グローバル、そして弱者の視座からの考察 -〔書評〕フィデル・カストロ著『カストロは語る』(青土社)-
- 2011年 3月 4日
- 評論・紹介・意見
- 『カストロは語る』フィデル・カストロ岩垂 弘
「カストロ節は今なお健在だ」。フィデル・カストロ著、越川芳明訳の『カストロは語る』(青土社)を読み終えての感想である。2008年に病気のためキューバの国家評議会議長を退任し、病気療養中と伝えられるフィデル・カストロ氏だが、この本に登場するカストロ氏は国際関係から、核問題、環境問題、果てはスポーツまで多岐にわたる問題を縦横に論じており、とても84歳とは思えない意気軒昂ぶりだ。
1959年にキューバ革命を成就させたカストロ氏は同国の最高指導者になり、1976年には国家評議会議長(国家元首)に就任、長期にわたってトップの座にあった。が、2006年7月、「腸に急性の問題が生じ、出血が続いているため外科手術を受けた」との声明を発表し、権限を暫定的に弟のラウル・カストロ氏に委譲した。しかし、回復が遅れたため、2008年2月、国家評議会議長を退任し、そのポストをラウル氏に譲った。
病気に見舞われてもカストロ氏の意欲は衰えず、共産党機関紙『グランマ』に「フィデルの考察」と題するコラムを書き続けている。本書はそのコラムの2009年中のものから6編、2010年中のものから16編、計22編を選んで1冊としたもので、最近のカストロ氏の思想を知る上で格好の資料と言える。
一読してまず印象に残るのは、カストロという政治家のスケールの大きさだ。
本書に収められたコラムの中で、カストロ氏はさまざまな問題について論評しているが、一言でいうと、論点は2つに集約されると言ってよい。第1は「環境問題」、第2は「核開発問題と核戦争の脅威」である。
第1の「環境問題」では、カストロ氏は世界的規模の気候変動がもたらしている各地の大災害に言及し、温暖化現象が人類にとってどれほど破壊的な影響を及ぼすかを力説してやまない。
2009年12月にコペンハーゲンで開かれた第15回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP15)では先進国と開発途上国との間で激しい対立がみられたが、カストロ氏はキューバ側から先進国に向かって行った提言を紹介し、最大のCO2排出国でありながら「京都議定書」に参加しなかった米国がCOP15でどのような画策を行ったかを詳述し、米国を糾弾している。
第2の「核開発問題と核戦争の脅威」では、カストロ氏は、専門家の研究結果や調査結果を引用して説得力のある議論を展開する。例えば、世界に2万5000の核兵器があると指摘した上で、「100回の核爆発が起これば『核の冬』を引き起こす。だから、インドとパキスタンの紛争で核兵器が使われただけで、地球全体が死の灰に覆われ、人類は絶滅する」と警告する。
米ロ両国が締結した第2次戦略兵器削減条約(START2)=新戦略兵器削減条約(新START)についても「真の軍縮に触れていないので、価値がない」と断じている。
オバマ米大統領の「核なき世界へ」という演説も評価せず、こう書く。「オバマ大統領は核兵器のない世界について語りながら世界を欺こうとしている。現実には、核兵器は非常に破壊的な非核兵器に取って代わられ、それが他国の指導者たちをテロで襲い、新しい『完全なる自己免責』を達成するにふさわしい兵器になるのだろう」。カストロ氏によれば、米国はPGSという研究を始めているが、PGSという概念は軍事における米国の独占を維持し、他国との不均衡を広げることを意図したものという。具体的には、2時間から4時間以内に数千もの高度な通常兵器を使用した集中攻撃を想定したもので、それによって、ターゲットにした国の重要なインフラを完全に破壊することを目指しているのだという。
核問題への言及とのからみで特に印象に残る記述がある。それは、本書の末尾に収められている3本のコラム「私たちが絶対に忘れないこと」(その1)(その2)(その3)だ。これは、昨年9月、キューバを訪れた日本のNGO・ピースボートの乗船者600人とカストロ氏の会見記で、会見の一部始終がカストロ氏の筆によって記録されている。
それによると、会見はハバナ会議宮殿で行われ、会見は予定を1時間もオーバーして2時間半に及んだ。これを読むと、会見の大半は、広島で2歳で被爆した渡辺淳子さんとカストロ氏の対談だった。カストロ氏は渡辺さんが語る被爆体験に耳を傾け、自らも2003年の訪日の際に広島を訪れ、原爆資料館を見学したことを語った。そして、カストロ氏はこう語るのだ。
「こんにち、人類は一人残らず、あなた方がいま話されたことと同じくらい恐ろしい、いやそれよりもっと恐ろしいものに脅かされています。こんにちでは、(65年前の原爆より)もっと強力で精密な原爆が何千とあり、人類を脅かしているのです」
「戦争の終結は、時間の問題でした。もしアメリカ合衆国が軍事的口実をさがしていたならば、どうして原爆を軍事施設や軍事基地に落とさなかったのでしょうか。どうして民間人のいるところへ落としたのでしょうか。……彼らは原爆が意味するものを分かっていました。……残虐な行為です。何十万人の、この戦争に責任のない無力な人々を犠牲し、苦しみを与えた筆舌に尽くしがたい実験でした」
被爆国でありながら、日本の首相が広島の平和記念式に参列するようになったのは、なんと被爆から26年後の1971年からである。もちろん、被爆者と長時間にわたって対話した首相はこれまで皆無だ。キューバと日本。なんという違いだろう。
ともあれ、環境問題といい、核問題といい、カストロ氏が熱っぽく論じているのは地球全体の問題であり、カストロ氏の視野の広さがうかがわれるというものだ。
印象に残ったことの第2。それは、やはりカストロ氏の反米的論調の激しさだ。キューは1960年代から続く米国による軍事攻撃や経済制裁に抵抗し続けてきただけに、カストロ氏が米国を厳しく論難するのは当然と言えば当然だが、その厳しい対米批判は病身となってもいささかも変わらない。
しかも、その対米批判の立場は、キューバ一国の立場からの批判でなく、世界の小国、あるいは開発途上国といった陣営の一員としての発言といった色彩が濃い。
例えば、昨年3月に起きた、韓国海軍の天安号沈没事件に対しては「北朝鮮の指導部は[韓国の哨戒船]天安号の沈没で非難を受けてきたが、沈没はヤンキーの諜報機関がその潜水艦に仕掛けた機雷のせいであることはよく知られている」と、米国犯人説を展開している(2010年6月24日)。
イランの核開発疑惑をめぐっては「合衆国の現在の意図は、イスラエルが超大国によって無責任にも提供された近代的な戦闘機や高度な武器を用いて、イランの濃縮ウラン生産施設を攻撃することだ」と述べている (2010年6月16日)。
そのほか、反米路線を走るチャベス・ベネズエラ大統領や、キューバやベネズエラと友好関係にあるボリビアのモラレス大統領、それにブラジルのルラ・大統領との連帯をうかがわせるコラムもある。
訳者の越川芳明・明治大学教授は「訳者あとがきに代えて」で書く。
「単なる『反米』だけがカストロの思想の特徴ではない。テーマではなく、その方法論に注目してみると、一つにカストロが絶えず取っている周縁者の視座に気づく。長年、超大国の強圧に耐えてきた小国の指導者であっただけあって、どのようなテーマを論じるにしろ、絶えず政治経済的・軍事的な『弱者』の立場から論じる点に特徴がある。それを読むということは、欧米の巨大メディアの流す情報しか普段触れる機会のない日本の一般市民にとって、同じ世界の事件、同じ世界事情に別の切り口があることを知ることに他ならない。そのことは私たちが多元的な視野を持つ上で重要だ。そうした弱者の視点に立った『オルタナティヴな思想』がカストロの隠れた特徴ではないだろうか」
201ページ。定価1800円(税別)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0360:110304〕
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