大分県立竹田高等学校剣道部熱中症致死事故について
- 2017年 1月 25日
- 評論・紹介・意見
- 安岡正義
その事故は2009年8月22日に起こった。大分県立竹田高等学校剣道部主将、工藤剣太さん(当時2年生)が、顧問教員から、およそ「指導」の枠を超える執拗で理不尽な暴行を受け、重い熱中症のために命を落としたのである。
【事故の概略】午前9時から練習が始められた。打ち込み稽古などを続けた後、練習再開から休憩もなく1時間以上経過した状況で剣太さんが「もう無理です」と顧問に訴える。その後剣太さんは竹刀を落としたのに気が付かないまま、竹刀を構える仕草を続ける。顧問は「演技するな」などと述べながら、剣太さんの右横腹部分を前蹴りし、ふらついて倒れた剣太さんの頬を叩く。剣太さんは立ち上がったものの壁に額を打ち付けて出血し、再び倒れる。顧問は倒れた剣太さんの身体の上にまたがり「演技じゃろうが」などと言いながら10回程度、その頬を平手打ちする。その後ようやく練習を終了させ、午前11時55分頃から応急措置をとる。午後0時19分頃、顧問は救急車の出動を要請する。午後7時前、搬送先の病院で剣太さんの死亡が確認される。
その後26日に保護者説明会が開かれるが、学校側から遺族に開催の連絡はなく、9月11日に発足した事故調査委員会の結果報告を受けて12月28日、県教委が処分を決定する。処分内容は、顧問に対して停職6ヶ月、現場にいた副顧問に対して停職2ヶ月というものであった。遺族は県教委の対応に納得できず、2010年3月2日、民事訴訟の提起に踏み切る。第一審の大分地裁で2013年3月21日に判決が出され、顧問・副顧問の過失を認めて大分県に対し損害賠償を命じると共に、搬送先の病院の医師の過失が大きいとの理由から、病院を経営する当該の市に対しても損害賠償を命じた。但し顧問・副顧問については、国家賠償法が適用され、公務員個人の責任は問えないとの判決であったため、原告はこれを不服とし、顧問・副顧問の個人責任を問うべく4月3日、福岡高等裁判所に控訴したが、2014年6月16日に棄却され、2015年7月28日、最高裁でも上告が棄却された。
予想通り「国家賠償法の壁」は厚かったが、原告は更に裁判闘争を継続する。即ち国家賠償法第一条2項には「前項の場合において、公務員に故意または重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」とあり、遺族はこれを根拠にして、大分県がこの求償権の行使を怠っているのは違法であることの確認を求めて住民訴訟を起こしたのである。
2016年12月22日、大分地方裁判所の判決が出された。それは元顧問に対し剣太さんの死亡について「重過失があった」ことを認め、被告である大分県に対し求償権の行使を請求するとの内容で、苦しみの中にあって辛く長い裁判を続けてきた遺族にとり念願の勝訴となった。
さて、当該事故の起こった2009年の6月26日付けで文部科学省より「熱中症事故等の防止について(依頼)」と題する文書が出されており、竹田高校では同月29日、職員朝礼の際に「熱中症対策(部活生指導)」と題する書面を教員らに配布した。その中に「足がもつれる・ふらつく・転倒する、突然座り込む・立ち上がれない、応答が鈍い、意識がもうろうとしている、言動が不自然など少しでも意識障害ある場合には、熱射病を疑う」などが記載されている。元顧問はこの書面を受領し、剣道部員に対し熱中症への注意喚起を行ってもいた。また元顧問は保健体育の教員であり、みずから使用していた「現代保健体育」という教科書にも熱中症に関する記載があるほか、体育協会や教育委員会主催の熱中症対策講習会に出席し研修を受けるなどしており、熱中症とその対策等に関して正確な理解を求められるべき立場にあったと言える。
それにも拘わらず、当該事故の際、打ち込み稽古の最中に剣太さんが竹刀を落としたことに気が付かずに竹刀を構える仕草を続け、他の部員らが注意してもこれに気が付かない状態であったのを元顧問は一方的に「演技」と決めつけて右横腹を前蹴りした。剣太さんはふらついて倒れたものの一旦は立ち上がったが、ふらふらと歩いて行き、壁に額を打ち付けて頭部から出血し、再び倒れた。ところが元顧問は、駆け寄ってきた副顧問に対し「これは演技じゃけん、心配せんでいい。」、「これが熱中症の症状じゃないことは俺は知っている。」、「演技じゃろうが。」などと述べながら、倒れた剣太さんの上にまたがり、往復ビンタのように10回程度頬を叩いたりするなど、異常な暴行を続けたのである。当時の詳細な状況については参考(1)の判決文抜粋を参照いただきたい。剣太さんの行動を、熱中症に起因する意識障害の発現としての異常行動であると理解することなく、顧問対生徒という身分関係の中で、もともと抵抗しにくい立場にある剣太さんに元顧問が加えた一連の異常な暴行を、それでもなお「指導」と呼ぶならば、それは、生徒たちに誠実に向き合っている全国の教員に対する侮辱としか言いようがない。大分県に対して元顧問への求償権行使を請求した今回の判決は、学校事故で我が子を亡くした全国の親にとっても大きな励ましとなったことだろう。
ところが大分県は去る1月5日、本判決を不服として控訴した。私たち「剣太の会」では参考(2)にある公開質問状を1月17日に提出するとともに、大分県知事宛の控訴取り下げ要請書を県や教育委員会にFAX又は郵送で届けつつある。私たちの活動に多くの方々からのご理解とご支援をいただけるよう願っている。
参考(1)
平成28年12月22日 判決
求償権行使懈怠違法確認等請求事件(大分地裁)抜粋
参加人●●(注:元顧問。以下●●とする)は、本件当日、練習に立ち会い、剣道場内の温度や湿度について当然認識していたこと、その日の練習の進行順序を決定するなどその全体を把握し、剣太に他の部員よりも多く打ち込み稽古などをさせていることなどから、剣太の運動量や疲労度についても容易に推察することができたこと、そうした中、練習再開から休憩もなく1時間以上経過した状況で、剣太が「もう無理です。」などと述べ、その後、元立ちの発声にも返答せず、竹刀を落したのにこれに気が付かずに竹刀を構える仕草を続け、他の部員が注意しても気が付かないことも認識していた。そして、このような剣太の行動は、上記のとおり、自らの行動を正常に把握できず、また、周囲からの注意や呼びかけに対しても正常に応答ができなくなるなど、意識が朦朧としているものといえ、●●においても認識していた、熱射病(重度の熱中症)に起因する意識障害の発現ということができ、直ちに医療機関に搬送し、迅速に冷却措置を実施しなければ、死亡する危険が高いといえる状態に至っていたといえる。
このような本件事故当時の状況等に加え、●●が有しており、また有することが求められていた知識等からすれば、●●は、遅くとも、剣太が竹刀を落としたのにこれに気が付かずに竹刀を構える仕草を続けるという行動をとった時点において、剣太の行動が熱射病に起因する意識障害の発現としての異常行動であること、ひいては放置すれば死亡する危険が高いことを容易に認識し得たといえる。
この点、●●は、これまでにも剣太がまだ続けることができる状態にあるのに「もう無理です。」と発言することがあったこと、本件当日における剣太の様子等からすると、上記のように竹刀を構えたような仕草についても、気持ちの弱さから練習をやめたいがために行う演技であると思ったとし、それが熱射病に起因する意識障害の発現としての異常行動であると認識することはできなかった旨述べている。しかしながら■■(注:副顧問)や他の部員らは、これまでの剣太の言動や本件当日の剣太の様子等を●●と一緒に見ていたが、剣太が上記のような竹刀を構えたような仕草をした時点において、剣太の様子が異常であると認識していたと認められるのであって、関係各証拠に照らしてみても、●●においてのみ、このような状態を認識し得なかったとはいえない。
そうすると、●●には、遅くとも、剣太が竹刀を落としたのにこれに気が付かずに竹刀を構える仕草を続けるという行動を取った時点において、剣太について直ちに練習を中止させ、救急車の出動を要請するなどして医療機関へ搬送し、それまでの応急措置として適切な冷却措置を取るべき注意義務があったと認められる。
にもかかわらず、前記認定事実によると、●●は剣太が竹刀を落としたのにこれに気が付かずに竹刀を構える仕草を続けるといった行動を取った時点において、剣太の行動が熱射病に起因する意識障害の発現としての異常行動であることを容易に認識することができたのに、指導に熱中し、自身の経験を過信して、それを熱射病の症状と疑うこともなく、何ら合理的な理由もないのに、安易に演技であると決めつけ、練習を継続させ、救急車の出動要請までの時間をいたずらに浪費したものであり、直ちに、剣太について練習を中止させることをせず、また直ちに、医療機関へ搬送することも応急措置として適切な冷却措置を取ることもなかった。
それに加えて、前記認定事実によると、●●は、上記のように意識障害の発現としての異常行動を示していた剣太に対し、あろうことか、「演技するな。」などと述べながら、剣太の右横腹部分を前蹴りし、ふらつき倒れた剣太の頬を叩き、さらに、立ち上がったものの壁に額を打ち付けて出血し、再び倒れた剣太に対し、その身体の上にまたがり、「演技じゃろうが。」などと言いながら、10回程度、その頬を平手打ちにしているのであり、その後、ようやく練習を終了させ、剣太に水分を取らせ、午前11時55分頃から、応急措置として保冷剤で冷やすとともに、大型扇風機を剣太に近付かせるなどしていたものの、しばらくした後、剣太が嘔吐するなどした様子を見て、午後0時19分頃になってようやく救急車の出動を要請したというのである。このように●●は、熱射病を疑わせる症状が次々とみられ、体温を下げることができずに時間が経過すれば、死亡する危険が高いといえる状態に至っていた剣太に対し、その症状を正確に把握せず、直ちに体温を下げるため適切な措置を取らなかったばかりか、その全身状態を悪化させるような不適切な行為にまで及んでいるのである。●●は、前蹴りをしたり、再度倒れた剣太の身体の上にまたがり、その頬を平手打ちした意図について、気付けであるとか、倒れていて気持ちが気弱になっていたので、奮い立たせるつもりであった旨述べているが、既に熱射病の症状である意識障害を生じている剣太に対して、体温を下げるために何ら有効なものではなく、疲労など体調の悪さが体温調整機能を低下させることなどからすれば、その行為は剣太の全身状態を悪化させるだけの不適切なものというほかない。
このように●●の行為は、自らの職務上の立場において負うべき注意義務の内容に照らせば、わずかな注意を払えば、剣太の行動が演技ではなく、熱射病に起因する意識障害の発現としての異常行動であること、ひいては放置すれば死亡する危険が高いことを容易に認識し得たのであるから、剣太について直ちに練習を中止させ、救急車の出動を要請するなどして医療機関へ搬送し、それまでの応急措置として適切な冷却措置を取るべき注意義務があったにもかかわらず、単にその注意義務を怠ったにとどまらず、剣太の全身状態を悪化させるような不適切な行為にまで及んでいるのであるから、その注意義務違反の程度は重大であり、その注意を甚だしく欠いたものということができる。
(中略)
被告(注:大分県)は、●●本人の行為の後、△△医師(注:搬送された病院の医師)の医療上の過失という新たな過失行為が介在することにより、それまでは存在していた剣太の救命可能性が失われ、剣太の死亡という結果が発生していることをもって、●●において、剣太の死亡という結果を容易に予見できなかった旨繰り返し主張している。しかしながら、上記のとおり、●●は、遅くとも、剣太が竹刀を落としたのにこれに気が付かずに竹刀を構える仕草を続けるという行動を取った時点において、剣太の行動が熱射病に起因する意識障害の発現としての異常行動であること、ひいては放置すれば死亡する危険が高いことを容易に認識し得たといえるのであり、熱射病による死亡という結果についての予見可能性が否定されることはない。被告の主張は、結局のところ、●●の行為後の具体的な因果の経過についてまで予見可能性を必要とするものであるが、公務員に対する求償の場面において、そのような経過についての予見可能性を必要とされるものではないことは前記のとおりである。
以上からすれば、●●は、剣太の死亡について重過失があったといえる。
参考(2)
平成29年(2017年)1月17日
大分県知事 広瀬勝貞 殿
大分県教育委員会教育長 工藤利明 殿
大分県立竹田高等学校剣道部熱中症発症時
暴行死亡事故裁判を見守る全国支援者の会
公 開 質 問 状
貴職におかれましては日夜大分県民の福祉向上、教育活動に邁進されておられることと思います。
さて、今般の国家賠償法第1条2項によると「公務員に故意または重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」となっていることから、この大分県立竹田高等学校熱中症死亡事故においてそれを行使しないのは求償権の行使を怠っているとしての住民訴訟の判決で、去る2016年12月22日大分地方裁判所にて、判決が下されました。その判決では、“顧問に重大な過失があった”“顧問教員への求償をすべし”との判断がなされておりますが、被告大分県は、これを不服として控訴されました。報道によると、大分県教育委員会は、『当時の顧問の対応に個人で賠償負担させるほど重大な過失があったとはいえない。どの程度の過失があれば公務員個人が賠償を負担すべきかが問われる今回の裁判は、部活動に関わる教員の今後の活動にも大きな影響を与えるため上級審の判断を仰ぎたい』とのコメントが発表されておりましたが、これを踏まえ、大分県民及びこの訴訟に強い関心を抱いている全国の子を持つ親が、今後安心して子を学校教育に委ねることができるか、安心して我が子を学校に通わせる事ができるのかという思いを元に、控訴された理由について以下に何点かの質問をさせていただきます。
(質問事項)
1.大分県知事は、この事故に対して報告を受け、内容を熟知されていると思いますが、どのような方々が、どのような協議の上、控訴されたのでしょうか?明確にお示しください。
2.大分県教育委員会の控訴理由のコメントでは、「部活動に関わる教員に、今後の活動にも大きな影響を与える」とありましたが、それは具体的には誰への、どのような影響でしょうか?
大分県教育委員会は、教職員の方々に生徒たちの個々の体力や技量の違いを考慮した上での部活動の在り方について、これまではどのように検討、指導されていましたか?個々の現場の指導者に任せているのが現状ではないのでしょうか?明確にお示しください。
3.大分県知事は、工藤剣太君に直接指導した顧問に重過失があったという判決に対し、不服があり控訴されたのであれば、事件当日の顧問の行為は公務の範囲内であり、個人の過失とはいえないとお考えですか?明確にお示しください。
4.顧問は、大分県立竹田高等学校の前任校でも、生徒に対して暴行していたという事実があったにもかかわらず、このような暴力的な顧問を大分県教育委員会はなぜ、大分県立竹田高等学校への移動程度で済ませたのですか?その時点で、再発、またはそれ以上の事故に発展する可能性は、予見されなかったのでしょうか?明確にお示しください。
5.今回の判決に対して、「部活動が委縮する」とコメントされていましたが、そのように考えられた根拠をお示しください。
6.大分県が控訴することによって、この先も裁判が継続するということは、ご遺族に対してどのような影響、苦痛を伴うと考えていますか?明確にお示しください。
以上の項目について、誠意を持って文書にて2017年1月末日までに回答をお願いいたします。尚、回答についても公開とさせていただきます。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6476:170125〕
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