ドイツから:公共放送テレビ 番組がドイツの核武装を提案
- 2017年 2月 26日
- 時代をみる
- グローガー理恵
- メインストリームメディアの一つ ”Zeit (ツァイト)” の「ヨーロッパは核爆弾が必要か?」と題された記事(2017年2月16日付)は、共著者、 ペーター・ダウゼンドとミヒャエル・トゥーマンが、「ドナルド・トランプのおかげで、NATOによる核抑止は信頼性がなくなった。今、ヨーロッパ核武装について議論されるようになった。ヨーロッパの核抑止は、将来、何をベースにしたらよいのであろうか?」との疑問を投げかけている。
- また、ネットメディア ” Telepolis ”は、「ドイツのための核兵器?」とのヘッドラインで、「ドイツやヨーロッパをおおっていた米国の”核の傘”を失うことになるのだとしたら、ドイツは核兵器が必要になるのでは?」との疑問をさしはさんでいる(2017年2月24日付)。
- ウルリッヒ・キューン (シンク・タンク “国際平和カーネギー基金”)
- ヤン・テハウ (シンク・タンク”アメリカン・アカデミー”)
- カール-ハインツ・カンプ学長 (”連邦安全保障アカデミー ” -ドイツ連邦国防省が担当する安全 保 障に関わるシンク・タンク)
2017年2月2日、ドイツの公共放送 による驚くべき報道があった。公共放送局 “第一ドイツテレビ(DasErste)”が、 ”Panorama”と呼ばれる政治/時事解説番組のなかで、核抑止理論 [ 注1] を根拠に、ドイツの核武装を強く提案するルポルタージュを報道したのである。
写真:1954年3月27日 ビキニ環礁で行われた ロメオ核実験(米国エネルギー省/パブリックドメイン)
背景
このルポルタージュの焦点となる地、ドイツのラインラント=プファルツ州 (Land Rheinland-Pfalz)のアイフェル (Eifel) 地方のビューヘル (Büchel)村 の近郊にはドイツ連邦空軍基地があり、そこには、米国が保有する20発の戦術核爆弾B61 が配備されている。核爆弾は地下8メートルの地下備蓄施設に保管されてあるのだが、実際に、核爆弾備蓄施設がビューヘル空軍基地の敷地のどこに潜んでいるのか、これは極秘事項であるという。
これらの核兵器はアメリカ空軍の管理下にあり、アメリカ軍により防衛され、核兵器を起動する暗号コードは、アメリカのコントロール下にある。すなわち、核兵器の運用権限は米国大統領が一手に握っていることになる。
さらに、このテレビ番組 が放映された背景として付け加えておきたいことがある。それは、「NATOは過去の廃れもの」とNATOの存在を軽視する発言をしたトランプが大統領に就任して以来ドイツでは、ヨーロッパやドイツの核武装の必要性を唱える声が出てきたということである:
第一テレビ 番組 “Panorama” ルポ「ドイツに配備された米国の核爆弾とドナルド・トランプ」
動画へのリンク:Panorama
《 番組の概要》
Panoramaは、「NATO(北大西洋条約機構)は時代遅れの廃れもの」と、これまでの大統領とは全く異なった見解を示すトランプ大統領が出現した今、ドイツ領内に配備された米国管理下の核兵器の行く末はどうなるのであろうか、との問いを投げかけている。
① 番組の始めにモデレーター、アニャ・レシュケ氏がコメント:「70年間以上、米国はドイツの安 全を護ってくれてきたが、ドナルド・トランプが大統領に就任したため、ドイツの安全は脅かされている。トランプ大統領には核兵器使用を命令できる権限があり、同様に、彼はドイツ国内に配備された核爆弾の使用も命令できる権限を持っているのである。」
② 画面は、雪でおおわれたドイツのラインラント=プファルツ州 (Land Rheinland-Pfalz)のアイフェル地方のビューヘルを映し出す。
ナレーター:このように平穏なアイフェルにある地域が、トランプや国際政治とどんな関わりがあるというのだろうか?いや大いにあるのだ。そのことはここビューヘルのほとんどの住民が周知していることである。数人の住民が不安な思いを語る:
「ここ、アイフェルに住むことは、爆弾の詰まった樽の中で生活しているようなものです」と、ある男性は述べる。一人の女性は「ものすごく怖いし、嫌な気持ちです」と語る。もう一人の女性は「私は新聞配達をする時いつも、核兵器がある空軍基地の方を見やるのです。そして、一体どんな(恐ろしい)ことが起こるのやら、もし起こったとしたら、それはあっという間に起こってしまうだろうし、などと考えをめぐらします」と言う。
③ カメラの焦点はビューヘル村から数百メートルほど離れたビューヘル空軍基地に向けられる。
ナレーター:ここには米国保有の核爆弾が警備の下保管されてある。保管場所は極秘事項である。核爆弾は、この基地のどこかの、地下8メートルにある貯蔵庫に備蓄されているのである。核爆弾タイプB61は広島に投下された爆弾よりも強力である。今、これらの核爆弾使用命令の権限はドナルド・トランプに与えられたのである。トランプのこれまでのステートメントは、核爆弾の取扱い権限を与えられるような信頼感をまったく植えつけてくれない。
何をしでかすか予測できないトランプ大統領のコントロール下にある核爆弾。その核爆弾が配備された空軍基地の周辺に住む人々は不安を隠しきれない様子だ:ある住民は「怖い気持ちでいます。いざとなったら、ここが最初のターゲットになるでしょう。そうしたら、私の故郷が全滅してしまうことになりますよね」と語る。
④ ここで、シンクタンクからの ”いわゆるエキスパートと呼ばれる人” が登場し見解を述べる:
彼らは、「ロシアのウクライナ侵略やクリミア編入など、西欧諸国の安全はロシアによって脅かされており、ドイツもしくはヨーロッパが核武装して安全を守らなければなければならない事態になってきている」と警告し、核抑止の必要性を訴える。キューン氏にいたっては「冷戦中の戦略論である核抑止論は今日においても有効な戦略である」とまで述べている。
⑤ そして番組の最後に、モデレーターのレンシュケ氏がカメラに向かい、「さて、今、Panoramaは、ドイツの核爆弾を議題に討議を始める切っ掛けをつくったのではないでしょうか?」と、平然と語りかける。
ドイツIPPNWとネットメディア “Nachdenkseiten”が “Panorama” を厳しく批判
2017年2月3日、この番組が放送された翌日、ドイツIPPNW (核戦争防止国際医師会議)は、このドイツ・第一テレビの核兵器推進番組 “Panorama”に対して「ドイツは核爆弾を必要としない」と題する抗議声明を出している。
https://www.ippnw.de/startseite/artikel/de/deutschland-braucht-keine-atomwaffen.html
また、IPPNWが抗議声明を出した同日、ドイツで批判的ネットメディアとして知られている “Nachdenkseiten” が 「Panoramaは世論を操り、核抑止/核兵器政策を誉めたたえることで右翼軍事主義へと陥っている」とのヘッドラインで公共放送が放映したプログラムを厳しく批判する記事を掲載した。
http://www.nachdenkseiten.de/?p=36864
ドイツ政府は、国連で開催される「核兵器禁止条約」交渉会議に参加することを拒否
2017年3月27~31日、国連本部で核兵器禁止条約を交渉する会議が開かれるが、ドイツ政府はすでに「会議には参加しない」と言明している。
このドイツ政府の不参加決定に対して、ドイツICAN( 核兵器廃絶国際キャンペーン)[ 注3]およびドイツIPPNW(核戦争防止国際医師会議)[ 注4]が厳しい批判をしている:
ドイツICANのザシャ・ハッフは、「ドイツ政府は、核兵器禁止条約交渉会議をボイコットすることにより、ドイツの軍縮政策の信憑性を傷つけている。ドイツ政府が公式に掲げている目標である『核兵器のない世界 』は、核兵器を禁止することなしに達成することはできない。政府は、国際法をさらに発展させる上で核心となる「多国間の討論」との繋がりを断つことで、民衆が支持する重大な価値ある平和政策を放棄しているのである」とコメントしている。また、2016年にIPPNWが委託したForsaの世論調査によるとドイツ国民の93%が核兵器禁止に賛同しているという。[ 注5]
この世論調査の結果を考慮すると、ドイツの国民が自国の核武装を支持するとは到底考えられないのではないだろうか。世界で唯一の被爆国に生まれた自分が、そうであってほしいと切に願うのは当然のことだろう。
以上
〖注解 〗
[ 注1] 核抑止:核兵器によって反撃を行って耐えがたい損害を及ぼす意志と能力があることを、あらかじめ潜在的攻撃者に伝達することによって、攻撃を未然に思いとどまらせようとする考え方。核抑止論とは、核兵器の破壊力を使用することなく相手の攻撃を未然に思いとどまらせることが可能であり、そのような観点から核兵器の開発と配備を進めると言う戦略論。近年まで核保有を正当化する考え方として核保有国などで広く採用されているが、米ブッシュ政権はミサイル防衛を進めて一部修正した。(1)抑止の意思の伝達が困難、(2)抑止の意思表示が威嚇となる、(3)偶発核戦争の危険が高まる、(4)核危機の管理は困難、(5)合理的な得失計算をしない攻撃者は抑止不能、(6)核拡散を誘発する、(7)精度の高い先制攻撃により報復用の核戦力を破壊できる可能性がある、(8)核兵器の保有自体が不当・違法など、批判も多い。
(坂本義和 東京大学名誉教授・中村研一北海道大学教授/2007年 – 朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」から)
[ 注2 ] ミンスク和平合意 : ロシアNOW2016年9月5日付記事 「ミンスク和平合意から2年」を参照してください。記事ヘのリンクは ここをクリック
[ 注3] ICAN( 核兵器廃絶国際キャンペーン):ICANについては ここをクリック
[ 注4] IPPNW(核戦争防止国際医師会議):核戦争を医療関係者の立場から防止する活動を行うための国際組織で、1980年に設立された。1985年にノーベル平和賞を受賞。(ソース:Wikipedia)
[ 注5] ソース: IPPNWドイツ支部 プレスリリース(2017年2月17日付)” Bundesregierung will Atomwaffen-Verhandlungen boykottieren “ 記事へのリンクは ここをクリック
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔eye3916:170226〕
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