東チモールは、例えば豊富な資源をもつあまり石油収入に依存して原油価格が下がったときに財政難に陥るというような類の産油国とは違います。石油関連産業に参加している国でもなく、かといって他の産業がそれなりに発展している国でもなし、ただたんに “場所代”(採掘許可料)をもらって財政を支えている国なのです。その“場所代”(共同開発地域から得られる収益の90%は東チモールに、10%はオーストラリアに納められる)をもらえなくなる時が迫っているので対策を講じなければならないというが東チモールの直面する緊急課題なのです。
政府は「石油基金」を大規模開発事業に費やし発展を確かにすることが必要だと考えていますが、チモール海の共同開発地域での資源が底をつきそうな現状では政府による事業は破綻する様相を帯びています。市民団体「ラオ ハムトゥック」(開発事業を監視・分析する市民団体、テトゥン語で「共に歩む」の意)は、大規模開発事業を見直し、石油依存から脱して、将来に備えるために「石油基金」を慎重に使うべきだと主張し、「石油基金」はあと10年ほどで尽きると常々警告しています。
「共に歩む」が国会に提出した2017年度一般国家予算案にかんする意見書(2016年11月7日)によれば、チモール海・共同開発地域の「キタン」田での生産はすでに2015年に停止され、主要油田である「バユ=ウンダン」田の採掘年数は残すところあと3年だけで、そこからの収入は過去10年間で200憶ドルであったが、2017~2020年で6憶400万ドルとなり、その後は共同開発地域からの収入は無くなると見ています。したがって「石油基金」からの引き出し方がこのまま継続されると、「石油基金」は2027年に底をついてしまうと「共に歩む」と見込んでいます。東チモール財務省でも2032年と見込んでいます。「共に歩む」は財務省の見込みを楽観主義と批判します。なお、「2032年」という年数は「戦略開発計画2011~2030年」の「2030年」を意識した数字のように思われます。つまり「石油基金」が底をついたとしても大規模開発への投資が実を結ぶから大丈夫という理論です。
しかし東チモール政府は石油・ガス資源からの収入が無くなるとは考えていません。「共に歩む」の同意見書によれば、政府の石油機関(東チモール国営石油局、国営チモールギャップ社)はまだ発見されていない豊富な油田があると世論や指導者たちに熱心に説得しているとのことです。「63憶バレル(バユ=ウンダン埋蔵量の6倍)が3720憶ドルで売れ、さらに何十億ドルもの収入が国家にもたらされるとかれらは人びとを石油で毒して、採掘する大油田があると思わせている」と「共に歩む」は政府の石油機関を批判します。「共に歩む」は同意見書で、国の予算案にたいして「幻想」「夢想」という言葉を再三使用しています。
「グレーターサンライズ」に開発の光明か
「幻想」ではなく、チモール海には未開発なガス田が現実にあります。「グレーターサンライズ」です。東チモール政府がこのままの政策を継続するとなると、おそらくこのガス田が頼みの綱となることでしょう。しかしこの頼みの綱はかなり不確定要素を含んでいます。オーストラリアという交渉相手がいるからです。
2006年、東チモールとオーストラリアは「グレーターサンライズ」から得られる利益を半々に分け合うことで合意しCMATS(チモール海における海洋諸協定にかんする条約)に調印しました。しかし後になって、交渉中にオーストラリアが東チモールの閣議室を盗聴し交渉を優位に進めた疑惑が発生したことから、東チモールがCMATSを無効とする訴えを国際司法裁判所の仲裁裁判所に出したため、両国は裁判係争する関係になってしまいました。オーストラリア当局はスパイ行為の証人となるはずの元オーストラリア諜報部員を拘束しオーストラリア人弁護士から東チモール側が裁判所に提出するはずの物証を押収、これにたいし東チモールは主権の侵害であるとオーストラリアに猛抗議し、両国の関係はこじれにこじれてしまいました。
東チモール側はオーストラリアのスパイ行為があったのでCMATSは無効であるという立場を頑として譲らず、チモール海の領海を国際法に基づいて画定するための組織態勢を固めました。一方、オーストラリア側は2007年から50年間領海について議論しないと定めたCMATSをたてに、東チモールの主張を認めません。
このように「グレーターサンライズ」開発の見通しがまったくたちませんでしたが、去年、両国が和解へと歩み寄る兆しが出てきました。そして今年2017年1月9日、両国はCMATSを無効にすることで合意をしたとそれぞれの首都で発表したのです。CMATS はたしかに2007年から50年間領海について議論しないと定めていますが、一方で、調印後6年たっても開発計画が無い場合は条約の無効を申し出る権利があるとの条文もあり、これが東チモールにCMATSを無効にする法的な理由を、相手によるスパイ行為という政治的な理由のほかに、与えることになったと考えられます。
ともかくCMATSの無効に両国が合意したことによって領海画定交渉への道が拓け、見通しがたたなかった「グレーターサンライズ」開発に改めて光がさしこまれました。東チモールとしてはまずは一歩前進です。
不確定要素に頼るのは回避すべき
しかしだからといって東チモールが希望する中間線による領海が手に入る保証はないのです。オーストラリアは大陸棚を主張して中間線よりもチモール島に近い線引きを主張することでしょう。もしかして国際法の線引きによって東チモールにとって好ましくない結果が得られる可能性もあります。いまはまだ領海画定のための話し合いに道筋ができたにすぎません。
もし東チモールが「グレーターサンライズ」を丸ごと自国の領海に収めることができれば、パイプラインを自国にひける可能性が大となるわけで、そうなれば「タシマネ計画」にようやく現実味を添えることができます。なぜなら、「タシマネ計画」とは「グレーターサンライズ」からパイプラインを自国にひくことを大前提とした開発計画だからです。
しかしまだ何も決まっていません。「グレーターサンライズ」の開発が具体化されるまでたっぷりと時間がかかることでしょう。したがって「タシマネ計画」を見直す時間もたっぷりあるはずです。「グレーターサンライズ」から東チモールが収益を得るとなると、これから先何年がかかるのか、まったく不確定です。
「石油基金」を使い果たすまでに「グレーターサンライズ」が何とかしてくれるという危険な発想は避けるべきです。なによりも怖いのは「グレーターサンライズ」からの収入をあてにして、なおもどっぷりと石油(ガス)依存症に陥ることです。
今年の総選挙では、現政権による石油依存一本道のほかにも開発への選択肢があることが国民に示され、多様性が争点の一つとなることでしょう。
図:未画定のチモール海の境界線
~次号へ続く~
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6461:170114〕
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